神殺しのご令嬢、殺した神に取り憑かれる。

山法師

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19 最上位の悪魔

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 ユルロはシェリーを抱き上げて空を進み、魔界へ通じる穴が見えてきた辺りで、そこから一体の悪魔が、一直線にシェリーたちへと向かってきた。
 アルルド邸へと引き返すユルロへ、

「……あれ、今の最上位なんでしょう? 前の最上位より、気配が弱いく思えるんだけど?」

 その悪魔に追いかけられつつ、攻撃を捌きつつ、シェリーは言う。

「だからこんなことをしたんだろう。自分は強いと、周りに証明するために。本人の口から聞いてもいいが、あの様子では、それを聞けるのか疑問があるな」

 ユルロも攻撃を消滅させながら、追いかけてくる悪魔の様子を確認する。
 怒りと焦りを帯びたその気配は、シェリーよりもユルロに向けられていて、

「どうして神がいる?! アイツの呪いが、気配が消えたと思ったら! 呪いの解除条件は神殺しだろう?! よもや、その神に愛されたとでも言うのか?!」

 そんなことを永遠と叫ぶのだ。

「……ある意味、真っ当なことを言ってるようにも聞こえるけど」

 呆れながらのシェリーのそれに、

「まだ言うか。呪いが解けたんだから良いだろう。……嫌か」
「そうじゃなくて、どうやって呪いが解けたかっていうか、私を愛せたかが疑問なのよ。タイミング悪くて、それずっと聞けてないのよ?」
「それは、……」

 ユルロは放たれた眷属を消し飛ばし、

「……少々複雑な話だから、ことを終えたら話そう」
「またそうやって……」
「そいつ等を嬲り殺せ!」

 羽を乱雑に羽ばたかせた悪魔の声が、一際大きく響いた。

「アルルド領や周辺の悪魔たちがこちらへ来るぞ」
「あら、好都合」

 軽い口調で言ったシェリーたちを囲むように、大量の悪魔たちが出現する。

「邪魔だ」

 空中停止したユルロは、先程よりも大きく、悪魔や眷属たちを削るように消滅させていく。

「そのやり方、教えてくれない? 私、攻撃範囲が限られるのよね」

 剣に纏わせた聖なる力を増幅させ、シェリーも悪魔たちを薙ぎ払う。

「これは単純に、力の強さの問題だ。シェリーももっと鍛えれば、より、一薙ぎでの威力が高まる筈だ」
「生涯鍛錬かし、ら!」

 シェリーの、気合を込めたそれは、先ほどの二倍の悪魔たちを消し飛ばした。

「あら? いけそうね」
「無理をするな。火事場の馬鹿力のようなものだぞ」
「なんなのだお前たちは!」

 悪魔たちが見る間に削られていくのを見ながら、ブルブルと震え怒りの形相になっている最上位の悪魔が叫ぶ。

「俺は最上位の悪魔だぞ! 恐怖しろ! 怯えて叫べ! 命乞いをしろ!」
「前の悪魔のほうが、恐ろしかったわね」

 シェリーが呟けば。

「馬鹿を言うな! あんなヤツのどこが恐ろしいのだ!」

 最上位の悪魔は、その声を拾ったらしく、自らシェリーたちに飛びかかってきた。

「余裕たっぷりなところとか、かしら」

 シェリーは言いながら、最上位の悪魔の鋭く長い爪を、剣で受け流そうとして。

「突っ込んでくるとは、大胆な」

 ユルロの力で、悪魔の動きが止められ、そのまま拘束される。
 怒りと焦りで、二人を睨みつけながら藻掻く悪魔は、

「っ、今すぐ──」
「命令を飛ばせば消し飛ばす。大人しくしろ」

 ユルロの神気を浴び、悪魔は身を固くする。

「俺が良いと言うまで、何もするな。これは頼みではない。命令だ。──この意味が分かるな? 最上位の悪魔」

 ユルロはその瞳に、恐怖の色が宿ったのを確認し、

「シェリー。残りの悪魔を一掃したい。手伝ってくれるか」
「ええ、こちらこそ。あなたより消し飛ばしてあげる」

 最上位の悪魔の命により、撤退を許されていない悪魔たちは、二人を殺すしか、生き残る道はない。
 決死の形相で次々に襲いかかってくる悪魔たちを、シェリーは薙ぎ払い、ユルロは削るように消滅させていく。
 そして──

「残りは、お前だけだ」

 ユルロは、怒りと恐怖を滲ませる最上位の悪魔に言った。

「シェリー。こいつに聞きたいことはあるか?」
「そうね……どうして穴から出てこれたのかしら。神官たちが蓋をしていた筈なんだけど」
「彼女の質問に答えろ」

 ユルロが言えば、悪魔はゆっくりと口を開き、

「……あのような柔な代物、いつでも壊せた。呪いの気配が消えたから、それを実行したまでだ」
「柔い、ね。神官たちの鍛錬、進言しなきゃ」

 シェリーは、分析するように言ってから、

「……ずっと呪われてれば、こうはならなかったのかしらね」
「それは違うな」

 シェリーのそれを、ユルロがはっきりと否定した。

「この悪魔、以前の最上位に怯え、加えて劣等感やらを持っていたんだろう。だから、こちらからの呪いの気配が消えた途端、恐ろしいものは消え去ったと、こうしてきた。合っているか? 悪魔」
「……うるさい。うるさいうるさいうるさいうるさい!! 神のお前に何が分かる! アイツがずっと最上位だったんだ! 誰も彼もを抑え込んで最上位だったんだ! それを! ただの人間が殺した! お前に何が分かる!」

 泣きそうに叫ぶ悪魔を見て、

「楽しい最期だったと、言ってたわよ」

 シェリーが静かに言う。

「だろうな! アイツの言いそうなことだ! ああ! ムカつく! 憎らしい! 今頃また、魔界のどこぞでアイツの欠片が生まれてるんだ!」

 それを見ていたユルロが、ぽつりと言う。

「……最上位になるだけはあるな」
「今更何を言う!」
「お前は、力だけで最上位になった訳では無いらしいと、そう、思っただけだ」
「馬鹿馬鹿しい! 力こそ全てだ! 力こそ! 全てをひれ伏せさせる力こそが! 最上位の証! 殺すならさっさと殺せ! でなければ今度こそ! お前たちを殺す!」

 魔力を増幅させていく悪魔を見つめながら、

「シェリー。俺はこいつがどういう悪魔でも、滅するべきだと思う」
「……そうね。そのほうが、みんな・・・のためになりそうだわ」

 シェリーは頷き、

「私が倒して、良いかしら」
「ああ、頼む」

 シェリーは剣を構え、こちらを睨む悪魔の首を落とした。

 ◆

 シェリーは、聖なる力で崩壊を止めた悪魔の生首に、上着を被せようとして、

「使うならこれを使え」

 いつどうやって脱いだのか、ユルロが、いつも着ている大きな薄布のような上着を渡してきた。

「配慮だろう? これから戻るアルルド邸の者たちを怯えさせないための」
「いいの? 借りちゃって」
「どのような悪魔でも、悪魔は悪魔だ。……出来れば、触れてほしくもない」

 複雑そうな顔で言うユルロに、

「そう。……じゃあ、借りるわね。ありがとう」

 そうして、悪魔の生首を何重にもくるんで包み、上着を着直し、二人はアルルド邸へと戻る。
 戻れば、

「シェリー!」
「シェリーさん!」
「「「シェリー様!」」」

 キャロライン、クラリッサ、侍女やメイドたちが、泣きそうになりながらシェリーとユルロを囲んだ。その外側に、躊躇いがちに様子を伺うリアムと、男性陣の使用人や騎士たち。

「ど、どうしたの? 何かあった?」
「娘を心配しない親がどこにいますか!」

 母に言われ、シェリーは虚を突かれ、

「そうですよ! もし、もしもって、みんな……!」

 クラリッサは本当に泣き始め、それは周りに伝播し、騎士たちまで涙ぐむ始末。

「落ち着いて、みんな。私なんかよりユルロのほうが、悪魔を倒した数は多いのよ?」
「シェリーのほうが消耗している。少しで良いから休んだほうが良い」

 シェリーが持っていた包みをひょいと取り上げ、ユルロが言う。

「事態は兄さんが把握しているだろう。報告も、今すぐでなくて良い。安め、シェリー」

 ユルロの言葉に、「でも」とシェリーは言いかけたが、

「こう仰ってるんですから!」
「そうですよ!」

 使用人たちに押し切られるように、屋敷の奥へ連れて行かれた。

「……ユルウアルカ殿」

 それを見ていたリアムは、ユルロの前に進み出て、

「今回のこと、……妹のこと、感謝する」

 深く、頭を下げた。

「……受け取ろう。だが、本人にも言ったらどうだ?」

 姿勢を戻したリアムへ、ユルロはほんの少し、厳しい視線を向ける。

「シェリーは、あなたからの手紙を読んだ」

 その言葉に、リアムは目を見開く。シェリーと同じ、明るい緑の瞳を。

「そして、同意すると返事を出した。呪いが解けたのだから手紙を書き直せと言っている最中に、これだ。訂正するつもりがあるのなら、早急に願いたい」
「……ああ、すまない。ありがとう」

 リアムはまた頭を下げ、使用人たちにユルロのことを頼むと、連れて行かれたシェリーを追いかけるように足早に去っていった。


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