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第11話 コルセットがきついせい
しおりを挟む到着した白亜のバッキンガム宮殿はため息が出るほどに神々しく、想像以上の豪華さだった。大きな城門の前で招待状を手渡すと、門がゆっくりと開いていく。馬車は次から次へと王宮に吸い込まれるように入っていき、美しく着飾った淑女と紳士が洗練された所作で降りてくる。
(ここまできたらもうどうにでもなれ、だわ)
私はお父様に手を引かれ、華やかで様々な思惑がひしめく社交界へと足を踏み入れた。
重厚な赤の絨毯に、細部まで精巧な作りの天井装飾。壁には壁画や彫刻が飾られ、シャンデリアは眩い光を放っている。私はその美しさに息を呑んだ。
「緊張しているのか、エヴェリーナ」
「王宮に来て緊張しない娘なんて、イングランド中探したっておりませんわ」
「大丈夫だ、お父様も足の震えが止まらないぞ」
「エイヴェリー男爵、膝が揺れておりますね」
……ちっとも大丈夫ではございません!
緊張して控室で待っていると、アルサリオンと私の名前が呼ばれ、アレクサンドラ王太子妃の前へと進む。私はドレスの裾を持ちあげて、カーテーシーをした。アルも右手を胸の前に添え、深いお辞儀をする。王太子妃様は微笑み、言葉をかけてくださった。
「貴方がエルフの国からお越しになったという、アルサリオン・フォン・アヴァロン卿ですね?」
「はい、殿下。本日はこのような場にご招待いただき、ご厚情に感謝申し上げます」
「そしてこのご令嬢は、貴女の婚約者なのですね?」
「はい、その通りでございます殿下」
その言葉を聞いてアレクサンドラ王太子妃は目を細め、柔らかく微笑んだ。
「それは素敵なことですわ。ミス・エイヴェリー、今夜は初めての舞踏会でしょう?どうぞ存分に楽しんでいらしてね」
「陛下の温かいお言葉、身に余る光栄にございます」
陛下が扇をそっと閉じるのは、退下を許された合図だ。短い会話を終え、もう一度会釈をして下がる。緊張から解き放たれ、今日の第一関門は突破できたと言えよう。
♢♢♢
晩餐会ではアルはエドワード王太子の右隣に着席した。そしてその横には王太子のご令嬢、マウド王女がいる。向かいにはアルバート王子をはじめとする王族や高位貴族。その中に混じっても違和感がない、アルサリオンの堂々した姿は彼もまたエルフの国で地位が高い貴族なのだろうということを思わせた。
私?かろうじてアルの姿が目に入る、端席よ。しがない男爵家だもの。
王太子の短い挨拶を合図に、晩餐会のフルコースがはじまった。フォアグラのテリーヌに、スモークサーモン、カリフラワーのスープ……宮廷料理なんてもう一生食べる機会はないだろうから、ゆっくりと味わう。
視線の先には、アルサリオンとマウド王女。マウド王女は美しくて社交的で、アルと並んで会話をしている姿はとても絵になった。どんな会話をしているのかは聞こえない。
……なんだか、胸の奥がぎゅっと締め付けられるようにむかむかする。きっと、コルセットをきつく締めすぎたせいね。
♢♢♢
「アヴァロン卿、英国へようこそ。ロンドンは初めてですか?」
ワイングラスを持ったエドワード王太子がアルサリオンに軽やかに声を掛けた。
「いいえ、二度目です。公式な訪問ではありませんが」
「今回は私的な訪問ですか。英国には豊かな自然と文化がありますからね。何か持ち帰りたいものは見つかりましたか?」
「はい。以前から目を付けていた小鳥を一羽」
「小鳥、ですか……エルフの国には同じ鳥はいないのですか?」
「はい。イングランドにしかおりません。小さくて可愛らしい小鳥なのですよ。私は以前よりその小鳥を持ち帰りたいと思っていたのですが、すばしっこい鳥でして――中々捕まえられずに苦労しているところなのです」
「ほお……我が国には他にも美しい鳥がおりますよ。羽の色が綺麗な鳥、歌声が美しい鳥……よろしければご紹介もできますが?」
腹の底を探り合うような会話に辟易し、貼り付けた微笑みを浮かべた。
「いえ、私はその小鳥でなければだめなんです。私に幸せをもたらしてくれる幸運の青い鳥は、その一羽だけですから」
「そうですか、捕獲のお手伝いは必要かな?」
エドワードが視線を一瞬エヴェリーナにちらりと向けた。
「いいえ、結構です。狩りは一人で楽しみたい質でして。周りで騒ぎ立てられては、今度こそ手の届かない場所へ飛び立ってしまうでしょうから……」
「……それではアヴァロン卿が見事小鳥を捕まえられた暁には、我が国とエルフの国で盛大にお祝いせねばなりませんね」
「そうですね、その際には我が王に進言いたしましょう。けして小鳥の住む森を踏み荒らしたりしないよう、それだけお約束いただければ」
♢♢♢
晩餐会が終わると、ついに舞踏会がはじまった。最初のワルツは、アルサリオンはマウド王女と、私はウェリントン伯爵家の青年と踊ることになった。
「こんばんは、ミス・エイヴェリー」
「こんばんは、ミスター・ウェリントン」
「……僕のこと、覚えていますか?」
「……え?」
誰?また知らない人だわ、本当に私の脳みそって小鳥なのかしら。記憶の海を探しても、ここ数年貴族子息と連絡を取り合ったり顔を合わせた覚えがない。
「その顔では覚えておりませんね。まだ幼かったですから仕方がありません。昔、我が家に遊びに来られたことがございますよ」
「……あっ、もしかして青いお屋敷の?」
子どものころの思い出が蘇る。まだお母さまがご存命だった頃、他家のティーパーティーに招待された覚えがある。確か、五歳~六歳のころの話だ。彼の名はルーカス・ウェリントン。私より二つ上の伯爵令息だ。そしてこの人こそ、昔私に心無い言葉を投げた人。
「そうです、思い出してくれてありがとう」
するとオーケストラの旋律が聞こえてきた。ファーストダンスが始まったのだ。手を組み、3拍子のリズムに乗って、広いボールルームを滑るように回転しながら進む。途中、視界の端にアルとマウド王女が踊る姿が目に入った。
優雅に踊り、互いの耳元で小声で話すその姿はどう見てもおとぎ話の王子様とお姫様で。どんどん胸の底に重たいものが積みあがる。この気持ちは、一体何――?
「君、綺麗になったね。昔は野菊のように可憐だったけど、今日の君は咲き誇る白百合のようだ」
「……あら。昔貴方は私に『母上には似ていないね』と仰ったじゃない。私あの時随分傷つきましたのよ」
するとルーカスはアンバーの瞳を揺らし、焦った口調で首を横に振った。
「えっ……ごめん、そんな風にとっていただなんて気が付かなかった。君と君のお母上が似ていないと思ったのは本当だけど、君のことを悪く言ったつもりはなかったんだ。君は昔から可愛いよ。そして、今は美しい」
ルーカスの思わぬ言葉に動揺するが、ここは社交界、上手く切り返さなければいけない。にっこりと微笑んでこう言った。
「ありがとうございます。お母さまのドレスに私の婚約者が魔法をかけてくれたから、きっとそのおかげね」
ワルツも佳境に入り、ルーカスが何か言いたそうに小声で話しかけてきた。
「……君の婚約者は、本当にエルフなの?」
「ええ、そうみたい」
「昔、僕の曾祖父が話してくれたことがあるんだ。エルフは一度目をつけた人間に強く執着する生き物だと」
「……執着、ですか」
周るとドレスの裾がふわりと広がる。会場の照明に照らされて、銀糸の刺繍が入ったトレーンは淡い月のような光を放った。
「もし君がエルフとの婚約を望んでいないなら、力になるよ」
「えっ……」
私は頷くことができなかった。直後、ルーカスの肩越しに見えた、アルの表情。
凍てついた真冬の湖の水底のような瞳。――氷下の中に閉じ込めて、決して離さないとでもいうような視線。
曲が終わり、拍手の音が広間に鳴り響く。でも、私の胸はすっかり冷え切ってしまった。
「ミス・エイヴェリー、顔色が……」
「大丈夫です、失礼します」
私はドレスを翻してお父様を探した。人が多すぎて、何処にいるのかが分からない。
どんどん胸が苦しくなり、くらっと視界が揺れる。
「エヴェリーナ!!」
アルが叫ぶ声が聞こえたような気がして、私は真っ暗な闇に飲み込まれた。
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