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第50話 信じてる
しおりを挟む捜索隊を編成し、二人を探し続けること1時間。事態はより一層悪くなっていた。
濃霧が立ち込め、視界が不良になる。これで暗くなってしまえば、もう今日中に見つけることは難しいだろう。時刻は16時を回り、日も傾きかけていた。
(どうしよう、どうしよう!もしこのまま朝まで見つからなければ……)
焦る心を必死に抑えるが、最悪の想像をしてしまう。
額からは嫌な汗が吹き出し、呼吸も浅くなる。
胃が引き攣れるように痛み、口の中はカラカラに乾いた。
極限の精神状態で思い浮かんだのは、アルの顔だった。
(アル……)
私は屋敷を飛び出し、アルの元へ向かった。
震える指でチーン、と玄関のベルを鳴らす。もし彼が不在なら、もう打つ手はない。
しばらくすると、扉がカチャリと静かに開いた。
「エヴェリーナ?どうしたんですか?」
アルの顔を見た瞬間、張り詰めていた糸が切れた。私はぼろぼろと涙をこぼしながら助けを求めた。
「あ……アル、お願い。助けて欲しいの。私にできることならなんでもするから……だから……!」
肩を震わせて頭を下げる。客人の彼に対して領地の問題に巻き込むのはお門違いだ。それでも、もう彼に助けを乞うしか考えられなかった。
「エヴェリーナ、顔を上げて」
ぱっと顔を上げてアルを見ると、彼の手が私の肩にそっと触れた。
「大丈夫、落ち着いて。ゆっくりでいいから、何があったか話して下さい」
私は村の子ども二人が行方不明になっていることを彼に伝えた。既に捜索を行っているがまだ見つからないこと、霧が出はじめて捜索がさらに困難になったことも。
「分かりました。領地の地図は?」
「屋敷にあるわ。でも最新の地形ではないの」
「大丈夫ですよ。書き換えます」
屋敷に戻って地図を広げたアルは、地図の上に手をかざした。手から放たれた虹色の光が地図に吸い込まれると、瞬く間に白紙に変わる。それからまた地図がじわりと浮かび上がってきた。
「かなり地形が変わってますね」
「狩猟管理人は随分前に暇を出してしまったから」
「捜索隊はどこを探していますか?」
「採石場と、沼地、領主管理の森、あとはウィンドラッシュ川周辺よ」
アルは指を顎に添え、思考を巡らせている。
「エアリエル」
「はい、アルサリオン様」
「風に聞いてくれ。8歳前後の少年2名を地上で見かけなかったか」
「畏まりました」
エアリエルは手から緑色の旋風を出現させ、窓を開けて空に放った。
「エアリエルは何をしているの?」
「彼は風の妖精だから、風の声が聞こえるんです。領地内の風が届く範囲なら、教えてくれるはずです」
妖精はそんなこともできるのね。感心していると、数分後には外から緑色の旋風が戻ってきた。エアリエルがじっと耳を澄ましている。
私には、ただひゅー、と風が吹く音にしか聞こえない。
「現時点で領地内の地上においてそのような子どもは見ていないらしいです。日中外にいるこどもは大勢いたので、足取りの判別が難しい……」
新たな手掛かりを得ることができずに肩を落としていると、エアリエルが小さくあっと声を上げた。
「……野原で、子どもを見かけた、二人……突然消えた……?」
「エアリエル、それはどこなのか分かる!?」
「……ここですね」
「東の牧草地……っ!羊のドロップ!」
「羊のドロップ?」
「エイヴェリー領は地盤が空洞化しやすいの。ある日急に穴が開いて羊が落ちる、ということがたまにあるわ。穴が深いと叫んでも地上には届かない。今の時期は穴が草や葉で覆われて、余計に見つかりにくいのよ」
希望が見えた。二人はきっと穴に落ちてしまったのだ。
「行きましょう」
「ええ!」
私たちは東の牧草地へ向かった。
♢♢♢
周辺は霧が立ち込めて肌寒い。日はすっかり落ちて草は夜露に濡れていた。地表には白い帯が浮かび、遠くの景色を曖昧にする。
私はランタンを片手に耳を澄ませた。子どもたちの声が聞こえないか、ほんの少しの些細な違和感も見逃せない。
「エヴェリーナ、今から魔法で子どもたちの場所を探ります。大地の精霊と交信をするので、私はここから動けません。場所を指示しますから、貴女が子どもたちを探してください。できますか?」
「もちろんよ。任せて」
彼がしゃがみ込んで両手を地面につけると、放射線状に光が伝わり、円陣を描いていく。アルの銀色の髪が煌々と輝き、風に吹かれたようにたなびいた。
「……見つけた。空洞だ」
「じゃあ、そこに子供たちがいるのね!?」
「恐らく。エヴェリーナ、霧が深くて数歩先も見えない状況です。でも、決して危ない目にあわせたりはしません。私を信じて、一人で進めますか?」
透き通る薄青の瞳が、真っすぐに私を射抜く。アルに会う前はあんなにも怖かったのに、今は不安なんか一つもなかった。私は自信を持って答えた。
「ええ、アル。貴方を信じているわ」
アルは一瞬驚いたような顔を見せたが、すぐにふっと笑って頷いた。
「まずは、北に向かって20歩。それから3時の方角に8歩」
私はアルの言う通りに歩いた。真っ白な霧に包まれた牧草地は、別の世界に迷い込んでしまったようだった。ランタンを片手に、迷わず進む。
(大丈夫、アルの言う通りに進めばたどり着けるわ)
胸を押さえ、慎重に歩数を数えて指示を待つ。
「次は……北に5歩、1時の方向に……10歩」
自分もうっかり落ちてしまうことのないよう、足元をしっかり踏みしめる。すると、私の足元に何かが落ちているのが見えた。
拾い上げると、それは子どものサイズの帽子だった。
「アル、帽子が落ちているわ!」
「そこで止まって。すぐに行きます」
足元をランタンでかざす。そこには確かに子どもの足跡が残されていた。草はまばらで、踏み荒らされた形跡がある。すぐにアルが私に追い付いた。
「ジョン!レイモンド!いるの!?」
しかし返答はない。まさか、もう――心臓が嫌な音を立てて騒ぎ出す。
お願い、どうか返事をして。
その場で祈るように立ち尽くした。
すると、遥か遠くの方から、弱々しい声が風に乗って聞こえた。
「だれ……か……」
アルが手元に光の球体を出現させた。その光は私たちの周辺を明るく照らす。地面を覗き込むと、真っ黒な穴が現れた。光をかざすと――ジョンとレイモンドが、穴の中で寄り添っている姿を捉えた。
「ジョン!レイモンド!」
穴はかなり深かった。5メートルは沈み込んでいる。二人はぐったりして、小さく震えていた。
「よく頑張ったわね、もう大丈夫よ!」
「順番に引き揚げるから、後少しの辛抱だ」
アルが魔法で子どもの体を浮かべ、一人ずつ救出した。ジョンとレイモンドは泥だらけで打撲や擦り傷はあったものの、大きな怪我はなかった。
屋敷に戻り、ロナルドに村の教会の鐘を鳴らすように伝える。二人が見つかったことを知らせる合図だ。
その夜、教会の鐘が高らかに村に鳴り響いた。
しばらくすると、ジョンとレイモンドの両親が屋敷に飛び込んできた。涙ながらにお礼を言われ、親子の再会に胸を撫で下ろす。
安心した私は、その場にへなへなと座り込んだ。
「エヴェリーナ、大丈夫ですか?」
「ええ、安心したら気が抜けてしまったわ」
安堵と恥ずかしさで涙が滲む。床についた手は、かたかたと震えていた。すると、すぐ隣に彼も腰を降ろした。
「領主代理、立派でしたよ」
その言葉に、明かりが灯ったように心が暖かくなる。私の手にアルの手が重なると、震えは止まった。
「ありがとう、貴方のおかげで本当に助かったわ」
「いいえ、貴女の望みは私の最優先事項ですから」
静かになった屋敷のダイニングに二人きり。時計の針の音が、沈黙の中で規則的な音を刻む。
「あの……何か、お礼をしたいのだけど」
「お礼なんて……そうですね、なんでもしてくれるんですもんね」
そう言ったアルの口元が意地悪く歪んだ。この表情は、良からぬことを思い付いた時の顔だ。
私はふと思い出した。アルに助けを求めた時に、"自分にできることならなんでもする"と言ったことを。
「常識の範囲内で!紳士が淑女にお願いできる範疇でよ!?」
慌てて予防線を張った私を見て、彼は面白そうに目を細めて笑った。
「はい、もちろんです。貴女にしかできない、常識の範囲内でのお願いですから」
私はエルフの常識はイングランドの非常識、ということをすっかり忘れていた。
数日後にロンドンであり得ないお礼をすることになるとは、この時の私には知る由もなかった。
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