通りすがりのエルフに求婚された貧乏男爵令嬢です〜初対面なのに激重感情を向けられています〜

東雲暁

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第65話 雪に溶かして

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 シャーロットとのお茶会から一週間後。数日かけて降り続けた雪は、私の足首が埋まる高さまで積もった。
 今日は珍しく晴れていて、青を薄めた空が冷たく領地を見下ろしている。
 
 (こんな風に毎日くよくよしているのは、私らしくないわ。こういう時は、家に閉じこもっていてもだめね)

 ボルドーのウールのケープを羽織り、ラムファーのマフをつける。フードを被って、防寒対策を万全に整えた。

 白い大地は太陽の光を受けて、硝子片のように輝いている。冷えた空気は容赦なく肌を刺した。

 はあー、と息を吐くと、真っ白な呼気がこぼれ落ちる。心のもやもやを全て吐き出すように、深く息を吸って、吐いた。

 彼の屋敷のベルを鳴らす。すると、すぐにアルが出てきた。

「雪だるま作りましょう!」

「……もう鼻が赤くなってますよ」

 彼の手から現れた光の輪が頭から足のつま先までを通り過ぎると、全身が暖かな膜で包まれる心地がした。

「暖かいわ。ありがとう」

「風邪を引いては大変ですから」

「じゃあ、たくさん遊べるわね!」

 嬉々として小さく飛び跳ねると、彼は子どもを嗜めるような口ぶりで言った。

「メアリーに怒られますよ」

「あら、貴方も共犯者よ。後で二人で怒られましょうね」

 私たちは笑って手を繋ぎ、雪の大地を踏み締めた。

 ♢♢♢

 歪な形の雪だるまに、石や小枝で顔を作る。少し不恰好だけど、私の腰の高さほどの雪だるまはにっこりと笑って屋敷の前に佇んだ。

「これで完成ね!」

 達成感で満足していると、アルがココアの入ったマグカップを手渡してくれる。魔法で寒さを感じにくいとはいえ、冬の野外で飲む温かいココアは格別だ。
 一口飲むと、暖かいココアが喉を通り、まろやかな甘さが舌に残った。

「ありがとう。美味しいわ」

「雪が好きなら、精霊の国エルダールでも降らせましょう」

「そんなことできるの?」

「長時間は無理ですが、少しくらいなら」

「まあ。アルは私が望めばなんでも叶えてくれそうね」

 軽口をたたいて笑えば、彼は強張った表情で「貴女が側にいてくれるなら、なんだってできますよ」と言った。
 
 なぜか、その言い方に居心地の悪さを感じてしまう。そう思ったことに罪悪感を覚え、思わず目を逸らした。

「そ、そんなになんでもかんでも叶えちゃだめよ」

「どうして?番の望みを叶えるのはエルフの喜びだと教えたでしょう?貴女は、なんでも望んでいいんですよ」

「でも、なんでも叶ってしまったら努力できなくなってしまいそうだわ。一人では何もできない人間になってしまいそう」

 困り顔で返せば、アルは押し黙ってしまった。表情からは、彼の考えが読み取れない。

 (私は何か間違ったことを言ってしまったのかしら……)
 
 優しく微笑んでいるアルのセレストブルーの瞳が、不安そうにふるりと揺れている。

 私はマグカップの中のココアを飲み干した。喉がぐっと熱くなる。空になったマグカップをアルに預けて、その場から駆け出した。
 
 木の影に隠れた私は、「そこから動いちゃだめよ!」と叫び、足元の雪をかき集める。

「エヴェリーナ?」

「えいっ」

 私が投げた雪玉は、アルの数m先に落ちて崩れた。

「あら?思ったより飛ばないわ……」
 
 もう一度雪玉をこしらえて、呆然としている彼目掛けて再び目一杯投げつける。今度はアルの足元に転がった。

「当てた方が勝ちよ!当てられた人は、隠し事を打ち明けること!」

 雪玉をたくさん作った私は、先手必勝とばかりにアル目掛けてどんどん投げつける。

「えっ、ちょっ……狡いです!」

「紳士なら、レディーファーストでしょう!?」

 慌てたアルは軽い身のこなしで私が放った雪玉を避けていく。

「レディーファーストでしたら、お先にどうぞ!」

 雪玉が、私が隠れている木にぱしり、と当たった。先にやられてなるものか、とまたもや負けず嫌いが顔を出す。アルは続けて声を張り上げた。

「そもそも、隠し事なんか、ありませんけど?」

 私のつま先に雪玉が掠めそうになり、慌てて足を引っ込めた。

「あら、そうは、見えないわね!?なんだか最近、上の空よ?」

 雪玉の応酬は続き、お互い離れた場所で叫びながら子どものように雪玉を投げ合った。
 
 しかし、このままでは埒が開かない。そもそも私の腕では遠くに飛ばすどころか、狙いを定めることも難しいのだ。

 (こうなったら……)

「アル!大変、こっちに来てちょうだい!」

「っ!どうしました!?」

 ざっざっと、雪を足早に踏み締める音がする。木の根本に座り込んで膝を抱えた私は、アルがこちらに来るのを待った。

「エヴェリーナ?」

 木の向こう側から私の顔を覗き込んだ彼の頬に、雪玉をぱっと押し当てた。

「私の勝ちでよろしくって?」

「……やってくれましたね」

 勝ち誇った顔をして笑っていると、アルは眉を顰めて私の頬を両手で挟んだ。

「貴女はいつからそんな悪い子になったんですか?」

「ごめんなさい。でも、少しすっきりしたんじゃない?」

「私は、別に……」

 口籠るアルの言葉に被せるように、「私は少しすっきりしたわ」と返す。

 冷たい空を見上げた。静かに流れる細長い雲を見送ると、彼も私の左隣に腰を降ろして同じように空を見上げた。

「最近、不安だったの。幸せなはずなのに、自分でも理由が分からなくて」

「……私が不安にさせてしまいましたか?」

 私は黙って首を横に振って、彼の肩にそっと寄りかかった。

「結婚前の憂鬱なんですって。よくあることらしいわ。でもいつまでも悩んでいるのは自分らしくないなって思って」

 不安が綺麗に消えたわけではない。未知の世界に対する恐れが無くなる訳でもない。
 
 それでも、雪に包まれた真っ白な世界で零した弱音は、とても些細なことに思えた。

「アルは?言いたくないなら言わなくてもいいんだけど、最近何か抱えているように見えたから……違ってたらごめんね」

「……エヴェリーナが、やっぱり結婚は辞めると言い出したら、どうしようかと」

「やだわ、そんなこと思ってたの?……私、信用度ゼロね」

「いえ、ただ私が……小心者なだけですよ」

 時折、彼はこんな表情を浮かべる。笑っているのに、どこか哀しさを宿している。
 それがとても――寂しかった。
 
 私は彼の右手をそっと握った。
 アルの指先が、ぴくりと跳ねる。
 何かを確かめるように親指が私の薬指を撫で、手を握り返された。

「エヴェリーナ、もし――いいえ、なんでもありません」

 何かを言おうとしたが、言い淀んですぐに辞めてしまった。

 無理に聞こうとは思わなかった。
 いつか話してくれたら、それでいい。

 だって私たちには、これからいくらだって時間があるのだから。

「大丈夫よ。私たちは、大丈夫」

 不安を打ち消すように、自分たちに言い聞かせるように、「大丈夫」と言う言葉を繰り返した。


 ♢♢♢

 寝室で寝酒をしながら、昼間の出来事を思い返していた。
 幸せなはずなのに、不安になる。
 エヴェリーナの言葉は、私のそれとは同じようで、きっと違う。
 
精霊の国エルダールに連れて行けば安心できるのだろうか。
 彼女を抱けば、手に入ったと実感が湧くのだろうか。

 エヴェリーナが離れていかないという、確固たる証が欲しい。
 それがどうしたら手に入るのか、探し求めても誰も教えてはくれない。
 不安を飲み込むように、シェリー色の酒を一息に流し込む。

 「……大丈夫。私たちは、大丈夫だ」

 国に帰るまで、残り3ヶ月を切った。

 春はもうすぐそこまで来ている。
 なのにこの凍てついた冬が終わらないような、そんな予兆がした。
 
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