通りすがりのエルフに求婚された貧乏男爵令嬢です〜初対面なのに激重感情を向けられています〜

東雲暁

文字の大きさ
73 / 97

第72話 過ぎ去った時間

しおりを挟む

 あたたかい日差しが降り注ぐ。でも、体は濡れて重たいし、服がべったり纏わりついて気持ちが悪い。

「ん……」

 目を開けると、黄色い小花が風に揺られて鼻先をくすぐる。顔に冷たく張りついた髪を耳にかけて、ゆっくりと立ち上がった。

 周りを見渡せば、そこはどこまでも果てしなく続く蒼穹と、黄色い絨毯のようなカウスリップの花畑だった。
 人影一つ見当たらない。静かで、怖いくらいに美しい景色だった。

「ここは天国かしら……」

 この世のものとは思えない風景。
 思わず頬をつねってみると、ちゃんと痛みはある。

 どうやら、湖に飛び込んで死んだのではなさそうだ。ここが、精霊の国エルダールなのだ。

 無事辿り着けたことへの安堵で、私は力無くその場に座り込んだ。すぐそばには、持ってきたトランクが転がっている。

 すると、どこからともなくサリが現れた。サリは私の膝によじ登る。

「サリ、あなた、どうしてここにいるの?畑に帰ったんじゃなかったの?あら、右手も無いじゃない……」

 矢継ぎ早に尋ねても、サリは喋らない。いつものように、「うぃー」と鳴くこともしない。右手は千切れてなくなっていた。

 (来る途中で無くしちゃったの?それとも、畑に返した時に?)

 その痛々しい姿に胸が痛くなるが、どうすることもできなかった。

 複雑な気持ちを抱え、サリを肩に乗せてやる。私は遠くを見渡した。蜃気楼の果てには辛うじて大木の輪郭が見えた。

 精霊の国エルダールの知識の引き出しから、アマン大陸の地図を頭の中に思い浮かべる。

 精霊の国エルダールは、アマンの東側に位置する。国の中心には、天まで届くマロルンの木が大地に根をはり、その下がティルナノーグ。その周りには三種族の集落が存在するはずだ。見たところ、入江や鉱山の近くではなさそうだから、ここは妖精のなわばりだろうか。

「とりあえず、誰かいないか探してみましょうか」

 サリはこっくりと頭を縦にふった。こちらの言うことは聞こえているみたいだ。

 (ティルナノーグを目指さなきゃ。アル、待っててね)

 私は花畑の中を歩き始めた。

 ♢♢♢

 しばらく歩くと、どこまでも続きそうに思えた花畑にようやく終わりが見えた。
 森の入り口には、《フェアリーガーデン》と子どもの落書きみたいな文字で書かれた大きな葉が一枚ぶら下がっていた。

「はあ、疲れたわ……」

 森の中に入ると、ちょうど腰掛け椅子ほどのキノコを見つけたので、そこに座る。

「ちょっと!そこに座らないでよ!」

 声に驚いて思わず立ち上がる。辺りを見渡せば、緑色の光の玉が木の上からさあっと降りてきた。
 
「そこ、あたしの寝床なんだから!」

 小さな妖精の女の子は、ふわふわの綿毛みたいな髪の毛を振り乱し、きいきいと金切り声をあげて怒り出した。

「あ、ごめんなさいね。少しだけ休ませて欲しかったの」

「分かればいいのよ。あら、人間?珍しいこと……」

 サリと私を一瞥すると、彼女の菫色の瞳に怯えと嫌悪の色が浮かんだ。

「やだあ、エルフくさいっ」

 あからさまに鼻を摘む仕草をして、空中を後ずさる。

 (エルフくさいってどういうこと?)

 思わず自分の体を匂ってみるが、人間の私に分かるはずもない。

「ねえ、お願いがあるんだけど、聞いてくれるかしら?」

「お願い聞いたら何をしてくれるの?」

 私はトランクを開けて、ガラス瓶からビスケットを取り出した。

「聞いてくれたら、これをあげるわ」

「何よそれ……」

 受け取った妖精は、おずおずと一口ビスケットを齧った。メアリーお手製の、チョコチップ入りのビスケットだ。

 食べた瞬間、妖精の瞳が輝いたのを、私は見逃さなかった。

「お願い聞いてくれたら、もう一つあなたにあげるわ」

「しょうがないわね、何して欲しいの?」

 私は妖精に、花の妖精のブライアを知っていれば教えて欲しいことを話した。彼と会えれば、アルとも連絡が取れるかもしれない。
 
 (アルも私のことを探してくれているはずだし、まずはブライアに会えればいいんだけど)

「ブライア様に会いたいの?彼ならガーデンの奥に住んでるわ。いいものくれたし、案内してあげる!」

 妖精がちかちかと光を瞬かせながら森の奥へと飛んでいく。その後に続き、私たちはフェアリーガーデンに入り込んだ。


 ♢♢♢

 森の奥に足を踏み入れると、そこは甘く芳醇な香りが充満していた。
 スミレやブルーベル、スノードロップやクロッカスなど、季節に関係なく、でたらめに咲いている。
 
 色とりどりの光の玉が点滅し、そこかしこに漂っている。鈴の音がちりちりん、と鳴り響き、「人間だ」「人間よ」とひそひそ囁き声がした。

「ブライア様、人間が探してるよ」

 妖精の女の子が、白い花の前で話しかけている。

 (どうして花の前で……?)

 不思議に思っていると、白く小さな鐘のような花から金色の光が漏れ出てきた。

「何よ、人間……?っ!!」

 花の中から出てきたのは、長い金髪を一つに結え、大きな赤い瞳で訝しげな顔をしたブライアだった。

「ブライア!久しぶりね」

 声をかけた瞬間、彼は人間の大きさに変化して私の肩を掴んだ。
 まるで死人でも見たような顔で私を上から下まで確認し、「ほ、本物……?」と震える声で呟いた。

「もちろん本物よ、私エヴェ……」

 話の途中で唐突に私の口は塞がれた。ブライアは厳しい目つきで周囲を警戒している。

「ここでは本当の名前は名乗ってはいけないわ。帰れなくなるからね」

 無言で頷くと、ブライアはゆっくりと手を離した。

「……久しぶりね。隊列に混じってきたのね?」

「ええ、そうなの。アルと連絡を取りたいんだけど、どうしたらいいかしら」

 明るく尋ねた私とは裏腹に、ブライアは暗い顔をして言い淀んだ。

「どうしたの……?もしかして、アルに何かあったの?」

「……ごめん、私からは言えない。あのね、落ち着いて聞いて。この世界ではマロルンの木に花が咲いてから枯れるまでが人間界での一年間。これは勉強したから知ってるわよね?」

 無言で頷き、彼を見る。
 とても、嫌な予感がした。

「私たちがこちらに帰ってきてから、花は7回咲いて枯れたわ」

 (それって……離れてから7年が経ったってこと……!?)

 心臓を撃ち抜かれたみたいな衝撃が全身を貫いた。
 7年。エルフから見れば一瞬の月日なのかもしれない。
 でも、人間から見れば取り返しのつかないくらい長い年月だ。
 私は震える手で口元を覆った。

「ど、どうしよう、そんなに……?どうして……早くアルに会わなくちゃ」

(こちらで7年たったなら、人間界では?向こうでも7年たっているの?)

 焦燥感と後悔で埋め尽くされた私は、居ても立っても居られずトランクを抱えて足早にその場から立ち去ろうとした。
 その手を、ブライアが引き留める。

「人間界から人がこちら側に来る場合、時間の流れが捻れることがあるの……」

 彼は目を伏せて、唇を噛み締めていた。アルを7年もの間一人にしてしまった。その事実がなによりも辛かった。

「ブライア、ティルナノーグに行きたいの。案内してもらえる?」

「途中までは送ってあげる。私は今ここから離れられないの。今日はもうここで休みなさい、疲れてるはずよ」

 確かに体は気怠いし、今にも瞼が落ちてきそうなほどに眠たかった。

「でも、早くアルに会わなきゃ……!」

「一休みしたくらいじゃなんにも変わらないわよ。明日からたくさん歩かなくちゃいけないんだから、きちんと休息を取りなさい」

 ブライアが手をかざすと、向かい合う木の枝がずずず、と伸び、絡み合ってハンモックのようにぶら下がる。
 その上に花びらを敷き詰め、大きな葉を布団代わりにすれば寝床の完成だ。

 私はのろのろとその寝台に寝転び、花の香りに包まれて微睡んだ。

「おやすみ。良い夢を」

「ブライア……ありがと……」

 精霊の国エルダールにたどり着いて一日目。ブライアに再会することができた私は、過ぎ去った年月があまりにも長いことを知った。

 早くアルに会いたい。
 こんなにも待たせてしまったことを謝らなくちゃ。

 鈴の音が徐々に遠ざかっていく。私の意識はふっと途切れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる

藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。 将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。 入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。 セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。 家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。 得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。

【完結】何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること

大森 樹
恋愛
辺境伯の娘であるナディアは、幼い頃ドラゴンに襲われているところを騎士エドムンドに助けられた。 それから十年が経過し、成長したナディアは国王陛下からあるお願いをされる。その願いとは『エドムンドとの結婚』だった。 幼い頃から憧れていたエドムンドとの結婚は、ナディアにとって願ってもいないことだったが、その結婚は妻というよりは『世話係』のようなものだった。 誰よりも強い騎士団長だったエドムンドは、ある事件で左目を失ってから騎士をやめ、酒を浴びるほど飲み、自堕落な生活を送っているため今はもう英雄とは思えない姿になっていた。 貴族令嬢らしいことは何もできない仮の妻が、愛する隻眼騎士のためにできることはあるのか? 前向き一途な辺境伯令嬢×俺様で不器用な最強騎士の物語です。 ※いつもお読みいただきありがとうございます。中途半端なところで長期間投稿止まってしまい申し訳ありません。2025年10月6日〜投稿再開しております。

【完結】男装令嬢、深い事情により夜だけ王弟殿下の恋人を演じさせられる

千堂みくま
恋愛
ある事情のため男として生きる伯爵令嬢ルルシェ。彼女の望みはただ一つ、父親の跡を継いで領主となること――だが何故か王弟であるイグニス王子に気に入られ、彼の側近として長いあいだ仕えてきた。 女嫌いの王子はなかなか結婚してくれず、彼の結婚を機に領地へ帰りたいルルシェはやきもきしている。しかし、ある日とうとう些細なことが切っ掛けとなり、イグニスに女だとバレてしまった。 王子は性別の秘密を守る代わりに「俺の女嫌いが治るように協力しろ」と持ちかけてきて、夜だけ彼の恋人を演じる事になったのだが……。 ○ニブい男装令嬢と不器用な王子が恋をする物語。○Rシーンには※印あり。 [男装令嬢は伯爵家を継ぎたい!]の改稿版です。 ムーンライトでも公開中。

【完結】二度目の子育て~我が子を可愛がったら溺愛されました

三園 七詩
恋愛
私は一人娘の優里亜の母親だった。 優里亜は幼い頃から体が弱く病院でほとんどの時間を過ごしていた。 優里亜は本が好きでよく私にも本の話をしてくれた。 そんな優里亜の病状が悪化して幼くして亡くなってしまう。 絶望に打ちひしがれている時事件に巻き込まれ私も命を落とした。 そして気がつくと娘の優里亜が大好きだった本の世界に入り込んでいた。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

酒飲み聖女は気だるげな騎士団長に秘密を握られています〜完璧じゃなくても愛してるって正気ですか!?〜

鳥花風星
恋愛
太陽の光に当たって透けるような銀髪、紫水晶のような美しい瞳、均整の取れた体つき、女性なら誰もが羨むような見た目でうっとりするほどの完璧な聖女。この国の聖女は、清楚で見た目も中身も美しく、誰もが羨む存在でなければいけない。聖女リリアは、ずっとみんなの理想の「聖女様」でいることに専念してきた。 そんな完璧な聖女であるリリアには誰にも知られてはいけない秘密があった。その秘密は完璧に隠し通され、絶対に誰にも知られないはずだった。だが、そんなある日、騎士団長のセルにその秘密を知られてしまう。 秘密がばれてしまったら、完璧な聖女としての立場が危うく、国民もがっかりさせてしまう。秘密をばらさないようにとセルに懇願するリリアだが、セルは秘密をばらされたくなければ婚約してほしいと言ってきた。 一途な騎士団長といつの間にか逃げられなくなっていた聖女のラブストーリー。 ◇氷雨そら様主催「愛が重いヒーロー企画」参加作品です。

異世界もふもふ死にかけライフ☆異世界転移して毛玉な呪いにかけられたら、凶相騎士団長様に拾われました。

和島逆
恋愛
社会人一年目、休日の山登り中に事故に遭った私は、気づけばひとり見知らぬ森の中にいた。そしてなぜか、姿がもふもふな小動物に変わっていて……? しかも早速モンスターっぽい何かに襲われて死にかけてるし! 危ういところを助けてくれたのは、大剣をたずさえた無愛想な大男。 彼の緋色の瞳は、どうやらこの世界では凶相と言われるらしい。でもでも、地位は高い騎士団長様。 頼む騎士様、どうか私を保護してください! あれ、でもこの人なんか怖くない? 心臓がバクバクして止まらないし、なんなら息も苦しいし……? どうやら私は恐怖耐性のなさすぎる聖獣に変身してしまったらしい。いや恐怖だけで死ぬってどんだけよ! 人間に戻るためには騎士団長の助けを借りるしかない。でも騎士団長の側にいると死にかける! ……うん、詰んだ。 ★「小説家になろう」先行投稿中です★

処理中です...