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第71話 待っていて
しおりを挟むアルの手がお父様の胸に触れた。何かを呟いたが、それは私たちの国の言語ではなく、エルフの言葉だった。
エアリエルが、「いけない!その呪文は……!!」と叫ぶ。
それでも彼の魔法は止まらない。
アルの髪は星の光で染め上げられたように輝き、瞳は黄金色に変化した。
胸には青銀の光が灯り、その光は腕を伝ってお父様の胸に流れ込む。すると、アルの足元に何本もの花が咲いた。白く星の形をした花は、猛烈な勢いで咲いては枯れていく。
まるでアルの命を養分にして成長しているように見えて、背筋が凍った。
本能が「止めなければ」と警告する。
「アル……!もうやめて!」
彼の腕を掴むと、腕は数度痙攣を起こし、光は淡く消失した。
お父様を見ると、紫色だった唇には赤みが差し、胸は静かに上下していた。
ヒューゴが父の腕を取り、脈拍を調べている。
「……!だ、旦那様の脈拍が、正常です……!」
安堵が広がったのも束の間、アルは呼吸を忘れていたのか、息を吹き返したように大きく空気を吸い込み、胸を抑えてその場に蹲った。
「アル……!アル、大丈夫!?聞こえる!?」
私は彼の頬に両手を添えて顔を覗き込んだ。アルの目の焦点は定まらず、歯の根が合わずにがくがくと震えている。
ブライアが沈み込みそうなアルの体を後ろから支えてくれる。
「エアリエル、今のは何!?あれは、普通の魔法じゃない……!」
蒼白したブライアは、エアリエルに向かって叫んだ。妖精の彼から見ても、先ほどの光景は異常なことなのだ。
エアリエルは頭を抱えて、顔を歪めた。
「あれは……世界の理を捻じ曲げる、禁忌魔法です」
(禁忌魔法……?じゃあ、求婚の儀は……?)
そう考えた瞬間、私の指に嵌められた金色の指輪は、さらさらと砂になって指から溢れ落ちた。
「待って、そんな……!禁忌魔法には、代償があるって……!」
「代償の内容は分かりません。掟に倣い、女王が与えます」
アルは、父を救うために禁忌魔法を使う選択をしたのだ。
私のために。
私が、選べなかったから。
「エ……ヴェリーナ……」
弱々しい声を発するアルの瞳は、私をまっすぐ見つめていた。彼の指輪もまた、砂に還っていた。
「アル……アル……!!」
私は泣きながら彼の体を強くかき抱いた。震える白い指先が、私の頬を伝う涙を拭っていく。
「お父上の命は、もう大丈夫です……」
「アル、どうして……!」
その問いにアルが答えることはなかった。代わりにエアリエルへ視線を送り、息も絶え絶えに問いかける。
「エアリエル……残りの、滞在時間は」
「すぐです。すぐに帰還せねばなりません。求婚の儀は失敗です」
「そんな!嫌……!」
「私は、貴女を連れて行けない……でも、一つだけ方法がある」
アルの掠れた声に耳を澄ませる。私はすぐにロナルドにナイフを用意させた。
互いの髪の毛を一房切り取り、それを交換する。
アルと精霊の国に共に出発することはできない。
でも、私が自らの意思で精霊の国に渡ることはできる。
「夏至祭前夜の森で、妖精の隊列を探して下さい。それに混じれば、精霊の国に渡ることができます」
私は黙って頷いた。彼が目を細めて微笑むと、向こう側が透けて見える。アルはもう此処にはいられないのだ。
「待っているから……何年でも、何十年でも、エヴェリーナをティルナノーグで待っている――待つのは、得意なんだ」
「すぐに行くわ。絶対に行く。だから、待っていて……アル、お父様を助けてくれて、ありがとう……!!」
どちらからともなく、誓いの口付けを交わした。次に目を開けた時、彼の姿はどこにも見当たらなかった。
♢♢♢
境界線が淡く溶け合う夏至祭の真夜中。
鶏が鳴くにはまだ遠い、魔女の刻だ。
私はトランクを抱えて、出発の準備を整えた。
メアリー、ロナルド、ヒューゴ、全員に別れの挨拶を済ませ、最後にお父様に抱きしめられた。
「気をつけて行ってきなさい。アルサリオン君に宜しく」
「はい、お父様――行ってきます」
私はブルーレイクのある森の中に、一人出発した。アルに会える未来を、思い描いて。
♢♢♢
薄暗い森に、私の足音だけが響く。鬱蒼と木が生い茂り、木々の隙間からは墨を溢したような漆黒の夜空に星明かりが点滅していた。
(もし今日の朝までに見つけられなければ、また一年後……)
妖精の隊列に必ず出会えるとは限らない。出会えるまで探すつもりではいるけど、もしかしたら何年もかかってしまうかもしれない。
(もし何十年もかかってしまったら、私はお婆ちゃんになっちゃうわ。そうしたら、アルは私だって分かってくれるかしら)
私が老婆になっても、アルは歳を取らない。きっと記憶の中の彼そのままの姿だろう。
祈るような気持ちでブルーレイクに辿り着いた。夜の静寂と、薄い霧が立ち込めている。
鳥の声も虫の声も聞こえない。
あまりにも静かすぎる。
ここはまだ、こちら側?
見知った場所とはいえ、不気味な静けさが背筋を撫で上げ、心細さに羽織っていたショールを固く握り込んだ。
すると、森の奥深くから、鈴の音がこだました。
高く涼やかなその音は、次第に近付いてくる。
淡い白銀の光が列になって漂い、くすくす、と囁くような笑い声が遠くで、あるいは耳元で聞こえた。
何かが来る。
私は身構え、その光の列に目を凝らした。すると、小さな羽の生えた妖精や毛むくじゃらの生き物、人外の美しさを宿した精霊たちが列をなし、ゆっくりと草を踏み締めてこちらに向かって歩いてきた。
(これが、妖精の隊列……!)
待ち望んでいた光景に、胸の高鳴りを抑えられない。その中に、見知った姿を見つけた。
麦色の、小さなコーンドール。
(サリ!?)
サリは私を見つけると左腕を上げ、私の肩に飛び乗った。それはまるで「一緒に行こう」と言ってくれているようだった。
私は妖精の列の後方に入った。アルから貰った指輪の加護で、妖精たちからは私の姿は見えていない。
このまま彼らに着いていけば、精霊の国に渡れるのだ。
妖精たちは、ブルーレイクの岸辺を周遊した。湖畔には白銀の光が映り込み、湖が星空のようだ。
そして、足がぴたりと止まる。一番先頭の妖精は、湖に飛び込んだ。
(えっ……!湖の中……!?)
隊列がどのようにして異界に渡るのかは知らされていなかった。冷たい湖に飛び込んで、そこからは?
湖に飛び込めば、すぐに着くの?どのくらい泳ぐのだろう。
考えている間にも、妖精たちはどんどん水の中へと入っていく。
私の鼓動はどんどん速度を上げた。
肩に乗っているサリは、左手で私の頬にそっと触れた。もういよいよ、私の番がくる。
――銀の糸は目には見えないけれど、信じれば正しい道に導いてくれる。
子どもの頃に読んだ、「王女とゴブリン」を思い出す。ポケットに入ったアルの髪に、そっと触れた。
(勇気を出すのよ、エヴェリーナ。アルの元に必ず行くと約束したでしょう!)
私は、勇気を振り絞り、ブルーレイクに飛び込んだ。一瞬だけ目を開けて見えた湖の底には、蒼光が渦を巻いていた。
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