通りすがりのエルフに求婚された貧乏男爵令嬢です〜初対面なのに激重感情を向けられています〜

東雲暁

文字の大きさ
72 / 97

第71話 待っていて

しおりを挟む

 アルの手がお父様の胸に触れた。何かを呟いたが、それは私たちの国の言語ではなく、エルフの言葉だった。

 エアリエルが、「いけない!その呪文は……!!」と叫ぶ。
 それでも彼の魔法は止まらない。

 アルの髪は星の光で染め上げられたように輝き、瞳は黄金色に変化した。

 胸には青銀の光が灯り、その光は腕を伝ってお父様の胸に流れ込む。すると、アルの足元に何本もの花が咲いた。白く星の形をした花は、猛烈な勢いで咲いては枯れていく。
 
 まるでアルの命を養分にして成長しているように見えて、背筋が凍った。
 
 本能が「止めなければ」と警告する。

「アル……!もうやめて!」

 彼の腕を掴むと、腕は数度痙攣を起こし、光は淡く消失した。
 お父様を見ると、紫色だった唇には赤みが差し、胸は静かに上下していた。

 ヒューゴが父の腕を取り、脈拍を調べている。

「……!だ、旦那様の脈拍が、正常です……!」

 安堵が広がったのも束の間、アルは呼吸を忘れていたのか、息を吹き返したように大きく空気を吸い込み、胸を抑えてその場に蹲った。

「アル……!アル、大丈夫!?聞こえる!?」

 私は彼の頬に両手を添えて顔を覗き込んだ。アルの目の焦点は定まらず、歯の根が合わずにがくがくと震えている。

 ブライアが沈み込みそうなアルの体を後ろから支えてくれる。

「エアリエル、今のは何!?あれは、普通の魔法じゃない……!」

 蒼白したブライアは、エアリエルに向かって叫んだ。妖精の彼から見ても、先ほどの光景は異常なことなのだ。

 エアリエルは頭を抱えて、顔を歪めた。

「あれは……世界の理を捻じ曲げる、禁忌魔法です」

 (禁忌魔法……?じゃあ、求婚の儀は……?)

 そう考えた瞬間、私の指に嵌められた金色の指輪は、さらさらと砂になって指から溢れ落ちた。

「待って、そんな……!禁忌魔法には、代償があるって……!」

「代償の内容は分かりません。掟に倣い、女王が与えます」

 アルは、父を救うために禁忌魔法を使う選択をしたのだ。
 私のために。
 私が、選べなかったから。

「エ……ヴェリーナ……」

 弱々しい声を発するアルの瞳は、私をまっすぐ見つめていた。彼の指輪もまた、砂に還っていた。

「アル……アル……!!」

 私は泣きながら彼の体を強くかき抱いた。震える白い指先が、私の頬を伝う涙を拭っていく。

「お父上の命は、もう大丈夫です……」

「アル、どうして……!」

 その問いにアルが答えることはなかった。代わりにエアリエルへ視線を送り、息も絶え絶えに問いかける。
 
「エアリエル……残りの、滞在時間は」

「すぐです。すぐに帰還せねばなりません。求婚の儀は失敗です」

「そんな!嫌……!」

「私は、貴女を連れて行けない……でも、一つだけ方法がある」

 アルの掠れた声に耳を澄ませる。私はすぐにロナルドにナイフを用意させた。

 互いの髪の毛を一房切り取り、それを交換する。
 アルと精霊の国エルダールに共に出発することはできない。

 でも、

「夏至祭前夜の森で、妖精の隊列を探して下さい。それに混じれば、精霊の国エルダールに渡ることができます」

 私は黙って頷いた。彼が目を細めて微笑むと、向こう側が透けて見える。アルはもう此処にはいられないのだ。

「待っているから……何年でも、何十年でも、エヴェリーナをティルナノーグで待っている――待つのは、得意なんだ」

「すぐに行くわ。絶対に行く。だから、待っていて……アル、お父様を助けてくれて、ありがとう……!!」

 どちらからともなく、誓いの口付けを交わした。次に目を開けた時、彼の姿はどこにも見当たらなかった。

 ♢♢♢

 境界線が淡く溶け合う夏至祭の真夜中。
 鶏が鳴くにはまだ遠い、魔女の刻だ。
 私はトランクを抱えて、出発の準備を整えた。

 メアリー、ロナルド、ヒューゴ、全員に別れの挨拶を済ませ、最後にお父様に抱きしめられた。

「気をつけて行ってきなさい。アルサリオン君に宜しく」

「はい、お父様――行ってきます」

 私はブルーレイクのある森の中に、一人出発した。アルに会える未来を、思い描いて。

 ♢♢♢

 薄暗い森に、私の足音だけが響く。鬱蒼と木が生い茂り、木々の隙間からは墨を溢したような漆黒の夜空に星明かりが点滅していた。

 (もし今日の朝までに見つけられなければ、また一年後……)

 妖精の隊列に必ず出会えるとは限らない。出会えるまで探すつもりではいるけど、もしかしたら何年もかかってしまうかもしれない。

 (もし何十年もかかってしまったら、私はお婆ちゃんになっちゃうわ。そうしたら、アルは私だって分かってくれるかしら)

 私が老婆になっても、アルは歳を取らない。きっと記憶の中の彼そのままの姿だろう。

 祈るような気持ちでブルーレイクに辿り着いた。夜の静寂と、薄い霧が立ち込めている。
 
 鳥の声も虫の声も聞こえない。
 あまりにも静かすぎる。
 ここはまだ、こちら側?

 見知った場所とはいえ、不気味な静けさが背筋を撫で上げ、心細さに羽織っていたショールを固く握り込んだ。

 すると、森の奥深くから、鈴の音がこだました。
 高く涼やかなその音は、次第に近付いてくる。

 淡い白銀の光が列になって漂い、くすくす、と囁くような笑い声が遠くで、あるいは耳元で聞こえた。

 何かが来る。

 私は身構え、その光の列に目を凝らした。すると、小さな羽の生えた妖精や毛むくじゃらの生き物、人外の美しさを宿した精霊たちが列をなし、ゆっくりと草を踏み締めてこちらに向かって歩いてきた。

 (これが、妖精の隊列……!)

 待ち望んでいた光景に、胸の高鳴りを抑えられない。その中に、見知った姿を見つけた。
 麦色の、小さなコーンドール。

 (サリ!?)

 サリは私を見つけると左腕を上げ、私の肩に飛び乗った。それはまるで「一緒に行こう」と言ってくれているようだった。

 私は妖精の列の後方に入った。アルから貰った指輪の加護で、妖精たちからは私の姿は見えていない。

 このまま彼らに着いていけば、精霊の国エルダールに渡れるのだ。

 妖精たちは、ブルーレイクの岸辺を周遊した。湖畔には白銀の光が映り込み、湖が星空のようだ。

 そして、足がぴたりと止まる。一番先頭の妖精は、湖に飛び込んだ。

 (えっ……!湖の中……!?)

 隊列がどのようにして異界に渡るのかは知らされていなかった。冷たい湖に飛び込んで、そこからは?
 湖に飛び込めば、すぐに着くの?どのくらい泳ぐのだろう。

 考えている間にも、妖精たちはどんどん水の中へと入っていく。

 私の鼓動はどんどん速度を上げた。

 肩に乗っているサリは、左手で私の頬にそっと触れた。もういよいよ、私の番がくる。

 ――銀の糸は目には見えないけれど、信じれば正しい道に導いてくれる。

 子どもの頃に読んだ、「王女とゴブリン」を思い出す。ポケットに入ったアルの髪に、そっと触れた。

 (勇気を出すのよ、エヴェリーナ。アルの元に必ず行くと約束したでしょう!)

 私は、勇気を振り絞り、ブルーレイクに飛び込んだ。一瞬だけ目を開けて見えた湖の底には、蒼光が渦を巻いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。 そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。 お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。 挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに… 意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いしますm(__)m

キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる

藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。 将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。 入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。 セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。 家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。 得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。

クズ王子から婚約を盾に迫られ全力で逃げたら、その先には別な婚約の罠が待っていました?

gacchi(がっち)
恋愛
隣国からの留学生のリアージュは、お婆様から婚約者を探すように言われていた。リアージュとしては義妹のいない平和な学園で静かに勉強したかっただけ。それなのに、「おとなしく可愛がられるなら婚約してやろう」って…そんな王子はお断り!なんとか逃げた先で出会ったのは、ものすごい美形の公爵令息で。「俺が守ってやろうか?」1年間の婚約期間で結婚するかどうか決めることになっちゃった?恋愛初心者な令嬢と愛に飢えた令息のあまり隠しもしない攻防。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

酒飲み聖女は気だるげな騎士団長に秘密を握られています〜完璧じゃなくても愛してるって正気ですか!?〜

鳥花風星
恋愛
太陽の光に当たって透けるような銀髪、紫水晶のような美しい瞳、均整の取れた体つき、女性なら誰もが羨むような見た目でうっとりするほどの完璧な聖女。この国の聖女は、清楚で見た目も中身も美しく、誰もが羨む存在でなければいけない。聖女リリアは、ずっとみんなの理想の「聖女様」でいることに専念してきた。 そんな完璧な聖女であるリリアには誰にも知られてはいけない秘密があった。その秘密は完璧に隠し通され、絶対に誰にも知られないはずだった。だが、そんなある日、騎士団長のセルにその秘密を知られてしまう。 秘密がばれてしまったら、完璧な聖女としての立場が危うく、国民もがっかりさせてしまう。秘密をばらさないようにとセルに懇願するリリアだが、セルは秘密をばらされたくなければ婚約してほしいと言ってきた。 一途な騎士団長といつの間にか逃げられなくなっていた聖女のラブストーリー。 ◇氷雨そら様主催「愛が重いヒーロー企画」参加作品です。

田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜

侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」  十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。  弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。  お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。  七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!  以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。  その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。  一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。

記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】

かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。 名前も年齢も住んでた町も覚えてません。 ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。 プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。 小説家になろう様にも公開してます。

処理中です...