平行した感情

伊能こし餡

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第三章 女の涙

仲村まどか

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「ではもう一度確認します。十月十九日の土曜日が文化祭当日、前日の十八日が前夜祭、会場設営等は十六日から始めます。私たちは体育館や駐車場を、各教室の設営は実行委員以外の生徒にやってもらいます。ここまではいいですか?」
「はーい」「はい」「大丈夫でーす」
  新生徒会の書記に当選したらしい女子の声に、視聴覚室のあちこちから気だるそうな声が上がる。もちろん僕は返事をしない、声を出すのも面倒だ。
「では来週の定例会までに各クラス出し物を決めておいてください。今日はこれで解散とします。みなさんお疲れ様でした」
「お疲れ様でしたー」「おつかれでーす」
  各クラスの実行委員が視聴覚室から次々に退室していく。その後ろ姿を見ながらため息を吐く。
「はぁ」
  どうしてこうなってしまったんだろう。まさか二年連続で文化祭の実行委員をやる羽目になるなんて・・・・・・。
  目の前の『実行委員名簿』 と書かれたプリントを見てガックリとうなだれる。
  二年一組にねんいちくみ  浅尾蓮あさおれん
  何度見ても僕の名前だ・・・・・・。
  僕が保健室で世間話に花を咲かせている頃、クラスでは文化祭の実行委員決めにいそしんでいたらしい。それもなかなか決まらず、最終的に去年もやった経験があるとかで僕に押し付ける形になったらしい。普通、いない人間にやらせるか? どういう神経してるんだうちのクラスの人間は。
  名簿を今一度確認するが、二年連続でやってるのは僕一人しかいない。きっと教師陣からは相当やる気がある生徒くらいに思われてるだろうな。
  決まったことをグダグダ言ってても仕方ない。今日はもう帰ろう。
「あ、浅尾先輩ですよね?」
  帰ろうと腰を上げたところで、背中越しに名前を呼ばれた。この声は聞き覚えがある。さっき実行委員の集会を進行させていた新生徒会の書記の子だ。
「そうだけど」
  振り向きながらそう答える。先ほど教壇きょうだんに立っていた時にも思ったが、おしとやかなタイプの子だ。一年生から生徒会に立候補するあたり、いかにも『学校大好き』 って感じの雰囲気がただよってくる。
「やっぱり! 良かった~! 絶対そうだと思ったんですよね! あ、私生徒会書記の仲村なかむらまどかです」
「あ、ああそう。よろしく」
「浅尾先輩は去年も実行委員だったんですよね? 去年の資料を見てる時に浅尾先輩の名前があったので、一度お話を伺いたいと思っていたんです」
  なんだか淡々としているなあ。苦手なタイプかもしれない。あと僕からアドバイスを貰おうとしても無駄だぞ、去年も今年も、押し付けられただけなのだから。
「そっか、答えられるところは答えるけど、でも期待してるようなことはできないよ」
  一応、念のため、僕には何も出来ないと遠回しに言ってみる。
「大丈夫ですよ、大丈夫」
  その『大丈夫』 は僕に気を遣って言った言葉だろうか、それとも自分自身に言い聞かせた言葉だろうか。なんとなく後者のような気がした。
「早速今日この後でも大丈夫ですか?」


◇◇


「なるほど、体育館の暗幕を使ったんですね」
「うん、なんだかんだで暗くするにはあれが一番だからね。運搬が大変だけど男子生徒を何人か手伝いに駆り出せば特に問題もないよ」
「なるほどなるほど」
  本当は早く帰りたかったが、よくよく考えたら帰ってからの予定もないし、それに可愛い後輩のためだ、田中じゃないが少しくらい先輩風を吹かせてもバチは当たらないだろう。
  もう午後五時過ぎだというのに、図書室にはそこそこの人数の生徒が残っている。いつもSHRが終わったらすぐ帰宅する僕にはこれは意外な事実だった。学校が終わったのだから早く帰ればいいのに。
「聞きたかったことは以上です。浅尾先輩、ありがとうございます」
「あ、これだけ?」
「そうですよ? これ以上は私はアルバイトがあるので時間的にも厳しいですし・・・・・・」
  ほー、アルバイトしてるのか。生徒会の仕事もやってアルバイトもやって、偉い子だな。えっと、仲村さんだったっけ。
「そっか、バイト頑張ってね」
「はい、ありがとうございます」
  二人同時に席を立つ。示し合わせたわけではないが、一緒に帰るふうになってしまった。
  図書室を出て玄関へと歩みを進める。二人同じペースで歩くのに会話がないというのはどうもむず痒い。
「浅尾先輩は優しいんですね」
  自分から何か話題を振ろうと思ったが、先に口を開いたのは仲村さんの方だった。
「僕が? まだ初めて話したばっかりなのに?」
「初めて話したばっかりでも分かるくらい優しいってことですよ」
  そう言って仲村さんは少し微笑んだ。
  なんだ、可愛いところあるじゃん。さっきまでの仏頂面ぶっちょうづらよりこっちの方が格段に可愛い。
「じゃあそういうことにしとこうかな」
「はい、そういうことです」
「バイトってどこでしてるの?」
「地元のコンビニですよ、学校からだと少し遠いんですけどね。津賀美町つがみちょうから来てるんです」
「へえ、津賀美って確かに結構遠いねー。でもあの辺だと心水しんすい高校の方が近くない?なんでうちに?」
  心水高校とは僕たちが通っている高校から電車で約一時間の場所に位置する私立高校。偏差値はうちと変わらず六〇弱くらい。野球部と吹奏楽部が有名で、よく全国大会なんかにも行ってるみたいだ。彼女の住んでるという津賀美町からは電車で十分ほど、よっぽどのことがない限りはそっちに進んだ方が通学も楽で将来も安心だと思うのだが。
「心水は私立じゃないですか。なんとなく嫌だったんですよ、あっち方面はチャラチャラした人も多そうですしね」
  なるほど、確かに心水高校がある場所は結構さかえていて、心水高校自体も生徒数が多い。母数が多いイコールチャラチャラした人間も多いといったところか。
  その点うちの高校は周りに何もないと言っても過言ではない程のど田舎だ。生徒数も少なく、所謂いわゆるチャラチャラした人間も僕の知る限りでは見当たらない。
「そういう理由ならうちでも良かったかもね、でも通学大変じゃない? かなり早起きしないとでしょ?」
「まあ、確かに早起きですけど電車の中では寝れますし、ただバイトの時間が短くなってしまうのがちょっと残念です」
「ふーん、真面目なんだね」
「いや、そんなことはないです」
「じゃあそういうことにしておこう」
「はい、そういうことです」
  図書室から玄関まではあまり離れていない。これだけ話しただけですぐに下駄箱まで来てしまった。少しだけこの子に興味が湧いてきたところだったのに、残念だ。
「じゃあ、電車通学だから駅方面でしょ? 僕バス通だからまたね」
「はい、ありがとうございました」
  深々とお辞儀をされたので僕も軽い会釈で返した。
  仲村まどか、か。覚えておこう。
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