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第80話.堕ちる

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気を失ってたみたい。あの後の記憶がほとんどない。携帯のデジタル時計の数字は04:49の表示。もしかしたらあれは全部夢だったのかもしれない。夢であってほしい。

でも。

乱れたベッド。破かれた服。それと体に残る微かな異臭。たったこれだけの材料だけであれは現実だったんだと自覚させられる。

電気は消えていて家の中に人の気配をはない。良かった。これ以上私が汚されることもない。

汚されることもない?

ああそっか、私、犯されたんだ。

犯されて侵されて汚されて穢された。

そっかそっか。そうだった。

あはは、はははは。

私ってなんでいつもこうなるんだろ? いつも、いっつも、いっつもいっつも! 私は不幸になるしかないんだ。きっとそうなんだ。生きてたって良いことなんて何もないんだ。

そうだ、死のう。

死んで楽になってしまおう。

どうせ生きてたって死んでるようなものなんだから。死んで地獄にでも行ってしまおう。

まだ小さかった頃に作り話で見た地獄の方が今のこの現実よりも幾分かマシなように感じる。だって、生きてたってこの体は私の言うことを聞かないし言うことを聞かない体のせいで犯されたし、この先も同じことが起こるような気がするし。

リストカットでも首吊りでも飛び降りでも練炭でも、意外と簡単に死ねるんじゃないかな。

台所に行って包丁を手に取る。いつもはカッターだから、これなら深く抉れそう。

手首に刃をつける。ヒンヤリした鉄の感覚が伝わってくる。少しだけ、生きてるって感じがした。

簡単だ。簡単簡単。後は力を入れて引き切るだけ。今まで何回もやってきたこと。

簡単だ。切るラインを確認するように包丁で手首の傷をなぞる。

胸がドキドキする。死ぬのが怖い? 今更? 違う、これはきっと高揚してるだけ。やっと死ねる。やっといなくなれる。やっと終わる。

っ!

痛い!

やっぱり痛い。切り口からジワリと赤い血が広がって肌を流れる。なんだろ、いつもより深く切れたのかな? ちょっと血の量が多い気がする。

このまま、瞳を閉じて羊を数えればきっと知らない間に私は死ぬ。死ねる。きっと。

帰って来たあの人が驚くところが眼に浮かぶ。ああでも、最初に見られるのがあの人って嫌だな。

幸一くん、幸一くんなら心配してくれそう。LINE送っとこ。

>起きたら私の部屋に来てほしいんだけど・・・・・・勝手に入っていいからね

よっし、後は幸一くんが私を見つけて、あの人たちは世間から白い目で見られればいい。

手首が焼けるように痛い、熱い。今までとは違うこの感じ。今度こそ私は死ねる。

死ねないならその時は・・・・・・。
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