知識欲の鬼才と叡黎書(アルトワール) 第一章

麒麟

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序章

異空間と思惑

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 ここは、貴族の中でも優秀な成績を認められた者のみが入学することが出来る……魔法学園。

 そこの、人がほとんどいない一室。重厚な本が所狭しと並び、威圧感さえ感じる。

 柔らかい照明の光に照らされる空間に、乾いた紙がめくれる音だけが響く。

「おい、シルヴァ」

 灰色が基調とされているローブを纏った壮年の男が、音に向かって呼びかける。少しすると、不機嫌そうな顔をした一人の青年が、本棚の横から顔を出した。

「シルヴァ、そろそろ外に出ないか? 明日、実地調査が行われるんだが」

 落ち着いた口調で尋ねる。だがその青年……シルヴァは、面倒くさそうに顔を歪めた。

「俺はいいですよ……本以上に面白そうなことありませんし……」

 そして、そのまま本棚の陰に隠れる。はぁ、とため息をした男は、ローブを翻し、ゆっくりと歩き出した。

「残念だよ……今回の調査は頽廃のダンジョンだというのにな……まぁ、シルヴァが嫌ならいいんだが」
「ダンジョン!?」

 大声が空気を切り裂く。ガタガタと本棚が動き、興奮したシルヴァが足早に男との距離を詰める。

「ダンジョンですか。面白そうですね。行きましょう。早く行きましょう」
「お、おいシルヴァ」

 シルヴァが、壮年の男の背中を押す。そのまま、シルヴァと男はその部屋から出ていった。

 そして、人の気配がなくなった書庫。そこにはもう、ページを捲る音も、風の通る音も聞こえないのだった。

 ◆◇◆

「ここがダンジョンの入り口か」

 次の日。魔法学園の生徒と、魔法機関の研究員が、ダンジョンへと赴いた。そのダンジョンの入り口らしき祠の前で、シルヴァは興奮を隠せなかった。

「さてと、それじゃあ……」
「あ、おい、シルヴァ。今から点呼とダンジョンについての説明が」
「ダンジョンについては昨日調べました。お先に失礼します」

 そのまま、祠の中へとシルヴァは進む。壮年の男は、シルヴァについて行くべきか、他の生徒の点呼をするか迷った。

「はは、随分好奇心旺盛な生徒ですな」

 魔法機関の調査員らしき男が、壮年の男に声をかけた。

「それはシルヴァだけですよ。あいつの知的好奇心は底なしですから」

 苦笑いを浮かべる。

「いやいや、彼はいずれいい人材になり得ましょう。私からみなさまには申しておくので、彼を追いかけてください」

 その提案に、壮年の男は頭を下げた。

「かたじけない。それでは」

 そう言い、祠の中に踏み入る。その様子を、調査員らしき男がほくそ笑みながら見ていた。

「ふふ……あのような人材は是非我が国に引き抜きたかったがね……だが今は時間が足りない……あの好奇心は脅威だ。引き抜けないのであれば、殺すもやむなし。そしてあの男には……罪を全て被ってもらおうか」

 調査員らしき男は身を翻し、少し離れた場所でダンジョン管理官から講義を受けている人の中に混じった。

「ふふ……行き過ぎた好奇心は己を滅ぼすことを教えてやろう。お代は、君の命という事で」

 祠が、人知れず崩れる。

◆◇◆

「へぇ! ここが頽廃のダンジョンか……すご……ん?」
「おいシルヴァ、シルヴァ!」

 壮年の男がシルヴァの肩を掴む。いい所で邪魔が入ったとばかりに、嫌悪感を顕にした顔を向ける。

「どうしたんですか、教授」

 その壮年の男ーー魔法学園の教授は、肩で息をしながらシルヴァに話した。

「いきなり先に行くな。君がもし死んだら私の責任なんだからな」
「はいはい。教授、ちょっと確認したいことが」
「何だ?」
「頽廃したダンジョンは、神統歴54年に生成されたと歴史書に明記されていますよね?」
「あぁ。そうだが」

 すると、シルヴァはダンジョンの外壁の装飾をおもむろに折った。

「ば、馬鹿者! 遺物毀損罪で監獄送りになるぞ!」

 慌てふためく教授とは裏腹に、シルヴァはほくそ笑んだ。

「やっぱり……」

 そう言うと、シルヴァは教授を見据えた。

「これはカラド輝石ですよね? カラド輝石が初めて確認されたのが、神統歴249年。そして、カラド輝石の加工技術が確立したのが、つい10年くらい前ですよね」

 カラド輝石……そう聞き、今度は別の意味で青ざめた教授は、シルヴァから装飾を受け取る。そして、懐から上級の鑑定器具を取り出し、鑑定にかけた。

「なるほど……確かにこれはカラド輝石だ。という事は……」
「ここはダンジョンに非ず。ダンジョンに見せかけた謎の空間に、俺たちは迷い込んだみたいですね」

 その事実を前に、教授はむむ、と唸り、顎に手を当てる。だが、シルヴァは普段と何も変わらないように、いや、更に興奮したように先に進む。

「お、おいシルヴァ。今すぐここから出ないと……」
「教授、これほど精巧なカラド輝石の彫刻はかなり希少ですよ。技術がどれほど進歩したのか、どの期間でこれを創ったのか。何の為に創ったのか。気になりません?」

 玩具を見つけた子供のようにはしゃぐシルヴァに、教授ははぁ、とため息を吐く。万一シルヴァを死なせてはいけないので、退路の確保をするために今まで来た道を戻った。

「馬鹿な……」

 行き止まりだった。祠はどこにもなく、断絶された空間と形容することしか出来ない何かが、永遠と広がっていた。

「不味い……不味いぞ。この空間は不味い」

 教授はシルヴァの元に急ぐ。

「シルヴァ、シルヴァ!」

 だが、そこにシルヴァはいない。

「あいつ、さてはもっと奥に入り込んだか……」

 シルヴァを引き戻すべく、更に踏み込もうとした、その時だった。

「は……?」

 カラド輝石で象った偽のダンジョンが、崩壊した。

 ◆◇◆

「痛っ……」

 瓦礫の中から、シルヴァが立ち上がる。顔を何ヶ所か切ったのか、血が流れてきた。

「骨折とかはないか……それより……」
「ここは、どこだ?」

 目の前には、泉が広がっていた。

 カラド輝石の重厚な金色ではなく、澄んだ青色の外壁……いや、これは壁なのか。揺れ動くその壁は、まるで水の中に出来た空間が、水を押し返しているかのようだ。

「水の中に泉ねぇ……なかなか意味がわからん」

 だが、もう彼の顔に、動揺や不安の色は消えていた。

 今は、もうこの空間への好奇心。

 どこかにいなくなった教授のことなど、もう頭のどこにもなかった。

「あぁ面白い。これだからこの世界には……興味が尽きない」

 恍惚した表情で、うっとりと見上げる。だが、次の瞬間

 泉が、動いた。

 地鳴りのような大きな音をたて、泉の中心部の水が円形に割れる。

 その割れた中心部から玉座のようなものが迫り上がり、どこからともなく降ってきた光の文字が、銀色に光る本を形作る。

 これが、シルヴァと神話級アイテム、叡黎書アルトワールの初めての邂逅だった。
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