知識欲の鬼才と叡黎書(アルトワール) 第一章

麒麟

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序章

叡黎書

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「うわ……すげぇ。今まで生きてきた中で一番面白そうだな」

 目の前で起きた変化に興奮を抑えられないシルヴァは、その泉の水をかき分け、本へと手を伸ばす。

 だが、本に手が触れた瞬間……シルヴァは急に頭を抑えてうずくまった。

「ぐっっ……なにが……起こった?」

 頭の中を、声が蠢く。

[お前はなぜ私を求める]
[お前は私を使いこなせるのか]
[お前は私を手にする覚悟はあるのか]
[お前は私と契約する意思があるのか] 

 その声は、老人なのか、子供なのか、男なのか、女なのかも分からなかった。声の大きさ、速さもバラバラだが、全てが遥か高みから自分を見下ろしているかのようだった。

「俺は……いや、お前が、俺を満たしてみせろ。俺の飽くなき好奇心を、お前が埋めてくれ!」

 静寂が流れる。シルヴァの心臓の鼓動が、次第に早くなっていく。

[……いいだろう。お前のその大海のような知的好奇心、この叡黎書アルトワールが埋めてみせようではないか]

 本が光を増す。玉座から本が飛び上がり、シルヴァの目の前で止まった。

[後はお前の血判で契約だ。やっぱり辞めるか?]
「……はっ、誰が」

 シルヴァは滴る血を指先で拭い、本の中央に押した。その途端、先程とは比べ物にならない程の光が溢れ、シルヴァを包み込んだ。

[契約完了だ。新しき主人マイロード]
「よろしくな、叡黎書アルトワール

 ここに、やがて激動の世界を共に生き抜く一人と一冊のコンビが生まれた。だが、それはまた別の話。

[私と主人ロードが意思疎通できるのはここまでだ。私はただの道具に過ぎない。後はどう使おうと主人ロードの自由だ]

 叡黎書アルトワールは、それを最期に二度と喋らなかった。

「先ず……叡黎書アルトワールとは何だ?それが分からない事には、何も始まらないな」

 シルヴァは、叡黎書アルトワールの表紙を捲る。そこには、この世の全て……全ての、アイテム、素材が一ページごとに書かれていた。

「へぇ。だけど、これだけ? この程度で好奇心を満たすなんて……」

 だが、シルヴァはページの右上。緑に光る点と赤く光る点に興味が沸いた。

「なんだ? ここ。一ページごとに点の位置が違うな……あ、もしかして」

 ページを捲り、緑の点と赤い点が一番近いものを開く。だが、そこから何も進展しなかった。

「んん~? この点はそのアイテムと自分の距離じゃあないのか?」

 シルヴァがそう判断した理由は、アイテムならば、赤い点一つだが、素材ーー例えばカラド輝石だと、赤い点というよりかは、赤い靄が様々な所に湧いているようだからである。

「……いや、合ってるわ」

 せり上がった玉座の中に、怪しく光る紅い鉱石。ページの画像と一致する箇所が多いため、断定できる。

「なるほど……これは唆る。面白そうな香りがするな」

 唇を裂くように破顔したシルヴァは、叡黎書アルトワールの表紙を閉じる。そして、頭上を見上げた。

「ここからどうやって出ようか……」

 頭上には、海のような揺らめく青いドーム状の壁が広がっていた。

 ◆◇◆

「うむ? 私は……」

 退廃のダンジョンから少し離れた森の中。大小様々な傷から血を流しながら倒れていた教授は、その目を覚ました。

「ここは……いや、シルヴァ! シルヴァ、いるか!?」

 だが、その声に反応したのはシルヴァではない。魔法学園の他生徒達だった。

「教授! 一体どこにいらしていたのですか!?」
「私達、ずっと探しましたよ」
「うわ、血だらけじゃないですか。救護班の方を呼ぶので、少しお待ちください」

 一人の生徒が救護班を呼びに行き、そのまま担架に乗せられる。安心感と痛みで、教授はそのまま目を閉じた。

 次に教授が目を覚ましたのは、協会の一室だった。真っ白なベッドに寝かされ、体中に包帯が巻かれている。

「私はあの退廃のダンジョンに行って……そうだ、シルヴァは! シルヴァは無事なのか?」
「お目覚めですか。シド教授」

 ベッドの隣にいたのは、数名の……審判員達だった。

「な……審判員だと?シルヴァは無事なのか!?」
「いえいえ、教授には今から色々と聞きたいことが」
「そんな事より答えてくれ! シルヴァは無事なのか?」
「どの口がいってんだか」

 冷徹に教授は言葉を浴びせられた。

「それはどういう意味だ?」
「魔法学園教授、シド・トーラス。お前には生徒殺しの疑惑がかかっている」
「私がシルヴァを……?」
「あぁ。既に証拠も出ている。何か弁明はあるか?」
「そんな……私はシルヴァを殺していない!」
「ではこれに見覚えがあるかね?」

 教授の目の前に出されたのは、教授の護身用の短剣だった。

「これは……私のだが」
「では何故これが教授の家の床下から出てきて、毒が検出されたのか納得のいく説明をして貰おうか」
「そんな戯言を……一体誰がその証拠とやらを提示したのだ!」
「魔法機関の局長だ」
「馬鹿な……」

 局長と言えば、かつて自分に魔法を教えてくれた師であり、孤児だった彼の後見人だった。その局長が、なぜ。

「シド・トーラス。お前への審議が今日行われる。結果が出るまで待つように」

 そう言い残し、審判員達は教授が休んでいる部屋を後にした。

「私はシルヴァを殺していない……シルヴァは死んでしまったのか? だとしたら、誰が……」

 教授の独り言が、空に吸い込まれる。

 ◆◇◆

「シド・トーラスへの判決を言い渡す」

 ゴクリ、と喉が鳴る。

「貴族殺人罪により、ウェロ監獄への投獄!期間は、35年!」
「さ、35年!?」

 環境が劣悪なことで知られる、ウェロ監獄。通称“生ゴミの溜まり場”への投獄。しかも、35年も。

「ま、待ってください! 私は、シルヴァを殺していません!」
「まだしらを切るか。ならば、していないという証拠をだせ!」
「うっ、それは……」

 教授の手に手錠が嵌められる。

「局長! なぜ、私をこのような目に!」
「うるさいぞ! さっさと歩け!」

 その時、教授は見てしまった。局長が薄ら笑いを浮かべ、その後動かした口の形を。

「ざまあみろ」

 教授は、何もかもが信じられなくなった。その後、失意で活力を失い、投獄から僅か十日で栄養失調でこの世を去ってしまった。

 ◆◇◆
 飛沫が立つ。

 生命のひとつも無い静寂な泉……いや、湖に、飛沫が立った。

 そこから人間の物と思われし手が、勢いよく飛び出る。

 近くの壁にある僅かな突起に手をかけ、勢いよく手を引いた。

 水中から顔を出したのは、左手で叡黎書アルトワールを抱えたシルヴァだった。

「……ふぅ、ここは……」

 円筒状……いや、卵形に地底がくり抜かれたかのような、地底湖だった。

「不味いな……光が少ない。こんな事なら、カラド輝石の一つでも持ってくるべきだったか」

 地底湖に刺す光は、岩壁の中に埋もれた魔鉱石のみ。それでも、淡く光るため光源としては頼りない。

 手探りで地底湖から這い出る。濡れた服を絞るシルヴァは、ふと叡黎書アルトワールが全く濡れていないことに気づいた。

「やはり気になる……だが今はそれより、早く乾かさないと……」

 光属性低位階魔法〈ライト〉で光源を確保し、火属性低位階魔法〈ヒート〉で乾燥と暖を取る。

「ふぃー、さて、今後どうするかな……」

 軽く迷ったが、シルヴァは手を鳴らした。

「よし、アイテム探しの旅にでよっか。何か面白そうなアイテムがあるかな?」

 おもむろに叡黎書アルトワールを開く。叡黎書アルトワールのアイテムは、神話級未満のしか載っていなかった。だが、神話級の一つ下の夢幻級のアイテムでさえ、かなり利便性の高い物が沢山あった。

「……よし、記念すべき一つ目のアイテムは、この真実の慧眼にしようか。鑑定系アイテムの最上位だから、色々と使えるだろうし」

 そう決めて、立ち上がった……が、まだ服は乾いていなかった。落胆し、座り込む。

「はぁ……時間が勿体ない。早くこのアイテムを装備してみたいな……」

 ぼんやりと妄想を膨らませるシルヴァだが、次の瞬間、パンと手を合わせた。

「そうだ。ここの鉱石ってエンチャントに使えるんじゃないか?」

 エンチャント……それは、物質に付与効果を付けることだ。鉱石によって、付与できるエンチャントの種類が変わる。

「今一番欲しいのは移動速度上昇のエンチャントかなぁ」

 そう言い、壁に近づく。淡く赤く光るだけなので、どの鉱石なのかは採掘してみないと分からない。

「よし、では早速……どうやって採掘するんだ?」

 魔法学園の文献には、採掘の知識は載っていなかった。魔法学園卒業者が採掘の仕事になんて就かないと考えたのかもしれないが、今この状況では、その知識がない事が大いに悔やまれた。

「んん……叡黎書アルトワールに載っているかもしれない」 

 ペラペラと鉱石のページを開く。

「へぇ、採掘道具が必要なんだ。……採掘道具が必要なんかぁ……」

 がっくりと項垂れるシルヴァ。だが、直ぐに道具のページを捲った。

「えーと、採掘道具採掘道具は……っと、お、あったあった」

 夢幻級から、一般級まで、様々な採掘道具が並んでいた。嬉嬉として性能を見比べるシルヴァの姿は、まるでカタログショッピングをしているようであった。

「うーん、やっぱりランクが低いと採掘できない鉱石があるのか。まぁ、採掘道具は後回しにして……」

 シルヴァは立ち上がり、乾き切った服に腕を通す。首をコキコキと回し、叡黎書アルトワールを抱える。

「うーん、これどこかに収納とか出来ないかな? ちょっとかさばるな」

 苦笑いしながらそう零すと、叡黎書アルトワールが軽く光り、姿をかき消した。

「え、ちょ、おい、どゆこと?」

 焦るシルヴァ。だが、直ぐに叡黎書アルトワールは姿を現した。

「え……っと、今のはどこかに収納されていたってことか? あー、死んだと思ったわ」

 心臓の早鐘が次第にゆっくりになる。シルヴァは、深呼吸して、地底湖から続く一本の細い道を見据えた。

「よし。じゃあ先ずは、真実の慧眼の取得していくとしますか」

 シルヴァが歩き出す。〈ライト〉が照らす彼の道のりの先に待ち受ける物を、彼はまだ知らないのだった。
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