知識欲の鬼才と叡黎書(アルトワール) 第一章

麒麟

文字の大きさ
9 / 25
第一章

救世主

しおりを挟む
 ギルドで解散となり、のんびりと明日になるのを待っていたシルヴァ。

 だが……シルヴァはここに来てやっと、あることに気づいた。

 そう。換金できない=宿が借りれないのだ。

「あれ……これ不味くね? ちょ、やっぱり暖かいベッドで寝たかったんだが……」

 だが、金がない人を泊める宿屋なんてない。身分証明書すらないシルヴァは、ツケることもできない。

「うーわー。まぁダンジョン内ではずっと野宿みたいなもんだったが……」

 項垂れながら歩くシルヴァ。仕方ないので、ギルドの前の広場で寝泊まりすることにする。

「やれやれ……ないものはないんだ。明日からのいいベッドを夢見ていますか」

 シルヴァは備え付けてあったベンチに腰掛ける。日がかなり傾いてきており、世界は金色に染まっていた。

「……あの」

 不意にシルヴァに声が掛かる。

「ん? ……君は確か……」
「やっぱり、あなたはあの時の」

 ダンジョン内で弁護を頼まれた少女だった。その少女は、シルヴァの隣に座ってきた。多少の距離を離して。

「あの、あの時は無理言ってすみませんでした」

 律儀に頭を下げる少女に、シルヴァは首を振った。

「いやいや、俺がもっと先から見ていたら君を弁護できたのかもしれなかった。だからごめん」
「いえ……それより」
「ん?」
「あなたは何をやっているの?」

 ベンチに羽毛に包まりながら座っているシルヴァに興味を示さない方が変だった。

「あぁ……実は換金できなくてね。今夜はここで寝泊まりすることにしたんだ」
「そう……なのね」

 その少女は少し考えた後、シルヴァを真っ直ぐに見た。

「何か担保を頂けるのなら、幾らかお金をお貸してもいいけど」

 この少女、なかなかにしっかりしている。というよりこれが正常なのだろうか。

「そう? ……じゃあ有難くそうさせてもらっていいかな。んで担保は……」

 シルヴァは叡黎書アルトワールを捲る。おもむろに手を突っ込み、ある物を取り出した。

「これでいいかな?」

 綺麗な真紅の宝石が付いたブローチだった。

「い、いや、こんな高そうな物を渡されると私が困るわよ」

 困惑する少女。少女が今持っている手持ちから鑑みても、これと同程度の金額をシルヴァに差し出すことは出来なかった。

「いや、折角提案してくれたんだ。やっぱりそういうのは嬉しいな。これは俺が君への礼だ。でも、明日換金してお金が出来たら必ず取りに行くから。場所はギルドでいいかい?」
「……そう。なら明日の正午でいいかしら。それくらいには換金出来てるでしょ?」
「ああ。恩に着る」
「どういたしまして」
「あ、そうだ。自己紹介がまだだったな。俺はシルヴァだ」
「私はシャルロッテよ。それじゃ、私はこれで」

 軽く会釈をして歩いていく少女……シャルロッテの後ろ姿を、シルヴァはずっと見ていた。久しぶりに感じた人の温かさ。やはり、気持ちのいいものだった。

「あ、そうだ。なら早く宿に入らないと日が暮れる」

 シルヴァは、広場を後にする。空は金色から青色に姿を変え、雲が陽の光を反射し赤く染まっていた。

 ◆◇◆

 カランカランと青銅鈴のような音が響く。

 シルヴァが入った宿の入店音なのだろうか。

「いらっしゃい。一人かい?」

 迎えたのは、背の高い美婦人だった。20年くらい前は、沢山の人を虜にしたのかもしれないと思うほどの美貌だ。その美貌は、歳を重ねても衰えることを知らないようだ。

「あぁ。一人だ」
「先にお代から頂くよ。食事付き一晩4マーズ。食事無し一晩3マーズだね。お湯はサービスさ」
「食事付きを頼む」
「はいよ」

 シルヴァからお金を受け取った婦人は、カウンターへ戻り、鍵を持ってきた。

「はい。これがあんたの部屋の鍵さ。食事は夜は6時から10時まで、朝は5時から8時までの間ならいつでもいいさね」
「ありがとう」

 シルヴァは鍵を受け取り、部屋へと向かった。一番奥の部屋だった。

「ふあー、疲れた」

 シルヴァがベッドになだれ込む。ここ数百年間で一番ドタドタした日だったのは間違いないだろう。

「あー、やっぱり宿はいいな。明日シャルロッテにお礼言おう」

 ベッドから立ち上がり、食堂へと向かう。すると、食堂から聞き覚えのある声が響いてきた。

「おう、坊ちゃん嬢ちゃん。どうだったか? 試験は」
「完璧だね」
「ええ、私達の合格は間違いないわ」
「試験監督はあの英雄ルザだった。お目にかかれて光栄」
「なに?あの英雄が。へぇ、一線を退いた後は後輩の指導ってか」
「なぁ、試験を受けたってぇのはお前らだけなのか?」
「いや? あと一人いたな」
「あ、注文お願いします。このホーンボアの直火焼きとライス。それとお水」
「へぇ、どんなやつなんだ?」
「白い髪をした長身のイケメンよ。でも技術はそこまでって感じだったわ」
「はいよ。10分くらい待ってな」
「あの人は変な人だった。筆記具忘れるし、実技試験は針でやってた」
「針?」
「あぁ。なんかこう……これくらいの長さの針だったな」

 焦げ茶色の髪の少年が、手を使って長さを表す。

「おまけに針を刺しただけ。血抜きすらしてないわ」
「うーん、あの人本当にやる気あったのかな。不思議」

 ガヤガヤ話し込んでいる人達の後ろで、シルヴァは一人夕食を待っていた。

 ダンジョン内では穀物系が殆ど採取できない。久しぶりに食べるライスに心踊らせていた。

「はいよ。お待ち」

 目の前にホーンボアの直火焼きとライスと水が並べられる。立ち込める湯気と香草の香りが、鼻をくすぐった。

「美味しそうだな。主よ、あなたの御業に感謝し、今糧をとらせて頂きます。主の恵みは命を巡り、また主へと戻ることを。敬愛なる主の祝福は、遍く世界に羽ばたくことを祈って」

 シルヴァが五芒星を切った後、フォークとスプーンを取る。その時、シルヴァに刺さる視線の数々に気づいた。

 食堂で食事をしていた全員がシルヴァを見ていた。その視線の意図は……好奇の念。

 シルヴァは軽く一瞥し、食事に手をかけた。淡々と頬張るシルヴァは、なるべく気に取られないようにしていたが、食べづらそうだった。

 食事が終わり、シルヴァは婦人に尋ねた。

「なぁ、俺が食べている時に他の人……というかあなた達も見ていたが、何かおかしかったか?」

 その時、婦人は少し目を上げた。だが、逆に婦人がシルヴァに質問してきた。

「え……っと、シルヴァさんは宗教を信仰しておられるのね」
「ん?どういう事だ?」
「私達は、“トエル教”という宗教を信仰しているんだけどね……。この教は、食事の時には絶対に食前の祈りをしてはいけないの。後は、とっても排他的な宗教だから、あなたも気をつけた方がいいわよ」
「なるほど。トエル教ねぇ……」

 シルヴァはそう言い残し、自分の部屋へと戻った。疲れていたシルヴァは、そのまま深い眠りへと沈んで行った。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

悪役令嬢に仕立て上げたいなら、ご注意を。

潮海璃月
ファンタジー
幼くして辺境伯の地位を継いだレナータは、女性であるがゆえに舐められがちであった。そんな折、社交場で伯爵令嬢にいわれのない罪を着せられてしまう。そんな彼女に隣国皇子カールハインツが手を差し伸べた──かと思いきや、ほとんど初対面で婚姻を申し込み、暇さえあれば口説き、しかもやたらレナータのことを知っている。怪しいほど親切なカールハインツと共に、レナータは事態の収拾方法を模索し、やがて伯爵一家への復讐を決意する。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

レイブン領の面倒姫

庭にハニワ
ファンタジー
兄の学院卒業にかこつけて、初めて王都に行きました。 初対面の人に、いきなり婚約破棄されました。 私はまだ婚約などしていないのですが、ね。 あなた方、いったい何なんですか? 初投稿です。 ヨロシクお願い致します~。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

処理中です...