サメ軍団VS力士20人

武州人也

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鯖折り? サメ折りだ!

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「……ん?」
 天を仰いだ晶。その目に、何かが映った。それは一直線に降下してくる。その真下には、先程男を食ったばかりのサメがいた。
「どすこい!」
 野太い声とともに降ってきたのは、まわし姿の力士であった。サメの骨は全て軟骨であり、加えて内臓を守る肋骨もない。力士に押しつぶされたサメは、そのまま力なく転げて動かなくなった。
 
「海より禍来たる時、神に技を捧げる士ども現れん」

 伝承における禍とはサメであり、神に技を捧げる士は力士のことであったのだ。
 降ってきた力士たちは総勢二十人。彼らは各々の技でサメたちに戦いを挑んだ。ある者はサメを首投げし、またある者は太い腕で鯖折りならぬサメ折りを食らわせた。やわな骨しか持たぬ者には負けぬと言わんばかりの奮闘ぶりである。
 分厚い筋肉の上に脂肪を乗せた彼ら力士の肉体は、それ自体が一つの砲弾のようであった。土手の外に侵攻していたサメたちは力士の苛烈な攻撃によって押し返され、土手の内側まで後退してしまった。

 土手の内側の、クズやアレチウリが茂る草むらの上に、一匹のサメが鎮座していた。そのサメは他の個体よりも一回り大きいばかりでなく、胴体からなんとを生やしていた。神話によって伝えられたヤマタノオロチの正体は、このサメなのかも知れない。
 このサメの下に、他のサメたちが集まった。どうやらこの八つ首のサメが、サメたちの頭目であるようだ。
 
 川の土手の上に二十人の力士が立ち並び、サメの群れをじっと見下ろしている。サメたちは散兵戦では不利と悟ったのか、八つ首のサメを中心に、左右に翼を張るような陣を組んだ。世にいう鶴翼の陣だ。包囲殲滅に向いた陣形である。
 力士たちも、それに合わせて左右に大きく広がった。時刻はもう黄昏時であった。西天から紅の光が差し、力士たちの体に垂れる汗を光らせている。
 サメたちは、一斉に跳躍した。各個撃破を避けるために、同じタイミングで攻撃を仕掛けたのであろう。南極に棲むアデリーペンギンは、捕食者に狙われにくくするために餌獲り潜水の開始と終了のタイミングを群れで一致させるというが、このサメにもそういったものに近い習性が備わっているのかも知れない。
 土手の上に陣取る力士たちには高所の優位がある。戦いにおいて高所を取ることは重要であると孫子も説いている。だが、跳躍に優れるこのサメたちが相手では、川の土手程度の高さなど何のアドバンテージにもならない。
「どすこい!」
 降下してくるサメを、力士たちは避けなかった。その場で四股を踏み、地鳴りを響かせた。重心を低くした力士たちが、飛来するサメに対して邀撃ようげきの姿勢を取る。
「どすこい!」
 再度、力士たちの声が響いた。それと同時に、サメたちの鼻っ面に平手が打たれた。その突っ張りの威力は凄まじく、発生した衝撃波が雑草をなぎ倒し、木々の枝を折ってしまった。サメたちはそのまま吹き飛ばされ、水しぶきを立てて川に落下した。川に落ちたサメはもう浮上してこなかった。
 この時、跳躍しなかったサメがいた。八つ首の、あの異形のサメだ。頭目と思しきこのサメは、配下のサメたちに力士の排除を命じつつ、自分は安全な後方でじっと待機していたのである。力士を取り除いてから、改めてゆっくり食事に移ろうとしたのであろう。何とも姦黠かんかつな奴である。
 力士たちは、この異形のサメを見逃さなかった。土手を駆け降りた力士たちは、あっという間に八つ首のサメを包囲してしまった。力士たちは見かけこそ重戦車のようであるが、決して鈍重ではない。寧ろ筋力に乏しい一般人よりも速く走ることができる。
 八つ首のサメは、じたばたと巨体を転がし、ひれを動かしながら暴れ始めた。猛烈に暴れた。この巨体が暴れ回れば、さしもの力士もうかつに手出しはできない。力士たちは包囲陣を敷いたものの、その包囲を狭めることができずにいた。
 だが、力士たちはこれしきのことで怯まなかった。
「どすこい!」
 声とともに、力士たちは一斉に飛びかかり、サメを取り押さえた。取り押さえられたサメも、激しく抵抗した。八つある頭で力士たちに噛みついたのだ。噛まれた力士は赤い血を滝のように流したが、それでも力を緩めなかった。凄まじい忍耐力である。
 とうとう、力士たちはサメの体を宙に浮かせた。そして、一本背負いの要領で、力士たちの背にサメの体が覆い被さるような形になった。
 西の空に日が没しようとするまさにその時、青黒くなり始めた空に、サメの体が浮いた。それはそのまま放物線を描き、川の土手の斜面に激突した。もう、サメは事切れていて、微動だにしなかった。
「ごっつぁんです!」
 サメに向かって手を合わせた力士たち。その体は消えかかっていた。光の粒となった力士たちは、そのまま吸い込まれるように空に立ち昇り、消えていったのであった。



「友樹!」
「晶!」
 親友同士は、川の土手から少し離れた道路の上で再会した。二人は今にも泣きそうな顔をしながら、ひしと抱き合った。
「よかった……晶が無事で」
「こっちこそ……友樹が無事でよかった……」
 二人は潤んだ目をしながら、街灯の明かりを背に見つめ合った。
「友樹……信じてくれないかも知れないけど、お相撲さんが助けてくれたんだ」
「え、晶も? 実は俺もさ、目の前にサメが来て、もう駄目だって思った時にお相撲さんがサメに突っ張りかましてくれたんだ。そのお陰でこうして生きてる」
「そっか……同じだったんだ」
 晶の顔に、笑みが浮かんだ。それにつられてか、友樹もくすっと笑った。改めて見てみると、友樹の顔は呆れてしまう程に美少年だ。

「さあ、帰ろう」
 溢れてきた涙を拭いながら、晶は友樹に呼び掛けた。
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