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第4話 草木に擬するは
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すぐに軍議が開かれたが、正確な情報は掴めなかった。西方軍は敵の数も掴まぬまま飛び出しては、圧倒的な数に揉み潰されるように壊滅したのだという。敵の正体が何なのか、数はどれほどか、こちらはどれ程の戦力を用意するべきか、いつまで経っても何も示されなかった。
これは当然のことであった。軍上層部は佞言で出世した無能な武官によって占められていたからだ。人間は魔族よりも遥かに数が多い。それにも関わらず、この国には人材というものが存在しなかった。存在しないというより、それを正しく登用できなかったといってよい。
カンヨウの宮廷内が手を拱いている間に、魔族軍は西方の殆どを掌握してしまった。魔族軍が行ったのは、作物の刈り取りであった。この季節を狙って、魔族軍は軍旅を発したのである。
アルスは嚇怒し、すぐさま討伐軍の編成を命じた。集まった兵力は十五万。これが、敵に即応できる限界の兵力であった。都の守りをほぼ空にしてしまうが、それはこの際気にすることではない。国都には国王アルスが鎮座している。それだけで絶対の守りになるのだ。
総勢十五万の王国軍の総帥となったのは、大司馬のブールという男であった。諂いと政治闘争によってこの地位を獲得した、典型的な佞臣であった。
やがて、先鋒の部隊が、川を挟んで例の木人形と対面した。見たところ、数は王国軍と比べてそう多くはなさそうである。敵は西方の大部分を占領したというから、当然その防衛線も長くなり、軍を薄く圧延して貼りつけなければならなくなる。目の前の敵が少数であるのはそういった理由からだ。そうブールは合点した。
「敵は少ないぞ! ひと思いに潰してしまえ!」
ブールの指令で、王国軍は一斉に川を渡り始めた。木人形――傀儡兵は、黒い皮甲を身に纏い、剣や槍、弩などで武装しているが、渡河中の兵を攻撃してくる気配はない。
やがて、両者が接敵し、戦いとなった。数において不利な木人形たちはすぐに押され始め、尻尾を巻いて後方の山へと逃げていった。
「何だ、大したことないじゃないか」
王国軍の将兵たちは、皆そう感じた。そう感じるのも無理はない程の戦いぶりであった。
だがこの時、王国軍が川を背にする、所謂「背水の陣」になっていることに、気づく者は誰もなかった。背水の陣は兵法でも戒められている悪手であり、相当な手練れの武将が極稀に敢えて敷くことはあっても、基本的には自軍に大いに不利をもたらす布陣である。
川を背に布陣した王国軍はそこで一晩宿営し、明くる朝に街道を通って山に総攻撃をかける算段であった。
やがて夜明けを迎えた。東の空が明るみ、大地の青黒さが紅に塗り潰されてゆく。
王国軍は北西に直進し山を目指した。街道の両脇には、ただ生い茂る草木があるのみである。
時折、鳥の鳴き声や何かの獣の咆哮が聞こえる以外は、ただ鎧や靴の単調な音が響くばかりであった。王国軍の将兵は、まるで世界に自分たちしかいないような気分さえ抱いたのであった。
戦車の車台の中で、ブールは勝利を確信していた。正体不明の敵というから当初は不気味に思ったものの、戦ってみれば何ともない相手だ。それに、今自分には十五万という大軍がついている。よもや負けるはずはない。そういった思いが、ブールの胸中にはある。
その確信が崩れ去ったのは、少し日が昇った頃であった。
突然、両脇から枝葉の擦れる音が、将兵の耳に聞こえた。彼らが異変に気が付いた時、すでにその体は矢に穿たれていた。
現れたのは、植物の葉や枝をその身に括りつけた傀儡兵であった。横合いから放たれた矢に浮足立っている所に、短兵や長兵が斬り込んできた。
「な、何だ!? 敵か!?」
「伏兵だ! やられた!」
「おい、前からも来るぞ! 戦車だ!」
両脇からの攻撃に申し合わせるように、前方から傀儡兵の乗る戦車が突っ走ってきた。その後方からは歩兵の大軍も姿を現している。
――よもや、佯敗か。
最初に接敵した部隊はただの囮で、林に埋伏させた兵の場所までおびき寄せる罠だったのだ。ブールがそれに気づいた時には、もう時すでに遅しであった。自軍の後方は川だ。最悪の位置取りである。さりとて左右への退路は塞がれ、前方からは戦車と歩兵が攻撃を仕掛けてくる。
兵たちは、後方へ、後方へと逃げて行った。もう統率などあったものではない。将も兵も、皆我先にと逃げ出した。
「来たか……弩兵構え!」
川の向こう側には、すでに回り込んだ魔族軍がいた。魔族軍の将オウセンが指令を下すと、逃げてきた兵たちに向かって、凶矢が降り注いだ。
こうして、十五万の討伐軍は、殆ど覆滅されたのであった。
これは当然のことであった。軍上層部は佞言で出世した無能な武官によって占められていたからだ。人間は魔族よりも遥かに数が多い。それにも関わらず、この国には人材というものが存在しなかった。存在しないというより、それを正しく登用できなかったといってよい。
カンヨウの宮廷内が手を拱いている間に、魔族軍は西方の殆どを掌握してしまった。魔族軍が行ったのは、作物の刈り取りであった。この季節を狙って、魔族軍は軍旅を発したのである。
アルスは嚇怒し、すぐさま討伐軍の編成を命じた。集まった兵力は十五万。これが、敵に即応できる限界の兵力であった。都の守りをほぼ空にしてしまうが、それはこの際気にすることではない。国都には国王アルスが鎮座している。それだけで絶対の守りになるのだ。
総勢十五万の王国軍の総帥となったのは、大司馬のブールという男であった。諂いと政治闘争によってこの地位を獲得した、典型的な佞臣であった。
やがて、先鋒の部隊が、川を挟んで例の木人形と対面した。見たところ、数は王国軍と比べてそう多くはなさそうである。敵は西方の大部分を占領したというから、当然その防衛線も長くなり、軍を薄く圧延して貼りつけなければならなくなる。目の前の敵が少数であるのはそういった理由からだ。そうブールは合点した。
「敵は少ないぞ! ひと思いに潰してしまえ!」
ブールの指令で、王国軍は一斉に川を渡り始めた。木人形――傀儡兵は、黒い皮甲を身に纏い、剣や槍、弩などで武装しているが、渡河中の兵を攻撃してくる気配はない。
やがて、両者が接敵し、戦いとなった。数において不利な木人形たちはすぐに押され始め、尻尾を巻いて後方の山へと逃げていった。
「何だ、大したことないじゃないか」
王国軍の将兵たちは、皆そう感じた。そう感じるのも無理はない程の戦いぶりであった。
だがこの時、王国軍が川を背にする、所謂「背水の陣」になっていることに、気づく者は誰もなかった。背水の陣は兵法でも戒められている悪手であり、相当な手練れの武将が極稀に敢えて敷くことはあっても、基本的には自軍に大いに不利をもたらす布陣である。
川を背に布陣した王国軍はそこで一晩宿営し、明くる朝に街道を通って山に総攻撃をかける算段であった。
やがて夜明けを迎えた。東の空が明るみ、大地の青黒さが紅に塗り潰されてゆく。
王国軍は北西に直進し山を目指した。街道の両脇には、ただ生い茂る草木があるのみである。
時折、鳥の鳴き声や何かの獣の咆哮が聞こえる以外は、ただ鎧や靴の単調な音が響くばかりであった。王国軍の将兵は、まるで世界に自分たちしかいないような気分さえ抱いたのであった。
戦車の車台の中で、ブールは勝利を確信していた。正体不明の敵というから当初は不気味に思ったものの、戦ってみれば何ともない相手だ。それに、今自分には十五万という大軍がついている。よもや負けるはずはない。そういった思いが、ブールの胸中にはある。
その確信が崩れ去ったのは、少し日が昇った頃であった。
突然、両脇から枝葉の擦れる音が、将兵の耳に聞こえた。彼らが異変に気が付いた時、すでにその体は矢に穿たれていた。
現れたのは、植物の葉や枝をその身に括りつけた傀儡兵であった。横合いから放たれた矢に浮足立っている所に、短兵や長兵が斬り込んできた。
「な、何だ!? 敵か!?」
「伏兵だ! やられた!」
「おい、前からも来るぞ! 戦車だ!」
両脇からの攻撃に申し合わせるように、前方から傀儡兵の乗る戦車が突っ走ってきた。その後方からは歩兵の大軍も姿を現している。
――よもや、佯敗か。
最初に接敵した部隊はただの囮で、林に埋伏させた兵の場所までおびき寄せる罠だったのだ。ブールがそれに気づいた時には、もう時すでに遅しであった。自軍の後方は川だ。最悪の位置取りである。さりとて左右への退路は塞がれ、前方からは戦車と歩兵が攻撃を仕掛けてくる。
兵たちは、後方へ、後方へと逃げて行った。もう統率などあったものではない。将も兵も、皆我先にと逃げ出した。
「来たか……弩兵構え!」
川の向こう側には、すでに回り込んだ魔族軍がいた。魔族軍の将オウセンが指令を下すと、逃げてきた兵たちに向かって、凶矢が降り注いだ。
こうして、十五万の討伐軍は、殆ど覆滅されたのであった。
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