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3章 歓びの里 [鳥の妻恋]編
3-5 天は自ら助くるものを助く
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お待たせして申し訳ありませんm(__)m
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
どうして――こうなった??
引きかぶった毛布の中から、フェイバリットはそろりと顔をのぞかせる。
ちらりと左を見ればにこやかに微笑む美女。反対側を見れば、こちらも極上の笑みを浮かべる美女――。
最初に見た時も驚いたが、改めて見ても二人の顔は寸分違わずそっくり同じ。しかも声まで同じなのである。
こんな美しい顔が二つもあるなど、この世の奇跡ではないかと本気で思う。うっかり拝みそうになるのを寸でのところで堪えて、そろりと正面に目を向ければ。
――そこには巨躯を屈めて、斜めに顔を傾けながら、のぞき込むようにこちらを眺める男の姿があった。これまた迫力の美丈夫である。
「―――」
先ほど顔を出した動きを巻き戻すように、そろそろと娘が毛布の中に引っ込んでいく。
「んまあっ――チュンジ兄様ったら、いつの間にちゃっかりと! 怯えさせてしまったではありませんか」
「そもそも女性の部屋に断りもなく入るだなんてっ! ついに脳みそまで筋肉になってしまわれたの?」
「っ…人をなんだと…。第一、お前らだって断りもなく部屋に入ったくせに」
「「女の子同士はいいのっっ!」」
「はぁ? 女の子ぉ? 厚かましいことをよくもまあヌケヌケと――」
「「!!」」
フェイバリットは、出来る限り身を縮こませて、毛布ごしに繰り広げられる会話に聞き耳を立てる。
何が、どうして、こうなったのか。
改めてこれまでの経緯を、頭の中で思いめぐらせる。
あの後――黒猫と向かい合っていると、急に扉が大きく開かれた。
「「あらあらあらあら――お目覚めになりましたね~」」
現れたのが、今目の前に立つ美女二人だ。
二人は寝台のフェイバリットを見ると、ぱあっと顔をほころばせた。
寝台の上で慌てふためくフェイバリットに、スルスルと滑るように近づいてくる。
「「まああ、綺麗な瞳」」
見事に揃った声に同じ動き。
ぎょっと見上げるフェイバリットを、興味津々という感情を隠すことなく、キラキラと二人が目を輝かせる。
一人がずいっとその顔を突き出して、フェイバリットの顔をのぞき込んだ。その瞬間、フェイバリットがビクリと大きく体を震わせる。
「あらあら。驚かせてしまいましたか?」
「ほらほら。怖くない怖くないですよ――」
口々に言いながら、じりじりと二人がさらに距離を詰めてくる。その圧に耐えかねて、フェイバリットは思わず毛布を引きかぶった。
その後は――前述の通りである。
「――ちっとは落ち着け。お前らがグイグイくるから、その娘が困ってんじゃねえかよ」
張りのある男の声が扉の方から聞こえてくる。――どうやら姉妹によって部屋から追い出されたらしい。
毛布の隙間からそうっとのぞき見ると、扉の上枠に頭を擦りそうになりながら、身を乗り出す男の姿がある。
少し前かがみになっているから、おそらく身長は扉の枠の部分を超えているだろう。
突然、降って湧いた訪問客に気持ちが追いつかず、心臓はまだバクバク言っている。しかも訪問客はどう見ても全員、普通ではない。
ついでに言うと、最初に現れたのは人ですらない。
最初に彼女のもとを訪れたあの獣を、フェイバリットは脳裡に思い浮かべる。言わずと知れず、物言う黒猫のことだ。
ちらりと、先ほど猫が座っていた辺りに目をやるも、今はそこに黒毛玉の姿はない。姉妹が現れてアワアワしているうちに、どこかに行ってしまったらしい。
黒猫がいなくなって残念に思う気持ちが、じわじわとこみ上げてくる。また気が向いたら、顔を見せにきてくれるだろうか?
「怯えなくても大丈夫ですよ~」
「私どもはお嬢様のお世話にきた者です」
優しい声音に、はっと物思いから覚める。
ずっと毛布の影に隠れたままなのはさすがに失礼だ。フェイバリットはおずおずと毛布から顔を出した。
「大変失礼しました。私どもの紹介がまだでしたわね。私どもは“人差し指”と申します」
毛布の中から顔だけ出し、フェイバリットはためらいがちに、姉妹をかわるがわる見比べる。
本人の自覚は薄いだろうが、戸惑いを浮かべた白い顔には、どちらがコムジ?という疑問がはっきりと書かれている。
「――ふふ。私たち姉妹は同じ名前なのでございますよ。ああ…でもそれだと呼び分ける時にお困りになるのですよね」
赤い前掛けをつけた方が、胸の前で腕を組む。そのまま軽く頭を下げながら一歩前に進み出た。
「私のことはどうぞ“左の人差し指”とお呼びください」
続けざまにもう一人の姉妹もまた一歩前に進み出る。こちらは青い前掛けを身につけている。
「では私のことは“右の人差し指”と。以後、お見知りおきください」
洗練された流れるような所作。ポカンと呆けたように見惚れるフェイバリットとはてんで離れた所から。
「俺は“中指”だ。――入るぞ」
言葉と同時に、惚れ惚れするような美丈夫が、窮屈そうに身を屈めて部屋に入ってくる。
野性味あふれる精悍な顔つきは、鋭い眼差しのおかげで一見、隙のない印象だ。
だが困ったように眉を下げると、途端にくだけて優しい見た目になる。出会ってまだ短いが、フェイバリットはとうにそのことに気づいている。
だからだろうか。終始、双子の姉妹にやり込められる様子は、まるで子猫に威嚇される大型犬のようで、微笑ましくすら思えた。
とは言え、厚い胸板に無駄な脂肪のない引き締まった体つきといい、彼には里長とはまた違った破壊力抜群な魅力がある。
恥ずかしさの余り直視することも出来ず、指の隙間から相手の姿を拝みつつ、フェイバリットはただ身を震わせるばかりだ。
そんなフェイバリットが怯えているように見えたのだろう。姉妹の柔らかな声が降ってくる。
「ご心配いりません。あれは私どもの兄でございます」
優しい笑顔は一転、きっときつく目を眇めると二人揃って、兄と呼んだ男を振り仰ぐ。
「私たちがよいと言うまで『待て』も出来ませんの?」
「お、お前らぁ…人を犬みたいに――」
「ああら、もう一人のお兄様は最近、犬になるのがお好きみたいですわよ。ご一緒に『待て』を学ばれてはいかがです?」
「は…ったく、お前らなあ――」
目の前で繰り広げられる光景を前に、フェイバリットはほうっと溜め息に似た息を洩らす。
なにやら言い争っているようだが、その姿すら一枚の絵のような神々しさ――普通ならあり得ないことだ。
こうして目の当たりにしても尚、現実のものだとは思えない。なんてことはないごく普通の部屋――しかも自分のすぐ目の前に、天上もかくやとばかりに美しい方々がいるのだから。
これぞまさに眼福。それ以外、なんと呼ぶのだろう?
(しかも三人も――)
思考を遮るように、そこでチュンジと名乗る男が溜め息まじりにその先を続けた。
「――その発言、命知らずもいいとこだぞ…ここにチャンジも来てんのに」
「おう――俺のことは“長指”と呼べよ」
チュンジが言い終わるが早いか、二人目の男が扉からぬっとその顔を突き出した。
(――四人目がいた…!)
チュンジと瓜二つの男の登場により――場の空気が一瞬にして凍りつく。少なくともフェイバリットにはそう感じられた。
棒を呑んだように立ち竦む双子の姉妹の顔から、みるみる血の気が失せる。今や土気色と言えるほど、ひどい顔色だ。
男の顔は笑ってこそいるが、ようく目を凝らすと額に一本、立派な青筋が浮かんでいるのが見えた。
「寂しくて死にそうになっているウサギが一羽、こちらにいると主より言いつかり、馳せ参じました。今後は我らがおります故、どうぞご安心ください」
紆余曲折があり、今に至る。
身を包む毛布を掴む手に、ぎゅっと力を込める。
先ほどからずっと、全身至るところからやたらと汗が噴き出すのは、けして気のせいではない。
視界に入れたくなくて目を背けてしまったが、いつまでも見て見ぬ振りが通じるわけもない。ついに観念して、そろそろと視線を戻せば。
――寝台すぐ脇には、固い床の上に直接跪く美形の双子姉妹と双子兄弟の姿がある。
それを目にした途端、ひゅっと息を呑む短い音が、フェイバリットの口から漏れた。あまりにも恐れ多い光景に、目眩すら覚える。
(見間違いではなかった――)
「さあ最初のご用命をどうぞ? ――お嬢さん。そのために俺たちはここに来たのですから。寂しいならダッコでもして差し上げましょうか? 俺の胸は温かいですよ?」
「だっ……?!」
ダッコ??
人好きのする笑みを浮かべて、口を開いたのはチャンジだ。限界まで目を見開くフェイバリットを見て、淡い緑の瞳が可笑しそうに細くなる。
からかわれていると知り、沸々と怒りがこみ上げる。悔しいが言い返すことも出来ない。
「「お兄様」」
小さく嗜めるコムジを、チャンジは目視ひとつで黙らせる。
先ほどのことがあるせいか、コムジは無言でしおしおと俯いてしまった。――手が届きかけた命綱を、目の前でブチリと断たれた気分だ。
なんで…どうしてこうなった?
本日二度目の言葉である。一つ分かることは、ここに集まる面々は皆、エンジュの好意で送り込まれた者たちということだ。
つまりフェイバリットを一人にすまいと、心優しい里長がこの美しい面々を彼女のもとに送ってくれた。そういうことらしい。
『天の配剤』という言葉がある。
それはすなわち、善行に対してはよい報いを、悪行に対しては悪い報いが下るといったように、天がそれぞれの行いにかなったものを与えるという意味――だ。
とりたてて善行を積んだ覚えはない。
だが思い返せば――黒猫との出会いは、フェイバリットの心をおおいに慰めてくれたように思う。
天の配剤があるというのなら、自分にはあれぐらいがちょうどいい。
ちらりと四人を盗み見る。
居並ぶ四人の姿は麗しい――あまりにもキラキラし過ぎて、本格的に目が潰れそうなほど。
フェイバリットはくうっと、きつく唇を噛む。
――少なくとも自分は、ここまでのものを望んでいない。こうなるともはや、天罰ではないかと思えてくる。
(自分は何を間違えた?)
たしかにランドが立ち去った後の自分は、心細かった。一人が寂しいと思ってしまったのも本当だ。全部――認める。
だとしたら、一人が寂しいなどと思ったことが、そもそもいけなかったのか。きっと、身の程わきまえない愚かな行為だったのだろう。
うん、きっとそう。
少し前の自分にそう言ってやりたい。ひたすら反省するから――どうかお引き取り願いたい。
「あれ。ダッコはお嫌でしたか? でしたら“よしよし”ならどうですか――?」
「…よしよし…は…間に合って、ます…」
(ランド――助けて!!)
フェイバリットの脳内は、許容範囲を越えて限界に近い――そればかりか決壊寸前だ。
そんなフェイバリットのすぐそばには、頼もしくも美しい四人が、今もって静かに出番を待っている。
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読んでいただき、ありがとうございます。
次話は一週間後、更新予定です。
次回更新も頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。
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どうして――こうなった??
引きかぶった毛布の中から、フェイバリットはそろりと顔をのぞかせる。
ちらりと左を見ればにこやかに微笑む美女。反対側を見れば、こちらも極上の笑みを浮かべる美女――。
最初に見た時も驚いたが、改めて見ても二人の顔は寸分違わずそっくり同じ。しかも声まで同じなのである。
こんな美しい顔が二つもあるなど、この世の奇跡ではないかと本気で思う。うっかり拝みそうになるのを寸でのところで堪えて、そろりと正面に目を向ければ。
――そこには巨躯を屈めて、斜めに顔を傾けながら、のぞき込むようにこちらを眺める男の姿があった。これまた迫力の美丈夫である。
「―――」
先ほど顔を出した動きを巻き戻すように、そろそろと娘が毛布の中に引っ込んでいく。
「んまあっ――チュンジ兄様ったら、いつの間にちゃっかりと! 怯えさせてしまったではありませんか」
「そもそも女性の部屋に断りもなく入るだなんてっ! ついに脳みそまで筋肉になってしまわれたの?」
「っ…人をなんだと…。第一、お前らだって断りもなく部屋に入ったくせに」
「「女の子同士はいいのっっ!」」
「はぁ? 女の子ぉ? 厚かましいことをよくもまあヌケヌケと――」
「「!!」」
フェイバリットは、出来る限り身を縮こませて、毛布ごしに繰り広げられる会話に聞き耳を立てる。
何が、どうして、こうなったのか。
改めてこれまでの経緯を、頭の中で思いめぐらせる。
あの後――黒猫と向かい合っていると、急に扉が大きく開かれた。
「「あらあらあらあら――お目覚めになりましたね~」」
現れたのが、今目の前に立つ美女二人だ。
二人は寝台のフェイバリットを見ると、ぱあっと顔をほころばせた。
寝台の上で慌てふためくフェイバリットに、スルスルと滑るように近づいてくる。
「「まああ、綺麗な瞳」」
見事に揃った声に同じ動き。
ぎょっと見上げるフェイバリットを、興味津々という感情を隠すことなく、キラキラと二人が目を輝かせる。
一人がずいっとその顔を突き出して、フェイバリットの顔をのぞき込んだ。その瞬間、フェイバリットがビクリと大きく体を震わせる。
「あらあら。驚かせてしまいましたか?」
「ほらほら。怖くない怖くないですよ――」
口々に言いながら、じりじりと二人がさらに距離を詰めてくる。その圧に耐えかねて、フェイバリットは思わず毛布を引きかぶった。
その後は――前述の通りである。
「――ちっとは落ち着け。お前らがグイグイくるから、その娘が困ってんじゃねえかよ」
張りのある男の声が扉の方から聞こえてくる。――どうやら姉妹によって部屋から追い出されたらしい。
毛布の隙間からそうっとのぞき見ると、扉の上枠に頭を擦りそうになりながら、身を乗り出す男の姿がある。
少し前かがみになっているから、おそらく身長は扉の枠の部分を超えているだろう。
突然、降って湧いた訪問客に気持ちが追いつかず、心臓はまだバクバク言っている。しかも訪問客はどう見ても全員、普通ではない。
ついでに言うと、最初に現れたのは人ですらない。
最初に彼女のもとを訪れたあの獣を、フェイバリットは脳裡に思い浮かべる。言わずと知れず、物言う黒猫のことだ。
ちらりと、先ほど猫が座っていた辺りに目をやるも、今はそこに黒毛玉の姿はない。姉妹が現れてアワアワしているうちに、どこかに行ってしまったらしい。
黒猫がいなくなって残念に思う気持ちが、じわじわとこみ上げてくる。また気が向いたら、顔を見せにきてくれるだろうか?
「怯えなくても大丈夫ですよ~」
「私どもはお嬢様のお世話にきた者です」
優しい声音に、はっと物思いから覚める。
ずっと毛布の影に隠れたままなのはさすがに失礼だ。フェイバリットはおずおずと毛布から顔を出した。
「大変失礼しました。私どもの紹介がまだでしたわね。私どもは“人差し指”と申します」
毛布の中から顔だけ出し、フェイバリットはためらいがちに、姉妹をかわるがわる見比べる。
本人の自覚は薄いだろうが、戸惑いを浮かべた白い顔には、どちらがコムジ?という疑問がはっきりと書かれている。
「――ふふ。私たち姉妹は同じ名前なのでございますよ。ああ…でもそれだと呼び分ける時にお困りになるのですよね」
赤い前掛けをつけた方が、胸の前で腕を組む。そのまま軽く頭を下げながら一歩前に進み出た。
「私のことはどうぞ“左の人差し指”とお呼びください」
続けざまにもう一人の姉妹もまた一歩前に進み出る。こちらは青い前掛けを身につけている。
「では私のことは“右の人差し指”と。以後、お見知りおきください」
洗練された流れるような所作。ポカンと呆けたように見惚れるフェイバリットとはてんで離れた所から。
「俺は“中指”だ。――入るぞ」
言葉と同時に、惚れ惚れするような美丈夫が、窮屈そうに身を屈めて部屋に入ってくる。
野性味あふれる精悍な顔つきは、鋭い眼差しのおかげで一見、隙のない印象だ。
だが困ったように眉を下げると、途端にくだけて優しい見た目になる。出会ってまだ短いが、フェイバリットはとうにそのことに気づいている。
だからだろうか。終始、双子の姉妹にやり込められる様子は、まるで子猫に威嚇される大型犬のようで、微笑ましくすら思えた。
とは言え、厚い胸板に無駄な脂肪のない引き締まった体つきといい、彼には里長とはまた違った破壊力抜群な魅力がある。
恥ずかしさの余り直視することも出来ず、指の隙間から相手の姿を拝みつつ、フェイバリットはただ身を震わせるばかりだ。
そんなフェイバリットが怯えているように見えたのだろう。姉妹の柔らかな声が降ってくる。
「ご心配いりません。あれは私どもの兄でございます」
優しい笑顔は一転、きっときつく目を眇めると二人揃って、兄と呼んだ男を振り仰ぐ。
「私たちがよいと言うまで『待て』も出来ませんの?」
「お、お前らぁ…人を犬みたいに――」
「ああら、もう一人のお兄様は最近、犬になるのがお好きみたいですわよ。ご一緒に『待て』を学ばれてはいかがです?」
「は…ったく、お前らなあ――」
目の前で繰り広げられる光景を前に、フェイバリットはほうっと溜め息に似た息を洩らす。
なにやら言い争っているようだが、その姿すら一枚の絵のような神々しさ――普通ならあり得ないことだ。
こうして目の当たりにしても尚、現実のものだとは思えない。なんてことはないごく普通の部屋――しかも自分のすぐ目の前に、天上もかくやとばかりに美しい方々がいるのだから。
これぞまさに眼福。それ以外、なんと呼ぶのだろう?
(しかも三人も――)
思考を遮るように、そこでチュンジと名乗る男が溜め息まじりにその先を続けた。
「――その発言、命知らずもいいとこだぞ…ここにチャンジも来てんのに」
「おう――俺のことは“長指”と呼べよ」
チュンジが言い終わるが早いか、二人目の男が扉からぬっとその顔を突き出した。
(――四人目がいた…!)
チュンジと瓜二つの男の登場により――場の空気が一瞬にして凍りつく。少なくともフェイバリットにはそう感じられた。
棒を呑んだように立ち竦む双子の姉妹の顔から、みるみる血の気が失せる。今や土気色と言えるほど、ひどい顔色だ。
男の顔は笑ってこそいるが、ようく目を凝らすと額に一本、立派な青筋が浮かんでいるのが見えた。
「寂しくて死にそうになっているウサギが一羽、こちらにいると主より言いつかり、馳せ参じました。今後は我らがおります故、どうぞご安心ください」
紆余曲折があり、今に至る。
身を包む毛布を掴む手に、ぎゅっと力を込める。
先ほどからずっと、全身至るところからやたらと汗が噴き出すのは、けして気のせいではない。
視界に入れたくなくて目を背けてしまったが、いつまでも見て見ぬ振りが通じるわけもない。ついに観念して、そろそろと視線を戻せば。
――寝台すぐ脇には、固い床の上に直接跪く美形の双子姉妹と双子兄弟の姿がある。
それを目にした途端、ひゅっと息を呑む短い音が、フェイバリットの口から漏れた。あまりにも恐れ多い光景に、目眩すら覚える。
(見間違いではなかった――)
「さあ最初のご用命をどうぞ? ――お嬢さん。そのために俺たちはここに来たのですから。寂しいならダッコでもして差し上げましょうか? 俺の胸は温かいですよ?」
「だっ……?!」
ダッコ??
人好きのする笑みを浮かべて、口を開いたのはチャンジだ。限界まで目を見開くフェイバリットを見て、淡い緑の瞳が可笑しそうに細くなる。
からかわれていると知り、沸々と怒りがこみ上げる。悔しいが言い返すことも出来ない。
「「お兄様」」
小さく嗜めるコムジを、チャンジは目視ひとつで黙らせる。
先ほどのことがあるせいか、コムジは無言でしおしおと俯いてしまった。――手が届きかけた命綱を、目の前でブチリと断たれた気分だ。
なんで…どうしてこうなった?
本日二度目の言葉である。一つ分かることは、ここに集まる面々は皆、エンジュの好意で送り込まれた者たちということだ。
つまりフェイバリットを一人にすまいと、心優しい里長がこの美しい面々を彼女のもとに送ってくれた。そういうことらしい。
『天の配剤』という言葉がある。
それはすなわち、善行に対してはよい報いを、悪行に対しては悪い報いが下るといったように、天がそれぞれの行いにかなったものを与えるという意味――だ。
とりたてて善行を積んだ覚えはない。
だが思い返せば――黒猫との出会いは、フェイバリットの心をおおいに慰めてくれたように思う。
天の配剤があるというのなら、自分にはあれぐらいがちょうどいい。
ちらりと四人を盗み見る。
居並ぶ四人の姿は麗しい――あまりにもキラキラし過ぎて、本格的に目が潰れそうなほど。
フェイバリットはくうっと、きつく唇を噛む。
――少なくとも自分は、ここまでのものを望んでいない。こうなるともはや、天罰ではないかと思えてくる。
(自分は何を間違えた?)
たしかにランドが立ち去った後の自分は、心細かった。一人が寂しいと思ってしまったのも本当だ。全部――認める。
だとしたら、一人が寂しいなどと思ったことが、そもそもいけなかったのか。きっと、身の程わきまえない愚かな行為だったのだろう。
うん、きっとそう。
少し前の自分にそう言ってやりたい。ひたすら反省するから――どうかお引き取り願いたい。
「あれ。ダッコはお嫌でしたか? でしたら“よしよし”ならどうですか――?」
「…よしよし…は…間に合って、ます…」
(ランド――助けて!!)
フェイバリットの脳内は、許容範囲を越えて限界に近い――そればかりか決壊寸前だ。
そんなフェイバリットのすぐそばには、頼もしくも美しい四人が、今もって静かに出番を待っている。
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