処刑されるはずの悪役令嬢、なぜか敵国の「冷徹皇帝」に拾われる ~「君が必要だ」と言われても、今さら国には戻りません~

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第6話 私のスキル、帝国では「神の御業」でした

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 帝都アイゼンガルドの朝は、蒸気機関の低い唸りと共に始まる。  無数の工場の煙突から白い蒸気が立ち昇り、朝日に照らされて黄金色に輝く光景は、力強さと美しさを兼ね備えていた。  しかし、その光景の裏側で、深刻な問題が進行していることを、私はここ数日のデータ分析で痛感していた。

「……やはり、供給量が追いついていないわね」

 皇城の執務室。  私は魔導スクリーンに映し出されたエネルギー需給グラフを見ながら、小さくため息をついた。  帝国の技術力は素晴らしい。魔導列車の運行システムも、工場の自動化ラインも、私の祖国とは比べ物にならないほど進んでいる。  けれど、その高度な文明を維持するための「燃料」、つまり魔力の消費量が膨大すぎるのだ。

 現在の帝国の魔力自給率は、需要に対して常に九〇パーセント前後で推移している。  不足分の一〇パーセントはどうしているかというと、各地の休眠中の魔石鉱山を無理やり稼働させたり、軍事演習用の備蓄を切り崩したりして、綱渡りの運用で補っている状態だ。  昨日も、第三工業区画で一時的な停電が発生し、生産ラインが二時間ストップしたという報告が上がってきていた。

「おはようございます、リーゼロッテ様」

 部屋に入ってきたのは、筆頭魔導技師のグスタフだった。  彼は最初こそ私に懐疑的だったが、今では私のデスクに一番にコーヒーを運んでくれる忠実な部下となっている。  しかし、今日の彼の表情は優れない。

「おはよう、グスタフ。顔色が悪いわよ?」 「はあ……。実は、市民からの苦情が増えていまして。冬場に向けて暖房器具の使用が増える時期なのに、供給制限のせいで『部屋が暖まらない』『お湯が出ない』といった声が」

 彼は困り果てたように眉を下げた。

「皇帝陛下も頭を悩ませておられます。『軍事予算を削ってでも市民生活を優先しろ』と仰っていますが、軍部からの反発も強く……」

 ジークハルトらしい決断だ。彼は冷徹に見えて、国民のことを第一に考えている。  でも、軍事大国である帝国が軍備を縮小すれば、周辺諸国への抑止力が低下してしまう。それはそれで危険だ。

「供給を増やすには、新しい魔石鉱脈を見つけるか、他国から輸入するしかない。しかし、どちらもすぐには実現できません」 「増やすのが無理なら、減らすしかないわね」 「減らす? 市民にこれ以上の節約を強いるのですか? それは暴動の引き金になりかねませんよ」

 グスタフが慌てて首を振る。  私はデスクの上のペンを手に取り、くるくると回しながら微笑んだ。

「違うわ。市民の生活レベルを落とさずに、消費量だけを減らすの。……『無駄』をなくすことでね」

 私は立ち上がり、壁際の棚から一つの魔導具を取り出した。  帝国全土で普及している、標準的な家庭用魔導ランプだ。

「グスタフ、このランプの構造、少しおかしいと思わない?」 「え? いえ、帝国の誇る最新モデルですよ? 光量も十分ですし、デザインも洗練されています」 「ええ、確かに明るいわ。でも、明るすぎるのよ」

 私はドライバーを取り出し、手際よくランプのカバーを外した。  中には、複雑な魔術式が刻まれた基盤と、小さな魔石が組み込まれている。

「見て。この回路。光を生み出すための『発光術式』と同時に、なぜか『熱変換術式』が組み込まれているわ」 「ああ、それは……魔石の反応効率を上げるための予熱システムですね。寒い地域でもすぐに点灯するようにと、設計者が工夫したものです」

 グスタフが得意げに説明する。  私はため息をつきたくなるのをこらえて、首を振った。

「それが『無駄』なのよ。一度点灯してしまえば、魔石自体の熱で十分反応効率は維持できるわ。なのに、この術式はずっと稼働し続けている。つまり、光を作るのと同時に、無意味にランプ本体を温め続けているの」 「そ、それは……確かにそう言われれば……」 「触ってみて。このランプ、一時間もつけていると結構熱くなるでしょう? その熱エネルギーこそが、無駄に消費された魔力の残骸よ」

 私は計算機を叩いた。

「この熱変換術式をカットして、代わりに点灯直後の数秒間だけ高電圧をかける『ブースト起動方式』に変えれば……消費電力は三〇パーセント削減できるわ」 「さ、三割!? たったそれだけで!?」 「ええ。それに、このランプは帝国全土の家庭、商店、街灯で使われているのよね? その数、およそ五百万個」

 私は計算結果をスクリーンに表示させた。

「一世帯あたり五個のランプがあるとして、全土で二千五百万個。そのすべての消費魔力が三割減れば……帝都の工場全てをフル稼働させても、まだお釣りがくるわよ」

 グスタフは絶句した。  ポカンと口を開け、スクリーンに表示された天文学的な数字を凝視している。

「ま、まさか……。そんな単純なことに、我々は気づかなかったというのですか……?」 「単純だからこそ、見落としがちなのよ。あなたたち帝国の技術者は『いかに高性能にするか』ばかり考えているから、足し算の発想になりがちね。私は予算不足の国で育ったから、『いかに削るか』という引き算の発想が得意なの」

 私はランプの基盤に魔力を流し込み、その場で術式を書き換えた。  パチン、と小さな音がして、ランプが再起動する。  以前と変わらない明るい光。しかし、手をかざしても不快な熱さは感じられない。

「はい、完成。……これを『アップデートパッチ』として、魔導通信網を使って全土のランプに配信しましょう。遠隔操作で術式を書き換えられるはずよ」

 帝国の進んだ通信インフラが、ここでは最強の武器になる。  個別に修理して回る必要はない。中央制御室から信号を送るだけで、国中のランプが一斉に省エネモードに切り替わるのだ。

「す、すぐに準備します! リーゼロッテ様、あなたは……あなたは天才ですか!?」 「いいえ。ただの『節約家』よ」

 私はウィンクして見せた。

 その日の午後。  帝国の歴史に残る「大アップデート」が行われた。  中央制御室のメインコンソールに私が手をかざし、書き換えた術式データを送信する。  信号は魔導波に乗って帝都中に、そして地方都市へと瞬く間に拡散していった。

 効果は、劇的だった。  メインスクリーンのエネルギー消費グラフが、崖から落ちるようにガクンと下がったのだ。  それまでレッドゾーン(危険域)ギリギリを行き来していた数値が、一気に安全圏のグリーンゾーンへと降下し、そのまま余裕のある低水準で安定した。

「せ、成功だ……! 消費量が……三五パーセントも低下しました!」 「工場のラインを全開にしても、まだ余力が十分あります!」 「備蓄魔石への充填(チャージ)を開始できます! これなら今年の冬は越せますぞ!」

 制御室内は歓声の渦に包まれた。  おじさん魔導師たちが抱き合って喜び、中には感動のあまり泣き出す者もいた。  私はその様子を眺めながら、ほっと胸を撫で下ろした。  よかった。計算通りだ。

 その時、制御室の重い扉が開かれ、ジークハルトが飛び込んできた。  後ろには宰相のフランツも続いている。二人とも、狐につままれたような顔をしていた。

「おい! 何をしたんだ!?」

 ジークハルトが大股で私に歩み寄る。

「執務室の魔導メーターを見ていたのだが、突然、城内の魔力消費量が激減したぞ。システムがダウンしたのかと思ったが、照明も空調も正常に動いている。……一体、どんな魔法を使った?」

 私は椅子から立ち上がり、笑顔で報告した。

「魔法ではありません、ジーク様。ただの『設定変更』です」 「設定変更だと……?」 「はい。ランプの無駄な発熱を抑えただけです。……言ったでしょう? 私は『最適化』が得意だと」

 グスタフが横から興奮気味に説明を加える。

「陛下! リーゼロッテ様は、ランプ一つあたりの構造的欠陥を見抜き、それを全土規模で修正されたのです! これは……これは発明です! いや、革命です!」

 ジークハルトはスクリーンを見上げ、そこに表示された「余剰エネルギー:安定」の文字を確認した。  そして、ゆっくりと私に向き直った。  その青い瞳が、揺れている。

「……信じられん」

 彼は低く呟いた。

「我が国の賢者たちが何年も頭を悩ませてきたエネルギー問題を、貴様はたった一日で、しかもデスクに座ったまま解決してしまったというのか?」 「……そんな大層なことではありません。私はただ、もったいないなと思っただけで……」

 私が恐縮していると、ジークハルトの手が伸びてきて、私の両肩をガシリと掴んだ。

「リーゼロッテ」 「は、はい」 「貴様は……女神か?」

 真顔だった。  冗談の色など微塵もない、心からの称賛と驚愕がこもった瞳だった。

「私はずっと、この国を守るために強さを求めてきた。より強い兵器、より強固な要塞を。……だが、貴様は全く違うアプローチで、この国を救ってくれた」 「ジーク様……」 「ありがとう。……心から礼を言う。貴様は私の誇りだ」

 その言葉が、胸に深く刺さった。  誇り。  かつて祖国では「恥さらし」と呼ばれた私が。  「地味で可愛げがない」と蔑まれた私が。  ここでは、皇帝の「誇り」だと言ってもらえる。

 視界が滲んだ。  私は慌てて瞬きをして涙をこらえ、精一杯の笑顔を作った。

「お役に立てて光栄です。……それに、これでジーク様も少しは楽になれますね?」 「私?」 「はい。魔力不足の心労が減れば、魔力過多症の発作も起きにくくなりますから」

 私がそう言うと、ジークハルトは目を見開き、それから破顔した。  今まで見た中で、一番穏やかで、優しい笑顔だった。

「……ああ。そうだな。貴様のおかげで、今夜もよく眠れそうだ」

 その日以降、私の生活は少し変わった。  城内を歩いていると、すれ違う兵士やメイドたちが、深々と頭を下げて挨拶をしてくるようになったのだ。それも、義務的なものではなく、尊敬と感謝のこもった眼差しで。   「あの方が、光の魔術師様よ」 「冬場のお湯が出るようになったのは、リーゼロッテ様のおかげだって」 「女神様の生まれ変わりらしいわ」

 そんな噂がひそひそと聞こえてくる。  「女神様」はさすがに言い過ぎだと思うけれど、悪い気はしなかった。  誰かに認められること。  感謝されること。  それがこんなにも私の背中を押し、自信を与えてくれるなんて。

 私はもう、以前のような「自己肯定感の低い私」ではなかった。  胸を張って歩ける。  私はここで必要とされているのだと、確信できるから。

 一方、その頃。  遠く離れた王国ルミナスの王城では、対照的な光景が広がっていた。

 大広間のシャンデリアは薄暗く、本来なら百個点灯しているはずの魔導ランプが、今は十個ほどしか光っていない。  節電のためではない。  魔力不足で点灯できないのだ。

「寒い……寒いわぁ……」

 マリアが毛皮のショールにくるまりながら震えている。  彼女の周りには、使い捨てカイロのような安価な魔導具が散乱していた。

「アルフォンス様ぁ、なんとかしてよぉ。私の部屋、暖房がつかないの。お肌が乾燥しちゃう」 「わかっている! 今、業者を呼んでいるところだ!」

 アルフォンス王子もまた、厚着をして玉座に座っていた。  王城の暖房システムは、リーゼロッテがいなくなってから三日で完全に停止した。  原因は単純だ。  彼女が独自に組んでいた「熱効率最大化プログラム」が、定期メンテナンス(彼女の手動入力)が途絶えたことでエラーを起こし、安全装置が働いて強制停止したのだ。  外部の業者を呼んでも、「こんな複雑なプログラム、見たことがない」「設計図がないと直せない」と匙を投げられる始末。

「ちくしょう……! なんでだ! なんで動かない!」

 王子は手元のコントローラーをバンバンと叩いた。  彼には理解できなかった。  ただスイッチを入れれば動くはずの機械が、なぜリーゼロッテがいなくなった途端に反乱を起こすのか。

「殿下……」

 侍従長が青い顔で近づいてきた。  手には分厚い請求書の束を持っている。

「民間の魔導工房から、修理費の見積もりが届きました。……その額、金貨五百枚です」 「ご、五百枚だと!? たかが暖房を直すだけでか!?」 「はい。彼らが言うには、システムを一から組み直す必要があるそうで……。さらに、今月の魔石購入費も高騰しておりまして、このままだと来月の予算が……」

 王子は頭を抱えた。  金がない。  暖房もない。  そして何より、国民からの信頼がない。  城下町ではすでに、「王城だけが暖房を使っているらしい」「俺たちの税金を湯水のように使っている」という根も葉もない噂が流れ(実際には王城も寒いが)、不満が爆発寸前になっていた。

「ねえ、アルフォンス様」

 マリアが無邪気に言った。

「リーゼロッテ様を呼び戻せばいいんじゃない?」

 その言葉に、王子はギクリとした。  呼び戻す?  あの女を?

「……彼女なら、きっと直し方を知ってるでしょ? 『許してあげるから帰ってきなさい』って手紙を書けば、きっと喜んで戻ってくるわよ。だって彼女、アルフォンス様のこと大好きだったもん」

 マリアの提案は、あまりにも身勝手で、そして残酷なほどに的を射ていた。  王子の中で、ある種の希望が芽生えた。  そうだ。あいつは私に惚れていた。  私が少し優しくしてやれば、尻尾を振って戻ってくるはずだ。  横領の件も、不問にしてやればいい。恩を売ってやればいいのだ。

「……そうだな。それが一番手っ取り早い」

 王子はニヤリと笑った。  その笑みが、どれほど浅はかで、現状を認識できていない愚かなものであるか、彼はまだ気づいていなかった。

「すぐに手紙を書く。……『慈悲深い』私からの、最後のチャンスを与えてやろう」

 彼は羊皮紙を取り出し、ペンを走らせた。  その手紙が、リーゼロッテの決意をより強固にし、自らの破滅を加速させる燃料になるとも知らずに。

 帝国、皇城の庭園。  私は仕事を終え、ジークハルトと共に夜の散歩を楽しんでいた。  綺麗に剪定された木々の間を、淡い光を放つ魔導蝶が舞っている。  これも、私が余剰エネルギーを使って作った環境演出の一つだ。

「……綺麗だな」 「はい。この蝶たちは、空気中の不純物を浄化する機能も持っているんです」 「貴様の発想には、いつも驚かされる」

 ジークハルトは私の隣を歩きながら、ふと足を止めた。  そして、真剣な眼差しで私を見つめた。

「リーゼロッテ。……貴様は、戻りたいとは思わないか?」 「え?」 「祖国のことだ。……噂では、かなり困窮しているらしい。貴様がいなくなったせいでな」

 彼の情報網は正確だ。  私は首を横に振った。

「思いません」

 即答だった。

「私はここで、初めて『自分』を生きている気がします。自分の知識が、正しく評価され、人々の笑顔に繋がる。……こんな幸せな場所を捨てて、私を道具としか見ない人たちの元へ戻る理由なんて、一つもありません」

 ジークハルトは少し驚いたような顔をし、それから安堵したように息を吐いた。

「そうか。……安心した」

 彼はそっと私の手を取った。

「ずっとここにいろ。……いや、いてほしい。私が貴様を離したくない」

 その言葉は、命令ではなく、懇願のように聞こえた。  氷の皇帝が、私にだけ見せる弱さと、熱。  握られた手のひらから、彼の想いが伝わってくるようだった。

「はい。……どこにも行きません、ジーク様」

 私は彼の手を握り返した。  夜風が心地よく、私たちの間を吹き抜けていく。  この温もりがあれば、私はどんな困難も乗り越えられる。  そう確信した夜だった。
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