処刑されるはずの悪役令嬢、なぜか敵国の「冷徹皇帝」に拾われる ~「君が必要だ」と言われても、今さら国には戻りません~

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第9話 ドレス選びと社交界デビュー

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その日、皇城の私の執務室は、いつになく殺伐とした空気に包まれていた――わけではなく、むしろその逆、甘く華やかな狂騒に支配されていた。  普段は魔導書の山と計算用紙の雪崩で埋め尽くされている部屋が、色とりどりのシルク、ベルベット、レース、そして煌めく宝石たちによって占拠されていたからだ。

「リーゼロッテ様! こちらのクリムゾンレッドはいかがですか? 東方の希少な染料を使った最高級品です!」 「いいえ、陛下のお相手を務めるなら、やはり帝国のカラーであるミッドナイトブルーでしょう! この生地の光沢、まるで夜空そのものですわ!」 「いえいえ、ここはあえて純白で! リーゼロッテ様の清廉さを際立たせるには白しかありません!」

 目の前で火花を散らしているのは、帝都でも指折りのオートクチュールのデザイナーたちだ。  彼らはそれぞれ、自慢の生地見本やデザイン画を掲げ、熱烈なプレゼンテーションを繰り広げている。

 私はといえば、大量のドレス候補に囲まれて目を白黒させていた。  事の発端は、数時間前のジークハルトの一言だった。

 『来週、建国記念の祝賀パーティがある。貴様も出ろ』

 それだけなら業務命令として受け入れたのだが、問題はその続きだった。

 『私のパートナーとしてな』

 つまり、皇帝のエスコート役として、公式の場にデビューしろと言うのだ。  ただの技術顧問としてなら、地味な式典用のローブで済んだだろう。しかし、皇帝のパートナーとなれば話は別だ。  全貴族、全外交官の視線が集まる、帝国の「顔」として振る舞わなければならない。

「あ、あの……皆様、少し落ち着いてください。どれも素敵すぎて、私には選べません……」

 私が弱音を吐くと、デザイナーたちは一斉に私を凝視し、口を揃えて言った。

「「「選ぶ? とんでもない! 全部作るのです!」」」 「……はい?」 「陛下からのご命令です。『彼女に似合うものはすべて作れ。予算の上限はない』と!」

 頭がクラクラした。  上限なし。あの浪費家のアルフォンス王子ですら、ドレス代には渋い顔をしていたというのに、ジークハルトは一体何を考えているのか。

 その時、部屋の扉が開き、噂の当人が涼しい顔で入ってきた。

「進んでいるか」

 ジークハルトが現れた瞬間、デザイナーたちは一斉に平伏し、モーゼの十戒のように道が開けた。  彼は私の前まで来ると、散乱する生地の山を見て満足げに頷いた。

「悪くない。だが、まだ足りんな」 「ジーク様! 買いすぎです! 私は体が一つしかないんですよ?」 「知っている。だが、貴様は今まで、その美貌を灰の中に隠してきた。……これからは、嫌というほど飾ってもらう」

 彼は私の顎を指で持ち上げ、覗き込んだ。

「素材は最高だ。磨けば世界一の宝石になる。……それを証明する場だぞ、今度のパーティは」

 彼の瞳は真剣だった。  それは単なる恋人の欲目ではなく、私の「価値」を世界に知らしめたいという、彼なりの復讐であり、愛情表現なのだと気づいた。  王国で「地味」「可愛げがない」と蔑まれてきた私。  その私を、帝国最高の技術と富で飾り立て、見返してやる――そんな執念すら感じる。

「……わかりました。覚悟を決めます」

 私は腹を括った。  やるからには、徹底的にやってやろうじゃないか。  「魔導技師リーゼロッテ」としてだけでなく、「皇帝の隣に立つ女性」として、誰にも文句を言わせない姿を見せてやる。

「では、一番派手で、一番強そうなドレスをお願いします」 「強そう、か。……ふっ、貴様らしい」

 ジークハルトはニヤリと笑い、デザイナーたちに指示を飛ばした。

「聞いたな。……帝国の威信にかけて、彼女を『女神』に仕立て上げろ。手抜きは許さんぞ」

 「「「ははーーっ!!」」」

 こうして、私の「改造計画」が幕を開けたのだった。

 ◇

 そして迎えた、パーティ当日。  皇城の大広間は、数千本の魔導キャンドルの灯りに照らされ、昼間のように輝いていた。  天井からはクリスタルのシャンデリアが下がり、床は大理石。壁には金箔を施した装飾。  ガルガディア帝国の富と権力を象徴するような、絢爛豪華な空間だ。

 会場にはすでに数百名の貴族たちが集まり、グラスを片手に談笑していた。  話題の中心はもちろん、今日の主役である皇帝陛下と、噂の「新しいお気に入り」についてだ。

「聞いたか? 陛下が連れ帰ったという女性の話」 「ああ、王国の元公爵令嬢だろう? なんでも、魔導の天才だとか」 「だが、所詮は敵国の女だ。陛下の気まぐれな愛人ではないのか?」 「見た目はどうなんだ? 噂では、ひどく地味で目立たない女だったらしいが……」

 好奇心と、少しの意地悪な憶測が飛び交う。  無理もない。彼らにとって私は、突然現れて皇帝をたぶらかした「魔女」かもしれないのだから。

 その時。  ファンファーレが高らかに鳴り響いた。  会場の喧騒がピタリと止む。  大広間の正面にある巨大な両開きの扉が、重々しい音を立てて開かれた。

「皇帝陛下、並びにリーゼロッテ・フォン・エーデル様、ご入場でーす!!」

 式部官の声が響く中、私たちは足を踏み出した。

 一歩。また一歩。  カツ、カツ、という足音が、静寂の中に響く。

 私の隣には、正装の軍服に身を包み、数々の勲章を胸に輝かせたジークハルトがいる。  髪をオールバックになでつけ、その鋭い眼光と王者の覇気は、見る者すべてを平伏させるほどの迫力があった。  けれど、今日の人々の視線は、彼ではなく、その腕に手を添えている「私」に釘付けになっていた。

 吸い込まれるような吐息が、会場のあちこちから漏れた。

 私が身に纏っているのは、デザイナーたちが魂を削って作り上げた最高傑作だ。  色は、深海のようなディープブルー。  その生地には、微細なダイヤモンドの粉末と、発光する特殊な魔石の繊維が織り込まれており、動くたびに星空のように煌めく。  デザインはオフショルダーで、デコルテの大胆なラインと、背中の優美な曲線を惜しげもなく晒している。  しかし、いやらしさは微塵もない。計算し尽くされたカッティングと、腰から広がるドレープの重なりが、荘厳なまでの気品を演出しているからだ。

 髪は複雑に編み込まれてアップにされ、そこには真珠とサファイアの髪飾りが散りばめられている。  メイクは、私の本来の素材を活かしつつ、目尻に紅を差すことで、妖艶さと知性を同居させていた。

「……あれが、噂の令嬢か?」 「な、なんて美しい……」 「地味? 誰だそんなデマを流したのは。まるで夜の女神ではないか」

 ざわめきが、感嘆の波となって広がる。  私は緊張で指先が震えそうになるのを、必死でこらえていた。  背筋を伸ばせ。  顎を引け。  視線は真っ直ぐに。  王国時代の厳しい妃教育が、皮肉にもここで役に立っている。

「……緊張しているか?」

 ジークハルトが、唇を動かさずに囁いてきた。

「はい。心臓が飛び出しそうです」 「安心しろ。……今、この会場で一番美しいのは貴様だ。私が保証する」

 彼は私の手を軽く握りしめた。  その温かさが、私の震えを止めてくれる。  そうだ。隣には彼がいる。世界最強の男が、私を選んでくれたのだ。  なら、私は胸を張って、その隣にふさわしい女であればいい。

 私たちは階段を降り、フロアの中央へと進んだ。  貴族たちが波が割れるように道を開け、深々と頭を下げる。  その最前列に、以前私に突っかかってきた筆頭魔導技師のグスタフや、宰相フランツの姿があった。  彼らは私を見て、誇らしげに微笑んでいる。  まるで、自分の娘の晴れ姿を見る父親のような顔で。

「陛下、そしてリーゼロッテ様。……今宵は一段と輝いておられますな」

 老練な貴族が挨拶に進み出た。公爵位を持つ重鎮だ。

「リーゼロッテ様、先日導入された新型の魔導暖房システム、我が領地でも大評判です。おかげで薪の消費が半分になり、森を守ることができました」 「それは良かったです、公爵様。……次の段階として、排熱を利用した温室栽培のプランも考えておりますの。よろしければ後ほど図面をご覧に入れますわ」 「おお! それは楽しみだ!」

 私が流暢な敬語で、しかも専門的な話題を振ると、周囲の貴族たちが驚きの表情を見せた。  単なる「美しい人形」ではない。  国の内政に深く関わり、実績を上げている「実力者」なのだと、彼らは再認識したようだ。

「美しいだけではない、聡明な方だ」 「王国の王太子は目が見えなかったのか?」 「逃がした魚は大きすぎたな」

 そんな囁きが聞こえてくる。  快感だった。  復讐とは、相手を傷つけることではない。  自分が圧倒的に幸せになり、相手の手の届かない場所へ行くことなのだ。

 その時、楽団の演奏がワルツへと変わった。  ジークハルトが、うやうやしく私に向き直り、手を差し出した。

「……踊ってくれるか、マイ・レディ」 「喜んで、ユア・マジェスティ」

 私はその手を取り、優雅にカーテシー(膝を折る礼)をした。  彼の手が私の腰に添えられ、私の手は彼の肩へ。  音楽に合わせて、私たちは滑り出した。

 ワン、ツー、スリー。  ステップを踏むたびに、ドレスの裾が花びらのように広がる。  ジークハルトのリードは力強く、そして完璧だった。  私の動きを先読みし、私が一番美しく見える角度でターンさせてくれる。

「……貴様、ダンスも上手いのだな」 「一通り仕込まれましたから。……でも、こんなに楽しいダンスは初めてです」 「ほう?」 「今までは、間違えないようにすることだけで精一杯でした。相手の足を踏まないか、ドレスを踏まないか……恐怖との戦いでしたから」

 王子のダンスは下手くそで、いつも私が彼に合わせて調整していたのだ。それでも失敗すれば私のせいにされた。  でも今は違う。  身を任せているだけで、体が勝手に羽ばたくようだ。

「これからは、恐怖など感じる必要はない。……私がすべて支えてやる」

 ジークハルトが私を引き寄せ、リフトした。  私の体が宙に舞う。  シャンデリアの光が回転し、まるで星空の中を飛んでいるような浮遊感。  着地と同時に、会場から割れんばかりの拍手が巻き起こった。

「……愛しているぞ、リーゼロッテ」

 拍手にかき消されるほどの小さな声で、彼が囁いた。  私の顔が一瞬で熱くなる。  この人は、こういう大事なことを、不意打ちで言う。

「……私もです、ジーク」

 私は彼の胸に顔を埋めた。  幸せすぎて、怖いくらいだ。  この時間が永遠に続けばいいのに。

 ◇

 ダンスが終わり、少し休憩しようとテラスに出た時だった。  夜風が火照った頬に心地よい。  私は手すりに寄りかかり、遠くの夜景を眺めながら、余韻に浸っていた。

「……素晴らしい夜ですね」

 声をかけてきたのは、若い男性だった。  振り返ると、軍服を着た長身の青年が立っていた。  金髪碧眼。甘いマスクの美男子で、胸には将軍の階級章がついている。  帝国の最年少将軍として名高い、ラインハルト・フォン・ベルンシュタインだ。

「ベルンシュタイン将軍。……こんばんは」 「お初にお目にかかります、リーゼロッテ様。……遠くから拝見していましたが、あまりにお美しくて、つい声をかけてしまいました」

 彼は慣れた様子で私の手を取り、甲にキスを落とした。  洗練された仕草だ。王国の貴族たちにも引けを取らない、いやそれ以上のスマートさがある。

「噂以上の才女とお聞きしました。戦車の燃費改善、あれは魔法ですね。部下たちが泣いて喜んでいますよ」 「お役に立てて光栄です」 「ぜひ今度、個人的に食事でもいかがですか? 魔導理論について、もっと深く語り合いたい」 「え?」

 それは明らかな誘いだった。  技術的な興味だけではない、男性としての熱っぽい視線を感じる。  私が返答に窮していると、

 ズンッ。

 背後から、氷山が押し寄せてきたような冷気が漂った。  テラスの温度が一気に十度は下がった気がする。

「……おい、ラインハルト。私の連れに何をしている」

 ジークハルトが立っていた。  笑顔だ。笑顔なのだが、目が全く笑っていない。  その背後には、怒りのオーラが黒い炎のように揺らめいている。

「おや、陛下。……独り占めはずるいですよ。これほどの才媛、帝国の共有財産として、我々にも交流の機会を」 「共有? ……寝言は寝て言え」

 ジークハルトが私の腰を抱き寄せ、所有権を主張するように強く引き寄せた。

「彼女の才能は帝国のものかもしれんが、彼女自身は私のものだ。……指一本でも触れてみろ。貴様を最前線へ飛ばして、一生雪かきをさせるぞ」 「お~、怖い怖い。……わかりましたよ、撤退します」

 ラインハルト将軍は肩をすくめ、降参のポーズをとった。  しかし去り際に、私に向かってウィンクを投げる度胸はさすがだった。

「……まったく、油断も隙もない」

 ジークハルトは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「そんなに怒らないでください。ただのご挨拶ですよ」 「挨拶にしては距離が近すぎる。……貴様は無防備なんだ。自分がどれだけ魅力的か、自覚しろ」

 彼は私のドレスの肩紐を少し直し、露出した肌を隠すようにマントを羽織らせてくれた。  その独占欲が、少しだけくすぐったくて、嬉しい。

「……ねえ、ジーク。私、今日、本当に幸せです」

 私は彼を見上げて言った。

「こんな綺麗なドレスを着て、みんなに褒められて、あなたと踊れて。……私、生まれてきて良かったって、初めて思いました」

 ジークハルトの表情が和らいだ。  彼は私の頬に手を添え、親指で優しく撫でた。

「……それは私の台詞だ。貴様に出会えて、私は初めて『生きた』と思えた」

 二人の顔が近づく。  今度は邪魔が入らない。  月明かりの下、私たちの唇が重なった。  優しく、甘く、そして深い口づけ。

 世界が溶けていくようだった。  過去の辛い記憶も、未来への不安も、すべてがこの瞬間の幸福感の中に消えていく。

 しかし。  私たちはまだ知らなかった。  この幸せなパーティの裏側で、国境の向こう側から、どす黒い悪意が確実に近づいていることを。

 ――ガシャン。  遠くで何かが割れるような音が、私の耳の奥で微かに響いた気がした。  それは、私の張った「探知結界」が、何者かの侵入を感知した微かな警告音だったのだが、夢心地の私はそれを風の音だと勘違いしてしまった。

 王国の放った「刺客」が、すでに帝都の中に紛れ込んでいたことを知るのは、翌日の朝のことになる。
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