『姉に全部奪われた私、今度は自分の幸せを選びます ~姉の栄光を支える嘘を、私は一枚ずつ剥がす~』

六角

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第13話「家は味方ではない」

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『白薔薇の間』の中央、数段高くなった円形の演壇は、さながら処刑台のように白く輝いていた。 私はドレスの裾を持ち上げ、その階段を一歩ずつ登っていく。 靴音が大理石を叩くたびに、心臓が早鐘を打つ。 恐怖ではない。 これから始まる、人生最大の賭けに対する高揚感だ。

壇上には、王宮魔術師たちが用意した正規の誓約台が置かれている。 だが、姉セシリアはそこには立たず、演壇の最前列で胸元のブローチを誇示するように両手を広げていた。 その青い輝きは、会場の照明を吸い込み、妖しく脈動している。

「ようこそ、リリア。……まさか、立会人を引き受けてくれるなんて思わなかったわ」

セシリアがマイク代わりの拡声魔道具を通さずに、私にだけ聞こえる声で囁いた。 その瞳は笑っているようでいて、爬虫類のように冷たい。

「お姉様が望まれた『真実』を証明する場ですもの。妹として、そして監査官として、最前列で見届けさせていただきます」 「ふふ。……いいわ。特等席で絶望なさい」

セシリアはくるりと背を向け、聴衆に向かって優雅に一礼した。 その瞬間、会場を包んでいたざわめきがピタリと止む。 彼女は「場」を支配している。 呼吸一つ、視線一つで、数百人の貴族たちの感情を操っているのだ。

「愛する皆様。……わたくしの妹、リリアは主張しております。わたくしが教会の寄付金を横領し、架空の孤児院を作り、私腹を肥やしていると」

セシリアの声が、悲痛な響きを帯びる。

「それはあまりにも悲しい誤解です。……いいえ、悪意ある中傷と言ってもいいでしょう。ですが、わたくしはリリアを責めません。あの子は、三年前のあの日から……心が闇に囚われてしまっているのですから」

ハンカチで目元を拭う仕草。 会場のあちこちから、すすり泣く声や、「可哀想に」「なんて慈悲深いんだ」という感嘆の声が漏れる。

「ですから今夜、わたくしはこの身をもって潔白を証明いたします。……この胸にある『青い聖石』にかけて」

彼女はブローチに手を添えた。

「これは、古くからアルヴェイン家に伝わる、真実のみを映し出す守護石です。わたくしの言葉に偽りがあれば、この石は赤く染まり、わたくしに裁きを下すでしょう」

嘘だ。 アルヴェイン家にそんな伝承はない。 それは王家の宝飾品を砕いて作った、禁忌の魔道具だ。 だが、聴衆はそれを知らない。 彼らは美しい物語を信じたいのだ。

「では、始めましょう。……リリア、質問をどうぞ?」

セシリアが余裕の笑みで私を促す。 私は一歩前に進み出た。 レオンハルト様は壇の下、最前列で腕を組んでこちらを見守っている。 彼の視線が「行け」と言っている。

私は深く息を吸い込み、凛とした声で問いかけた。

「では、伺います。セシリア・アルヴェイン様。……貴女は、ガレオン商会と共謀し、国庫からの助成金を水増し請求させ、その差額を『寄付』としてキックバックさせていましたか?」

会場が静まり返る。 あまりにも具体的で、生々しい告発。 だが、セシリアは眉一つ動かさなかった。

「いいえ。……そのような事実は、一切ございません」

彼女が断言した瞬間。 胸元のブローチが、カッと眩い光を放った。 その色は――。

突き抜けるような、鮮烈な『青』。

「おおっ……!」 「青だ! 真実だ!」 「やはり聖女様は潔白だったんだ!」

会場がどよめき、拍手が巻き起こる。 私は唇を噛んだ。 わかってはいた。 クレイグの話通り、あのブローチは『反転の誓約器』だ。 嘘を真実に変える悪魔の装置。

セシリアは勝ち誇った顔で私を見た。 『どう? これが私の奇跡よ』

私は怯まずに、次なる矢を放った。

「では、次の質問です。……貴女は、三年前の王家宝飾品紛失事件に関与していますか? あの夜、保管庫から『青い箱』を持ち出したのは、貴女ですか?」

「いいえ。……わたくしは、あの日、妹が箱を持って部屋から出てくるのを目撃しただけです」

再び、ブローチが青く輝く。 より強く、より鮮やかに。

「ああ、なんてことだ! やはり妹が犯人だったのか!」 「自分の罪を姉になすりつけるなんて、恥知らずめ!」

罵声が飛んでくる。 ミランダ侯爵令嬢が「人殺し!」と叫ぶ声も聞こえる。 空気は完全にセシリアの独壇場だ。 私は四面楚歌の中に立たされている。

「……リリア」

セシリアがマイクを使い、優しく、しかし残酷に語りかけた。

「もういいのよ。……嘘をつくのは苦しいでしょう? わたくしは、あなたのその虚言癖を治してあげたいの。……だって、私たちは家族なのだから」

「家族……」

私がその言葉を反芻した時、セシリアは合図を送った。 舞台袖から、一人の男がよろめきながら現れた。 やつれた顔。 おどおどとした視線。 私の父、ジェラルド・アルヴェインだ。

「お父様……?」

父は私の視線を避けるように俯き、セシリアの隣に立った。 セシリアは父の肩を抱き、慈愛に満ちた声で言った。

「お父様からも、言ってあげて。……リリアがこれ以上、罪を重ねないように」

マイクを向けられ、父は震える手でそれを受け取った。 会場中の視線が集まる。 父の額には脂汗が浮かび、唇は白く乾いている。

「……リリア」

父の声は、蚊の鳴くように小さかった。

「もう……やめるんだ。セシリアは……お前の姉さんは、何もしていない。……お前が……お前が全部、妄想しているだけなんだ」

「……っ!」

心臓を、冷たい刃物で抉られたような痛みが走る。 父は知っているはずだ。 姉が何をしたか。 自分が姉に何を譲り渡したか。 それなのに、この期に及んで、姉の共犯者となることを選んだのか。

「お父様。……本気で言っているのですか?」

私は声を震わせながら問うた。

「私の目を見てください。……私が妄想していると? 私が嘘をついていると? 貴方は、自分の娘を……『狂人』として売り渡すのですか?」

父は顔を歪め、涙を流した。 だが、その口から出た言葉は、謝罪でも弁明でもなかった。

「……家のためだ」

マイクには入らないほどの小声で、父は呟いた。

「セシリアが勝てば……我が家は助かる。お前一人を犠牲にすれば……アルヴェイン家は救われるんだ。……頼む、リリア。親孝行だと思って……狂ってくれ」

時が止まった気がした。 親孝行だと思って、狂ってくれ。 実の親が、子に向かって言う言葉だろうか。 これが、私が焦がれ、認められたいと願っていた「家」の正体なのか。

絶望が、黒いタールのように足元から這い上がってくる。 視界が滲む。 姉の嘲笑う顔。 聴衆の軽蔑の眼差し。 父の懇願するような、醜い顔。

『お前は一人だ』 『誰もお前など愛していない』 『諦めろ、跪け』

闇の声が聞こえる。 プリズムを使うための条件――『嘘のない状態』。 心が乱れれば、プリズムはただのガラス玉になる。 今、私の心は嵐のように乱れている。 怒り、悲しみ、絶望。 このままでは、負ける。

その時。

「……ふざけるな」

低く、しかし会場の隅々まで届くような、凍てつく声が響いた。 壇上の空気が一瞬で凍結する。 最前列にいたレオンハルト様が、演壇に足をかけていた。

「レオンハルト様……?」

彼は一足飛びに壇上へ上がると、私の前に立ち、父とセシリアを睨みつけた。 その背中は、怒りで僅かに震えている。

「親孝行? 家のため? ……聞いて呆れる」

レオンハルト様は父の胸倉を掴み上げんばかりの勢いで詰め寄った。

「貴様は娘を売っただけだ。自分の保身と、腐った家名のために。……それを『親心』などという言葉で飾るな。反吐が出る」

「ひっ……!」 父が悲鳴を上げて後ずさる。

「グランツ様、乱暴はおやめください!」 セシリアが金切り声を上げる。 「これはアルヴェイン家の問題です! 部外者が口を出すことでは……」

「部外者ではない」

レオンハルト様は姉を鋭く一瞥し、そして振り返って私を見た。 その瞳には、これまでに見たことのないような、激しく、熱い色が宿っていた。

「リリアは、私の部下だ。……王宮が認めた、誇り高き監査官だ。彼女の尊厳を踏みにじる者は、たとえ肉親であろうと私が許さない」

彼は私の肩に手を置き、強く抱き寄せた。 しっかりとした腕の感触。 彼の体温が、凍りついた私の心を溶かしていく。

「……顔を上げろ、リリア。お前は何も失っていない」

彼は私の耳元で囁いた。

「腐った枝が落ちただけだ。……お前という幹は、まだ折れていないだろう?」

「……はい」

涙が溢れた。 でも、それは絶望の涙ではなかった。 古い殻を破り、新しく生まれ変わるための浄化の涙。 私は父を見た。 小さく、醜く、哀れな男。 もう、憎しみさえ湧かない。ただの他人だ。

「……さようなら、アルヴェイン子爵」

私は静かに告げた。 「お父様」とは呼ばなかった。 その瞬間、私の中で「家」という呪縛は完全に消滅した。 私は一人だ。 でも、孤独ではない。 隣には彼がいる。背後には王妃陛下がいる。 そして何より、私自身がいる。

「……ありがとう、レオンハルト様。もう大丈夫です」

私は涙を拭い、彼から一歩離れた。 ここからは、私の仕事だ。 私は懐から、クレイグから託された『真理のプリズム』を取り出した。

「お姉様。……そして皆様。ご覧ください」

私はプリズムを高く掲げた。 シャンデリアの光を受けて、クリスタルが輝き出す。 私の心は今、凪いだ湖面のように静かだ。 迷いはない。恐怖もない。 あるのは、真実を暴くという一点のみ。

「今からお見せするのは、奇跡のタネあかしです」

「な、何を……」 セシリアが不審げに眉をひそめる。

「発動――『真理の解明(ヴェリタス・クリア)』!」

私が魔力を流し込むと、プリズムから強烈な白い光が放たれた。 その光は扇状に広がり、セシリアの胸元を照らし出す。

「なっ!?」

会場から驚愕の声が上がった。 肉眼では見えなかったものが、プリズムの光の中でのみ浮かび上がったのだ。

セシリアのブローチから、無数の赤黒い『糸』が伸びていた。 それは血管のように脈打ち、空中のどこかへと繋がっている。 魔力の供給ライン。 そして、精神操作の強制リンク。

「なんだ、あれは……!」 「ブローチから糸が出ているぞ!?」

「ご覧の通りです!」 私は声を張り上げた。 「そのブローチは、神の奇跡などではありません! 外部から魔力を供給し、判定結果を強制的に書き換える『受信機』です!」

「で、デタラメよ! これはただの光の加減で……!」 セシリアが青ざめて叫ぶ。 だが、映像はあまりにも鮮明だ。 赤黒い糸は、彼女の意思とは無関係に、嘘を塗りつぶし続けている。

「デタラメかどうか、辿ってみればわかります。……この糸の先には、必ず『術者』がいる!」

私はプリズムの角度を変え、糸が伸びている方向を追った。 糸は天井高くへと伸び、シャンデリアの隙間を抜け、さらにその上……。 『白薔薇の間』の天井裏にある、照明調整用のキャットウォークへと繋がっていた。

「あそこだ!」

レオンハルト様が叫び、合図を送る。 配置についていたカミュ団長が、待っていましたとばかりに咆哮した。

「野郎ども! 天井だ! ネズミを叩き落とせ!」

「御意ッ!!」

近衛騎士たちがフック付きのロープを投げ、猿のように素早く壁を駆け上がる。 天井裏から「な、何だ貴様ら!?」という狼狽した男の声が聞こえた。 そして、激しい争う音と、何かが破壊される音。 直後、黒いローブを着た男が、騎士に羽交い締めにされながら落下防止用のネットへと突き落とされた。

「放せ! 私は……私は天才だぞ! この発明は世界を変えるんだ!」

男が喚いている。 痩せこけた頬に、狂気を宿した目。 クレイグの元弟子、ギルバートだ。 彼の手には、複雑な機械仕掛けのコントローラーが握られていたが、それは地面に落ちて粉々に砕け散った。

その瞬間。 セシリアの胸元のブローチから、パチンと音がして火花が散った。 魔力供給が断たれたのだ。

「あ……あぁ……」

セシリアが呆然と胸元を押さえる。 青い輝きは消え失せ、ブローチはただの濁ったガラス玉へと変わっていた。

「……証明終了です」

私は静かに告げた。 プリズムを下ろす。 会場は静まり返っていた。 誰もが理解したのだ。 聖女の奇跡が、天井裏の男によって操作されていたインチキ手品だったことを。

「そんな……嘘よ……」

セシリアが後ずさる。 父ジェラルドは既に腰を抜かし、演壇の隅で震えている。

「まだです、お姉様」

私は逃がさない。 さらに一歩、彼女に近づいた。

「ブローチの機能は停止しました。……では、もう一度伺いましょう。正規の『誓約器』を使って」

私はレオンハルト様に目配せした。 彼が懐から取り出したのは、王宮魔術師が管理する本物の誓約器――水晶玉だった。 彼はそれをドンと演壇の上に置いた。

「セシリア・アルヴェイン。……先ほどの質問に、もう一度答えてもらおうか」

レオンハルト様の冷酷な声。 セシリアは震える首を横に振った。

「嫌よ……やめて……」 「答えられないのですか? 潔白ならば、何も恐れることはないはずです」

私は彼女を追い詰める。

「貴女は、国庫の金を横領しましたか?」 「…………」 「貴女は、三年前に私に濡れ衣を着せましたか?」 「…………」 「貴女は……この国の人々を、騙していましたか?」

セシリアは答えられなかった。 答えた瞬間に赤く光るか、あるいは沈黙することで肯定するか。 どちらにせよ、彼女の「聖女」としての命脈は尽きた。

「……あ……あああぁぁぁっ!!」

セシリアはその場に泣き崩れた。 美しいドレスが床に広がり、まるで枯れた白薔薇のように見えた。 観客席からは、失望のため息と、騙されていたことへの怒りの声が波のように押し寄せてくる。 「ペテン師め!」「よくも聖女を名乗ったな!」「リリア様が正しかったんだ!」

掌を返したような称賛。 だが、今の私にはそれさえも虚しく響いた。 私は父を見た。 彼は顔を覆って縮こまっている。 家を守るために娘を売った男は、結局、家も娘も、そして自分自身の誇りさえも失った。

「……終わりだ」

レオンハルト様が、騎士たちに指示を出す。 セシリアとギルバート、そして父ジェラルドが拘束されていく。 連行される際、セシリアは一度だけ私を振り返った。 その目は、憎しみでも悲しみでもなく、ただ「空っぽ」だった。 演じる役を失った役者の、虚無の目。

私はそれを見送り、小さく息を吐いた。 終わった。 長い、長い戦いが。

私はふらりとよろめいた。 緊張の糸が切れた反動だ。 倒れる――と思った瞬間、温かい腕が私を支えた。

「……よくやった」

レオンハルト様の声。 見上げると、彼は優しく微笑んでいた。 氷の宰相補佐が、春の日差しのような顔をしている。

「立てるか?」 「……はい。でも、少しだけ……」

私は彼の胸に額を預けた。 今だけは。 この温もりに甘えても、バチは当たらないだろう。 会場の拍手も、喧騒も、遠い世界の出来事のように感じられた。 私の世界には今、彼と、そして取り戻した「自分自身」だけがあった。
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