『姉に全部奪われた私、今度は自分の幸せを選びます ~姉の栄光を支える嘘を、私は一枚ずつ剥がす~』

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第14話「夜会の檻」

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『白薔薇の間』に満ちていた静寂は、一瞬にして割れんばかりの喧騒へと変わった。 セシリア・アルヴェインが衛兵たちによって引きずられるように連行された直後のことだ。 まるで魔法が解けたかのように、あるいは新しい演目が始まったかのように、会場の空気が一変した。

「素晴らしい! まさに正義の勝利だ!」 「リリア様! ああ、なんと気高く、聡明な方なのでしょう!」 「私は最初から信じておりましたぞ! あのセシリアこそが魔女だと!」

先ほどまで私を「泥棒娘」「恥知らず」と罵っていた貴族たちが、今は競うように私のもとへ押し寄せてくる。 彼らの瞳にあるのは、反省でも謝罪でもない。 新たな勝者への媚びへつらいと、自分たちが「正義側」にいたという既成事実を作ろうとする必死さだ。

私はその光景を、冷え切った心で見つめていた。 吐き気がする。 姉セシリアが作り上げた虚構の舞台。 その主役が交代しただけで、観客たちの浅ましさは何ひとつ変わっていない。 彼らは真実などどうでもいいのだ。 ただ、強い方、光が当たっている方に群がり、その甘い汁を啜れればそれでいい。

「リリア様、お久しぶりですわ! ミランダです、覚えていらっしゃいます?」

厚かましくも最前列に躍り出てきたのは、バークレイ侯爵令嬢ミランダだった。 彼女は先日の茶会で私を嘲笑し、ついさっきまで姉の隣で私を睨みつけていたはずだ。 だが今は、扇子を閉じて揉み手をするような卑屈な笑みを浮かべている。

「あの時は、わたくしもセシリアに騙されていたのです。……ひどい女でしたわね、あんな偽造品を使って私たちを欺くなんて。わたくし、リリア様が可哀想で、夜も眠れませんでしたのよ?」

白々しい嘘。 彼女の首元には、まだガレオン商会の裏金で買ったと思われるルビーのネックレスが光っている。 私は彼女の目を真っ直ぐに見据えた。

「……ミランダ様」 「は、はい! 何でしょう、お友達として……」 「『お友達』? ……貴女と友人になった覚えはありません」

私が冷たく言い放つと、ミランダの笑顔が引きつった。

「貴女は騙されていたのではありません。……見たいものだけを見て、信じたい嘘を信じていただけです。その方が、貴女にとって『得』だったから」 「な、何を……」 「ガレオン商会への税務調査は、まだ終わっていませんよ。……そのネックレスの出処についても、近いうちに詳しくお話を伺うことになるでしょう」

「っ……!」

ミランダは顔面蒼白になり、後ずさった。 周囲の貴族たちも、私の一言に怯えたように距離を取る。 私は彼らをゆっくりと見回した。 かつては恐怖の対象だった「社交界の目」。 だが今、私の目には、彼らがただの色彩のない背景画のようにしか映らなかった。

「……帰りましょう、レオンハルト様」 「ああ」

私の背後で、ずっと無言で威圧を放っていたレオンハルト様が頷いた。 彼は私の肩を抱き寄せ、人垣を割るようにして歩き出した。 その力強い腕だけが、この空虚な空間で唯一の「本物」だった。

「道を開けろ。……監査官殿がお疲れだ」

彼の低い声が響くと、貴族たちはモーセが海を割るように左右に退いた。 私たちは誰の言葉にも耳を貸さず、誰の視線にも応えず、ただ前だけを見て『白薔薇の間』を後にした。 背後で閉ざされる扉の音が、重く、鈍く響いた。

それは、私を閉じ込めていた「過去」という檻が、ようやく閉じた音のように聞こえた。

          ◇

王宮の回廊に出ると、夜風が火照った頬を撫でた。 月は高く昇り、白亜の石畳を青白く照らしている。 喧騒は遠ざかり、虫の声だけが静かに響いていた。

「……大丈夫か」

レオンハルト様が足を止め、心配そうに私の顔を覗き込んだ。 その表情は、先ほどまでの「氷の宰相補佐」ではなく、一人の青年としての優しさに満ちていた。

「はい。……少し、疲れましたけれど」 「無理もない。……あの群衆の中で、よく耐えた」

彼は懐からハンカチを取り出し、私の額に滲んだ汗を丁寧に拭ってくれた。 その指先が触れるたびに、張り詰めていた緊張の糸が、一本、また一本と解けていく。

「……怖かったです」 私は正直に吐露した。 「姉の嘘よりも、父の裏切りよりも……あの人々の『掌返し』が。……人間というのは、あんなにも簡単に信念を変えられるものなのでしょうか」

「……彼らに信念などない」 レオンハルト様は苦々しげに言った。 「あるのは風見鶏のような保身だけだ。……だが、だからこそ、君の揺るがない強さが際立った。君は今日、本当の意味で彼らに勝ったんだ」

「勝った……のでしょうか」 「ああ。……少なくとも、私の目には、君は誰よりも気高く美しかった」

不意打ちのような言葉に、私は息を呑んだ。 顔が熱くなる。 彼は自分が言ったことの甘さに気づいたのか、咳払いをして視線を逸らした。

「……と、とにかく。今日はもう休め。事後処理は私がやる」 「いいえ、私も……」 「命令だ。……これ以上、君が倒れたら、私が困る」

彼が私の手を握った。 その手は大きく、温かく、そして微かに震えていた。 彼もまた、戦っていたのだ。 私を守るために、全神経を研ぎ澄ませて。

「……わかりました。お言葉に甘えます」

私は彼の手を握り返した。 この温もりがある限り、私はもう、あの冷たい孤独の檻に戻ることはないだろう。

          ◇

翌朝。 私はいつものように時間に目覚めたが、体は鉛のように重かった。 昨夜の出来事が夢ではなかったことを、全身の倦怠感が教えてくれる。 だが、休んでいる暇はない。 姉という巨悪は倒れたが、その残骸を片付け、隠された真実を全て掘り起こさなければならない。

身支度を整え、会計院へ向かう。 廊下ですれ違う職員たちの態度は、昨日までとは劇的に変わっていた。 「おはようございます、リリア様!」「昨夜の活躍、伺いました!」 敬礼、最敬礼、媚びを含んだ笑顔。 私はそれらを事務的な会釈だけで受け流し、執務室に入った。

机の上には、山のような報告書が積まれていた。 カミュ団長からの『捜査報告』、法務局からの『起訴状案』、そして王妃陛下からの『労いの書状』。 私はコーヒーを淹れ、一つ一つに目を通し始めた。

まず、父ジェラルド・アルヴェインについて。 彼は昨夜のうちに身柄を拘束され、現在、貴族院の査問会にかけられている。 『家長印の不正貸与』と『公金横領への加担』。 言い逃れのできない証拠が揃っているため、爵位剥奪と領地没収は免れないだろう。 アルヴェイン家は事実上の取り潰しとなる。 胸が痛まないと言えば嘘になるが、それは私が選んだ道だ。 腐った根を断たなければ、新しい芽は育たない。

次に、技術者ギルバート。 彼は『禁忌魔術の研究』と『王家宝飾品の損壊』の罪で、魔術師協会の地下牢に幽閉された。 取り調べに対し、彼は「自分は科学の発展のためにやった」「セシリアがパトロンだったから従っただけだ」と供述しているらしい。 典型的なマッドサイエンティストだ。 彼に関しては、クレイグ殿に協力を仰ぎ、その知識を「無害化」する必要があるだろう。

そして、姉セシリア。 彼女は王宮の最深部にある『嘆きの塔』の独房に収監されている。 取り調べに対しては、完全黙秘を貫いているという。 泣き叫ぶことも、弁明することもなく、ただ人形のように虚空を見つめているそうだ。

「……不気味ね」

私は報告書を置いた。 あの姉が、これほどあっさりと心を閉ざすだろうか? 彼女は希代の女優だ。 まだ何か、演じているのではないか?

コンコン。 ドアがノックされ、レオンハルト様が入ってきた。 徹夜したのか、目の下に隈ができているが、その瞳は鋭いままだ。

「……精が出るな、リリア」 「おはようございます、レオンハルト様。……そちらの状況は?」 「芳しくない。……『ブツ』が足りないんだ」

彼は一枚のリストを私の前に置いた。 それは、ガレオン商会から押収した『加工品納入リスト』の写しだ。 トーマスの証言通り、そこには『青い硝子の加工品(ブローチ、指輪等)』が計12個、納入された記録がある。

「昨夜、セシリアが身につけていたブローチと、ギルバートのアジトから押収した試作品。……合わせても5個だ」 「残りの7個は……?」 「行方不明だ。セシリアの部屋、父の屋敷、商会の倉庫……全て探させたが見つからない」

7個の魔石。 それぞれが『反転の誓約器』として機能する危険な魔道具。 それが世に放たれたままになっている。

「誰かに譲渡したのか、あるいは隠したのか……」 「トーマスは言っていました。『あの方への手土産』だと」

私は記憶を手繰り寄せた。 第8話で、トーマスは「王太子ではない、もっと恐ろしい誰か」と言及していた。 姉が資金と魔石を流していた「真の黒幕」、あるいは「協力者」。 ギルバートは技術を提供しただけだ。 姉を裏で操り、あるいは姉と対等に手を組んで、この国の制度を揺るがそうとしている存在が、まだ残っている。

「……姉に、直接聞くしかありませんね」

私は立ち上がった。

「会わせてくれますか? 『嘆きの塔』へ」 「……危険だ。あそこは重罪人の巣窟だ」 「知っています。でも、姉の口を割らせることができるのは、私だけです。……彼女が最後に見た『観客』として」

レオンハルト様はしばし沈黙し、やがて短く溜息をついた。

「……わかった。私が同行する。カミュも連れて行く」

          ◇

『嘆きの塔』は、王宮の敷地内とは思えないほど冷たく、陰湿な場所だった。 地下深くへと続く螺旋階段。 湿った石壁には苔がむし、鉄格子の向こうからは囚人たちのうめき声が聞こえる。 かつて栄華を極めた聖女が堕ちるには、あまりにも相応しく、そして残酷な場所だ。

最下層の独房。 重い鉄扉が開かれると、そこには粗末なベッドと机だけの空間があった。 セシリアはベッドの端に腰掛け、壁の染みを眺めていた。 囚人服ではなく、昨夜のドレスのまま。 だが、その純白の布地は汚れ、宝石はくすみ、かつての輝きは見る影もない。

「……お姉様」

私が声をかけると、彼女はゆっくりと顔を向けた。 その目は、昨夜の虚無とは違っていた。 微かに、笑っていた。

「あら、リリア。……勝利の美酒は美味しかった?」

掠れた声。 だが、その響きには変わらぬ傲慢さが宿っている。

「……祝杯をあげる気分ではありません。まだ終わっていないからです」

私は鉄格子の前に立った。 レオンハルト様とカミュ団長は、数歩下がって控えている。

「単刀直入に聞きます。……残りの7個の魔石はどこですか?」 「魔石? ……ふふ、何のことかしら」 「とぼけないでください! ガレオン商会の記録は押収しました。貴女は12個の加工品を受け取っている。その行方を吐きなさい!」

私が声を荒げると、セシリアは楽しそうにクスクスと笑った。

「相変わらずね、リリア。……数字ばかり追って、人の心が見えていない」

彼女は立ち上がり、鉄格子に細い指を絡ませた。

「教えてあげるわ。……あれはね、『種』よ」 「種……?」 「そう。欲望という土壌に蒔けば、勝手に芽吹き、花を咲かせる種。……わたくしはそれを、この国で最も肥沃な土地に蒔いたの」

彼女の瞳が、狂気でギラリと光った。

「貴女たちがわたくしをここに閉じ込めても、もう遅い。……種はもう芽吹いている。水を与えられ、愛され、根を張っているわ」 「誰に渡したのですか!? 『あの方』とは誰ですか!?」

セシリアは答えず、ただ不気味な笑みを深めた。

「……楽しみね。次の『花』が咲く時、この国はどうなるかしら。……正義なんて、所詮は勝者の理屈。わたくしが負けたのは、わたくしの力が足りなかったから。……でも、次は違うわ」

「次……?」

「あの人は……わたくしよりも貪欲で、わたくしよりも上手よ。……貴女のその小さな正義感で、どこまで抗えるかしらね」

セシリアは口を閉ざし、ベッドに戻って背を向けた。 もう何も話さないという意思表示。 だが、彼女が残した言葉は、私の心に冷たい棘を突き刺した。 『あの人』。 姉が自分より上手だと認める存在。 それは、私たちがまだ認識すらしていない、巨大な敵の存在を示唆していた。

「……行こう、リリア。これ以上は無駄だ」

レオンハルト様が私の肩を引いた。 私は悔しさに唇を噛み締めながら、独房を後にした。 背後で、セシリアの口ずさむハミングが聞こえた。 それは、かつて彼女が教会で歌っていた聖歌。 だが今のそれは、呪いの歌のように響いていた。

          ◇

地上に戻ると、夕焼けが空を赤く染めていた。 だが、その赤は美しさよりも、不吉さを感じさせる色だった。 7個の魔石。 それが『種』として蒔かれたという言葉。 もし、それぞれの魔石が権力者や野心家の手に渡り、それぞれの場所で『嘘を真実にする』ために使われ始めたら? この国は、内部から腐り落ちる。 姉一人の嘘を暴くだけでは済まない。 無数の「小さなセシリア」が生まれることになる。

「……徹底的に捜索する」 レオンハルト様が言った。 「国内の全貴族、全商会を洗ってでも、残りを見つけ出す。……王妃陛下にも報告し、非常事態宣言を出すことも検討する」

「はい。……私も、ガレオン商会の記録をもう一度洗い直します。どこかに、配送ルートのヒントがあるはずです」

私たちは顔を見合わせ、頷き合った。 戦いは終わったと思っていた。 だが、それは序章に過ぎなかったのかもしれない。

その時。 王宮の正門の方から、一頭の早馬が駆けてくるのが見えた。 乗っているのは、王家の伝令使だ。 彼は私たちの前で馬を止め、転がり落ちるようにして跪いた。 その顔は蒼白で、息も絶え絶えだった。

「ほ、報告ッ! 緊急報告です!」 「どうした! 何事だ!」 カミュ団長が叫ぶ。

「こ、国境の……西の砦が……!」 伝令使は震える声で告げた。

「隣国『バルディア帝国』の使節団が、突然の訪問を告げてきました! ……しかも、その先導を務めているのは……」

彼は唾を飲み込み、信じられない名前を口にした。

「……第二王子、アレクサンダー殿下です!」

アレクサンダー。 その名前を聞いた瞬間、レオンハルト様の表情が凍りついた。 私も息を呑んだ。 隣国の第二王子。 好戦的で、冷酷な野心家として知られる人物。 そして何より、彼には噂があった。 『稀代の魔道具収集家』であると。

「……まさか」

私の脳裏に、セシリアの言葉が蘇る。 『この国で最も肥沃な土地』。 『あの人は、わたくしよりも貪欲で、わたくしよりも上手よ』。

姉が種を蒔いたのは、国内の貴族だけではなかったのか? 隣国の野心家を引き込み、この国を外側から揺さぶろうとしているのか?

「……『檻』は、まだ開いていなかったのか」

レオンハルト様が、沈む夕陽を見つめて呟いた。 夜会の檻を出た私たちが足を踏み入れたのは、自由な世界ではなく、より巨大で、より複雑な『国際政治』という名の檻だったのかもしれない。

「……迎え撃ちましょう」

私は震える手を抑え、前を見据えた。

「相手が誰であろうと、やることは変わりません。……嘘を剥がし、真実を守る。それが私の仕事ですから」

風が強くなる。 私のドレスの裾を揺らし、レオンハルト様のマントをはためかせる。 遠くから聞こえる蹄の音が、新たな波乱の幕開けを告げていた。
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