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第15話「あなたの幸せは、誰の犠牲?」
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王宮の朝は、重苦しい緊張感に包まれていた。 空は昨日の嵐が嘘のように晴れ渡っていたが、その青さはどこか冷たく、突き刺さるような鋭さを持っている。 城壁の上には通常時の倍の数の衛兵が配置され、誰もが南の街道――隣国バルディア帝国へと続く道――を凝視していた。
「……まるで、戦争前夜だな」
隣を歩くレオンハルト様が、低い声で呟いた。 私たちは今、王宮の正門前、国賓を迎えるための赤絨毯の上に立っている。 監査官としての私の定位置は本来もっと後方だが、今回は「特別補佐官」として、宰相補佐である彼の隣に立つことを許されていた。 それだけ、事態が切迫しているということだ。
「相手は『暴風』の異名を持つ第二王子ですから。……戦争を仕掛けに来たのと変わらないのかもしれません」
私が答えると、レオンハルト様は苦々しげに頷いた。 バルディア帝国第二王子、アレクサンダー・フォン・バルディア。 軍事国家である帝国の覇権主義を象徴するような人物であり、同時に、異常なほどの「魔道具収集家」としても知られている。
姉セシリアが残した言葉。 『あの方への手土産』。 『あの人は、わたくしよりも貪欲で、わたくしよりも上手よ』。 行方不明になっている7個の『偽造魔石(反転の誓約器)』。 その点と線が、最悪の形で結びつこうとしている。
「見えたぞ!」
監視塔からの叫び声と共に、地響きのような音が聞こえ始めた。 蹄の音。車輪の音。そして、鎧が擦れ合う金属音。 街道の向こうから現れたのは、優雅な使節団の馬車列ではなかった。 黒塗りの装甲馬車を中心とした、完全武装の騎馬隊だった。 その数、およそ五百。 「護衛」と呼ぶにはあまりにも過剰で、あまりにも攻撃的だ。
「……威嚇射撃のつもりか」
カミュ団長が舌打ちをし、剣の柄に手をかけた。 近衛騎士たちの間に緊張が走る。 だが、相手は国賓だ。こちらから剣を抜くわけにはいかない。
黒い隊列は、王宮の門前で整然と停止した。 砂埃が舞う中、中央の巨大な馬車の扉が開く。 降り立ったのは、長身の男だった。 燃えるような赤髪。猛禽類を思わせる金色の瞳。 仕立ての良い軍服の上からでもわかる、鍛え上げられた肉体。 そして何より、その全身から発せられる圧倒的な「捕食者」のオーラ。
アレクサンダー王子。
彼は出迎えに並ぶ私たちを一瞥すると、獰猛な笑みを浮かべた。 その視線は、王妃陛下でも、レオンハルト様でもなく、真っ直ぐに私に向けられていた。 まるで、面白い獲物を見つけた猛獣のように。
「……ようこそ、リュナレイア王国へ」
王妃エレオノーラ陛下が進み出て、毅然とした態度で歓迎の辞を述べた。 アレクサンダー王子は、礼儀正しく、しかしどこか見下すような優雅さで一礼した。
「出迎え感謝する、王妃殿下。……急な訪問を許していただきたい。我が国の通商に関する『重要案件』について、一刻も早く協議したかったのでね」
「重要案件、ですか?」 「ああ。……それに、この国では最近、面白い『見世物』があったと聞いた。聖女が堕ち、無名の監査官が英雄になったとか。……その『主役』の顔も、ぜひ拝見したくてね」
彼は私の目の前まで歩み寄ると、値踏みするように顔を覗き込んだ。 至近距離で見ると、その瞳の奥には底知れない冷酷さが渦巻いているのがわかった。
「君か。リリア・アルヴェイン監査官は」
「……お初にお目にかかります、アレクサンダー殿下」
私は動揺を押し殺し、完璧なカーテシーを行った。 視線は逸らさない。 ここで目を逸らせば、負ける。
「ふうん。……噂より地味だな。だが、目はいい。飼い慣らされていない野良猫の目だ」
彼は不躾に私の顎に触れようとした。 その瞬間、レオンハルト様が私の前に割って入り、その手を制した。
「……殿下。我が国の監査官に対し、無礼な振る舞いはお控え願いたい」
「おっと。……これは失礼。宰相補佐殿の『所有物』だったかな?」 「彼女は誰のものでもない。王国の法を司る官吏だ」
レオンハルト様の声は絶対零度だ。 アレクサンダー王子は、楽しそうに喉を鳴らして笑った。
「法、か。……いい響きだ。だが、法などというものは、強者が弱者を縛るための鎖に過ぎんよ。……まあいい。夜の宴でゆっくり話そうじゃないか」
彼は踵を返し、案内役の後に続いて城内へと消えていった。 残された私たちは、嵐が通り過ぎた後のような疲労感に包まれていた。 だが、本当の嵐はこれからだ。 彼のポケットが微かに膨らんでいたのを、私は見逃さなかった。 そこから漏れ出る、禍々しい魔力の残滓。 間違いない。 彼は『持っている』。 行方不明の魔石を。
◇
使節団の到着から数時間後、王宮の会議室では緊急の対策会議が開かれていた。 集まったのは王妃陛下、レオンハルト様、カミュ団長、そして私。
「……奴の目的は明白だ」
レオンハルト様が、地図の上に駒を置いた。
「表向きは『通商条約の改正』。関税の撤廃と、鉱物資源の優先輸入権を求めてきている。……だが、真の狙いはその裏にある『技術供与』だ」 「技術供与?」 「ああ。条約案の付帯条項に、『魔道具開発に関する相互協力』という項目がある。……具体的には、我が国の研究者を帝国へ招聘し、共同研究を行うというものだ」
「研究者……まさか、ギルバートのことですか?」
私が尋ねると、レオンハルト様は頷いた。 「そうだ。奴らは、ギルバートの身柄を要求している。……『反転の誓約器』の製造技術を手に入れるためにな」
帝国がその技術を手に入れたらどうなるか。 軍事大国である彼らが、外交や戦争において「嘘を真実にする力」を持てば、周辺諸国はひとたまりもない。 歴史が書き換えられ、侵略が「正義」として正当化される。 悪夢だ。
「セシリアは……彼と取引をしていたのですね」
私は拳を握りしめた。 姉は自分の保身と野心のために、国の安全保障に関わる禁忌の技術を、他国へ売り渡そうとしていた。 彼女が言っていた『種』とは、このことだったのだ。 自分が失脚しても、帝国という強大な水やり係がいれば、その毒花は世界中で咲き誇る。
「拒否すれば、どうなりますか?」 「戦争の口実を与えることになる」
王妃陛下が沈痛な面持ちで答えた。
「帝国は今、軍備を増強している。我が国との国境付近でも軍事演習を繰り返しているわ。……条約交渉が決裂すれば、彼らは『非協力的な態度』を理由に、武力介入をちらつかせるでしょう」
外交的圧力。 しかも、相手の手には『魔石』という切り札がある。 もし交渉の場で、アレクサンダー王子が魔石を使って「我々の要求は正当である」と誓約し、それを真実として固定してしまったら? 国際社会において、リュナレイア王国は「正当な要求を拒む不誠実な国」として孤立させられる。
「……詰んでいますね」 「ああ。……普通に戦えばな」
レオンハルト様は私を見た。
「だが、相手は知らない。……我々が『解毒剤』を持っていることを」 「『真理のプリズム』……」
「そうだ。奴が魔石を使う瞬間こそが、最大の好機だ。……公開の場で、帝国の王子の不正を暴けば、彼らは国際的な信用を失う。戦争どころではなくなるはずだ」
ハイリスク・ハイリターン。 失敗すれば国が滅ぶ。成功すれば国を守れる。 私の肩に、再び国の運命が乗せられた。
「……やりましょう」
私は顔を上げた。
「今夜の歓迎の宴。……そこで彼に接触し、魔石を使わせます。私が挑発して、引きずり出してみせます」 「危険だぞ、リリア。相手はセシリアとは違う。……本物の怪物だ」
カミュ団長が心配そうに言う。 私は微笑んでみせた。
「怪物退治は、監査官の仕事ではありませんが……害獣駆除なら、得意分野です」
◇
夜。 『白薔薇の間』は、数日前の断罪劇が嘘のように、華やかな装飾で彩られていた。 だが、漂う空気はまるで違う。 貴族たちの笑顔は引きつり、会話は探り合いの囁き声ばかり。 会場の半分を占める帝国の軍人たちが、鋭い視線を周囲に配っているからだ。 ここは舞踏会会場ではない。 ドレスと軍服が入り乱れる、戦場だ。
私はレオンハルト様のエスコートで会場に入った。 今夜のドレスは、バルディア帝国の国旗色である深紅をあえて選んだ。 「迎合」ではなく「対抗」の意思表示として。
「……さあ、ショーの始まりだ」
レオンハルト様が私の腰に手を回し、ホールの中央へと導く。 音楽が始まる。 ワルツ。 だが、優雅な調べとは裏腹に、フロアの空気は張り詰めている。
数曲踊った後、予想通りの人物が近づいてきた。 アレクサンダー王子だ。 彼は手に持っていたワイングラスを従者に預け、無造作に私に手を差し出した。
「……一曲、願えるかな? 英雄殿」
拒否権はない。 私はレオンハルト様に目配せし、王子の手を取った。 その手は熱く、そして鋼のように硬かった。
踊り始めると、彼のリードは強引で、まるで私を振り回すようだった。 ステップを踏むたびに、体幹の強さを感じる。
「……意外だな」 王子が耳元で囁く。
「何がでしょう?」 「もっと怯えるかと思った。……あるいは、媚びてくるかと。セシリアのように」 「セシリアお姉様をご存じなのですか?」 「ああ。……『ビジネスパートナー』だった。優秀な女だったよ。自国の利益よりも、自分の欲望を優先できる人間は使いやすい」
彼は悪びれもせずに言った。 姉を「使いやすい道具」として評価する。 その傲慢さに、怒りが湧き上がる。
「……姉は、貴方に技術を売ったのですね。この国を裏切って」 「裏切り? 違うな。……彼女は『選んだ』のだよ。沈みゆく小国よりも、覇権を握る帝国と共に歩む未来を」
王子は私を引き寄せ、顔を近づけた。 金色の瞳が、蛇のように私を射抜く。
「君も選べ、リリア。……この国に未来はない。王は病弱、貴族は腐敗し、頼みの綱の宰相府も保守的すぎる。……私の元へ来い。君のその鋭い牙、私が有効に使ってやる」
勧誘。 それも、ヘッドハンティングなどという生易しいものではない。 「服従せよ」という命令だ。
「……お断りします」 私は即答した。
「ほう? 即決か。……条件も聞かずに?」 「条件など関係ありません。私は物ではありませんし、牙でもありません。……私は監査官です。不正を正し、嘘を暴くのが私の誇りです」
「誇り、か。……くだらん」 王子は鼻で笑った。
「誇りで腹が膨れるか? 正義で国が守れるか? ……力だ。力こそが全てだ。弱者は強者に食われ、強者の養分となることで初めて『意味』を持つ。それが自然の摂理だ」
彼はステップを止め、私を強く抱きしめたまま、会場を見渡した。
「見ろ、あの貴族たちを。……私の軍服を見ただけで震え上がっている。彼らは平和を愛しているのではない。自分の安寧を脅かされるのが怖いだけだ。……そんな豚どものために、君はその才能を浪費するのか?」
「……彼らは豚ではありません」 私は王子の腕の中で、必死に抵抗した。
「彼らは人間です。弱く、愚かで、間違いも犯すけれど……それでも懸命に生きている人間です。……貴方の言う『強者の論理』は、ただの略奪者の言い訳に過ぎません!」
「略奪者……! ははは! いいぞ、その目だ!」
王子は愉快そうに笑った。 私の反抗が、彼を逆に興奮させているようだ。
「気に入った。セシリアよりもずっといい。……あいつは所詮、自分のためにしか動けない女だったが、君は『他人のため』に牙を剥く。……その自己犠牲の精神、実に美しい」
彼は私の手首を掴み、強引にバルコニーへと連れ出した。 夜風が吹き込む。 護衛の騎士たちが動こうとするが、帝国の親衛隊がそれを阻む。 レオンハルト様が鋭い視線を送ってくるが、私は「まだ大丈夫」と目で合図した。 まだ、尻尾を出していない。
バルコニーに出ると、王子は私の手を放した。 そして、懐から何かを取り出した。
青く輝く、小さな石。 セシリアのブローチと同じ輝きを持つ、『反転の誓約器』の核。
「……やはり、持っていたのですね」 「ああ。セシリアが送ってきたサンプルだ。……素晴らしい性能だよ。これさえあれば、黒を白と言いくるめることも、侵略を解放と呼ぶこともできる」
王子は魔石を指で弄びながら、私を見た。
「君はこの石の『解毒剤』を持っているそうだな? ……クレイグという老いぼれが作ったおもちゃを」
心臓が跳ねた。 知られている。 情報が漏れている? いや、彼ほどの情報網があれば、クレイグの存在に辿り着くのは容易いことか。
「……だとしたら、どうしますか?」 「試してやろうと思ってね」
王子はニヤリと笑った。
「賭けをしよう、リリア。……今から私が、この石を使って『ある宣言』をする。君がその嘘を暴ければ、私は大人しく帰国しよう。条約も破棄してやる」 「……もし、暴けなければ?」 「君をもらう。……私の所有物として、帝国へ連れて行く。そして一生、私のためにその頭脳を使ってもらう」
「……断ると言ったら?」 「断れば、明日の夜明けと共に、国境に展開している我が軍が進行を開始する。……この王都は火の海だ」
脅迫。 卑劣極まりない。 だが、私に選択肢はない。
「……受けます」 私は言った。
「ただし、条件があります。……その『宣言』は、このバルコニーではなく、会場の中で、全員の前で行ってください」 「公開処刑がお望みか? ……いいだろう」
王子は満足げに頷き、私を会場へと連れ戻した。 音楽が止まる。 王子が手を挙げると、会場中の視線が集まった。
「皆様。……今夜の素晴らしい宴に感謝し、私から一つ、提案がある」
王子の声が響く。 彼は手の中の魔石を高々と掲げた。
「我が国とリュナレイア王国との友好を永遠のものとするため……私は今ここで、ある『真実』を誓約によって証明したい」
会場がざわめく。 セシリアの時と同じだ。 誰もが、その青い光に魅入られている。
「私が誓うのは……『この国の繁栄のために、最も必要なものは何か』という問いへの答えだ」
王子は私を見下ろし、そして言った。
「……『平和とは、強き者が弱き者を管理することで成立する』。……これが真実であると誓う」
哲学的な問い。 事実確認ではない。思想の是非だ。 本来、誓約器は個人の主観に基づく判定しかできない。 だが、この『反転の誓約器』を使えば、彼の歪んだ思想さえも、絶対的な「世界の真理」として青く光らせることができる。 もしこれが「真実」として判定されれば、帝国の支配思想が「神のお墨付き」を得ることになる。
「さあ、判定の時間だ」
王子が魔石に魔力を込める。 カッ! 石が強烈な青い光を放ち始めた。 会場の人々が息を呑む。 「青だ……」「やはり、強者が支配するのが正しいのか……」 洗脳が始まっている。
私はドレスの胸元に手をやった。 『真理のプリズム』。 今こそ、出番だ。 私はクレイグの教えを思い出した。 『迷いを捨てろ』。
でも、違う。 今回の相手は、セシリアのように「外部から操作」しているわけではない。 王子自身が魔石を持ち、王子自身の強大な魔力で強引に「真実」をねじ曲げている。 プリズムで「糸」は見えないかもしれない。
「……どうした? 出さないのか?」 王子が嘲笑う。 「それとも、君も認めるか? 力が正義だと」
私は震える手でプリズムを握りしめた。 違う。力だけが正義じゃない。 誰かの犠牲の上に成り立つ幸せなんて、幸せじゃない。 それはただの搾取だ。 私は知っている。 スラムで泣いていた子供たちを。 姉に利用され、捨てられた人たちを。 彼らの痛みを知っているからこそ、私は……!
「……違います!」
私は叫んだ。プリズムを取り出すのではなく、自分の声で。
「貴方の言っていることは、ただの傲慢です! 平和は管理されるものではなく、一人一人が築き上げるものです!」
「言葉など無力だ! 見ろ、この光を! 世界が肯定している!」 王子が魔石をかざす。青い光が増幅し、私の視界を染める。
その時だった。 私の胸のプリズムが、勝手に熱を持った。 クレイグの言葉。 『このプリズムは、使用者自身の精神波を触媒にする』。 『お前自身が嘘のない状態であれば……』
私の精神。 「誰かの犠牲を許さない」という、純粋で、強烈な拒絶。 それがプリズムと共鳴した。
キィィィィン!!
プリズムから、鋭い音が鳴り響いた。 次の瞬間、プリズムから放たれたのは「映像」ではなかった。 一本の、鋭利な「光の矢」だった。
それは真っ直ぐに王子の手にある魔石へと飛び、衝突した。
パリンッ!!
乾いた音が響き渡る。 青い光が霧散し、王子の手の中で魔石が砕け散った。
「な……!?」
王子が目を見開く。 会場が静まり返る。 魔石が、割れた。 私の「真実(おもい)」が、王子の「偽りの真実」を物理的に粉砕したのだ。
「……壊れましたね」
私は荒い息を吐きながら告げた。
「貴方の真実は、あまりにも脆かったようです。……私の否定一つで壊れるほどに」
「……ば、馬鹿な……」 王子は砕けた石の破片を呆然と見つめた。 「王家の秘宝を……ただの感情の力で……?」
「感情ではありません。……意志です」 レオンハルト様が私の隣に立った。 彼は抜剣し、切っ先を王子に向けた。
「賭けは君の負けだ、アレクサンダー殿下。……魔石は砕けた。君の『真実』は証明されなかった」
「……くっ」
王子は顔を歪め、私とレオンハルト様を交互に睨んだ。 そして、フッと自嘲気味に笑った。
「……完敗だ。物理的に壊されるとはな」
彼は手を挙げ、親衛隊に剣を引くよう命じた。
「いいだろう。約束は守る。……今回は退こう」 彼は私の前に歩み寄り、砕けた魔石の欠片を私の掌に乗せた。
「だが、覚えておけ。……私は諦めていない。世界にはまだ『種』が残っている。……そして、君という存在もな」
彼は私の耳元で囁いた。 「君の幸せは、誰の犠牲の上に成り立つか。……いつか君自身が、その答えに苦しむ時が来るだろう」
王子はマントを翻し、会場を去っていった。 帝国の軍人たちもそれに続く。 嵐が去った後のホールに、私はへなへなと座り込んだ。
「……リリア!」 レオンハルト様が私を抱き起こす。
「やりました……守れました……」 「ああ。……見事だった」
彼は私を強く抱きしめた。 私の手の中にある砕けた魔石。 それは鋭く尖っていて、私の掌を少しだけ傷つけていた。 赤い血が滲む。 これが代償。 誰かを守るための戦いは、自分自身を傷つけることでもある。
「……あなたの幸せは、誰の犠牲?」
王子の言葉が、呪いのようにリフレインしていた。 私は勝った。 けれど、この問いへの答えは、まだ出ていない気がした。
「……まるで、戦争前夜だな」
隣を歩くレオンハルト様が、低い声で呟いた。 私たちは今、王宮の正門前、国賓を迎えるための赤絨毯の上に立っている。 監査官としての私の定位置は本来もっと後方だが、今回は「特別補佐官」として、宰相補佐である彼の隣に立つことを許されていた。 それだけ、事態が切迫しているということだ。
「相手は『暴風』の異名を持つ第二王子ですから。……戦争を仕掛けに来たのと変わらないのかもしれません」
私が答えると、レオンハルト様は苦々しげに頷いた。 バルディア帝国第二王子、アレクサンダー・フォン・バルディア。 軍事国家である帝国の覇権主義を象徴するような人物であり、同時に、異常なほどの「魔道具収集家」としても知られている。
姉セシリアが残した言葉。 『あの方への手土産』。 『あの人は、わたくしよりも貪欲で、わたくしよりも上手よ』。 行方不明になっている7個の『偽造魔石(反転の誓約器)』。 その点と線が、最悪の形で結びつこうとしている。
「見えたぞ!」
監視塔からの叫び声と共に、地響きのような音が聞こえ始めた。 蹄の音。車輪の音。そして、鎧が擦れ合う金属音。 街道の向こうから現れたのは、優雅な使節団の馬車列ではなかった。 黒塗りの装甲馬車を中心とした、完全武装の騎馬隊だった。 その数、およそ五百。 「護衛」と呼ぶにはあまりにも過剰で、あまりにも攻撃的だ。
「……威嚇射撃のつもりか」
カミュ団長が舌打ちをし、剣の柄に手をかけた。 近衛騎士たちの間に緊張が走る。 だが、相手は国賓だ。こちらから剣を抜くわけにはいかない。
黒い隊列は、王宮の門前で整然と停止した。 砂埃が舞う中、中央の巨大な馬車の扉が開く。 降り立ったのは、長身の男だった。 燃えるような赤髪。猛禽類を思わせる金色の瞳。 仕立ての良い軍服の上からでもわかる、鍛え上げられた肉体。 そして何より、その全身から発せられる圧倒的な「捕食者」のオーラ。
アレクサンダー王子。
彼は出迎えに並ぶ私たちを一瞥すると、獰猛な笑みを浮かべた。 その視線は、王妃陛下でも、レオンハルト様でもなく、真っ直ぐに私に向けられていた。 まるで、面白い獲物を見つけた猛獣のように。
「……ようこそ、リュナレイア王国へ」
王妃エレオノーラ陛下が進み出て、毅然とした態度で歓迎の辞を述べた。 アレクサンダー王子は、礼儀正しく、しかしどこか見下すような優雅さで一礼した。
「出迎え感謝する、王妃殿下。……急な訪問を許していただきたい。我が国の通商に関する『重要案件』について、一刻も早く協議したかったのでね」
「重要案件、ですか?」 「ああ。……それに、この国では最近、面白い『見世物』があったと聞いた。聖女が堕ち、無名の監査官が英雄になったとか。……その『主役』の顔も、ぜひ拝見したくてね」
彼は私の目の前まで歩み寄ると、値踏みするように顔を覗き込んだ。 至近距離で見ると、その瞳の奥には底知れない冷酷さが渦巻いているのがわかった。
「君か。リリア・アルヴェイン監査官は」
「……お初にお目にかかります、アレクサンダー殿下」
私は動揺を押し殺し、完璧なカーテシーを行った。 視線は逸らさない。 ここで目を逸らせば、負ける。
「ふうん。……噂より地味だな。だが、目はいい。飼い慣らされていない野良猫の目だ」
彼は不躾に私の顎に触れようとした。 その瞬間、レオンハルト様が私の前に割って入り、その手を制した。
「……殿下。我が国の監査官に対し、無礼な振る舞いはお控え願いたい」
「おっと。……これは失礼。宰相補佐殿の『所有物』だったかな?」 「彼女は誰のものでもない。王国の法を司る官吏だ」
レオンハルト様の声は絶対零度だ。 アレクサンダー王子は、楽しそうに喉を鳴らして笑った。
「法、か。……いい響きだ。だが、法などというものは、強者が弱者を縛るための鎖に過ぎんよ。……まあいい。夜の宴でゆっくり話そうじゃないか」
彼は踵を返し、案内役の後に続いて城内へと消えていった。 残された私たちは、嵐が通り過ぎた後のような疲労感に包まれていた。 だが、本当の嵐はこれからだ。 彼のポケットが微かに膨らんでいたのを、私は見逃さなかった。 そこから漏れ出る、禍々しい魔力の残滓。 間違いない。 彼は『持っている』。 行方不明の魔石を。
◇
使節団の到着から数時間後、王宮の会議室では緊急の対策会議が開かれていた。 集まったのは王妃陛下、レオンハルト様、カミュ団長、そして私。
「……奴の目的は明白だ」
レオンハルト様が、地図の上に駒を置いた。
「表向きは『通商条約の改正』。関税の撤廃と、鉱物資源の優先輸入権を求めてきている。……だが、真の狙いはその裏にある『技術供与』だ」 「技術供与?」 「ああ。条約案の付帯条項に、『魔道具開発に関する相互協力』という項目がある。……具体的には、我が国の研究者を帝国へ招聘し、共同研究を行うというものだ」
「研究者……まさか、ギルバートのことですか?」
私が尋ねると、レオンハルト様は頷いた。 「そうだ。奴らは、ギルバートの身柄を要求している。……『反転の誓約器』の製造技術を手に入れるためにな」
帝国がその技術を手に入れたらどうなるか。 軍事大国である彼らが、外交や戦争において「嘘を真実にする力」を持てば、周辺諸国はひとたまりもない。 歴史が書き換えられ、侵略が「正義」として正当化される。 悪夢だ。
「セシリアは……彼と取引をしていたのですね」
私は拳を握りしめた。 姉は自分の保身と野心のために、国の安全保障に関わる禁忌の技術を、他国へ売り渡そうとしていた。 彼女が言っていた『種』とは、このことだったのだ。 自分が失脚しても、帝国という強大な水やり係がいれば、その毒花は世界中で咲き誇る。
「拒否すれば、どうなりますか?」 「戦争の口実を与えることになる」
王妃陛下が沈痛な面持ちで答えた。
「帝国は今、軍備を増強している。我が国との国境付近でも軍事演習を繰り返しているわ。……条約交渉が決裂すれば、彼らは『非協力的な態度』を理由に、武力介入をちらつかせるでしょう」
外交的圧力。 しかも、相手の手には『魔石』という切り札がある。 もし交渉の場で、アレクサンダー王子が魔石を使って「我々の要求は正当である」と誓約し、それを真実として固定してしまったら? 国際社会において、リュナレイア王国は「正当な要求を拒む不誠実な国」として孤立させられる。
「……詰んでいますね」 「ああ。……普通に戦えばな」
レオンハルト様は私を見た。
「だが、相手は知らない。……我々が『解毒剤』を持っていることを」 「『真理のプリズム』……」
「そうだ。奴が魔石を使う瞬間こそが、最大の好機だ。……公開の場で、帝国の王子の不正を暴けば、彼らは国際的な信用を失う。戦争どころではなくなるはずだ」
ハイリスク・ハイリターン。 失敗すれば国が滅ぶ。成功すれば国を守れる。 私の肩に、再び国の運命が乗せられた。
「……やりましょう」
私は顔を上げた。
「今夜の歓迎の宴。……そこで彼に接触し、魔石を使わせます。私が挑発して、引きずり出してみせます」 「危険だぞ、リリア。相手はセシリアとは違う。……本物の怪物だ」
カミュ団長が心配そうに言う。 私は微笑んでみせた。
「怪物退治は、監査官の仕事ではありませんが……害獣駆除なら、得意分野です」
◇
夜。 『白薔薇の間』は、数日前の断罪劇が嘘のように、華やかな装飾で彩られていた。 だが、漂う空気はまるで違う。 貴族たちの笑顔は引きつり、会話は探り合いの囁き声ばかり。 会場の半分を占める帝国の軍人たちが、鋭い視線を周囲に配っているからだ。 ここは舞踏会会場ではない。 ドレスと軍服が入り乱れる、戦場だ。
私はレオンハルト様のエスコートで会場に入った。 今夜のドレスは、バルディア帝国の国旗色である深紅をあえて選んだ。 「迎合」ではなく「対抗」の意思表示として。
「……さあ、ショーの始まりだ」
レオンハルト様が私の腰に手を回し、ホールの中央へと導く。 音楽が始まる。 ワルツ。 だが、優雅な調べとは裏腹に、フロアの空気は張り詰めている。
数曲踊った後、予想通りの人物が近づいてきた。 アレクサンダー王子だ。 彼は手に持っていたワイングラスを従者に預け、無造作に私に手を差し出した。
「……一曲、願えるかな? 英雄殿」
拒否権はない。 私はレオンハルト様に目配せし、王子の手を取った。 その手は熱く、そして鋼のように硬かった。
踊り始めると、彼のリードは強引で、まるで私を振り回すようだった。 ステップを踏むたびに、体幹の強さを感じる。
「……意外だな」 王子が耳元で囁く。
「何がでしょう?」 「もっと怯えるかと思った。……あるいは、媚びてくるかと。セシリアのように」 「セシリアお姉様をご存じなのですか?」 「ああ。……『ビジネスパートナー』だった。優秀な女だったよ。自国の利益よりも、自分の欲望を優先できる人間は使いやすい」
彼は悪びれもせずに言った。 姉を「使いやすい道具」として評価する。 その傲慢さに、怒りが湧き上がる。
「……姉は、貴方に技術を売ったのですね。この国を裏切って」 「裏切り? 違うな。……彼女は『選んだ』のだよ。沈みゆく小国よりも、覇権を握る帝国と共に歩む未来を」
王子は私を引き寄せ、顔を近づけた。 金色の瞳が、蛇のように私を射抜く。
「君も選べ、リリア。……この国に未来はない。王は病弱、貴族は腐敗し、頼みの綱の宰相府も保守的すぎる。……私の元へ来い。君のその鋭い牙、私が有効に使ってやる」
勧誘。 それも、ヘッドハンティングなどという生易しいものではない。 「服従せよ」という命令だ。
「……お断りします」 私は即答した。
「ほう? 即決か。……条件も聞かずに?」 「条件など関係ありません。私は物ではありませんし、牙でもありません。……私は監査官です。不正を正し、嘘を暴くのが私の誇りです」
「誇り、か。……くだらん」 王子は鼻で笑った。
「誇りで腹が膨れるか? 正義で国が守れるか? ……力だ。力こそが全てだ。弱者は強者に食われ、強者の養分となることで初めて『意味』を持つ。それが自然の摂理だ」
彼はステップを止め、私を強く抱きしめたまま、会場を見渡した。
「見ろ、あの貴族たちを。……私の軍服を見ただけで震え上がっている。彼らは平和を愛しているのではない。自分の安寧を脅かされるのが怖いだけだ。……そんな豚どものために、君はその才能を浪費するのか?」
「……彼らは豚ではありません」 私は王子の腕の中で、必死に抵抗した。
「彼らは人間です。弱く、愚かで、間違いも犯すけれど……それでも懸命に生きている人間です。……貴方の言う『強者の論理』は、ただの略奪者の言い訳に過ぎません!」
「略奪者……! ははは! いいぞ、その目だ!」
王子は愉快そうに笑った。 私の反抗が、彼を逆に興奮させているようだ。
「気に入った。セシリアよりもずっといい。……あいつは所詮、自分のためにしか動けない女だったが、君は『他人のため』に牙を剥く。……その自己犠牲の精神、実に美しい」
彼は私の手首を掴み、強引にバルコニーへと連れ出した。 夜風が吹き込む。 護衛の騎士たちが動こうとするが、帝国の親衛隊がそれを阻む。 レオンハルト様が鋭い視線を送ってくるが、私は「まだ大丈夫」と目で合図した。 まだ、尻尾を出していない。
バルコニーに出ると、王子は私の手を放した。 そして、懐から何かを取り出した。
青く輝く、小さな石。 セシリアのブローチと同じ輝きを持つ、『反転の誓約器』の核。
「……やはり、持っていたのですね」 「ああ。セシリアが送ってきたサンプルだ。……素晴らしい性能だよ。これさえあれば、黒を白と言いくるめることも、侵略を解放と呼ぶこともできる」
王子は魔石を指で弄びながら、私を見た。
「君はこの石の『解毒剤』を持っているそうだな? ……クレイグという老いぼれが作ったおもちゃを」
心臓が跳ねた。 知られている。 情報が漏れている? いや、彼ほどの情報網があれば、クレイグの存在に辿り着くのは容易いことか。
「……だとしたら、どうしますか?」 「試してやろうと思ってね」
王子はニヤリと笑った。
「賭けをしよう、リリア。……今から私が、この石を使って『ある宣言』をする。君がその嘘を暴ければ、私は大人しく帰国しよう。条約も破棄してやる」 「……もし、暴けなければ?」 「君をもらう。……私の所有物として、帝国へ連れて行く。そして一生、私のためにその頭脳を使ってもらう」
「……断ると言ったら?」 「断れば、明日の夜明けと共に、国境に展開している我が軍が進行を開始する。……この王都は火の海だ」
脅迫。 卑劣極まりない。 だが、私に選択肢はない。
「……受けます」 私は言った。
「ただし、条件があります。……その『宣言』は、このバルコニーではなく、会場の中で、全員の前で行ってください」 「公開処刑がお望みか? ……いいだろう」
王子は満足げに頷き、私を会場へと連れ戻した。 音楽が止まる。 王子が手を挙げると、会場中の視線が集まった。
「皆様。……今夜の素晴らしい宴に感謝し、私から一つ、提案がある」
王子の声が響く。 彼は手の中の魔石を高々と掲げた。
「我が国とリュナレイア王国との友好を永遠のものとするため……私は今ここで、ある『真実』を誓約によって証明したい」
会場がざわめく。 セシリアの時と同じだ。 誰もが、その青い光に魅入られている。
「私が誓うのは……『この国の繁栄のために、最も必要なものは何か』という問いへの答えだ」
王子は私を見下ろし、そして言った。
「……『平和とは、強き者が弱き者を管理することで成立する』。……これが真実であると誓う」
哲学的な問い。 事実確認ではない。思想の是非だ。 本来、誓約器は個人の主観に基づく判定しかできない。 だが、この『反転の誓約器』を使えば、彼の歪んだ思想さえも、絶対的な「世界の真理」として青く光らせることができる。 もしこれが「真実」として判定されれば、帝国の支配思想が「神のお墨付き」を得ることになる。
「さあ、判定の時間だ」
王子が魔石に魔力を込める。 カッ! 石が強烈な青い光を放ち始めた。 会場の人々が息を呑む。 「青だ……」「やはり、強者が支配するのが正しいのか……」 洗脳が始まっている。
私はドレスの胸元に手をやった。 『真理のプリズム』。 今こそ、出番だ。 私はクレイグの教えを思い出した。 『迷いを捨てろ』。
でも、違う。 今回の相手は、セシリアのように「外部から操作」しているわけではない。 王子自身が魔石を持ち、王子自身の強大な魔力で強引に「真実」をねじ曲げている。 プリズムで「糸」は見えないかもしれない。
「……どうした? 出さないのか?」 王子が嘲笑う。 「それとも、君も認めるか? 力が正義だと」
私は震える手でプリズムを握りしめた。 違う。力だけが正義じゃない。 誰かの犠牲の上に成り立つ幸せなんて、幸せじゃない。 それはただの搾取だ。 私は知っている。 スラムで泣いていた子供たちを。 姉に利用され、捨てられた人たちを。 彼らの痛みを知っているからこそ、私は……!
「……違います!」
私は叫んだ。プリズムを取り出すのではなく、自分の声で。
「貴方の言っていることは、ただの傲慢です! 平和は管理されるものではなく、一人一人が築き上げるものです!」
「言葉など無力だ! 見ろ、この光を! 世界が肯定している!」 王子が魔石をかざす。青い光が増幅し、私の視界を染める。
その時だった。 私の胸のプリズムが、勝手に熱を持った。 クレイグの言葉。 『このプリズムは、使用者自身の精神波を触媒にする』。 『お前自身が嘘のない状態であれば……』
私の精神。 「誰かの犠牲を許さない」という、純粋で、強烈な拒絶。 それがプリズムと共鳴した。
キィィィィン!!
プリズムから、鋭い音が鳴り響いた。 次の瞬間、プリズムから放たれたのは「映像」ではなかった。 一本の、鋭利な「光の矢」だった。
それは真っ直ぐに王子の手にある魔石へと飛び、衝突した。
パリンッ!!
乾いた音が響き渡る。 青い光が霧散し、王子の手の中で魔石が砕け散った。
「な……!?」
王子が目を見開く。 会場が静まり返る。 魔石が、割れた。 私の「真実(おもい)」が、王子の「偽りの真実」を物理的に粉砕したのだ。
「……壊れましたね」
私は荒い息を吐きながら告げた。
「貴方の真実は、あまりにも脆かったようです。……私の否定一つで壊れるほどに」
「……ば、馬鹿な……」 王子は砕けた石の破片を呆然と見つめた。 「王家の秘宝を……ただの感情の力で……?」
「感情ではありません。……意志です」 レオンハルト様が私の隣に立った。 彼は抜剣し、切っ先を王子に向けた。
「賭けは君の負けだ、アレクサンダー殿下。……魔石は砕けた。君の『真実』は証明されなかった」
「……くっ」
王子は顔を歪め、私とレオンハルト様を交互に睨んだ。 そして、フッと自嘲気味に笑った。
「……完敗だ。物理的に壊されるとはな」
彼は手を挙げ、親衛隊に剣を引くよう命じた。
「いいだろう。約束は守る。……今回は退こう」 彼は私の前に歩み寄り、砕けた魔石の欠片を私の掌に乗せた。
「だが、覚えておけ。……私は諦めていない。世界にはまだ『種』が残っている。……そして、君という存在もな」
彼は私の耳元で囁いた。 「君の幸せは、誰の犠牲の上に成り立つか。……いつか君自身が、その答えに苦しむ時が来るだろう」
王子はマントを翻し、会場を去っていった。 帝国の軍人たちもそれに続く。 嵐が去った後のホールに、私はへなへなと座り込んだ。
「……リリア!」 レオンハルト様が私を抱き起こす。
「やりました……守れました……」 「ああ。……見事だった」
彼は私を強く抱きしめた。 私の手の中にある砕けた魔石。 それは鋭く尖っていて、私の掌を少しだけ傷つけていた。 赤い血が滲む。 これが代償。 誰かを守るための戦いは、自分自身を傷つけることでもある。
「……あなたの幸せは、誰の犠牲?」
王子の言葉が、呪いのようにリフレインしていた。 私は勝った。 けれど、この問いへの答えは、まだ出ていない気がした。
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