死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?

六角

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第二話:絶望の淵で見つけた、唯一にして最悪の活路

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自室での謹慎生活が始まって三日が過ぎた。

「お嬢様、お食事をお持ちいたしました」

侍女のアンナが心配そうな顔でワゴンを押して入ってくる。
彼女は私が幼い頃から仕えてくれている信頼できる唯一の味方だ。

「ありがとうアンナ。そこに置いておいて」

「……またほとんど召し上がっていらっしゃらないのですね。このままではお体が持ちませんわ」

テーブルの上に並べられた豪華な食事にはほとんど手が付けられていない。
食欲なんてあるはずもなかった。

私の頭の中はこれからどうやって生き残るかでいっぱいだったから。

「大丈夫よ。少し考え事をしているだけ」

そう言って微笑んでみせるけれど、アンナの不安そうな顔は変わらない。

彼女が部屋を出ていくと私は再び思考の海に沈んだ。

(裏ルート……皇帝ゼノン・カフカ……)

ゲームの記憶を必死に、何度も何度も反芻する。

『漆黒の皇帝』と謳われるゼノン陛下。

彼が統治するカフカ帝国は、我がアステリア王国とは比べ物にならないほどの軍事力と経済力を持つ大国だ。

先帝が急逝しわずか十八歳で帝位を継いだ彼は、邪魔な貴族たちを次々と粛清し、たった数年で帝国を完全に掌握したという。
その苛烈さから血も涙もない、氷の心を持つ男だと万人に恐れられている。

ゲームの中での彼はヒロインであるセレスティアが特定の条件を満たした時のみ登場する、いわゆる隠しキャラだった。
しかも好感度調整が異常なまでにシビアで、少しでも選択肢を間違えれば即座にバッドエンド。
確か幽閉されたり奴隷にされたり、もっと酷い結末もあったはずだ。

(そんな危険人物にどうやって接触しろって言うのよ……)

ため息が思わず漏れる。

でも他に道はない。
アルフォンス殿下とセレスティアがいる限り私の立場は悪くなる一方だ。
今だって私が謹慎しているのをいいことに、二人は王宮の庭園で毎日逢瀬を重ねているらしい。

その噂は使用人たちの間であっという間に広まり、今や私は公爵令嬢でありながら王宮内のお笑い草だ。

『聖女様に嫉妬して階段から突き落とそうとしたんですって』
『まあなんて恐ろしい!』
『アルフォンス殿下もあんな方と婚約させられてお可哀想に』

そんな声が聞こえてくる。
事実無根の噂がまるで真実のように語られていく。

悔しくて唇を噛みしめる。

絶対に、あいつらの思い通りになんてさせてやらない。

そのためにはアルフォンス殿下よりも、この国の王家よりも、もっと強大な力を持つ庇護者が必要不可欠。

それが皇帝ゼノン、その人なのだ。

(問題はどうやって会うか……)

謹慎中の私には自由に行動することすら許されていない。
父であるヴァーミリオン公爵も今回の件で私に呆れ果てている様子だった。
王家との繋がりを重視する父にとって、王太子殿下の怒りを買った私は厄介者でしかないのだろう。

味方はどこにもいない。

孤独感が心に冷たく染み渡る。

……いや、違う。

私にはまだ武器が残っている。

それはゲームの知識だ。

私はベッドから勢いよく起き上がると机に向かった。
羽ペンを手に取り真っ白な羊皮紙に記憶の限りを書き出していく。

まず皇帝ゼノンの情報。
彼の性格、好み、行動パターン。
ゲーム内では断片的にしか語られなかったけれど、それでも何もないよりずっとマシだ。

『極度の完璧主義者』
『無能と怠惰を何よりも嫌う』
『美しいもの、珍しいものに目がない』
『紅茶はダージリンのファーストフラッシュを好む』
『チェスが趣味で、腕前はプロ級』

……こんな情報、何の役に立つというのか。

いや、諦めるのはまだ早い。
もっともっと重要な情報があったはず。

彼の行動パターン……そう、彼は時折身分を隠して城下にお忍びでやってくることがあった。
でもそれは完全にランダムイベントで狙って会えるものではない。

公の場で接触するしかない。
近々帝国と王国の間で何か大きな催しはなかったか?

記憶を探る。
歴史、外交、イベント……。

(……あった!)

見つけた。
それはゲーム本編では語られない、年表の片隅に記されていただけの小さな情報。

一ヶ月後、アステリア王国とカフカ帝国の友好を記念した式典が開かれる。
その式典にはカフカ帝国から皇帝ゼノン本人が臨席する、と。

これだ。
これしかない。

一ヶ月後。
謹慎が解け私が再び社交界に顔を出すことが許されるようになってすぐのタイミング。
この機会を逃せば次はないかもしれない。

問題はどうやってその式典で皇帝に謁見し、私の窮状を訴え、そして助けてもらうかだ。
下手をすれば不敬罪でその場で首を刎ねられてもおかしくない。

(命綱は……なんだろう)

皇帝ゼノンが私という存在に興味を持つきっかけ。
彼にとって私を助けるメリット。

ただ「助けてください」と泣きついたところで、氷の視線で一瞥され終わりだろう。
彼のような男は他人の不幸話になど微塵も興味を示さない。

彼が興味を示すのは『美しいもの』『珍しいもの』そして『利益になるもの』。

今の私に彼に差し出せるものなんて……。

(……いや、あるかもしれない)

私のこの『ゲームの知識』。

これから起こる未来の出来事。
例えば近隣諸国で発見される新しい鉱山のこと。
数年後に流行する病と、その特効薬の作り方。
帝国内で燻っている反乱分子の存在。

これらは全てゲームの世界では確定された未来。
皇帝ゼノンにとって喉から手が出るほど欲しい情報のはずだ。

(危険すぎる……でも、これしか……)

未来を知る女。
そんな存在が彼の目にどう映るか。
魔女として火あぶりにされるかもしれない。
あるいは便利な道具として死ぬまで利用されるだけかもしれない。

けれど。

「それでも……!」

私は立ち上がった。
窓から差し込む月明かりが床に広げた羊皮紙を白く照らしている。

そこに書かれた『ゼノン・カフカ』の名が、まるで私を誘っているかのように妖しく見えた。

断罪されて惨めに死ぬ未来より、万に一つの可能性に賭けて自らの手で運命を切り拓く未来を。

私は後者を選ぶ。

覚悟は決まった。

問題は山積みだ。
どうやって式典に参加するか。
どうやって皇帝の目に留まるか。
そしてどうやって彼を説得するか。

一つずつクリアしていくしかない。

まずはこの謹慎をどうにかして終わらせ自由の身になること。
父を説得し式典への参加許可を取り付けなければ。

「アンナ!」

私は隣室にいるはずの侍女を呼んだ。
すぐにノックの音と共にアンナが入ってくる。

「お呼びでしょうか、お嬢様」

「ええ。お父様に至急お会いしたいと伝えてちょうだい。……いいえ、今すぐに。私がお父様の書斎へ伺うわ」

私のただならぬ気配にアンナは息を呑んだ。
しかしすぐにこくりと頷く。

「かしこまりました」

絶望の淵でようやく一本の蜘蛛の糸を見つけた。
たとえその糸が地獄の底へと続いていたとしても。

私はもう迷わない。
掴んで、登って、生き抜いてみせる。
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