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第八話:初めてのデート(という名の威嚇)と、無様な元婚約者
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翌日。
私は皇帝陛下と二人、王都の最高級ブティックが立ち並ぶ通りにいた。
もちろん『二人きり』というのは語弊がある。
少し離れた場所に護衛の騎士たちが気配を消して、ずらりと控えているのだから。
(お忍びとは……?)
陛下の考える『お忍び』はどうやら一般市民のそれとはスケールが違うらしい。
まあこの人の容姿じゃどうしたって目立つのだけれど。
「こっちだ」
陛下は私の手を取りある店の前で足を止めた。
そこは王侯貴族御用達の超一流メゾン。
私が普段利用している店よりもさらに格上の場所だ。
店員たちが慌てて飛んできて深々と頭を下げる。
彼らを一瞥もせず陛下は店内を見渡した。
「あそこからあそこまで全部持ってこい。こいつに似合いそうなものを見繕ってな」
「へ……?」
指さされた先には目も眩むような豪華なドレスがずらりと並んでいる。
全部って本気で言ってるの?
「お待ちください陛下!こんなに沢山は……!」
「黙っていろ。お前は私が選んだものを着ていればいい」
有無を言わさぬ口調。
こうなるともう彼を止められない。
私は半ばヤケクソな気持ちで次々と運ばれてくるドレスを試着することになった。
まるで着せ替え人形だ。
「……悪くない」
「ふむ。それもいいがこっちの方が肌の色に合うな」
「やはりお前には赤が一番似合う」
最初は戸惑っていたけれど彼は本気で楽しんでいるようだった。
退屈そうな顔しか見たことがなかったのに、ドレスを選ぶ彼の目は子供のようにキラキラしている。
(なんだか、意外……)
そんな彼の姿を見ていると私の心も自然と浮き立ってくる。
まんざらでもない、と思ってしまっている自分が少し悔しい。
そんなつかの間の穏やかな時間が突然破られた。
「――スカーレット!?」
店の入り口から信じられないという顔でこちらを見ている人物がいた。
(げっ)
最悪のタイミングで最悪の人物に会ってしまった。
アルフォンス殿下と、その隣にはもちろん聖女セレスティアの姿も。
彼らは「庶民の文化を学ぶ」とかいう意味不明な名目で街に出ていたらしい。
よりにもよってこんな所で会うなんて。
アルフォンス殿下はずかずかと私の方へ歩いてくると、私の腕を掴もうとした。
「やはりここにいたのか!皇帝に無理やり付き合わされているのだろう?可哀想に!」
その手が私に触れる直前。
バシッ!
鋭い音を立ててその手は払い除けられた。
いつの間にか私の前に立っていたゼノン陛下によって。
「……私の鳥に気安く触れるな」
地を這うような低い声。
店内の空気が一瞬で凍りついた。
圧倒的な威圧感。
殺気と呼んでもいいほどのそれに、さすがのアルフォンス殿下もたじろいでいる。
「なっ……皇帝陛下……!」
「失せろ、道化。お前のような下等な生物がこいつの視界に入ることを許可した覚えはない」
虫けらを見るような冷たい瞳。
王子であるアルフォンス殿下を彼は躊躇なく『下等生物』と呼んだ。
「な、何を言うか!スカーレットは私の……私の元婚約者だぞ!」
必死に虚勢を張るアルフォンス殿下。
ああ、もうやめて。見ているこっちが恥ずかしいわ。
それを聞いた陛下は鼻で笑った。
そして私の肩をぐっと引き寄せ、その腕の中に閉じ込める。
「元、だろう?」
彼の体温がドレス越しに伝わってきて心臓が跳ねる。
「こいつはもうお前の知る女ではない。私のものだ」
宣言するように彼はそう言った。
そして。
チュッ。
柔らかな感触が私の髪に触れた。
彼が私の髪にキスをしたのだ。
店の外からも中の客からも悲鳴のような、ため息のような声が聞こえる。
私の顔はきっと今世紀最高に真っ赤に染まっているに違いない。
目の前ではアルフォンス殿下が信じられないという顔で固まっている。
その隣でセレスティアがハンカチを噛みしめ、悔しそうにこちらを睨んでいるのが見えた。
(ああ、もう、どうにでもなれ……!)
皇帝陛下の腕の中。
彼の独占欲を全身で浴びながら私はただ、されるがままになっていることしかできなかった。
私は皇帝陛下と二人、王都の最高級ブティックが立ち並ぶ通りにいた。
もちろん『二人きり』というのは語弊がある。
少し離れた場所に護衛の騎士たちが気配を消して、ずらりと控えているのだから。
(お忍びとは……?)
陛下の考える『お忍び』はどうやら一般市民のそれとはスケールが違うらしい。
まあこの人の容姿じゃどうしたって目立つのだけれど。
「こっちだ」
陛下は私の手を取りある店の前で足を止めた。
そこは王侯貴族御用達の超一流メゾン。
私が普段利用している店よりもさらに格上の場所だ。
店員たちが慌てて飛んできて深々と頭を下げる。
彼らを一瞥もせず陛下は店内を見渡した。
「あそこからあそこまで全部持ってこい。こいつに似合いそうなものを見繕ってな」
「へ……?」
指さされた先には目も眩むような豪華なドレスがずらりと並んでいる。
全部って本気で言ってるの?
「お待ちください陛下!こんなに沢山は……!」
「黙っていろ。お前は私が選んだものを着ていればいい」
有無を言わさぬ口調。
こうなるともう彼を止められない。
私は半ばヤケクソな気持ちで次々と運ばれてくるドレスを試着することになった。
まるで着せ替え人形だ。
「……悪くない」
「ふむ。それもいいがこっちの方が肌の色に合うな」
「やはりお前には赤が一番似合う」
最初は戸惑っていたけれど彼は本気で楽しんでいるようだった。
退屈そうな顔しか見たことがなかったのに、ドレスを選ぶ彼の目は子供のようにキラキラしている。
(なんだか、意外……)
そんな彼の姿を見ていると私の心も自然と浮き立ってくる。
まんざらでもない、と思ってしまっている自分が少し悔しい。
そんなつかの間の穏やかな時間が突然破られた。
「――スカーレット!?」
店の入り口から信じられないという顔でこちらを見ている人物がいた。
(げっ)
最悪のタイミングで最悪の人物に会ってしまった。
アルフォンス殿下と、その隣にはもちろん聖女セレスティアの姿も。
彼らは「庶民の文化を学ぶ」とかいう意味不明な名目で街に出ていたらしい。
よりにもよってこんな所で会うなんて。
アルフォンス殿下はずかずかと私の方へ歩いてくると、私の腕を掴もうとした。
「やはりここにいたのか!皇帝に無理やり付き合わされているのだろう?可哀想に!」
その手が私に触れる直前。
バシッ!
鋭い音を立ててその手は払い除けられた。
いつの間にか私の前に立っていたゼノン陛下によって。
「……私の鳥に気安く触れるな」
地を這うような低い声。
店内の空気が一瞬で凍りついた。
圧倒的な威圧感。
殺気と呼んでもいいほどのそれに、さすがのアルフォンス殿下もたじろいでいる。
「なっ……皇帝陛下……!」
「失せろ、道化。お前のような下等な生物がこいつの視界に入ることを許可した覚えはない」
虫けらを見るような冷たい瞳。
王子であるアルフォンス殿下を彼は躊躇なく『下等生物』と呼んだ。
「な、何を言うか!スカーレットは私の……私の元婚約者だぞ!」
必死に虚勢を張るアルフォンス殿下。
ああ、もうやめて。見ているこっちが恥ずかしいわ。
それを聞いた陛下は鼻で笑った。
そして私の肩をぐっと引き寄せ、その腕の中に閉じ込める。
「元、だろう?」
彼の体温がドレス越しに伝わってきて心臓が跳ねる。
「こいつはもうお前の知る女ではない。私のものだ」
宣言するように彼はそう言った。
そして。
チュッ。
柔らかな感触が私の髪に触れた。
彼が私の髪にキスをしたのだ。
店の外からも中の客からも悲鳴のような、ため息のような声が聞こえる。
私の顔はきっと今世紀最高に真っ赤に染まっているに違いない。
目の前ではアルフォンス殿下が信じられないという顔で固まっている。
その隣でセレスティアがハンカチを噛みしめ、悔しそうにこちらを睨んでいるのが見えた。
(ああ、もう、どうにでもなれ……!)
皇帝陛下の腕の中。
彼の独占欲を全身で浴びながら私はただ、されるがままになっていることしかできなかった。
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