追放された落ちこぼれ令嬢ですが、氷血公爵様と辺境でスローライフを始めたら、天性の才能で領地がとんでもないことになっちゃいました!!

六角

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第十八話:氷の公爵の怒り

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私の意識が、絶望の闇に飲み込まれそうになった、その刹那。
耳元で、雷鳴のような声が轟いた。

「リナ! 目を覚ませ! 下を向いている暇などないぞ!」

アレクシス様の声だった。
その声には、私の心を揺さぶり、無理やり現実に引きずり戻す、凄まじい力が込められていた。

はっと顔を上げると、彼の青い瞳が、燃え盛る炎を映して、恐ろしいほどに冷たく、そして美しく輝いていた。
その瞳には、もはや一片の優しさも、ためらいもない。
そこにあるのは、彼の領域を侵し、彼の民を傷つけた者に対する、絶対的な怒りと、殲滅の意志。

「これより、盗賊の掃討を開始する」

彼の声は、低く、静かだったが、広場の喧騒を圧するほどの威厳に満ちていた。
彼は、私の肩を支え、ゆっくりと立ち上がらせると、燃え盛る温室と、暴れ回る敵、そして怯える領民たちを、その視界に収めた。

「女子供、および戦えぬ者は、消火に当たれ! 街の被害を、最小限に食い止めろ!」
「男たちは、武器を取れ! 農具でも、棍棒でも構わん! 俺に続け!」
「目的は、ただ一つ! この地に侵入した、全ての害虫を、一匹残らず駆除することだ!」

彼の号令は、もはや命令ではなかった。
それは、戦場に立つ王が発する、絶対的な勅命だった。
その声に、怯え、混乱していた領民たちの背筋が、ぴんと伸びる。
彼らの瞳に、恐怖に打ち勝つ、闘争の光が宿り始めた。

「うおおおおお!」
「公爵様に続け!」

男たちは、近くにあった農具や、屋台の支柱などを手に取り、雄叫びを上げて、アレクシス様の元へと集結していく。
それは、烏合の衆ではない。
自分たちの家を、家族を、そして誇りを守るために立ち上がった、誇り高き戦士の集団だった。

アレクシス様は、近くにいた衛兵から、一振りの長剣を受け取った。
月光を浴びたその刃が、妖しい光を放つ。

「リナ」

彼は、戦場へと向かう直前、私を振り返った。

「お前は、お前にしかできんことをやれ。分かっているな?」

その言葉に、私は、雷に打たれたような衝撃を受けた。
そうだ。
絶望している場合じゃない。
悲しみに暮れている暇なんてない。
私にも、やるべきことがある。
この状況で、私にしか、できないことが。

「……はい!」

私は、涙を拭い、力強く頷いた。
アレクシス様は、それに満足そうに頷くと、剣を掲げ、戦いの渦の中へと、その身を投じた。

彼の戦いぶりは、まさに、鬼神そのものだった。
“氷血公爵”――その異名が、決してただの噂ではないことを、私は思い知らされた。
しなやかで、一切の無駄がない動き。
閃光のように煌めく剣閃が、次々と敵を切り伏せていく。
彼の周りだけ、まるで時間が歪んでいるかのように、敵が、紙くずのように舞っていた。
その姿は、恐ろしく、そして、あまりにも美しかった。

私は、彼の戦う姿から目を離すと、すぐに行動を開始した。

「皆さん、聞いてください!」

私は、消火活動に向かおうとしていた女性たちを集め、声を張り上げた。

「ただ闇雲に水を運ぶだけでは、効率が悪いです! 火元に近い井戸は、裏切り者によって使えなくされました! 他の井戸から、列を作って、バケツリレーで水を運びます!」
「子供たちは、年長者が中心になって、安全な神殿へ避難してください! 怪我人が出たら、すぐに知らせるのです!」

私の指示に、最初は戸惑っていた女性たちも、すぐにその的確さを理解し、動き始めた。
私は、彼女たちの中心に立ち、声を枯らしながら、指揮を執り続けた。
火の勢い、風向き、人員の配置。
前世の記憶にはない、災害時のマネジメント能力が、不思議と頭の中に浮かび上がってくる。
これが、私の持つ、もう一つの力なのかもしれない。

戦いは、夜が白み始める頃には、ほぼ終結していた。
アレクシス様と、彼に続いた領民たちの圧倒的な力の前に、盗賊団は為す術もなく鎮圧された。
生き残った者は捕縛され、抵抗した者は、広場に無惨な骸を晒している。
裏切り者の男も、すぐに取り押さえられた。

消火活動も、夜明けと共に、ようやく鎮火の目処が立った。
しかし、私たちの目の前に広がっていたのは、あまりにも、惨い光景だった。

丹精込めて作り上げた温室は、その半分以上が焼け落ち、黒い骨組みを無残に晒している。
ようやく芽吹いたばかりの作物は、そのほとんどが灰と化した。
広場も、屋台が破壊され、血の匂いが立ち込めている。

領民たちは、その光景を前に、呆然と立ち尽くしていた。
せっかく掴みかけた希望が、一夜にして、灰燼に帰した。
その絶望は、計り知れない。

だが、誰も、泣き言は言わなかった。
皆、静かに、しかし、固い決意を秘めた目で、焼け跡を見つめていた。
私たちは、負けたのではない。
ただ、傷つけられただけだ。

夜明けの光の中、泥と煤にまみれたアレクシス様が、私の元へ歩み寄ってきた。
彼の体は、大小の傷で覆われていたが、その足取りは、力強い。

「……終わったぞ、リナ」
「アレクシス様……。お怪我は……」
「かすり傷だ。それより、お前こそ、見事な指揮だった」

彼は、そう言うと、私の頭を、優しく、くしゃりと撫でた。
その手の温かさに、張り詰めていた緊張の糸が、ぷつりと切れる。

「……よかった……」

安堵のあまり、私は、その場に崩れ落ちそうになった。
そんな私を、アレクシス様が、その太い腕で、しっかりと支えてくれた。

戦いは終わった。
だが、本当の戦いは、これからだ。
この絶望の淵から、私たちは、もう一度、立ち上がらなければならない。
そして、この蛮行を仕組んだ者たちに、相応の報いを受けさせなければ。

夜明けの冷たい空気の中、私たちは、静かに、そして熱く、反撃の炎を心に灯していた。
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