私のかわいそうな王子様

七瀬美織

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第一章 初恋

第十二話 精霊の姫君 ①

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 杜若かきつばたが、俺様ツンデレ美形なら、藍白あいじろは、外見詐欺腹黒美形だよね。タイプの違う美形がそろうと福眼だった。
 うわぁ! 藍白の金色の瞳の中心が、キュッっと縦に細まった。あ、爬虫類みたい。そうか、竜族の瞳は爬虫類系なのね。
 私は、竜族について、ほとんど知らない。この前、竜騎士団見学で知ったのは、竜の姿と人の姿の二つの姿を持っている事。竜の姿で大空を飛ぶためには、風魔法を使っている事。他種族なのに、竜騎士の契約によりファルザルク王国に所属している事。不思議と謎の竜族。
 そうだ、杜若は、結界魔法が得意だって言っていた。

「ねえ、姫君? 聞いている?」

 はい! 現実逃避、終了いたします!!

 藍白が、何かを見透かす様な鋭い気配を、私に放っている気がした。これは、藍白の魔力なのかもしれない。母上の冷気を感じさせる魔力の様に、感覚を同時に刺激する魔力なら私にも分かるようだ。

「藍白様、いくら竜族の若君とはいえ、王族の姫殿下に無礼ではございませんか?」

 エルシアが、藍白に冷たい視線を向けながら言った。本気で怒っている時の彼女は、まるでミニ母上。私を抱っこしたまま、魔力をあふれさせないでね! さ、寒いよ!

「ふふん。ファルザルク王家と竜族は、対等なお付き合いなんでしょう? 侍女さんの方が無礼なんじゃないのか? ま、いいけど。侍女さん、そろそろ姫君を座らせてあげたら?」

 藍白は、ふわりと微笑みながら居間のソファーに座り優雅に脚を組んだ。嫌だわ! 藍白様ったら、すごく悪役がお似合いよ。

「失礼いたしました」

 エルシアは、悔しげな顔をして、私を藍白の反対側のソファーに下ろした。ごめんなさい、エルシア。私のために怒ってくれたのに、正直なところ寒くて辛かった。

「ねえ、侍女さん。僕、のどが乾いちゃった。お茶をもらえるかな? 悪いけど、待っている間、他の人も出ていてよ。僕、人見知りで緊張しちゃうからさぁ」
「 くっ!……………… 承知、いたしました」

 つまり …… 藍白は、こんなあからさまな人払いをしてまで、私と二人きりで話をしたいという事らしい。

「姫様、申し訳ございません。お茶を用意する間、お一人にいたしますが、私は、すぐに戻って参ります。護衛騎士も部屋の周辺におりますし、寝室にはお父上がいらっしゃいます。何かございましたら、一声、お叫び下さいませ!」
「何なの?! 僕、ソコまで信用ないの?」

 エルシアは藍白に答えず、他の人達も引き連れて部屋を出ていった。扉が閉じられて、振り返った藍白は、いたずらが成功した子供の顔をしていた。

「あははは、少し意地悪だったかな? 本当は、成人した竜族しか貴人扱いされないんだ。侍女さんは、そこまで知らなかったみたいだね。それとも、知っていて、えて …… かな? 竜族とファルザルク王家は対等な関係だけど、竜族には身分制度が無いから、比較する事が出来ないけどね。ま、大昔、竜族は神々のつるぎにして神の執行者だ! なんて時代もあったから、貴人扱いもそんなに間違ってもないかな。ふ~ん。やっぱり姫君は変わったね。今、羽根がキラキラしているのは …… どうして?」
「はい? 藍白様、質問の意味が分からないのですが? は、羽根?」

 えっと、彼は何を言っているのだろう? 数ヶ月の間にあった事は、前世の記憶を思い出した件しかない。でも、会っただけで分かるものなの? しかも、羽根?! 私にそんな付属品はございません!

「ねえ、心当たりがあるんだね。姫君、教えてよ!」

 藍白の視線は、私の背後に固定されている。あ、竜騎士団の見学の時、契約竜の皆様も同じように私を見ていた。

「どうして、背中を見たがるのですか?!」
「だって、精霊の祝福の一端いったんが視えるから?」

 何故、質問に疑問で答えるの? なんですと?!

「私の背中に、精霊の祝福が視えるのですか?」
「うん。パタパタ動く可愛い羽根や、キラキラの光る翼や、若木の小枝や、蔓草が伸びて花が咲いている時もあるね。それって、姫君の感情に左右されて現れるのかな? それとも、精霊自身の意思の具象化なのかな?」

 精霊の祝福! ああ、シドにもらったあの本を読んでいたら、もう少し予備知識が身に付いただろうに!

 藍白は、私の背中を覗き込もうとして、こちらに近づいてきた。私は、とっさにソファーから降りて藍白から逃げた。
 だって、藍白の瞳が興味津々、黄金色に爛々らんらんと輝いていて、獲物を狙う猛禽類みたいで怖すぎる。
 すると、藍白が私を追ってきた。私は逃げ、藍白がにこにこ笑いながら追いかけてくる。部屋の中を必死に藍白から逃げまわった。え~ん! 鬼ごっこは苦手だよ!

 私は、逃げながら部屋の中で一番大きな鏡を探しだした。柱と一体化した細長い鏡に、背中を映そうと、バタバタしたり、くるくる回ったりした。
 藍白は、クスクス笑いながら私を抱き上げて、背中が鏡に映るように抱きなおした。

「ごめんね姫君、姫君の精霊の祝福は、鏡に映らないし、精霊を視る素質か、ある程度の魔力持ちじゃないと視えないからね」

 がっかりだ。自分の背中を、自分の目で直接見る方法なんて無いもの。藍白は、私の頭にポヨポヨ軽く慰めるように触れた。
 そして、藍白は、私を抱き上げたままソファーに座ってしまった。私は、藍白の膝の上に横向きに座っている。

「姫君は、最高位の『精霊の種』を託されて生まれたんだよ」
「『精霊の種』? 種って何ですか? 精霊の祝福は、精霊が人と契約を結ぶ事で得られる、ちょっとだけ良い事。ですよね?」
「姫君は、よく知っているね」
「私に憑いているのは『精霊の種』? なんですか? 」
「そう、『精霊の種』は、新たな精霊が生まれる前の状態でね、種から何の精霊が育つのかは、元々の種の素質と、宿主の姫君の心と、あと周囲の環境次第らしいよ」
「私の中で『精霊の種』が育っているのですか?」
「うん。『精霊の種』は、宿主の膨大な魔力を糧にしか生まれない。『精霊の種』の守護者の『精霊の騎士』が、『精霊の種』を育てるのに相応しい者にたくすんだ。成長した種から、『精霊王』になったりする場合もあるよ。宿主には、生まれた高位精霊の守護や恩恵が授けさずけられる。だから国は、姫君をとても大事に守っているだろう? 僕は、半年くらい前からの事しか知らないけれど、姫君の周りは少々過保護過ぎると思うな」 

 半年前、だったら藍白は何故私の周りが過保護なのか知らないのだろう。

「藍白様は、『『精霊の姫君』』を見守る役目なのですか?」
「そうだよ、『精霊の姫君』マリシリスティア姫。竜族は、精霊と近しい関係なんだ。僕は、精霊の姿を見ることも、会話だって出来る。竜族は、人族よりも精霊に近い種族だ。竜族として、新しい精霊の誕生を歓迎するし、大切に成長を見守っているよ」
「新しい精霊じゃなくて、精霊王かもしれないのですよね」
「今の精霊王は、まだ若くて元気だから、姫君の精霊は、新しい精霊だね。だからかな? かなり強い精霊の騎士が守護しているね。彼、無口で無愛想で何も教えくれなくて、つまんないけどさ」
「ええっ?! 精霊の騎士が、私を守護しているのですか? 私は、魔力が弱いから、精霊の騎士の姿も、背中の翼も視えないのですか?」
「違うよ。姫君は、魔力を『精霊の種』に喰われているだけで、逆に膨大な魔力持ちだよ。姫君は、魔力が強すぎるから、もしも『精霊の種』に魔力を喰われてなかったら、魔力に身体が耐えきれなくて死んじゃうかもしれなかったね。幼くして魔力過多で、身体の器の成長が追いつかずに、亡くなる子供がいるんだ。そんな子供が、特に王族の女の子に生まれやすい。だから、『精霊の姫君』って呼ばれてる」
「私に『精霊の種』が託されていなければ、大人になる前に死んでしうかもしれなかったのですか?」
「大人どころか、生まれてすぐに亡くなる場合が多いよ」

 さらっと、藍白が怖い事を言った。

「そっかぁ、今のファルザルク王家で『精霊の種』を育てるって大変そうだな。『精霊の種』は、悪意や憎しみにさらされたり、歪んだ人格に育てられたりしたら、災いの精霊に育っちゃうからね」
「災いの精霊?」
「世界を憎んで、恨んで、滅ぼそうとする精霊だよ。でも、姫君の精霊の騎士は優秀だね。こんな悪意や欲望でドロドロな王宮でも、姫君に、悪意を持つ者を近付けないように頑張ってるみたい。今、すごく睨んできてる」
「つまり、藍白様は私に悪意を抱いていらっしゃるのですか?」
「え?! 悪意なんかないよ? あるのは興味だけ!」
「正直過ぎます!」

 確かに、最近は不自然なくらいそんな嫌な事があった記憶が無い。両親の会話の中に出てくる政敵にも、すれ違う事はあっても、面と向かって何かあった事は無かった。

「過去、新たに生まれた精霊で、八百年ほど前に生まれた『誓約の精霊』なんか有名だよ。逆に、災いの精霊だと『幻華の精霊』だね」
「新しい精霊 …… 」
「半年前に見かけた時は、姫君はお人形みたいだったのに、いったい何があったのかな? そういえば、アレクシリスが言っていたよね。姫君は、高熱を出して倒れから、別人みたいになったって …… 」
「別人 …… ですか」

 私は、前世を思い出す以前の自分って、どんな子供だったのか、あまり覚えていない。

「あ! 姫君、もう時間切れだ。今度はちゃんとした立場で、会いに行くから待っててね。その時、もっと詳しく話そうね♪」

 藍白の金色の瞳は、キラキラ輝いて綺麗なのに、私には、悪巧みをしている様にしか見えなかった。
  
 ドカアッッーーーー!!!!
  
 突然、扉が砕けて、赤褐色の髪の壮年の男性が、勢いよく部屋に入って来た。扉の鍵や板が、壊れて欠けた木片がバラバラとんでいった。

「藍白! この、馬鹿者!!」









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