2 / 55
第一章 初恋
第一話 春の王宮 ②
しおりを挟む私は、エルシアにお願いして、母上に会いに行くことにした。私の母親は、国王の第二子で第一王女殿下だ。
最近の母上の執務室は、各部署の文官の出入りが、とても多くなっている。国王のアレクサンドロス陛下、私のお祖父様がご病気で、体調が思わしくないからだ。
王宮の執務棟で、一番忙しい母上の執務室は扉が閉まる暇さえないそうだ。扉の前では、専属の護衛騎士数人がかりで、入室する人物をチェックする為に、ズラリと行列が出来ている。
私とエルシアは、その列を追い越して先へ歩いて行く。皆様、お忙しいのに、ごめんなさい。
母上の兄、王太子殿下が居るのに、何故こんな事になっているのか?
それは、奴が馬鹿だからだ! 王太子殿下は、妻のご機嫌取りに忙しいそうで、ご自分の執務までも妹姫に押し付けてきている。
だから、王宮の決裁が必要な仕事の大半が、王女の執務室に持ち込まれて来ていた。
こんなので、この国の将来は大丈夫なのか?!
エルシアが、扉の前の護衛騎士に一言かけて、一緒に部屋に入る。
この執務室は、四室が横に並んでいて内部で行き来できるようになっている。
今、入った部屋は母上の侍従の一人、グラタン …… じゃなかった、グラトン室長が中心になってお仕事をしている。
毎日、数十人の精鋭文官達が、机を並べて書類と格闘している。通称、最前線室。文官達は、三交代制二十四時間年中無休で働いている。お給料は、それなりに高給らしいから、ブラック企業じゃないよ。多分、濃いグレーくらいかな、ははは。
左側の扉の奥には、資料室がある。
一度だけ、のぞいて見たことがある。薄暗い部屋に、整理整頓された書籍や書類が、高校の図書室並みにきっちり、びっしり詰まっていた。
そして、ホラーな資料室の主に悲鳴をあげた。その時の記憶は、速やかに封印した。
最前線室の机に積まれた書類の山から、やつれた顔をのぞかせた中年男性が、立ち上がり腰を折った。それに気付いた他の文官達も私に礼をする。
「ごきげんよう。グラトン室長、ご苦労様です。皆さまも、ご無理をなさらないで下さい」
「姫様、ありがとうございます」
忙しいのに手を止め、挨拶してくれたグラトン室長や文官達に、子供らしく愛嬌を振りまきながら室内を横切っていく。ちょっと緊張しちゃう。
右側の扉には、母上が執務や会議をする部屋。通称、司令室に続いている。
エルシアは、司令室前の護衛騎士に声をかけてから、扉をノックした。母上の侍従長のガブラン侯が、すぐに扉を開けて出迎えてくれた。ガブラン候と、挨拶をかわしてから部屋に入いる。
司令室には、母上の王族用執務室が手狭になって、会議室の周りの部屋を改造した名残で、二十人は座れる会議机が置かれている。でも、最前線室と同じくらい広い部屋の会議机さえ、資料や書類の置き場になっている始末だ。本当に、皆さん過労死しないか心配になってきた。
奥の衝立の向こう側に、母上の執務机がある。
そこから、ブリザードが吹き荒れてくる。いえ、母上の静かな怒りの声が聞こえてきた。
「では、宰相補佐官殿。どうあっても、王太子妃殿下の予算を減額どころか、増額するって仰せになるのね。王太子殿下は …… 」
「王女殿下、申し訳ございません」
「私は、貴方に謝罪されても、嬉しくありませんのよ。こちらの書簡を、王太子殿下にお渡ししてくださる?」
「こちらは?」
「書簡の内容をお聞きにならないほうが、お為になりましてよ」
うわっ、宰相補佐官殿が魔力で瞬間冷凍されそうになった!
「は、は、 は、は。承知いたしました。では、失礼致します」
宰相補佐官のカルペール伯が、凍りついた表情で、衝立から飛び出してきて、私に気づくことなく退室していった。
「まあ! 姫様にご挨拶もしないなんて失礼な!」
エルシアはプリプリ怒っているけど、仕方ないかもしれない。
宰相補佐官のカルペール伯は、王宮の文官の中でヒョロヒョロと一番背が高い。まだ小さな私が、彼の視界に入らなかったって責められないかな。
でも、王太子殿下派の中心貴族だから、今度出会ったら、こっそり足を踏んでやる。
「マリー、いらっしゃい」
「はい、母上」
母上の声が、衝立の向こうから私を呼んだ。今度こそ、母上とご対面だ。衝立の脇をすり抜けると、ぶわっと、急に体か浮き上がった。ふわっと、ではなくて、ぶわっとだ。
「きゃっ!」
「私の小さなお姫様、ご機嫌はいかがですか?」
「父上! いらしたのですか? もう、びっくりしました。いきなり、抱き上げないで下さい!」
私は、父上に抗議した。いくら父上の安定感抜群の子供抱っこでも、目線が急激に高くなるって意外と怖い。
「まあ、グレイル。マリーは私に会いに来たのよ。返してちょうだい」
母上が、腕をひろげて待っている。父上は、私に頬擦りしたあと母上に引き渡した。父上、お髭伸びてきてて痛かったよ。
「母上、お忙しいのに、ごめんなさい」
「いいのよ。少し、休憩にしましょう」
私は、ピトッと母上に引っ付いた。凄くいい匂いがして、ちょっとうっとりしてしまう。母上は、他の文官達に休憩を告げて、右側の奥の扉に向かった。後ろに、父上とエルシアが続いて歩く。
一番右側の部屋は、母上の簡易の休憩室。少し豪華なビジネスホテルの部屋に、簡易キッチンが付いた感じの部屋だ。母上の腹心の部下以外は、絶対入室出来ない。母上謹製の魔術で特殊結界が張られているから、盗聴だって心配ご無用。
私は、まだ幼いから魔法は使えない。成長しないと適正があるかも調べられないそうだ。
早く、魔法少女になりたいな!
母上は、とっても美人な王女殿下。名前を、アレクサンドリア=ユフィ=ファルザルクという。
美しくうねうね波打つブロンズの髪と、蒼穹の瞳をした妖艶な美女。
しかも、国内の最高学府を二年も飛び級して主席で卒業した才女。『暁の姫』だなんて、二つ名まで持っている。
まだ二十代前半ながら、国政の難しい判断も、外交もビシバシこなしていく素敵な働く女性だ。
父上は、近衛騎士団の副団長のグレイルード=ガテス=ファルザルク。
母上は、王族が少ない現状なので降嫁しなかった。王家に残るために、子爵家の次男坊だった父上を婿にしたのだ。父上の立場は、王女配というらしい。
父上は、母上より十歳年上だけど、完璧に尻に敷かれ……これ以上は割愛。父上は、鳶色のツンツンの短髪と、同じく鳶色の瞳をしていている。現役騎士だけに、高身長にがっしりした筋骨隆々の、イケメンマッチョだ。
本来は、王女の夫君として、母上の補佐をするのが普通らしいけど、父上は優秀な近衛騎士なので副団長の仕事を続けている。父上は笑顔の爽やかな、体育会系の美男なのだけど、意外に頭脳戦が得意な策略家らしい。愛妻家で娘命の親バカだけど、母上を制御出来る数少ない希少人物だって …… 。
もう、母上が最強過ぎて辛いかもしれない。
私は、顔のつくりは母上に、髪と目の色は父上に似ている。まだ幼いから、可愛いらしさが勝っているけど、鏡に映る姿は、我が儘で生意気そうな女の子に見える。
エルシアは、妖精みたいに可愛いって褒めてくれる 。お世辞でも照れちゃう。
母上は、私をソファーに降ろして隣に座る。エルシアは、母上の侍女と一緒にお茶の準備中。父上は、対面のソファーに腰を降ろして大きなため息をついた。
「グレイル」
「ああ、分かっているが、君はよく平然としていられるね」
「まさか、腑煮えくり返っていましてよ。ふふふっ!」
母上は、艶やかに微笑みながら猛禽類の様に瞳をギラリと光らせた。
「こわっ! 母上、お取り込み中でしたか?」
「いいのよ。馬鹿兄が、馬鹿嫁の馬鹿な予算を馬鹿に持ってこさせて、馬鹿な交渉をしているだけですからね」
「サンドラ、マリーが怯えるから魔力を抑えなさい」
「ふーっ。マリー、ごめんなさいね」
「母上、お疲れ様です」
さて、お茶を飲みながら、今後の話をしましょうね。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
幼馴染の許嫁
山見月 あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。
彼は、私の許嫁だ。
___あの日までは
その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった
連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった
連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった
女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース
誰が見ても、愛らしいと思う子だった。
それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡
どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服
どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう
「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」
可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる
「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」
例のってことは、前から私のことを話していたのか。
それだけでも、ショックだった。
その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした
「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」
頭を殴られた感覚だった。
いや、それ以上だったかもしれない。
「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」
受け入れたくない。
けど、これが連の本心なんだ。
受け入れるしかない
一つだけ、わかったことがある
私は、連に
「許嫁、やめますっ」
選ばれなかったんだ…
八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる