私のかわいそうな王子様

七瀬美織

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第一章 初恋

第一話 春の王宮 ②

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 私は、エルシアにお願いして、母上に会いに行くことにした。私の母親は、国王の第二子で第一王女殿下だ。

 最近の母上の執務室は、各部署の文官の出入りが、とても多くなっている。国王のアレクサンドロス陛下、私のお祖父様がご病気で、体調が思わしくないからだ。

 王宮の執務棟で、一番忙しい母上の執務室は扉が閉まる暇さえないそうだ。扉の前では、専属の護衛騎士数人がかりで、入室する人物をチェックする為に、ズラリと行列が出来ている。
 私とエルシアは、その列を追い越して先へ歩いて行く。皆様、お忙しいのに、ごめんなさい。

 母上の兄、王太子殿下が居るのに、何故こんな事になっているのか?

 それは、奴が馬鹿だからだ! 王太子殿下は、妻のご機嫌取りに忙しいそうで、ご自分の執務までも妹姫母上に押し付けてきている。
 だから、王宮の決裁が必要な仕事の大半が、王女の執務室に持ち込まれて来ていた。
 こんなので、この国の将来は大丈夫なのか?!

 エルシアが、扉の前の護衛騎士に一言かけて、一緒に部屋に入る。
 この執務室は、四室が横に並んでいて内部で行き来できるようになっている。
 今、入った部屋は母上の侍従の一人、グラタン …… じゃなかった、グラトン室長が中心になってお仕事をしている。
 毎日、数十人の精鋭文官達が、机を並べて書類と格闘している。通称、最前線室。文官達は、三交代制二十四時間年中無休で働いている。お給料は、それなりに高給らしいから、ブラック企業じゃないよ。多分、濃いグレーくらいかな、ははは。

 左側の扉の奥には、資料室がある。

 一度だけ、のぞいて見たことがある。薄暗い部屋に、整理整頓された書籍や書類が、高校の図書室並みにきっちり、びっしり詰まっていた。
 そして、ホラーな資料室のに悲鳴をあげた。その時の記憶は、速やかに封印した。

 最前線室の机に積まれた書類の山から、やつれた顔をのぞかせた中年男性が、立ち上がり腰を折った。それに気付いた他の文官達も私に礼をする。

「ごきげんよう。グラトン室長、ご苦労様です。皆さまも、ご無理をなさらないで下さい」
「姫様、ありがとうございます」

 忙しいのに手を止め、挨拶してくれたグラトン室長や文官達に、子供らしく愛嬌を振りまきながら室内を横切っていく。ちょっと緊張しちゃう。
 右側の扉には、母上が執務や会議をする部屋。通称、司令室に続いている。
 エルシアは、司令室前の護衛騎士に声をかけてから、扉をノックした。母上の侍従長のガブラン侯が、すぐに扉を開けて出迎えてくれた。ガブラン候と、挨拶をかわしてから部屋に入いる。

 司令室には、母上の王族用執務室が手狭になって、会議室の周りの部屋を改造した名残で、二十人は座れる会議机が置かれている。でも、最前線室と同じくらい広い部屋の会議机さえ、資料や書類の置き場になっている始末だ。本当に、皆さん過労死しないか心配になってきた。
 奥の衝立の向こう側に、母上の執務机がある。
 そこから、ブリザードが吹き荒れてくる。いえ、母上の静かな怒りの声が聞こえてきた。

「では、宰相補佐官殿。どうあっても、王太子妃殿下の予算を減額どころか、増額するって仰せになるのね。王太子殿下は …… 」
「王女殿下、申し訳ございません」
「私は、貴方に謝罪されても、嬉しくありませんのよ。こちらの書簡を、王太子殿下にお渡ししてくださる?」
「こちらは?」
「書簡の内容をお聞きにならないほうが、お為になりましてよ」

 うわっ、宰相補佐官殿が魔力で瞬間冷凍されそうになった!

「は、は、 は、は。承知いたしました。では、失礼致します」

 宰相補佐官のカルペール伯が、凍りついた表情で、衝立から飛び出してきて、私に気づくことなく退室していった。

「まあ! 姫様にご挨拶もしないなんて失礼な!」

 エルシアはプリプリ怒っているけど、仕方ないかもしれない。
 宰相補佐官のカルペール伯は、王宮の文官の中でヒョロヒョロと一番背が高い。まだ小さな私が、彼の視界に入らなかったって責められないかな。
 でも、王太子殿下派の中心貴族だから、今度出会ったら、こっそり足を踏んでやる。

「マリー、いらっしゃい」
「はい、母上」

 母上の声が、衝立の向こうから私を呼んだ。今度こそ、母上とご対面だ。衝立の脇をすり抜けると、ぶわっと、急に体か浮き上がった。ふわっと、ではなくて、ぶわっとだ。

「きゃっ!」
「私の小さなお姫様、ご機嫌はいかがですか?」
「父上! いらしたのですか? もう、びっくりしました。いきなり、抱き上げないで下さい!」

 私は、父上に抗議した。いくら父上の安定感抜群の子供抱っこでも、目線が急激に高くなるって意外と怖い。

「まあ、グレイル。マリーは私に会いに来たのよ。返してちょうだい」

 母上が、腕をひろげて待っている。父上は、私に頬擦りしたあと母上に引き渡した。父上、お髭伸びてきてて痛かったよ。

「母上、お忙しいのに、ごめんなさい」
「いいのよ。少し、休憩にしましょう」

 私は、ピトッと母上に引っ付いた。凄くいい匂いがして、ちょっとうっとりしてしまう。母上は、他の文官達に休憩を告げて、右側の奥の扉に向かった。後ろに、父上とエルシアが続いて歩く。

 一番右側の部屋は、母上の簡易の休憩室。少し豪華なビジネスホテルの部屋に、簡易キッチンが付いた感じの部屋だ。母上の腹心の部下以外は、絶対入室出来ない。母上謹製の魔術で特殊結界が張られているから、盗聴だって心配ご無用。
 私は、まだ幼いから魔法は使えない。成長しないと適正があるかも調べられないそうだ。
 早く、魔法少女になりたいな!

 母上は、とっても美人な王女殿下。名前を、アレクサンドリア=ユフィ=ファルザルクという。
 美しくうねうね波打つブロンズの髪と、蒼穹の瞳をした妖艶な美女。
 しかも、国内の最高学府を二年も飛び級スキップして主席で卒業した才女。『暁の姫』だなんて、二つ名まで持っている。
 まだ二十代前半ながら、国政の難しい判断も、外交もビシバシこなしていく素敵な働く女性だ。

 父上は、近衛騎士団の団長のグレイルード=ガテス=ファルザルク。
 母上は、王族が少ない現状なので降嫁しなかった。王家に残るために、子爵家の次男坊だった父上を婿にしたのだ。父上の立場は、王女配というらしい。
 父上は、母上より十歳年上だけど、完璧に尻に敷かれ……これ以上は割愛。父上は、鳶色のツンツンの短髪と、同じく鳶色の瞳をしていている。現役騎士だけに、高身長にがっしりした筋骨隆々の、イケメンマッチョだ。
 本来は、王女の夫君として、母上の補佐をするのが普通らしいけど、父上は優秀な近衛騎士なので副団長の仕事を続けている。父上は笑顔の爽やかな、体育会系の美男なのだけど、意外に頭脳戦が得意な策略家らしい。愛妻家で娘命の親バカだけど、母上を制御出来る数少ない希少人物だって …… 。
 もう、母上が最強過ぎて辛いかもしれない。

 私は、顔のつくりは母上に、髪と目の色は父上に似ている。まだ幼いから、可愛いらしさが勝っているけど、鏡に映る姿は、我が儘で生意気そうな女の子に見える。
 エルシアは、妖精みたいに可愛いって褒めてくれる 。お世辞でも照れちゃう。

 母上は、私をソファーに降ろして隣に座る。エルシアは、母上の侍女と一緒にお茶の準備中。父上は、対面のソファーに腰を降ろして大きなため息をついた。

「グレイル」
「ああ、分かっているが、君はよく平然としていられるね」
「まさか、腑煮はらわたにえくり返っていましてよ。ふふふっ!」

 母上は、艶やかに微笑みながら猛禽類の様に瞳をギラリと光らせた。

「こわっ! 母上、お取り込み中でしたか?」

「いいのよ。馬鹿兄が、馬鹿嫁の馬鹿な予算を馬鹿に持ってこさせて、馬鹿な交渉をしているだけですからね」
「サンドラ、マリーが怯えるから魔力を抑えなさい」
「ふーっ。マリー、ごめんなさいね」
「母上、お疲れ様です」

 さて、お茶を飲みながら、今後の話をしましょうね。



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