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第一章 初恋
第八話 竜騎士団の契約竜 ②
しおりを挟むメイラビア竜団長は、塔の正面玄関の反対側の扉を開いた。
そこは、広大な石畳のテラスだった。テラスの端は、手すりにしては巨大な柵で囲まれている。その向こうは、渓谷の対岸が遥か向こうに見える。
「姫殿下、柵の向こうは、崖です。近寄っては危険ですので、こちらでご覧ください」
「はい。わっぷ!」
崖下から強風が吹き荒れた。私の、背中まで伸ばした鳶色の髪が乱れ、ドレスが風に煽られた。私は、左右にふらついて、転びそうになった。
寮の内部を自由に見たくて、イトラスの子供抱っこから脱出したのがまずかった。ロベルトが、慌てて私を抱き上げてくれた。エルシアが、ささっと、髪を直してくれた。
「ありがとう。ロベルト、エルシア」
私の髪は、ふんわりウェーブしていて広がりやすい。今日はサイドだけ三編みにして後ろで束ねてドレスと同色の深緑のリボンで結んでいる。
メイラビア竜団長をはじめ竜騎士団の皆さんが、心配そうにこちらを見ていたので、私は、笑顔で問題ないと答えた。
「では、姫殿下、本日は、契約竜のみの訓練飛行をお見せいたします。では、第一隊 …… 用意!」
先ほど大騒ぎしていた契約竜の五名が、一列に並び敬礼した。残っている竜騎士団の人は、制服の胸章の色が白色なので、契約者なのだろう。
それにしても、契約竜の皆さんの髪の色は派手だよね。ファルザルク王国の一般的な茶色の髪の他に、橙色に水色や緑色の者までいた。
「編隊飛行訓練、始め!」
そして、メイラビア竜団長の合図で五人が走り出した。まっすぐ、崖に向かって行く。そして、全員が巨大な柵の間から、勢いよく飛び降りた! ええっ?!
「姫殿下、大丈夫です。ほら、ご覧ください」
崖下から、ふわりと翼を広げた巨体が現れた。竜だ …… 西洋風のドラゴンだ! 鱗に被われた身体は光を弾いて輝いている。次々と、テラスの柵を後ろ足で掴んで並んだ。
竜の大きさは、背中に人が余裕で乗れそうで、馬よりはずっと巨大で、前世知識の一般的な二階建ての家よりは小さいだろう。でも、翼を広げると、それ以上ありそうだ。竜の姿は、それぞれ個性的で、首や尾の長さや、翼の形状も様々だ。鱗の色も、茶色や橙色や水色に緑色まで …… ?!
「メイラビア竜団長殿、竜の姿の鱗の色は、人の姿の髪の色と同じなのですか?」
「そうです。姫殿下、よくお気づきになられましたね。竜族は、二つの姿を持つ一族ですが、どちらも自分自身です。ですから、どちらか片方の身体が傷付けば、もう片方も傷付きます」
「 …… 不思議ですね」
「よし、飛翔!」
テラスに並んだ竜達が、一斉に羽ばたいた。ロベルトは飛ばされまいと、私を抱えなおして構えたけれど、崖からの風以外に強い風は起きていない。竜達は、何の衝撃もなく、大空に滑らかに飛び立っていた。今は、上空で一列になって螺旋を描くように上昇している。
「竜騎士団の詰所が、崖っぷちにわざわざ建てられているのは、昔の王国が、深い谷底から吹き上がる風が竜体の飛行を助けてくれると思ったからだそうです。しかし、竜が空を飛べるのは、翼の風魔法の力です。つまり、竜は鳥のように翼で風を起こし飛ぶのではなく、魔力で飛ぶのです」
くるくると、竜が列をなして上空を飛んでいる。中には、宙返りをしたり、かなりの低空飛行も見せてくれて、迫力満点だ。
「メイラビア竜団長殿、素晴らしいです! きのうは、第二王子殿下も編隊飛行を見学したのですか?」
アレクシリスは、竜が飛ぶ姿を見たいと言っていた。きっと、私と同じように大興奮だったのだろうと想像した。メイラビア竜団長は、またしても八の字に眉をひそめた。
「昨日は、契約者の竜騎士団長達が殿下をご案内しました。契約竜は、誰も殿下にお会いしてないです」
「は?!」
何ですって? こんな素晴らしい編隊飛行をアレクシリスは見ていない?! ここは、突っ込むべき事案なのか判断がつかないよ。エルシアを見ると、竜の飛行を夢中で見上げていて、メイラビアの話を聞いていなかった。
「我々、契約竜は姫殿下にお会い出来て光栄です」
「私も、契約竜の皆さんにお会い出来て良かったです」
最初から最後まで、契約竜の皆さんの視線がチラチラ私に向くのだけど、何故か目が合わない。皆さんに『可愛い!』って、言ってもらえたのは嬉しかったけど、『顔が』ではないってこと?
さりげなく、目線をたどって総合的に判断すると、背中 …… かな? 鏡や窓ガラスに映る自分の背中を見てみても、髪かドレスのリボンくらいしかないよね。エルシアが、常に私のチェックをしてくれているから、身だしなみの心配はいらないはずだ。
竜族の『可愛い!』基準が謎なので、今度リンジャー先生に聞いてみよう。
契約竜は、竜騎士団専用通路から先の王城と王宮には立ち入り禁止なので、通路側ぎりぎりまで見送りに来てくれた。メイラビア竜団長や契約竜の皆さんは、特にぶんぶん手を振って見送ってくれた。
竜騎士団見学は、とても楽しかった。あんまり楽しくて、私は翌日に熱を出した。
近衛騎士団の専属医であり、私の主治医でもあるベイルクス先生は、診察を終えて優しく笑みを浮かべた。
「竜騎士団見学は、楽しかったのですね。少し疲れが出ただけでしょう。一日寝ていれば、すぐ治ります」
「はい。先生、とても楽しかったです」
もしかしたら、アレクシリスも、はしゃぎ疲れて熱をだして寝込んだのかな?
私は、まだ暢気にそんなことを考えていた。
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