10 / 42
それは恋文ではなく報告書です
翌日の昼過ぎ。私はまたレイさんと、店のカウンターを挟んで向かい合って座っていた。
カウンターの上には、昨日と同じ、なんの変哲もないグレーの封筒。表には、これまた変わらず、角ばった文字で「ミアさんへ」と書かれている。
「昨日ミアさんに言われたことを守って、書き直してみたんです!」
レイさんは、背筋をぴんと伸ばし、両手をきちんと膝に揃えて、きらきらと期待に満ちた目でこちらを見つめている。そのまっすぐすぎる視線に、私は思わず小さく苦笑して、封筒をトントンと指で叩いた。
「……まずひとつ言わせてもらうと、レイさん」
「は、はいっ」
「封筒、地味すぎです。恋文なのに、まったくときめきがないわ」
レイさんは封筒を見てハッとし、慌てて懐からペンとメモを取り出した。
「そ、そうなんですね!? でも、落ち着いた色のほうが、丁寧な感じがするかなって……」
「それは仕事の場合です。恋文なら、もっと気持ちが伝わるものを選ばなきゃ」
私は軽くため息をつきながら、封筒を手に取ると、封を切り、中の便箋を開いた。
(……えっ、これ……?)
そこに並んでいたのは、想像の斜め上を行く「文章」だった。私は思わず絶句し、顔をバッと上げてレイさんを見た。
「昨日ミアさんに、ポエムはダメ出しされたから、やめたんです!」
レイさんは「どうだ!」と言わんばかりに、得意げに顎を上げている。
(……か、箇条書き……?)
そこには、丁寧な字で「ミアさんの好きなところ」が一行ずつ綴られていた。
ミアさんへ
・ミアさんの、人柄がにじむような美しい字が好きです。
・ミアさんの、言葉の選び方が、いつも素敵で好きです。
・ミアさんの、凛として丁寧な話し方が好きです。
・ミアさんの、透き通るような声が好きです。
・ミアさんの、ミルクティーみたいな髪の色が好きです。
・ミアさんの、僕の下手くそな手紙にも、真剣に向き合ってくれるところが好きです。
ミアさん、好きです。
レイより
(……言った。確かに昨日、『どんなミアさんが好きなのか、ちゃんと言葉にして』って言ったわ……)
思わず、口元に手を当てて笑いそうになるのをこらえる。私は便箋をそっと伏せて、ひとつ深呼吸してから、レイさんの方に向き直った。
「……レイさん」
「は、はいっ」
背筋をさらにぴんと伸ばすレイさんに、思わず口元がほころぶ。
「まず、努力は……とても伝わりました」
「本当ですか!? やった……!」
嬉しそうに目を輝かせるその顔を見てしまうと、厳しいことは言いにくくなってしまう。でも、言わなくちゃいけない。
「……ただ、これでは『報告書』です」
「……ほ、報告書……?」
ぴたりと笑顔が止まり、レイさんが瞬きを繰り返す。
「好きなところをちゃんと伝えよう、っていう姿勢は素晴らしいわ。でも、『ミアさんの~が好きです』って文を箇条書きで並べるのは、気持ちを伝えるには少し味気ないというか……機械的すぎるの」
「うっ……そ、そうかもしれません……」
しょんぼりと肩を落とす姿が、ますます子犬のようで困ってしまう。私は少しだけ言葉を和らげながら、続けた。
「ひとつひとつの『好き』には、ちゃんと気持ちがこもってると思うの。だからこそ、それを『どうしてそう思ったのか』とか、『いつ、そう感じたのか』みたいに、エピソードをあなたの言葉でつなげていくといいわ」
レイさんは、じっと私の顔を見つめたあと、慌ててペンを取ると、猛烈な勢いでメモを書きはじめた。
「そっか……『感想』じゃなくて、『気持ち』を書くんですね……!」
私はくすっと笑って、うなずいた。
「わかりました、ミアさん。じゃあ、また書き直してきます!」
(……この人、すごいな。落ち込むどころか、もう次に向けて全力で前向きだなんて)
私が呆れるより先に、レイさんがぱっと顔を上げて言った。
「でも……さっきミアさん、言いましたよね?」
「え?」
「ひとつひとつの『好き』には、ちゃんと気持ちがこもってると思うって」
ぐっと身を乗り出して、まっすぐ私を見る。
「じゃあ、僕の気持ち……伝わったってことですよね!?」
「っ……!」
しまった。そこだけピンポイントで拾わないでほしい。
「い、いえ、それはあくまでも……その……手紙として、表現の意図が……」
「でも、伝わったんですよね!? やった……!」
嬉しそうに笑う顔が、あまりに無邪気すぎて、なぜかこっちが負けた気になる。
「レイさん」
「はいっ」
「私はあくまで、第三者の立場から、『添削アドバイザー』としての意見を述べているだけですから」
「はいっ!」
満面の笑みで元気よく返事をするレイさん。
(通じてない。絶対に通じてない……)
私はそっと、再びため息をついた。
カウンターの上には、昨日と同じ、なんの変哲もないグレーの封筒。表には、これまた変わらず、角ばった文字で「ミアさんへ」と書かれている。
「昨日ミアさんに言われたことを守って、書き直してみたんです!」
レイさんは、背筋をぴんと伸ばし、両手をきちんと膝に揃えて、きらきらと期待に満ちた目でこちらを見つめている。そのまっすぐすぎる視線に、私は思わず小さく苦笑して、封筒をトントンと指で叩いた。
「……まずひとつ言わせてもらうと、レイさん」
「は、はいっ」
「封筒、地味すぎです。恋文なのに、まったくときめきがないわ」
レイさんは封筒を見てハッとし、慌てて懐からペンとメモを取り出した。
「そ、そうなんですね!? でも、落ち着いた色のほうが、丁寧な感じがするかなって……」
「それは仕事の場合です。恋文なら、もっと気持ちが伝わるものを選ばなきゃ」
私は軽くため息をつきながら、封筒を手に取ると、封を切り、中の便箋を開いた。
(……えっ、これ……?)
そこに並んでいたのは、想像の斜め上を行く「文章」だった。私は思わず絶句し、顔をバッと上げてレイさんを見た。
「昨日ミアさんに、ポエムはダメ出しされたから、やめたんです!」
レイさんは「どうだ!」と言わんばかりに、得意げに顎を上げている。
(……か、箇条書き……?)
そこには、丁寧な字で「ミアさんの好きなところ」が一行ずつ綴られていた。
ミアさんへ
・ミアさんの、人柄がにじむような美しい字が好きです。
・ミアさんの、言葉の選び方が、いつも素敵で好きです。
・ミアさんの、凛として丁寧な話し方が好きです。
・ミアさんの、透き通るような声が好きです。
・ミアさんの、ミルクティーみたいな髪の色が好きです。
・ミアさんの、僕の下手くそな手紙にも、真剣に向き合ってくれるところが好きです。
ミアさん、好きです。
レイより
(……言った。確かに昨日、『どんなミアさんが好きなのか、ちゃんと言葉にして』って言ったわ……)
思わず、口元に手を当てて笑いそうになるのをこらえる。私は便箋をそっと伏せて、ひとつ深呼吸してから、レイさんの方に向き直った。
「……レイさん」
「は、はいっ」
背筋をさらにぴんと伸ばすレイさんに、思わず口元がほころぶ。
「まず、努力は……とても伝わりました」
「本当ですか!? やった……!」
嬉しそうに目を輝かせるその顔を見てしまうと、厳しいことは言いにくくなってしまう。でも、言わなくちゃいけない。
「……ただ、これでは『報告書』です」
「……ほ、報告書……?」
ぴたりと笑顔が止まり、レイさんが瞬きを繰り返す。
「好きなところをちゃんと伝えよう、っていう姿勢は素晴らしいわ。でも、『ミアさんの~が好きです』って文を箇条書きで並べるのは、気持ちを伝えるには少し味気ないというか……機械的すぎるの」
「うっ……そ、そうかもしれません……」
しょんぼりと肩を落とす姿が、ますます子犬のようで困ってしまう。私は少しだけ言葉を和らげながら、続けた。
「ひとつひとつの『好き』には、ちゃんと気持ちがこもってると思うの。だからこそ、それを『どうしてそう思ったのか』とか、『いつ、そう感じたのか』みたいに、エピソードをあなたの言葉でつなげていくといいわ」
レイさんは、じっと私の顔を見つめたあと、慌ててペンを取ると、猛烈な勢いでメモを書きはじめた。
「そっか……『感想』じゃなくて、『気持ち』を書くんですね……!」
私はくすっと笑って、うなずいた。
「わかりました、ミアさん。じゃあ、また書き直してきます!」
(……この人、すごいな。落ち込むどころか、もう次に向けて全力で前向きだなんて)
私が呆れるより先に、レイさんがぱっと顔を上げて言った。
「でも……さっきミアさん、言いましたよね?」
「え?」
「ひとつひとつの『好き』には、ちゃんと気持ちがこもってると思うって」
ぐっと身を乗り出して、まっすぐ私を見る。
「じゃあ、僕の気持ち……伝わったってことですよね!?」
「っ……!」
しまった。そこだけピンポイントで拾わないでほしい。
「い、いえ、それはあくまでも……その……手紙として、表現の意図が……」
「でも、伝わったんですよね!? やった……!」
嬉しそうに笑う顔が、あまりに無邪気すぎて、なぜかこっちが負けた気になる。
「レイさん」
「はいっ」
「私はあくまで、第三者の立場から、『添削アドバイザー』としての意見を述べているだけですから」
「はいっ!」
満面の笑みで元気よく返事をするレイさん。
(通じてない。絶対に通じてない……)
私はそっと、再びため息をついた。
あなたにおすすめの小説
【完結】殺されたくないので好みじゃないイケメン冷徹騎士と結婚します
大森 樹
恋愛
女子高生の大石杏奈は、上田健斗にストーカーのように付き纏われている。
「私あなたみたいな男性好みじゃないの」
「僕から逃げられると思っているの?」
そのまま階段から健斗に突き落とされて命を落としてしまう。
すると女神が現れて『このままでは何度人生をやり直しても、その世界のケントに殺される』と聞いた私は最強の騎士であり魔法使いでもある男に命を守ってもらうため異世界転生をした。
これで生き残れる…!なんて喜んでいたら最強の騎士は女嫌いの冷徹騎士ジルヴェスターだった!イケメンだが好みじゃないし、意地悪で口が悪い彼とは仲良くなれそうにない!
「アンナ、やはり君は私の妻に一番向いている女だ」
嫌いだと言っているのに、彼は『自分を好きにならない女』を妻にしたいと契約結婚を持ちかけて来た。
私は命を守るため。
彼は偽物の妻を得るため。
お互いの利益のための婚約生活。喧嘩ばかりしていた二人だが…少しずつ距離が近付いていく。そこに健斗ことケントが現れアンナに興味を持ってしまう。
「この命に代えても絶対にアンナを守ると誓おう」
アンナは無事生き残り、幸せになれるのか。
転生した恋を知らない女子高生×女嫌いのイケメン冷徹騎士のラブストーリー!?
ハッピーエンド保証します。
治療係ですが、公爵令息様がものすごく懐いて困る~私、男装しているだけで、女性です!~
百門一新
恋愛
男装姿で旅をしていたエリザは、長期滞在してしまった異国の王都で【赤い魔法使い(男)】と呼ばれることに。職業は完全に誤解なのだが、そのせいで女性恐怖症の公爵令息の治療係に……!?「待って。私、女なんですけども」しかも公爵令息の騎士様、なぜかものすごい懐いてきて…!?
男装の魔法使い(職業誤解)×女性が大の苦手のはずなのに、ロックオンして攻めに転じたらぐいぐいいく騎士様!?
※小説家になろう様、ベリーズカフェ様、カクヨム様にも掲載しています。
魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――
ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。
魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。
ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。
誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。
婚活をがんばる枯葉令嬢は薔薇狼の執着にきづかない~なんで溺愛されてるの!?~
白井
恋愛
「我が伯爵家に貴様は相応しくない! 婚約は解消させてもらう」
枯葉のような地味な容姿が原因で家族から疎まれ、婚約者を姉に奪われたステラ。
土下座を強要され自分が悪いと納得しようとしたその時、謎の美形が跪いて手に口づけをする。
「美しき我が光……。やっと、お会いできましたね」
あなた誰!?
やたら綺麗な怪しい男から逃げようとするが、彼の執着は枯葉令嬢ステラの想像以上だった!
虐げられていた令嬢が男の正体を知り、幸せになる話。
「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】
清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。
そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。
「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」
こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。
けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。
「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」
夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。
「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」
彼女には、まったく通用しなかった。
「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」
「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」
「い、いや。そうではなく……」
呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。
──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ!
と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。
※他サイトにも掲載中。
【完結】孤高の皇帝は冷酷なはずなのに、王妃には甘過ぎです。
朝日みらい
恋愛
異国からやってきた第3王女のアリシアは、帝国の冷徹な皇帝カイゼルの元に王妃として迎えられた。しかし、冷酷な皇帝と呼ばれるカイゼルは周囲に心を許さず、心を閉ざしていた。しかし、アリシアのひたむきさと笑顔が、次第にカイゼルの心を溶かしていき――。
伯爵令嬢の前途多難な婚活──王太子殿下を突き飛ばしたら、なぜか仲良くなりました
森島菫
恋愛
シャーロット・フォード伯爵令嬢。
社交界に滅多に姿を見せず、性格も趣味も交遊関係も謎に包まれた人物──と言えばミステリアスな女性に聞こえるが、そんな彼女が社交界に出ない理由はただ一つ。
男性恐怖症である。
「そのままだと、何かと困るでしょう?」
「それはそうなんだけどおおおお」
伯爵家で今日も繰り返される、母と娘の掛け合い。いつもなら適当な理由をつけて参席を断るのだが、今回ばかりはそうもいかない。なぜなら「未婚の男女は全員出席必須」のパーティーがあるからだ。
両親は、愛娘シャーロットの結婚を非常に心配していた。そんな中で届いたこのパーティーの招待状。伯爵家の存続の危機を救ってもらうべく、彼らは気乗りしない娘を何とか説得してパーティーに向かわせた。
しかし当日、シャーロットはとんでもない事態を引き起こすことになる。
「王太子殿下を、突き飛ばしてしまったのよ」
「「はぁっ!?」」
男性恐怖症のシャーロットが限界になると発動する行動──相手を突き飛ばしてしまうこと──が、よりにもよってこの国の王太子に降りかかったのである。
不敬罪必死のこの事態に、誰もが覚悟を決めた。
ところが、事態は思わぬ方向へ転がっていき──。
これは、社交を避けてきた伯爵令嬢が腹を括り、結婚を目指して試行錯誤する話。
恋愛あり、改革あり、試練あり!内容盛りだくさんな伯爵令嬢の婚活を、お楽しみあれ。
【番外編の内容】
アンジェリアは、由緒正しいフォード伯爵家の次女として生まれた。
姉シャーロットと弟ウィルフレッドは貴族社会の一員として暮らしているが、アンジェリアは別の道を選びたかった。
「私、商人になりたい」
いつからか抱いたその夢を口にしてから、彼女の人生は大きく変化することとなる。
シャーロットが王太子ギルバートと関わりを深める裏で繰り広げられていた、次女アンジェリアの旅路。
衣食住に困ることのなかった令嬢生活を捨て、成功する保証の無い商人として暮らすことを決めた彼女を待ち受けている景色とは?
※完結した本編との絡みもありつつ物語が進んでいきます!こちらもぜひ、お楽しみいただければ嬉しいです。
前世で孵した竜の卵~幼竜が竜王になって迎えに来ました~
高遠すばる
恋愛
エリナには前世の記憶がある。
先代竜王の「仮の伴侶」であり、人間貴族であった「エリスティナ」の記憶。
先代竜王に真の番が現れてからは虐げられる日々、その末に追放され、非業の死を遂げたエリスティナ。
普通の平民に生まれ変わったエリスティナ、改めエリナは強く心に決めている。
「もう二度と、竜種とかかわらないで生きていこう!」
たったひとつ、心残りは前世で捨てられていた卵から孵ったはちみつ色の髪をした竜種の雛のこと。クリスと名付け、かわいがっていたその少年のことだけが忘れられない。
そんなある日、エリナのもとへ、今代竜王の遣いがやってくる。
はちみつ色の髪をした竜王曰く。
「あなたが、僕の運命の番だからです。エリナ。愛しいひと」
番なんてもうこりごり、そんなエリナとエリナを一身に愛する竜王のラブロマンス・ファンタジー!