【完結】身分を隠して恋文相談屋をしていたら、子犬系騎士様が毎日通ってくるんですが?

エス

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近衛騎士団? ありえませんね

 添削を終えたあと、帰るかと思いきや、レイさんはなぜかカウンター前にとどまり、そわそわと落ち着かない様子で、きょろきょろと棚を見回していた。

「……何か、お探しですか?」

 声をかけると、ぱっとこちらを振り向いて、笑顔で言う。

「はい、今日は、ペンを買いたいんです。ちゃんとした手紙を書けるように、道具から揃えようと思って。あと、さっきアドバイス貰ったから、便箋と封筒も買いたいです!」

「まあ、それは素晴らしい心がけですね」

 思わず社交辞令みたいな返しになってしまったけれど、実際その姿勢には、少し感心してしまった。……それに、たしかに彼の手紙はまだまだ練習が必要だったから。

「ミアさん、良ければおすすめを教えてください!」

 元気よく言いながら、近くのペン棚の前まで小走りに進んでいく。

(……本当に、どこまでも全力な人ね)

 私は小さくため息をついてから、あとを追った。
 ペン棚の前に並ぶと、レイさんは目を輝かせながら、ずらりと並ぶ万年筆やインクペンを見渡した。

「うわあ……すごい、どれも綺麗ですね……!」

 目移りしている様子に、私はふっと微笑んで、仕事モードに切り替える。

「まずは、ペンの持ちやすさを基準に考えましょう。たとえばこちらは軽めで手に馴染みやすいので、初心者の方にもおすすめです」

 私は一本を手に取り、キャップを外して、そっとペン先を見せた。

「インクの出も滑らかです。文字を書くのが楽しくなるはずですよ」

「ほんとだ……持ちやすいし、なんか書けそうな気がします!」

 レイさんは目を輝かせながら、試し書き用の紙にくるくると何かを書き始めた。

「それから、ペンによっても線の太さや書き味が少しずつ違うんです。恋文なら、あまり細すぎないほうが、気持ちが伝わりやすいと思います」

「なるほど……! 勉強になります!」

 レイさんが真剣に頷く様子に、私は自然と頬を緩めた。

「……じゃあ、これにします! このペンで、もっと気持ちが伝わるように頑張ります!」

 まっすぐな瞳でそう宣言するレイさんに、私は「ええ」とだけ静かに返した。

 次は便箋棚の前で、レイさんは真剣な顔でずらりと並んだ紙を見比べていた。その横に立ちながら、私は少しだけ真面目な口調になる。

「恋文用の便箋を選ぶなら、基本は『相手の印象に合ったもの』を選ぶのがよいですね。華やかなものが似合う方、落ち着いた色が映える方、あとは趣味や好みに合う柄があるなら、なおさら」

「ふむふむ……なるほど。相手のことを考えて、ってことですね」

 レイさんは小さく頷きながら、メモを取る素振りまで見せていた。

「たとえば、この藤の花の便箋は、しっとりとした落ち着いた雰囲気の方に。逆にこのマーガレットのものは、明るくて元気な印象の方に合うかもしれません」

「へえぇ……じゃあ——」

 そのとき、彼の声が、ふと柔らかくなった。

「僕の好きな人はミアさんなんですけど」
 え?

「ミアさんなら、どれが好きですか?」

 そう言って、ほんの少し首をかしげた。なんのてらいもない無垢な笑顔で。

(……ちょ、ちょっと待って)

 さっきまで店員としてのアドバイスのつもりで話していたのに、気がつけば、自分自身をどの便箋にするかの診断を求められていた。

「え、えっと……」

 目が泳いだ。

(この人、本当に、悪気なくやってるのよね……?)

 顔が熱くなるのをなんとか誤魔化そうと、私はそっと視線をそらしながら、一番手前にあった薄藤色の便箋を手に取った。

「……たとえば、これ、とか。私の……好みの話で言えば、ね」

 自分でも声がかすれた気がした。
 レイさんは、満面の笑みで便箋を受け取った。

「じゃあこれにします! ありがとうございます、ミアさん!」

 そう言って、大事そうに包みを胸に抱きながら、足取り軽くカウンターの横に戻ると、そっと財布を取り出した。 

「これで、次はちゃんと『気持ちのこもった恋文』が書ける気がします!」

 まるで、すごい武器でも手に入れたかのように、やる気に満ち溢れている。

「そ、そうですか。それはよかったです」

 私は気取らない笑顔を返しながらも、顔の熱がまだ引かず、カウンターの下でそっと頬を押さえた。
 封筒や便箋、そして新しいペンを紙袋に入れて渡すと、レイさんはピシッと姿勢を正してお辞儀をした。

「では、また来ます!」

「ええ、お待ちしています」

 いつも通りの丁寧な口調で返したけれど、きっと声が少し上ずっていたと思う。

 ドアの鈴が鳴り、扉の向こうへ、レイさんの背中が軽やかに消えていった。  
 ……と思ったら、数秒後。
 扉がもう一度開いて、顔だけひょこっと覗かせる。

「そうだ、忘れてました! 僕、明日から仕事で一週間くらい来れないので……また来週、来ますね!」

 にこっと笑って、またぱたんと扉を閉めて去っていく。

(……いちいち報告に来るのね)

 私は苦笑しながら、そっとカウンターにもたれた。

(……はぁ、なんだか、すごく疲れたわ) 
 

     * * *
     

「どうぞ、ミリアンヌ様。お疲れのようでしたので、今日はリラックスできるハーブティーにしてみました」

 そう言ってサラが差し出してくれたカップからは、ふわりとミントとカモミールの香りが立ちのぼる。そのやさしい香りに包まれていると、じんわりと、身体の奥から疲れがほどけていくようだった。

「ありがとう。いい香りね。サラも座って、一緒に飲みましょう」

「ありがとうございます。では、失礼して——」

 サラは穏やかな笑みを浮かべて、ミリアンヌの向かいにそっと腰を下ろした。

「それで? どうせまた来たのでしょう? その男は」

 眉ひとつ動かさず、カップを口に運びながら言うサラに、私は肩をすくめてみせる。

「……もう驚かないのね?」

「ええ。昨日までのお話を伺って、だいたい想像がつきます」

 カップをそっと置き、サラは少しだけ呆れたように眉を上げる。

「で? 今日はどんな『傑作』をお持ちでした?」

「ふふ、それがね……今回はちゃんと努力してきたわ。ポエムはやめて、ちゃんと前回の私のアドバイス通り『ミアさんの好きなところ』をまとめてたの……箇条書きで」

 私は思わず、あの手紙を思い出して肩をすくめる。 

「……はぁ?」

 サラの目が一瞬だけ虚空を見た。

「……あの、明日は私も、お店のお手伝いに行ってもよろしいですか?」

「え?」

「……その恋文男の顔を、一度この目で拝んでおかねばと思いまして」

「ふふ、お手伝いは大歓迎よ。でも、あいにく——」

 私がティーカップを置きながら言うと、サラの肩がぴくりと動いた。

「明日から一週間、仕事で来られないって本人が言ってたの。次に来るのは、来週みたい」

「……あ、そうでしたか」

 サラは少し残念そうにしながらも、「それならそれで、作戦を練る猶予ができましたね」と小さくつぶやいた。

 その言い回しについ笑いそうになったところで、ふいに彼女が思い出したように言葉をつないだ。

「そういえば、明日から一週間、ジュリアン様も遠征で不在だそうですよ」

「え? そうなの?」

「ええ。今回の遠征は、王都から離れた貴族領での治安視察と、現地の軍事訓練施設での実技講習だそうです。近衛騎士団の中から、選抜された数名だけが派遣されるとか。……さすがジュリアン様ですね」 

 感心したように語るサラの声を聞きながら、私はそっと視線を落とした。

 遠征……一週間……不在。

(……ちょっと待って、それってレイさんのスケジュールと……)

 私はぱっと顔をあげた。

「ねえ、サラ。もしかしてレイさんって、近衛騎——」

「ありえません」

 私の言葉が言い終わるよりも早く、サラがきっぱりと言い放った。

「え、まだ何も——」

「いいですか。その男が近衛騎士団だなんて、そんなわけありません」

 ぴしゃりと断言する口調に、思わず言葉を呑む。サラは静かに息をつき、冷静そのものの表情で続けた。 

「近衛騎士団は、王宮直属の精鋭部隊です。選び抜かれた貴族の中でも、ごく一握りの人材しか入れません。そんな人が、毎日恋文を持って街中の文具店に通うとお思いですか?」

 たしかに。そう言われてみれば、現実味があるとは言いがたい。

「そ、そうよね……」

 私はカップのふちに目を落としながら、小さくうなずいた。だが、そんな私の納得をよそに、サラは淡々と続ける。

「仮に、もし万が一、その恋文男が、近衛騎士団所属だったなんて話なら、私はむしろ喜んでミリアンヌ様を差し出します!」

「ちょっと! なにその物騒な言い方!」

 思わず抗議すると、サラはため息まじりに小さく首を振る。 

「私は心配なんです。本来なら舞踏会で引く手数多な美しさをお持ちなのに、社交界にも出ず、三つ編みにそばかすメイクで身をやつし、毎日文具店で恋文添削……」

 そこで言葉を切ると、じとっとした視線をこちらに向けてくる。 

「良い貰い手があるうちに貰って頂かねば、手遅れになります」 

「ちょっと待って。今、地味にひどいこと言わなかった?」

 私はティーカップを持つ手を止めて、額に手をやる。

(……ああ、出た。これ、面倒な話のやつだわ)

「とはいえ」

 サラはふっと目を細めて、口元だけ笑った。

「恋文男が近衛騎士団などというのは、まずありえませんし。一介の騎士にすぎないのなら——ミリアンヌ様をそんな方に嫁がせるなど、絶対にないですね」

(いやもう、どうしろっていうのよ……)
 私はそう心の中でぼやきながら、ティーカップをそっと口に運んだ。


 
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