隻眼の少女は薔薇騎士に愛でられる

第八十七話 ゾフィーは私の友人です

「確か、こっちの方に…、」

リエルはキョロキョロと辺りを見回した。

「…君の家は一体、娘に何を教育していたんだ？」

アルバートの声にリエルは思わず駆け出した。

「君達、姉妹は揃いも揃って欲深い人間だな。金の次は地位と権力か？俺が駄目だったから今度はあいつに取り入ろうとしたんだろ。五大貴族という名は余程、魅力的らしい。」

「誤解です。…私は取り入ろうとしたつもりは…、」

「誤解？じゃあ、君の妹がしたことはどう説明するんだ？」

「ッ…、妹の件は謝罪いたします。彼女にもよく言って聞かせますから。どうか…、」

「口先だけの謝罪なら聞き飽きた。」

「…勿論、妹にも謝罪させます。慰謝料も支払います。ですから…、」

「ああ。さすがは金の亡者。金さえ払えば何でも解決すると思っているんだな。」

「…何をお望みでしょう？」

「へえ。妹と違って、姉の君は馬鹿じゃないんだな。察しが良くて助かる。
これ以上、俺を怒らせたくないなら、あいつには二度と近付くな。」

「それは…、」

「頭のいい君はリエルと話を合わせるのは簡単なんだろう。
その話術と賢さを武器にしてあいつに近付いた。違うか？」

「私は…、私はそんな下心でリエルに近付いたんじゃない！」

「リエルだと…？気安く名前を呼ぶな！お前みたいな強欲で浅ましい女…！」

リエルがつかつかとアルバートに近付いた。
アルバートはリエルの姿にギョッと驚いた表情を浮かべた。
リエルはそのまま彼の前にまで行くと、ゾフィーを庇うように立ち塞がった。

「り、リエル…。」

「アルバート様…。幾らあなたの方が身分が上とはいえ、このような暴言は見過ごせません。それに、ゾフィーは私の友人です。私の友人を侮辱するなんて、例えあなたでも許しませんよ。アルバート様。」

そう言って、リエルは静かにアルバートを強く見据えた。

「っ…、お前は騙されているんだ！この女はお前をダシにして、フォルネーゼ家に取り入ろうとしているんだぞ！」

「騙されてなどいません！ゾフィーは誰かを騙すような人じゃない！」

「お前はロンディ家の人間を知らないんだ！」

「私が何も知らないと思っているのですか？
私は確かにあまり、社交界の付き合いはしませんが貴族の噂話位、存じています。
ロンディ家の噂も知っている。でも、それが何だと言うのです？噂など真実に欠けているもの。中には事実なものもあるけれどそれらすべてを鵜呑みにするのは愚かな行為です。
大切なのは、噂を見極め、自分の目で見て耳で聞いて、自分で考えて答えを出すことだわ。」

「お前はその女と会ったばかりだから知らないんだ。
ロンディ家の連中は屑ばかりだ！当主もその夫人も金と権力に目が眩んであからさまに媚を売るし、その女の妹は令嬢とは名ばかりの阿婆擦れだぞ！既成事実を作る為に俺に薬を盛ろうとまでしたんだからな！」

「えっ…、」

初めて知る事実にリエルは目を見開いた。

「違うの！リエル。確かに妹と両親がよからぬことを企んでいたのは事実よ。でも、私はそれを止めて…、」

「それも演技だろう。共謀していた癖に自分は知らぬ存ぜぬを通す気か？」

「っ…、」

ゾフィーは唇を噛み締め、俯いた。

―あ…、この表情…、知っている。

あの舞踏会の件もそうだったがリエルは母と姉には昔から手を焼いていた。
二人が仕出かしたトラブルを収めるためにリエルとルイはいつもその後処理をしたものだ。
そして、それが中々に大変なもので損な役回りもたくさんしてきた。
それでも、それを解決するために奮闘したのは自分の家族が引き起こした問題だったからだ。
身内が仕出かした問題だから、自分達が何とかするしかない。由緒正しいこの家を守る為に。
リエルはその時の事を思い出した。

自分の知らない所で身内がトラブルを起こし、その後処理に追われるその理不尽な思いとそれでもそこから逃げられない苦しさ。リエルはゾフィーが今、そんな気持ちでいるのではないかと感じた。
だって、今のゾフィーの表情はその時の私と同じ顔をしているから。

「私はゾフィーを信じるわ。ゾフィーがやっていないと言うのなら私はそれを信じる。」

「なっ…、正気か？何でそこまでそいつを庇うんだ！」

「決まっています。私がゾフィーの友達だからです。そして…、私が彼女を信じたいから。」

ゾフィーは俯いていた顔をバッと上げた。リエルの言葉にアルバートは目を瞠り、苛ただし気に唇を噛み締めた。

「…何で…、お前はいつも人一倍警戒心が強くて…、初対面の令嬢なんかに心を許す奴なんかじゃなかったのに…、」

「アルバート様？」

様子がおかしいことにリエルは首を傾げた。

「そいつだって…、今までの女達みたいにお前を利用する為に近付いたに決まっている！」

「えっ…、今までって…。」

リエルは彼の言葉に一つの疑問を抱いた。アルバートはハッとしたように口を閉じ、

「っ…、悪い。今言ったことは忘れてくれ。」

そう言って、彼は背を向け、その場から立ち去った。

「アルバート！待って！」

リエルは彼を追おうと手を伸ばすがゾフィーがいることに気づいてその場に留まった。

「私は大丈夫。リエル。行ってあげて。」

ゾフィーは心配いらないとでも言いたげに力強く頷いた。

「…ありがとう。」

リエルはゾフィーに微笑んで、アルバートの後を追った。