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第八十八話 お前にだけは知られたくなかった
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「アルバート。」
彼はすぐに見つかった。東屋の柱に背を預け、俯いている様子のアルバートにリエルは声をかけた。アルバートは顔を上げるがその表情は暗い。
「…悪いけど、今の俺に話しかけないでくれないか。リエル。」
リエルはアルバートの言葉に立ち止まった。
「お前にだけは…、知られたくなかった。ずっと隠しているつもりだったんだ。」
アルバートはぽつりと呟くように言った。
「アルバート…。もしかして、あなた…、今まで私に近付いてきた令嬢達を遠ざけたりしたの?」
アルバートはピクッと肩を強張らせた。やっぱり。
「変だと思ったの。彼女達は私に近付いたと思ったら、ある時、いきなり、私を避けるようになって…、あれはあなたがしたことなの?」
アルバートは瞳を揺らした。
「アルバート…。お願い。正直に話して。」
アルバートは再び、俯いた。ザアア、と一陣の風が吹いた。二人の間に沈黙が走った。やがて、アルバートは唇を噛んだと思ったら、その重い口を開いた。
「…あいつら、お前を陰で馬鹿にしていたんだ。」
リエルはキョトンとした。一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「あわよくばお前を使ってルイやセリーナに近付こうとか、五大貴族の娘と親しくしていれば甘い汁が吸えるし、おこぼれを貰えるかもしれない。地味で平凡なつまらない女でも使いようによっては役に立つ。そう言って、お前を嘲笑っていたんだ!」
最後は吐き捨てるように叫んだアルバートにリエルは瞠目した。
「なのに、お前の前ではさも親し気に擦り寄って友達面をして…、
あいつらはお前を友達何て端から見てなくて、五大貴族の娘としてしか見ていなかった。
お前に言い寄ろうとした男達だって…、姉が駄目なら、妹のお前に取り入ればいいって…、
どいつもこいつも権力と地位目当てにお前に近付いて、利用しようとしたんだ!」
婚約者だった頃、アルバートはリエルによく命令していた。
自分に恥をかかせるなと言って、夜会でも令嬢や令息と交友関係を広げるのを嫌っていた。
婚約者がいたリエルにあからさまに近づく男はいなかったがダンスを誘われたりして、踊った後はいつも見苦しいなど、下手くそだの、ステップがなってない、よくそれでダンスなど踊れるなと嫌味を言われた。
あの時は自分という存在はアルバートにとっては不快でしかなくて、何をやっても苛つかせるだけの存在なのだと思っていた。でも…、本当は違っていた?
「アルバート…。それで、彼らを私から引き離そうとしたの?」
「っ…、そうだ。お前があいつらを信用していないのは分かっていたし、社交の一環として、ああいった打算の付き合いと駆け引きをするものだとは分かっていた。けど、俺はどうしても…、我慢できなかったんだ。だから…、俺は…、」
「アルバート…。」
何故かしら。普通はここで怒るべきなのに、不思議と怒りを感じない。
過去、自分に近付いてきた令嬢達との繋がりを絶たれたことよりも、彼の気持ちの方が何倍も嬉しい。これは、貴族の娘としてはふさわしいとはいえないかもしれない。
それでも…、やっぱり、嬉しいものは嬉しいのだ。それは、彼の不器用で真っ直ぐな優しさが伝わってくるから。
リエルはスッとアルバートの手に触れた。
「アルバート。あなたの言う通り、私は彼女達の本心には気づいていたわ。
私に近付く令嬢達は皆が皆、五大貴族の娘という肩書きしか見ていない。でも、それでよかったの。彼女達が私を利用するように私も同じように利用しようって思っていたから。
私は彼女達を信じていなかったし、自分と身内だけを信じていた。だから、決して心は許していなかった。でも、表面上の友達何て空しいだけ。薄っぺらい紙切れのような関係だったわ。
だから、もういいの。」
「…俺を責めないのか?」
「そんなことしないわ。だって、あなたは私の為にしてくれたことでしょう?」
「っ…、ち、違うぞ!俺はただ…、あいつらにいいように利用されて、婚約者の俺まで巻き添えを食らうのは御免だったからだ!」
「フフッ…、」
アルバートは顔を真っ赤にして、慌てたように取り繕った。その様子にリエルは笑った。
「何が可笑しいんだよ。」
不貞腐れたように睨みつけるアルバート。昔のアルバートも照れくさい時にこんな表情を浮かべていた。
やっぱり、彼は昔から、変わっていない。それがどうしようもなく、嬉しかった。
「アルバート様。あなたが警戒する気持ちはよく分かるし、私もあなたも五大貴族として今までそれを利用しようとする人達が寄ってきて、嫌な経験も一杯してきたと思う。
でも…、私はゾフィーにとても親近感を抱いたの。彼女と私は似ている。そんな気がしたの。」
「お前とあのロンディ家の令嬢が?どこがだよ。」
「私の直感。でも、この直感って昔から、外れないの。」
「直感って…、お前な…、」
「私は噂に惑わされず、ゾフィーと会って話して交流を重ねてその上で彼女の人となりを判断していきたい。だから…、あなたも噂とか過去の令嬢達を比べずに彼女自身を見てあげて。家柄と評判だけで決めつけられる苦しさはあなたも知っている筈だわ。」
「っ…、好きにしろ。俺はロンディ家と関わる気はないからな。」
「勿論。それは、あなたの自由だわ。」
アルバートはゾフィーの妹に言い寄られていると言っていたし、それもあってゾフィーにきつく当たっていたのかもしれない。
その妹と何があったのかは知らないが関わりたくないという気持ちは理解できる。
彼はすぐに見つかった。東屋の柱に背を預け、俯いている様子のアルバートにリエルは声をかけた。アルバートは顔を上げるがその表情は暗い。
「…悪いけど、今の俺に話しかけないでくれないか。リエル。」
リエルはアルバートの言葉に立ち止まった。
「お前にだけは…、知られたくなかった。ずっと隠しているつもりだったんだ。」
アルバートはぽつりと呟くように言った。
「アルバート…。もしかして、あなた…、今まで私に近付いてきた令嬢達を遠ざけたりしたの?」
アルバートはピクッと肩を強張らせた。やっぱり。
「変だと思ったの。彼女達は私に近付いたと思ったら、ある時、いきなり、私を避けるようになって…、あれはあなたがしたことなの?」
アルバートは瞳を揺らした。
「アルバート…。お願い。正直に話して。」
アルバートは再び、俯いた。ザアア、と一陣の風が吹いた。二人の間に沈黙が走った。やがて、アルバートは唇を噛んだと思ったら、その重い口を開いた。
「…あいつら、お前を陰で馬鹿にしていたんだ。」
リエルはキョトンとした。一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「あわよくばお前を使ってルイやセリーナに近付こうとか、五大貴族の娘と親しくしていれば甘い汁が吸えるし、おこぼれを貰えるかもしれない。地味で平凡なつまらない女でも使いようによっては役に立つ。そう言って、お前を嘲笑っていたんだ!」
最後は吐き捨てるように叫んだアルバートにリエルは瞠目した。
「なのに、お前の前ではさも親し気に擦り寄って友達面をして…、
あいつらはお前を友達何て端から見てなくて、五大貴族の娘としてしか見ていなかった。
お前に言い寄ろうとした男達だって…、姉が駄目なら、妹のお前に取り入ればいいって…、
どいつもこいつも権力と地位目当てにお前に近付いて、利用しようとしたんだ!」
婚約者だった頃、アルバートはリエルによく命令していた。
自分に恥をかかせるなと言って、夜会でも令嬢や令息と交友関係を広げるのを嫌っていた。
婚約者がいたリエルにあからさまに近づく男はいなかったがダンスを誘われたりして、踊った後はいつも見苦しいなど、下手くそだの、ステップがなってない、よくそれでダンスなど踊れるなと嫌味を言われた。
あの時は自分という存在はアルバートにとっては不快でしかなくて、何をやっても苛つかせるだけの存在なのだと思っていた。でも…、本当は違っていた?
「アルバート…。それで、彼らを私から引き離そうとしたの?」
「っ…、そうだ。お前があいつらを信用していないのは分かっていたし、社交の一環として、ああいった打算の付き合いと駆け引きをするものだとは分かっていた。けど、俺はどうしても…、我慢できなかったんだ。だから…、俺は…、」
「アルバート…。」
何故かしら。普通はここで怒るべきなのに、不思議と怒りを感じない。
過去、自分に近付いてきた令嬢達との繋がりを絶たれたことよりも、彼の気持ちの方が何倍も嬉しい。これは、貴族の娘としてはふさわしいとはいえないかもしれない。
それでも…、やっぱり、嬉しいものは嬉しいのだ。それは、彼の不器用で真っ直ぐな優しさが伝わってくるから。
リエルはスッとアルバートの手に触れた。
「アルバート。あなたの言う通り、私は彼女達の本心には気づいていたわ。
私に近付く令嬢達は皆が皆、五大貴族の娘という肩書きしか見ていない。でも、それでよかったの。彼女達が私を利用するように私も同じように利用しようって思っていたから。
私は彼女達を信じていなかったし、自分と身内だけを信じていた。だから、決して心は許していなかった。でも、表面上の友達何て空しいだけ。薄っぺらい紙切れのような関係だったわ。
だから、もういいの。」
「…俺を責めないのか?」
「そんなことしないわ。だって、あなたは私の為にしてくれたことでしょう?」
「っ…、ち、違うぞ!俺はただ…、あいつらにいいように利用されて、婚約者の俺まで巻き添えを食らうのは御免だったからだ!」
「フフッ…、」
アルバートは顔を真っ赤にして、慌てたように取り繕った。その様子にリエルは笑った。
「何が可笑しいんだよ。」
不貞腐れたように睨みつけるアルバート。昔のアルバートも照れくさい時にこんな表情を浮かべていた。
やっぱり、彼は昔から、変わっていない。それがどうしようもなく、嬉しかった。
「アルバート様。あなたが警戒する気持ちはよく分かるし、私もあなたも五大貴族として今までそれを利用しようとする人達が寄ってきて、嫌な経験も一杯してきたと思う。
でも…、私はゾフィーにとても親近感を抱いたの。彼女と私は似ている。そんな気がしたの。」
「お前とあのロンディ家の令嬢が?どこがだよ。」
「私の直感。でも、この直感って昔から、外れないの。」
「直感って…、お前な…、」
「私は噂に惑わされず、ゾフィーと会って話して交流を重ねてその上で彼女の人となりを判断していきたい。だから…、あなたも噂とか過去の令嬢達を比べずに彼女自身を見てあげて。家柄と評判だけで決めつけられる苦しさはあなたも知っている筈だわ。」
「っ…、好きにしろ。俺はロンディ家と関わる気はないからな。」
「勿論。それは、あなたの自由だわ。」
アルバートはゾフィーの妹に言い寄られていると言っていたし、それもあってゾフィーにきつく当たっていたのかもしれない。
その妹と何があったのかは知らないが関わりたくないという気持ちは理解できる。
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