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第百二十話 触るな。この雌豚が

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「似てないな。」

「え?」

「君って、姉妹とは思えない程にゾフィーと似てないんだね。」

「えへへ。よく言われます。お姉様も悪い人じゃないけど、私の事、純粋だとか優しいって…、」

「純粋?優しい?…嘘つきで性悪の間違いだろう。」

「え…?」

ソニアは固まった。

「勘違いをしている様だから、この際、はっきりと言うけど…、俺が似ていないというのは全く別の意味だよ。ゾフィーの妹なら、さぞかし、賢くて可愛い令嬢なんだろうと思っていたけど…、全然違うみたいだな。…残念だよ。」

仮面をしていても伝わる彼の嫌悪を隠そうともしない口調…。
今までそんな感情を向けられたことのなかった妹は呆然としている。
が、すぐに我に返ると、ブルブルと肩を震わせ、

「わ、わたしよりも…、お姉様の方が可愛いって言いたいのですか!?」

「見た目もそうだけど、中身もつまらない女だな。
比べるまでもないじゃないか。
実の姉を貶めて、自分をよく見せようとする。
姉の物を何食わぬ顔で平気で横取りする。
君の底意地の悪さがこのわずかの間でよく分かる。」

「違うわ!そんなつもりはなかったの!わたしは本当に…!」

「嘘つくなよ。ゾフィーは例え相手が嫌いな相手でも礼儀は欠かさない。
俺が贈ったからといって、それを捨てる様な真似は絶対にしない。
ましてや、彼女は令嬢とは思えない位に質素で倹約家な女性だ。
そんな彼女が躊躇なく物を捨てる訳がないだろう。」

ゾフィーはトクン、と胸が高鳴った。
今まで…、ゾフィーに味方してくれた異性は誰もいなかった。
皆、ソニアの肩を持ち、味方した。
初めてだった。
妹の可愛らしさを見てもゾフィーに味方してくれた男性は。
ゾフィーはゼリウスを見つめた。
私の事…、そんな風に評価してくれているんだ。


「っ…、侯爵様は騙されているんです!
姉様はいつも私に意地悪ばかりするの!
だから、家族からも嫌われるんだわ!」

ゾフィーはずきり、と胸が痛んだ。

「意地悪?へえ、そう。家族の為に身を粉にして働いている姉の事を意地悪だと。
そう君は言っているんだ?」

「そ、それは…、姉様は自分が贅沢をしたいためにしただけであって…!」

「呆れた。君、贅沢の言葉の意味を知っているのか?ゾフィーが贅沢なら、貴族の女性は全員、贅沢ってなるぞ。俺も質素で飾り気のない友人の異性がいるけど、ゾフィーは彼女よりも遥かに欲がないし、慎ましい。」

「そ、それなら、私だって…!」

「君が?冗談はよしてくれよ。
…君の方が余程、贅沢をしているんじゃないか。
この前、ある仕立て屋に行った時に小耳に挟んだけど、ロンディ家の夫人とその二番目の娘…、つまりは君が派手に買い物をしたらしいじゃないか。」

何でそれを知っているのだろう。
いや。よく考えれば、ゼリウスは五大貴族で色んな店に顔が利く。店員も常連客で太客でもある彼を重宝していることだろう。
その機嫌取りか雑談でかは知らないがふとしたきっかけでその事が会話に上ったかもしれない。

「し、知らないわ!そんな話…、覚えてないもの!
どうせ、姉様が私の名を騙って…!」

いや。ソニア。それはあなたでしょう。
ゾフィーは思わず心の中で突っ込んだ。

「…下らないな。本当、女っていつもそう。
ペラペラと平気で嘘を吐いて矛盾な点を突いても開き直って嘘で嘘を塗り固めていく。
…どうしようもない生き物だな。」

ぼそりと呟かれた言葉は聞いているこちらがぞっとする程、冷たい声音だった。
ゼリウスは話は終いだと言わんばかりに背を向けた。

「ま、待って下さい!侯爵様!姉様といても、つまらないでしょう?良かったら、私と…、ッ!?」

妹のソニアが慌ててゼリウスの服の裾を掴むが彼はその手をパシッと払いのけると、

「触るな。この雌豚が。」

「め…、」

パクパクと魚のように口を開いて二の句が告げられない妹にゼリウスは背を向け、そのままゾフィーの手を取ると、

「行こう。」

そう言って、ゾフィーをその場から連れ出した。
ゾフィーはその手を振り払わなかった。

「ど、どうしてよ!?
どうして、わたしよりも姉様なんかを…!
姉様なんて、ただ髪の色が派手なだけじゃないの!
そんな毒々しい色をした髪のどこが…!」

ゼリウスはそれに答えず、足早にその場を立ち去った。グッとゾフィーを握る手に力を込めて。
それは、何か押し殺しているかのようだった。

『姉様の髪って、血の色みたい。』

妹は無邪気に笑いながら、ゾフィーの髪色をそう言った。

『物語に出てくる悪い魔女みたいね。』

クスクスと笑う妹にゾフィーは何も言えなかった。
私だって…、こんな髪色なんか嫌だった。

『ゾフィー?ああ。あの派手な髪をしたご令嬢か。
あれだけ見た目が派手だから、さぞかし遊んでいるだろうと思って誘ったら、断るんだぜ?』

ゾフィーは髪だけじゃなく、容姿も目立つらしく、よく異性からは声を掛けられた。
だが、それは決していいものではなかった。
見た目が軽くて遊んでいそうだと誤解され、一夜限りの恋を楽しもうという下心で近づいてくる男が多かった。
ゾフィーが下級貴族なのも理由だろう。
身分が高い相手は無理でも爵位が低い令嬢なら簡単に物にできる。
そう考える輩は多かった。
中には既婚者や婚約者がいる身で愛人になるように誘う貴族もいた。
ゾフィーが断ると、見かけによらずお堅い女、つまらない女だと吐き捨てられた。

好きでこんな髪に生まれた訳でも派手な容姿に生まれた訳じゃない。
私だってできるならもっと清楚で可憐な容姿に生まれたかった。
せめて、髪色さえ地味であったら…。
どうして、私だけ赤い髪なのだろう。

「ゾフィー嬢?」

ゼリウスの声にゾフィーはハッとした。

「大丈夫?…もしかして、余計なお世話だったかな。」

「あ、い、いいえ!…庇って下さり、ありがとうございました。それから…、妹が申し訳ありませんでした!その…、贈り物の件も…、」

「ああ。いいよ。そんな事。それより、今日は嫌がらないんだね。」

「はい?」

「手を握ったままなのに、振り払わないんだなって。」

ゾフィーは漸くまだ手が握られたままなのに気がつき、慌てて手を離した。
そして、未だに素顔を晒したままだったのに気が付くと、すぐに仮面をつけた。

「こ、侯爵も来ていたのですね…。」

「うん。君達がリエルとアルバートの為に計画を立てていると聞いたから、気になってね。
…君が一人ってことは、リエルは今、アルバートと一緒なのかな?」

「え、ええ。きっと、今頃、アルバート様がリエルに話をしている所です。」

「そう。‥君は本当にお人好しだな。」

クスッと笑った声に思わずゼリウスを見やる。
馬鹿にした笑いではなく、何処か温かみを感じさせる笑いだった。

「そこまでするのは、リエルが君の友人だからか?」

「それもありますけど…、それだけじゃない。
彼女は私にとって、女神様のようなものなのです。
そんな彼女が苦しんでいる姿は見ていられなかった。それだけです。」

「そっか…。」

「あの二人はきっと、大丈夫。そんな気がします。」

ゾフィーは嬉しそうに微笑んだ。

「そうだな…。」

ゾフィーは目をぱちくりした。
まさか、彼が肯定するとは思わなかったから。

ひょっとして、彼も彼で思うところがあったのかな。
あの二人を見て、考えが変わったとか?
そう考えていると、不意に彼が近付いた。

「折角の祭りなのに、君って人は…。
自分よりも他人の事ばかりなんだな。」

そのままスッとゾフィーの髪に触れた。
すると、髪に何かを挿された感触がする。
シャラン、と清涼な音がした。

「え、これは…?」

「ああ。やっぱり、よく似合っているね。
俺の見立てに狂いはなかった。」

ゼリウスが髪に挿したのは黒と金であしらわれた月と星の髪飾りだった。

「花とかアクセサリーを手渡しであげたことはあってもこうやって、実際につけるのは初めてだったな。」

どこか照れくさそうに笑うゼリウスにゾフィーは呆然とした。

「…もしかして、気に入らなかったかな?
…ごめん。今回はそこら辺の露店で買った安物だからな。今度、ちゃんとした店で…、」

「い、いいえ!違うんです。…その…、ただ、びっくりしただけで。気に入らないだなんて…、今までに貰った中で一番嬉しい贈り物です。」

「そっか…。なら、いいんだ。」

ゼリウスはフッと笑うと、ゾフィーの髪の一房を手に取った。

「君の髪色には白も似合いそうだな。
今度は、真珠の髪飾りでも…、」

「え、そんないいですよ!
侯爵にそこまでして頂くわけには…、そ、それにこんな赤毛に白なんて清楚な色は似合いませんから…、」

「そんな事ない。」

きっぱりと言い切られ、ゾフィーは伏せていた視線を上げる。

「君の髪は…、鮮やかで目を奪われる美しい色だ。
赤毛だなんていうのは言葉を知らない奴らが言う事だ。君の髪は赤毛のようにきつい色じゃない。
まるで夕焼けのように見ているだけで心穏やかな気持ちになれる。」

そう言って、ゼリウスは手に取った髪の一房に軽い口づけを落とした。
今まで、こんなスキンシップをされても何とも思わなかった。
美形がやると気障な仕草も様になるな、よくもまあ恥ずかしげもなくその気もない女に甘ったるい言葉が吐けるなと思ったことはあっても心が動かされたことはない。
なのに…、ゾフィーは今明らかに彼の言葉に動揺していた。心臓が早鐘のように鼓動している。

「あの女の言葉をまだ気にしているのか?
あんなのは、負け犬の遠吠えだ。
気にする必要はない。」

「ま、負け犬って…、」

「事実だろう?自分が地味でありふれた髪色をしているから、美しい髪色をした君に嫉妬しているんだ。容姿だって君には及ばない。」

「侯爵は…、妹の顔を見たことないのでは?」

「いや。あるよ。夜会でチラッとね。
けど、俺はああいったタイプは好きじゃない。」

ゾフィーは驚いて顔を上げた。
意外だ。妹は見た目は可愛いから大抵の男は彼女に好意を寄せるのに。

「ど、どうしてですか?」

女なら誰でもいいと思っているこの男がそこまで嫌悪するのは珍しい。

「あいつ…、母上に似ているんだよ。」

「あなたの…、お母様?」

「俺の母上もさ、平然と嘘を吐く人間なんだよ。
結婚式で愛を誓った癖にその後、すぐに父上以外の男と浮気をしていたんだ。その癖、父上には愛しているわ。何て言って…、父上も母上の浮気には気付いていたけど母上に惚れていたから強く言えなかった。
…馬鹿みたいだよな。」

ゾフィーは黙ったままだ。

「俺は何度も母上が父上以外の男と浮気をしている現場を目撃することが多かった。
その度に母上が違う生き物みたいに見えて…、心底気持ち悪いって思ったよ。
そして、そんな母上に惚れ込んでいる父を哀れだと思った。」

「…。」

「結局、俺が十五歳の時に母は男と駆け落ちした。
…本当、どこまでも最低な女だった。」

そうか。彼を裏切った女性って母親の事だったんだ。

「だから、俺は絶対に女は好きにならないって決めた。父上みたいに母上のような女に引っ掛かって人生を狂わされるなんて御免だ。
俺は俺のやりたいようにするし、女共に支配されるんじゃなくて、俺があいつらを支配する。
心何て不要。俺を楽しませてくれるならそれでいい。…そう思っていたんだ。」

不意にゼリウスは顔を上げた。
いつになく、真剣な表情を浮かべる彼にゾフィーはドキリ、とした。

「どんな美女を見ても心なんか動かされたことがなかった。どの女もあの汚らしい母上みたいに見えた。
なのに…、あの時…、」

「侯爵様?」

「…調子が狂う。」

「はい?」

ゾフィーはよく聞き取れずに首を傾げた。
はあ、とゼリウスは溜息を吐くと、

「…何でもない。祭りだからかな。
つまらない事を話した。」

「い、いえ!そんな事は…、」

「喉…、乾いただろ。何か飲み物を取ってくる。」

そう言って、ゼリウスは止める間もなくどこかに行ってしまった。
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