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第4章 王立ルミナス学院 3年目
第34話 対立
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生徒会室には、準備資料と進行表が積み上がり、空気は張り詰めていた。
クラリスは、リュシアの隣で出展者リストを整理していた。
その手元には、先ほど掲示板で見た制度批判の張り紙の記憶が、まだ残っていた。
「……副会長。あの張り紙、どうするんですか?」
クラリスが静かに尋ねる。
リュシアは、手を止めずに答えた。
「剥がすことは簡単。でも、なかったことにはしたくないの。あれは、誰かの本音だから」
クラリスは頷いた。
「私も……そう思います」
そのとき、生徒会室の扉が勢いよく開いた。
会長アリステアが、資料を手にして入ってくる。
「リュシア。例の張り紙の件、聞いた。すぐに撤去させろ。学院祭に水を差すような真似は許されない」
リュシアは、資料を閉じて立ち上がった。
「撤去はしません。あれも、制度の中で生きる人の本音です。」
「必要ない。制度は秩序だ。秩序を乱す声に耳を傾ければ、混乱を招くだけだ」
アリステアの声は冷たく、断定的だった。
「そのために、誰かの声を抑圧するの?それは、制度の本質を見失ってるわ」
リュシアの声は静かだったが、芯が通っていた。
クラリスは、二人の間に立つようにして言葉を探した。
「……制度は、確かに秩序を守るもの。でも、秩序の中に“人”のことを考えなければ、意味がないと思います」
アリステアはクラリスに視線を向けた。
「君は制度の象徴だ。その君が、制度に疑問を持つのか?」
クラリスは、少しだけ目を伏せてから答えた。
「疑問を持つことは、それを否定しているということではないと思います。私は、制度の中で生きる人間として、きちんと理解したいから、疑問を持っているのです」
沈黙が落ちた。
アリステアは資料を机に置き、背を向けた。
「学院祭は、制度の正しさを示す場だ。それだけは忘れるな」
そして、生徒会室を後にした。
クラリスは、リュシアの隣に戻りながら、静かに呟いた。
「……私は、何をすべきなんでしょうか」
リュシアは、クラリスの肩に手を置いた。
「あなたがどう生きるか。それが、きっと誰かの希望になるわ」
*
夕暮れの学院中庭には、柔らかな光が差し込んでいた。
クラリスは、資料を抱えたまま、石畳の道をゆっくりと歩いていた。
掲示板の張り紙、会長と副会長の衝突――
今日一日で、彼女の心には多くの問いが積み重なっていた。
(私は、制度の象徴。けれど、それだけでいいの?誰かの期待に応えることと、自分の生き方が、同じじゃない……)
そのとき、背後から聞き慣れた声が響いた。
「クラリス。少し、話せるか?」
振り返ると、第一王子レオニス・グランフェルドが立っていた。
制服の襟元は整えられ、いつも通り完璧な姿勢。
だが、その瞳には、わずかな探るような光が宿っていた。
「もちろんです、殿下」
クラリスは立ち止まり、資料を胸元に抱え直した。
レオニスは、クラリスの隣に並びながら歩き出す。
「学院祭の準備、順調か?」
「はい。副会長のもとで、出展者の調整をしています。少し混乱もありますが……皆、楽しみにしているようです」
「楽しみに、か」
レオニスは、少しだけ口元を引き締めた。
「制度の象徴として、君には完璧な振る舞いを求められる。学院祭は、王国の未来を示す場だ。君がどう見られるかで、制度の信頼が左右される」
クラリスは、歩みを止めた。夕陽が彼女の横顔を照らす。
「……それは、理解しています。ですが、私は最近、この制度について少し考えるようになりました。制度の中で、何を感じているのか。数字だけでは見えないものがあるのではないかと」
レオニスは、クラリスの言葉に眉をひそめた。
「制度は、揺らいではならない。感情に流されれば、秩序は乱れる。君は、制度の象徴として選ばれた。それは、揺るがない事実だ」
クラリスは、静かに答えた。
「でも、私は“制度の象徴”である前に、一人の“人間”です。制度の中で、どう生きるかを考えることは、制度を否定することではないと思っています」
レオニスは、しばらく黙ってクラリスを見つめていた。
その瞳は、冷静でありながら、どこか測るような色を帯びていた。
「君は、制度の中で“考える”ことに意味があると?」
「はい。制度が完璧であるなら、疑問を持つことも許されるはずです。それが許されないなら、制度はただの枠でしかない」
「……君は、変わってしまったな」
レオニスの声は低く、感情を抑えていた。
「以前の君は、もっと素直だった。数字に誇りを持ち、制度に従っていた。今の君は、制度以外を見ようとしている」
クラリスは、レオニスの言葉に胸が少し痛んだ。
「私は、制度の中で生きる人たちの声を聞きたいだけです。それが、制度を支える者の責務だと思うから」
レオニスは、静かに背を向けた。
「……君が制度の象徴としてどう振る舞うか、見せてもらおう」
そして、レオニスはそのまま歩き去っていった。
クラリスは、彼の背中を見つめながら、胸元の懐中時計にそっと手を添えた。
秒針の音が、夕暮れの静けさの中に、淡く響いていた。
(私は、何を守りたいの?制度?それとも、制度の中で生きる人たち?私自身は、どうしたいの?)
「私は……どうあるべきなのか」
その問いは、風に乗って、遠く学院の塔へと消えていった。
クラリスは、リュシアの隣で出展者リストを整理していた。
その手元には、先ほど掲示板で見た制度批判の張り紙の記憶が、まだ残っていた。
「……副会長。あの張り紙、どうするんですか?」
クラリスが静かに尋ねる。
リュシアは、手を止めずに答えた。
「剥がすことは簡単。でも、なかったことにはしたくないの。あれは、誰かの本音だから」
クラリスは頷いた。
「私も……そう思います」
そのとき、生徒会室の扉が勢いよく開いた。
会長アリステアが、資料を手にして入ってくる。
「リュシア。例の張り紙の件、聞いた。すぐに撤去させろ。学院祭に水を差すような真似は許されない」
リュシアは、資料を閉じて立ち上がった。
「撤去はしません。あれも、制度の中で生きる人の本音です。」
「必要ない。制度は秩序だ。秩序を乱す声に耳を傾ければ、混乱を招くだけだ」
アリステアの声は冷たく、断定的だった。
「そのために、誰かの声を抑圧するの?それは、制度の本質を見失ってるわ」
リュシアの声は静かだったが、芯が通っていた。
クラリスは、二人の間に立つようにして言葉を探した。
「……制度は、確かに秩序を守るもの。でも、秩序の中に“人”のことを考えなければ、意味がないと思います」
アリステアはクラリスに視線を向けた。
「君は制度の象徴だ。その君が、制度に疑問を持つのか?」
クラリスは、少しだけ目を伏せてから答えた。
「疑問を持つことは、それを否定しているということではないと思います。私は、制度の中で生きる人間として、きちんと理解したいから、疑問を持っているのです」
沈黙が落ちた。
アリステアは資料を机に置き、背を向けた。
「学院祭は、制度の正しさを示す場だ。それだけは忘れるな」
そして、生徒会室を後にした。
クラリスは、リュシアの隣に戻りながら、静かに呟いた。
「……私は、何をすべきなんでしょうか」
リュシアは、クラリスの肩に手を置いた。
「あなたがどう生きるか。それが、きっと誰かの希望になるわ」
*
夕暮れの学院中庭には、柔らかな光が差し込んでいた。
クラリスは、資料を抱えたまま、石畳の道をゆっくりと歩いていた。
掲示板の張り紙、会長と副会長の衝突――
今日一日で、彼女の心には多くの問いが積み重なっていた。
(私は、制度の象徴。けれど、それだけでいいの?誰かの期待に応えることと、自分の生き方が、同じじゃない……)
そのとき、背後から聞き慣れた声が響いた。
「クラリス。少し、話せるか?」
振り返ると、第一王子レオニス・グランフェルドが立っていた。
制服の襟元は整えられ、いつも通り完璧な姿勢。
だが、その瞳には、わずかな探るような光が宿っていた。
「もちろんです、殿下」
クラリスは立ち止まり、資料を胸元に抱え直した。
レオニスは、クラリスの隣に並びながら歩き出す。
「学院祭の準備、順調か?」
「はい。副会長のもとで、出展者の調整をしています。少し混乱もありますが……皆、楽しみにしているようです」
「楽しみに、か」
レオニスは、少しだけ口元を引き締めた。
「制度の象徴として、君には完璧な振る舞いを求められる。学院祭は、王国の未来を示す場だ。君がどう見られるかで、制度の信頼が左右される」
クラリスは、歩みを止めた。夕陽が彼女の横顔を照らす。
「……それは、理解しています。ですが、私は最近、この制度について少し考えるようになりました。制度の中で、何を感じているのか。数字だけでは見えないものがあるのではないかと」
レオニスは、クラリスの言葉に眉をひそめた。
「制度は、揺らいではならない。感情に流されれば、秩序は乱れる。君は、制度の象徴として選ばれた。それは、揺るがない事実だ」
クラリスは、静かに答えた。
「でも、私は“制度の象徴”である前に、一人の“人間”です。制度の中で、どう生きるかを考えることは、制度を否定することではないと思っています」
レオニスは、しばらく黙ってクラリスを見つめていた。
その瞳は、冷静でありながら、どこか測るような色を帯びていた。
「君は、制度の中で“考える”ことに意味があると?」
「はい。制度が完璧であるなら、疑問を持つことも許されるはずです。それが許されないなら、制度はただの枠でしかない」
「……君は、変わってしまったな」
レオニスの声は低く、感情を抑えていた。
「以前の君は、もっと素直だった。数字に誇りを持ち、制度に従っていた。今の君は、制度以外を見ようとしている」
クラリスは、レオニスの言葉に胸が少し痛んだ。
「私は、制度の中で生きる人たちの声を聞きたいだけです。それが、制度を支える者の責務だと思うから」
レオニスは、静かに背を向けた。
「……君が制度の象徴としてどう振る舞うか、見せてもらおう」
そして、レオニスはそのまま歩き去っていった。
クラリスは、彼の背中を見つめながら、胸元の懐中時計にそっと手を添えた。
秒針の音が、夕暮れの静けさの中に、淡く響いていた。
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