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第5章 王立ルミナス学院 4年目
第51話 潮風に揺られて
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夏の気配が近づく頃。
王都から港町へ向かう馬車の中には、柔らかな陽光が差し込んでいた。
窓の外には緑の丘が広がり、遠くには海の気配が感じられる。
クラリスは、窓辺に座りながら、資料を静かにめくっていた。
銀髪は軽く編み込まれ、制服のマントが揺れている。
その隣では、ロジーナ・エルスが記録用のノートを抱えている。
少し緊張した面持ちで座っていた。
向かいの席には、ミレーユ・クローディアが優雅に腰掛けている。
栗色の髪を揺らしながら、涼しい笑みを浮かべていた。
「クラリスさん、今回行く港町と、次回の鉱山の視察が終わったら、ちょっとした“講演会”を開いてもらう予定なの。学院の講堂でね」
クラリスは、驚いたように顔を上げた。
「講演会……ですか?どうしてまた急に…」
「ええ。あなたの視察は、制度の象徴としても意味があるもの。だから、学院生や貴族、王国の上層部を集めて、あなたの言葉で“今の制度”を語ってもらいたいの。失敗はできないわ」
ロジーナは、目を輝かせながら身を乗り出した。
「それってすごいことですよね!記録係として、ちゃんとまとめておきます!」
クラリスは、少しだけ考え込んだあと、静かに頷いた。
「……分かりました。私の言葉で、見てきたことをありのまま、伝えます。制度の中で生きる人たちの声を、届けたいから」
ミレーユは、満足げに微笑んだ。
「それでこそ、クラリス・ヴェルディア。制度の象徴としてだけじゃなく、“語る者”としても、あなたはふさわしいわ」
そのとき、馬車の窓からふわりと風が吹き込んだ。
ほんのりと磯の香りを含んだその風は、遠くの海が近づいていることを知らせていた。
クラリスは、そっと目を閉じた。
(潮の香り……もうすぐ、港町)
馬車は、港町へ向かって走り続けていた。
*
一方そのころ。
学院の中庭には、夏の気配を含んだ風が吹いていた。
紅葉の季節とは違う、緑の濃さと陽射しの強さが、季節の移ろいを感じさせる。
セレナ・ヴェルディアは、制服の袖を整えながら、静かに石畳の回廊を歩いていた。
演習の後、少しずつ日常を取り戻しつつある彼女は、こうして一人で散歩する時間を大切にしていた。
(姉様は今ごろ、港町か……)
(私も、もっと強くならなきゃ)
そんなことを考えていたときだった。
「セレナ」
静かな声が、背後から響いた。
振り返ると、白金の髪を揺らす少年――レオニス・グランフェルドが立っていた。
完璧な制服姿、整った姿勢。けれど、その瞳はどこか柔らかさを帯びていた。
「レオニス様……」
セレナは、少し驚いたように立ち止まる。
「一人で散歩か?」
「はい。少し、気分転換に……」
セレナは、視線を落としながら答えた。
レオニスは、彼女の隣に並ぶように歩き出す。
「学院の空気にも、ようやく慣れてきたようだな」
「……はい。まだ少し怖いこともありますけど、でも……頑張ってます」
セレナは、少しだけ笑った。
「君は、強い」
レオニスの言葉は、静かだったが、どこか確信に満ちていた。
「去年のことを乗り越えて、こうして前を向いている。それだけで、十分だ」
セレナは、驚いたように彼を見上げた。
「……ありがとうございます。そんなふうに言ってもらえるなんて」
「君は、誰かのために動ける人間だ。だからこそ、これからも変わらないでいてほしい」
レオニスは、ふと空を見上げた。
「制度の中で生きることは、時に苦しい。だが、君のような存在がいることで、救われる者もいる」
セレナは、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
「……私、まだ何もできていないけど。姉様みたいにはなれないけど……」
「君は、君のままでいい」
レオニスは、はっきりとそう言った。
その言葉に、セレナは小さく頷いた。
*
学院の回廊の影。
陽射しが差し込む中庭とは対照的に、そこはひんやりとした静けさに包まれていた。
ユリウス・グランフェルドは、壁に背を預けたまま、遠くに見える二人の姿を見つめていた。
セレナと――兄、レオニス。
(……兄上が、セレナと話している)
(どうして……?)
二人の距離は近すぎるわけではない。
けれど、セレナの表情は柔らかく、どこか安心しているように見えた。
ユリウスの胸に、言葉にならないざわめきが広がる。
(僕が……守ったはずなのに)
(あの時、命を懸けて庇ったのに……)
彼は、拳を握りしめた。
けれど、それは怒りではなかった。
ただ、どうしていいか分からない、居場所のない感情だった。
(セレナに、どう接すればいいのか分からない)
(あれ以来、僕は……彼女の前で、何も言えなくなった)
演習の事故以来、ユリウスは学院を離れ、王宮で療養していた。
身体は回復した。だが、心はまだ、あの日のままだった。
セレナの瞳に映るのが、自分ではなく兄だったことが、ただ――少しだけ、痛かった。
(兄上は、制度の象徴を守る者。僕とは違う)
(でも……セレナは、僕のことをどう思っているんだろう)
ユリウスは、そっと回廊の影から離れた。
足音を立てず、誰にも気づかれないように。
(今は、まだ話しかけられない)
(でも、いつか――前みたいに)
彼の背中に、夏の風が静かに吹き抜けた。
その風は、彼の心の揺らぎを、そっと包み込むようだった。
王都から港町へ向かう馬車の中には、柔らかな陽光が差し込んでいた。
窓の外には緑の丘が広がり、遠くには海の気配が感じられる。
クラリスは、窓辺に座りながら、資料を静かにめくっていた。
銀髪は軽く編み込まれ、制服のマントが揺れている。
その隣では、ロジーナ・エルスが記録用のノートを抱えている。
少し緊張した面持ちで座っていた。
向かいの席には、ミレーユ・クローディアが優雅に腰掛けている。
栗色の髪を揺らしながら、涼しい笑みを浮かべていた。
「クラリスさん、今回行く港町と、次回の鉱山の視察が終わったら、ちょっとした“講演会”を開いてもらう予定なの。学院の講堂でね」
クラリスは、驚いたように顔を上げた。
「講演会……ですか?どうしてまた急に…」
「ええ。あなたの視察は、制度の象徴としても意味があるもの。だから、学院生や貴族、王国の上層部を集めて、あなたの言葉で“今の制度”を語ってもらいたいの。失敗はできないわ」
ロジーナは、目を輝かせながら身を乗り出した。
「それってすごいことですよね!記録係として、ちゃんとまとめておきます!」
クラリスは、少しだけ考え込んだあと、静かに頷いた。
「……分かりました。私の言葉で、見てきたことをありのまま、伝えます。制度の中で生きる人たちの声を、届けたいから」
ミレーユは、満足げに微笑んだ。
「それでこそ、クラリス・ヴェルディア。制度の象徴としてだけじゃなく、“語る者”としても、あなたはふさわしいわ」
そのとき、馬車の窓からふわりと風が吹き込んだ。
ほんのりと磯の香りを含んだその風は、遠くの海が近づいていることを知らせていた。
クラリスは、そっと目を閉じた。
(潮の香り……もうすぐ、港町)
馬車は、港町へ向かって走り続けていた。
*
一方そのころ。
学院の中庭には、夏の気配を含んだ風が吹いていた。
紅葉の季節とは違う、緑の濃さと陽射しの強さが、季節の移ろいを感じさせる。
セレナ・ヴェルディアは、制服の袖を整えながら、静かに石畳の回廊を歩いていた。
演習の後、少しずつ日常を取り戻しつつある彼女は、こうして一人で散歩する時間を大切にしていた。
(姉様は今ごろ、港町か……)
(私も、もっと強くならなきゃ)
そんなことを考えていたときだった。
「セレナ」
静かな声が、背後から響いた。
振り返ると、白金の髪を揺らす少年――レオニス・グランフェルドが立っていた。
完璧な制服姿、整った姿勢。けれど、その瞳はどこか柔らかさを帯びていた。
「レオニス様……」
セレナは、少し驚いたように立ち止まる。
「一人で散歩か?」
「はい。少し、気分転換に……」
セレナは、視線を落としながら答えた。
レオニスは、彼女の隣に並ぶように歩き出す。
「学院の空気にも、ようやく慣れてきたようだな」
「……はい。まだ少し怖いこともありますけど、でも……頑張ってます」
セレナは、少しだけ笑った。
「君は、強い」
レオニスの言葉は、静かだったが、どこか確信に満ちていた。
「去年のことを乗り越えて、こうして前を向いている。それだけで、十分だ」
セレナは、驚いたように彼を見上げた。
「……ありがとうございます。そんなふうに言ってもらえるなんて」
「君は、誰かのために動ける人間だ。だからこそ、これからも変わらないでいてほしい」
レオニスは、ふと空を見上げた。
「制度の中で生きることは、時に苦しい。だが、君のような存在がいることで、救われる者もいる」
セレナは、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
「……私、まだ何もできていないけど。姉様みたいにはなれないけど……」
「君は、君のままでいい」
レオニスは、はっきりとそう言った。
その言葉に、セレナは小さく頷いた。
*
学院の回廊の影。
陽射しが差し込む中庭とは対照的に、そこはひんやりとした静けさに包まれていた。
ユリウス・グランフェルドは、壁に背を預けたまま、遠くに見える二人の姿を見つめていた。
セレナと――兄、レオニス。
(……兄上が、セレナと話している)
(どうして……?)
二人の距離は近すぎるわけではない。
けれど、セレナの表情は柔らかく、どこか安心しているように見えた。
ユリウスの胸に、言葉にならないざわめきが広がる。
(僕が……守ったはずなのに)
(あの時、命を懸けて庇ったのに……)
彼は、拳を握りしめた。
けれど、それは怒りではなかった。
ただ、どうしていいか分からない、居場所のない感情だった。
(セレナに、どう接すればいいのか分からない)
(あれ以来、僕は……彼女の前で、何も言えなくなった)
演習の事故以来、ユリウスは学院を離れ、王宮で療養していた。
身体は回復した。だが、心はまだ、あの日のままだった。
セレナの瞳に映るのが、自分ではなく兄だったことが、ただ――少しだけ、痛かった。
(兄上は、制度の象徴を守る者。僕とは違う)
(でも……セレナは、僕のことをどう思っているんだろう)
ユリウスは、そっと回廊の影から離れた。
足音を立てず、誰にも気づかれないように。
(今は、まだ話しかけられない)
(でも、いつか――前みたいに)
彼の背中に、夏の風が静かに吹き抜けた。
その風は、彼の心の揺らぎを、そっと包み込むようだった。
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