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第5章 王立ルミナス学院 4年目
第52話 港町にて
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青く澄み渡る空の下、潮風が吹き抜ける。
遠くからカモメの鳴き声が響いてくる。
王都とは違う風景がそこにはあった。
クラリスは、馬車の窓からその景色を見つめている。
銀髪が風に揺れ、瞳には静かな好奇心が宿っている。
「……着いたのね」
彼女は懐中時計の蓋をそっと閉じ、マントの裾を整えながら馬車を降りた。
ロジーナ・エルスが、記録用のノートを抱えて後に続く。
「潮の香り……王都とはまるで違いますね。風が気持ちいいです」
「でも、ここにあるものは、あまり気分がいいとは言えないかもしれない」
クラリスは、港の方へ視線を向ける。
そこには、活気ある市場が広がっていた。
元気よく魚を売る声。
荷を運ぶ船員たち。
異国の商人が並べる珍しい品々。
色とりどりの布、香辛料、そして見たことのない果物。
ミレーユ・クローディアが、涼しい笑みを浮かべながら言った。
「ふふ、まるで舞台の幕が上がったみたい。クラリスさん、今日はどんな“物語”を見せてくれるのかしら」
クラリスは、港の喧騒の中に目を凝らす。
その奥に、制度の影が潜んでいる気がしてならなかった。
「まずは、港の管理局へ行きましょう。制度導入前後で、どういう変化があったのか。話を聞きたい」
ロジーナは頷き、ノートをしっかり握りしめる。
ミレーユは、軽やかに歩きながら言った。
「じゃあ、案内は私に任せて。こういう場所、意外と得意なのよ」
港町の石畳を踏みしめながら、クラリスたちは歩き出した。
*
港の喧騒を抜け、クラリスたちは石造りの建物の前に立っていた。
それは港の管理局――この町の物流と制度運用の中心を担う場所だった。
扉を開けると、潮風の匂いと紙の香りが混ざった空気が流れ込む。
中には帳簿が積まれ、制服姿の職員たちが忙しなく動いていた。
「ようこそ、王都よりお越しの皆様」
出迎えたのは、管理局長のマルセルという中年の男性。
礼儀正しく頭を下げながらも、どこか緊張した面持ちだった。
「クラリス・ヴェルディアと申します。制度について、現場の声を伺いたくて参りました」
クラリスは丁寧に一礼し、ロジーナが記録用のノートを開く。
「わざわざご苦労様です。制度導入後、港町は大きく変わりました」
マルセルは、壁に掛けられた地図を指しながら説明を始める。
「高い運命力を持つ者は、交易管理や船舶運用の責任者に任命されるようになりました。町の効率は飛躍的に向上しました。王都との連携も強まり、経済的にも潤っています」
「それは素晴らしい成果ですね」
ロジーナが記録を取りながら頷く。
「ですが……」
クラリスは、帳簿の端に目を留めた。
「この欄、“適性なし”というのは?」
マルセルの表情がわずかに曇る。
「制度導入後から、運命力が一定以下の者は、船に乗ることができません。事故防止と効率化のためですし、彼らは港の雑務や荷運びに回されています」
クラリスは、静かに息を吐いた。
「なりたかった人もいたのでは?」
「……はい。代々漁師の家系の少年もいました。ですが、制度により“適性なし”と判断され、今は倉庫番です」
ロジーナが、ペンを握る手を止める。
「それは……制度の“恩恵”の裏にあるもの…」
ミレーユは、涼しい顔で言った。
「でも、制度がなければ混乱していたかもしれない。実際に事故は減って、効率は上がっているのでしょう?多少の犠牲は仕方ないんじゃない?」
クラリスは、ミレーユの言葉に目を向けながら、静かに答えた。
「犠牲を“仕方ない”で済ませてしまえば、制度はただの枷になる。私は、そうはしたくない」
マルセルは、少しだけ目を伏せた。
「……クラリス様のような方が、制度の象徴であることを、少しだけ救いに感じます」
クラリスは、その言葉をしっかりと受け止めるようにうなずいた。
(数字だけでは見えないものが、ここにもある。私は、それを見逃さない)
そのとき、窓の外で、黒い外套の人物の姿が一瞬だけ写る。
港の倉庫の影――誰にも気づかれないように、ただじっと、クラリスたちを見つめていた。
*
港の管理局を後にしたクラリスたちは、再び市場の通りへと戻っていた。
夕方の光が石畳を赤く染め、潮風が香辛料の匂いを運んでくる。
「少し歩きましょう。町の空気を、肌で感じたい」
クラリスはそう言って、市場の奥へと足を向けた。
ロジーナは記録用のノートを抱えながら、ミレーユは涼しい顔でその後を歩く。
通りの一角、異国の旗を掲げたテントが目に留まった。
鮮やかな布地、見慣れない文字、そして異国の言葉が飛び交っている。
「ここは……?」
クラリスが足を止めると、テントの中から一人の商人が姿を現した。
褐色の肌に金の刺繍が施された衣装を纏い、瞳には穏やかな光が宿っている。
「おや、王都の方ですか?ようこそ、東方商連の交易所へ」
流暢な王国語で、彼は微笑んだ。
「クラリスと申します。制度の視察で港町を訪れています」
クラリスが礼をすると、商人は少しだけ首を傾げた。
「制度……ああ、この国の人が気にしている数字のことですね。私の国では、あまり馴染みがありません」
その言葉に、クラリスは目を見開いた。
「馴染みが……ない?」
「ええ。我々の国では、数字で人を測ることはありません。商人も船乗りも、実力と信頼で選ばれます。数字は、記録には使いますが、人の価値には使えません」
ロジーナが、驚いたようにノートを見つめる。
「制度が……ないんですか?」
「ありませんよ。もちろん、大変ですよ。でも、誰もが挑戦できる。失敗しても、またやり直せる。それが我々の流儀ですから」
クラリスは、潮風に吹かれながら、商人の言葉を噛みしめた。
(制度がない世界……そこでは、誰もが“挑戦”できる)
「それは……素晴らしいですね」
クラリスの声は、少しだけ震えていた。
「でも、王国では制度が秩序を守っています。数字があるからこそ、安定している部分もある」
商人は、静かに頷いた。
「秩序は大切です。でも、秩序の中で“夢”を諦めなければならないなら、それは本当に正しいのでしょうか?」
その言葉に、クラリスは何も言えなかった。
ミレーユが、少しだけ肩をすくめて言った。
「理想論ね。でも、あなたの国ではそれが成り立っているのなら……それも一つの答えなのかもしれないわ」
商人は、笑みを浮かべながら言った。
「制度がある国も、ない国も、それぞれの道を歩いています。大切なのは、どちらが“正しい”かではなく、どちらが“人を幸せにするか”です。それに…」
商人は改めてクラリスのほうを見る。
「どんなことにも、いいところと悪いところはありますから」
遠くからカモメの鳴き声が響いてくる。
王都とは違う風景がそこにはあった。
クラリスは、馬車の窓からその景色を見つめている。
銀髪が風に揺れ、瞳には静かな好奇心が宿っている。
「……着いたのね」
彼女は懐中時計の蓋をそっと閉じ、マントの裾を整えながら馬車を降りた。
ロジーナ・エルスが、記録用のノートを抱えて後に続く。
「潮の香り……王都とはまるで違いますね。風が気持ちいいです」
「でも、ここにあるものは、あまり気分がいいとは言えないかもしれない」
クラリスは、港の方へ視線を向ける。
そこには、活気ある市場が広がっていた。
元気よく魚を売る声。
荷を運ぶ船員たち。
異国の商人が並べる珍しい品々。
色とりどりの布、香辛料、そして見たことのない果物。
ミレーユ・クローディアが、涼しい笑みを浮かべながら言った。
「ふふ、まるで舞台の幕が上がったみたい。クラリスさん、今日はどんな“物語”を見せてくれるのかしら」
クラリスは、港の喧騒の中に目を凝らす。
その奥に、制度の影が潜んでいる気がしてならなかった。
「まずは、港の管理局へ行きましょう。制度導入前後で、どういう変化があったのか。話を聞きたい」
ロジーナは頷き、ノートをしっかり握りしめる。
ミレーユは、軽やかに歩きながら言った。
「じゃあ、案内は私に任せて。こういう場所、意外と得意なのよ」
港町の石畳を踏みしめながら、クラリスたちは歩き出した。
*
港の喧騒を抜け、クラリスたちは石造りの建物の前に立っていた。
それは港の管理局――この町の物流と制度運用の中心を担う場所だった。
扉を開けると、潮風の匂いと紙の香りが混ざった空気が流れ込む。
中には帳簿が積まれ、制服姿の職員たちが忙しなく動いていた。
「ようこそ、王都よりお越しの皆様」
出迎えたのは、管理局長のマルセルという中年の男性。
礼儀正しく頭を下げながらも、どこか緊張した面持ちだった。
「クラリス・ヴェルディアと申します。制度について、現場の声を伺いたくて参りました」
クラリスは丁寧に一礼し、ロジーナが記録用のノートを開く。
「わざわざご苦労様です。制度導入後、港町は大きく変わりました」
マルセルは、壁に掛けられた地図を指しながら説明を始める。
「高い運命力を持つ者は、交易管理や船舶運用の責任者に任命されるようになりました。町の効率は飛躍的に向上しました。王都との連携も強まり、経済的にも潤っています」
「それは素晴らしい成果ですね」
ロジーナが記録を取りながら頷く。
「ですが……」
クラリスは、帳簿の端に目を留めた。
「この欄、“適性なし”というのは?」
マルセルの表情がわずかに曇る。
「制度導入後から、運命力が一定以下の者は、船に乗ることができません。事故防止と効率化のためですし、彼らは港の雑務や荷運びに回されています」
クラリスは、静かに息を吐いた。
「なりたかった人もいたのでは?」
「……はい。代々漁師の家系の少年もいました。ですが、制度により“適性なし”と判断され、今は倉庫番です」
ロジーナが、ペンを握る手を止める。
「それは……制度の“恩恵”の裏にあるもの…」
ミレーユは、涼しい顔で言った。
「でも、制度がなければ混乱していたかもしれない。実際に事故は減って、効率は上がっているのでしょう?多少の犠牲は仕方ないんじゃない?」
クラリスは、ミレーユの言葉に目を向けながら、静かに答えた。
「犠牲を“仕方ない”で済ませてしまえば、制度はただの枷になる。私は、そうはしたくない」
マルセルは、少しだけ目を伏せた。
「……クラリス様のような方が、制度の象徴であることを、少しだけ救いに感じます」
クラリスは、その言葉をしっかりと受け止めるようにうなずいた。
(数字だけでは見えないものが、ここにもある。私は、それを見逃さない)
そのとき、窓の外で、黒い外套の人物の姿が一瞬だけ写る。
港の倉庫の影――誰にも気づかれないように、ただじっと、クラリスたちを見つめていた。
*
港の管理局を後にしたクラリスたちは、再び市場の通りへと戻っていた。
夕方の光が石畳を赤く染め、潮風が香辛料の匂いを運んでくる。
「少し歩きましょう。町の空気を、肌で感じたい」
クラリスはそう言って、市場の奥へと足を向けた。
ロジーナは記録用のノートを抱えながら、ミレーユは涼しい顔でその後を歩く。
通りの一角、異国の旗を掲げたテントが目に留まった。
鮮やかな布地、見慣れない文字、そして異国の言葉が飛び交っている。
「ここは……?」
クラリスが足を止めると、テントの中から一人の商人が姿を現した。
褐色の肌に金の刺繍が施された衣装を纏い、瞳には穏やかな光が宿っている。
「おや、王都の方ですか?ようこそ、東方商連の交易所へ」
流暢な王国語で、彼は微笑んだ。
「クラリスと申します。制度の視察で港町を訪れています」
クラリスが礼をすると、商人は少しだけ首を傾げた。
「制度……ああ、この国の人が気にしている数字のことですね。私の国では、あまり馴染みがありません」
その言葉に、クラリスは目を見開いた。
「馴染みが……ない?」
「ええ。我々の国では、数字で人を測ることはありません。商人も船乗りも、実力と信頼で選ばれます。数字は、記録には使いますが、人の価値には使えません」
ロジーナが、驚いたようにノートを見つめる。
「制度が……ないんですか?」
「ありませんよ。もちろん、大変ですよ。でも、誰もが挑戦できる。失敗しても、またやり直せる。それが我々の流儀ですから」
クラリスは、潮風に吹かれながら、商人の言葉を噛みしめた。
(制度がない世界……そこでは、誰もが“挑戦”できる)
「それは……素晴らしいですね」
クラリスの声は、少しだけ震えていた。
「でも、王国では制度が秩序を守っています。数字があるからこそ、安定している部分もある」
商人は、静かに頷いた。
「秩序は大切です。でも、秩序の中で“夢”を諦めなければならないなら、それは本当に正しいのでしょうか?」
その言葉に、クラリスは何も言えなかった。
ミレーユが、少しだけ肩をすくめて言った。
「理想論ね。でも、あなたの国ではそれが成り立っているのなら……それも一つの答えなのかもしれないわ」
商人は、笑みを浮かべながら言った。
「制度がある国も、ない国も、それぞれの道を歩いています。大切なのは、どちらが“正しい”かではなく、どちらが“人を幸せにするか”です。それに…」
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