57 / 79
第5章 王立ルミナス学院 4年目
第53話 別れ
しおりを挟む
港町での視察を終えた翌日。
教室にはいつもより静かな空気が漂っていた。
窓の外では、夏の陽光が石畳を照らし、潮風の余韻がまだ残っているようだった。
クラリスは、窓際の席に座り、資料に目を通していた。
銀髪は丁寧に編み込まれ、制服のマントの裾が風に揺れている。
「次は鉱山町ですね。制度が労働環境にどう影響を与えているか……」
ロジーナが、記録用のノートを抱えながら隣に座る。
彼女の瞳は真剣で、港町での視察の記録がまだ鮮明に残っているようだった。
クラリスは、資料の地図を指でなぞりながら頷いた。
「北部の鉱山地帯。制度導入後、担当する作業が数字によって割り振られるようになったと聞いているわ。」
そのときだった。
教室の扉が静かに開き、涼しい風とともに一人の少年が姿を現した。
「クラリスさん」
その声に、クラリスは顔を上げた。
扉の前に立っていたのは、第二王子――ユリウス・グランフェルド。
白金の髪は整えられ、制服の襟元も乱れはない。
けれど、その瞳には、どこか疲れの色が滲んでいた。
「ユリウス様……お身体は大丈夫でしょうか…」
クラリスは立ち上がり、少し驚いたように声をかける。
「少しだけ、よろしいでしょうか?」
ユリウスは、静かに教室の隅へと歩み寄る。
クラリスは頷き、ロジーナも気を利かせて席を外した。
「……昨年の演習での事故の影響で、まだ本調子じゃないんです」
ユリウスは、窓の外を見つめながら言った。
「王宮の医療班から、しばらく学院を離れて療養するように言われました。だから、今日で一度、学院を離れることになりました」
クラリスは、言葉を探しながら静かに答えた。
「……そうですか。残念です。でも、しっかり休んでください。セレナも、きっと心配します」
ユリウスは、少しだけ目を伏せた。
「それなんですけど……最近、兄上がセレナさんに話しかけているのを何度か見かけました。彼女も、何か思うところがあるみたいで……」
クラリスは、ユリウスの言葉に眉をひそめる。
「セレナに……?」
「クラリスさんは姉として、もう少し気にかけてあげてほしい」
ユリウスの声は、少しだけ揺れていた。
「僕には、もう彼女にどう接していいか分かりません。でも、あなたなら……」
クラリスは、ユリウスの瞳を見つめながら、静かに頷いた。
「分かりました。……ありがとうございます、ユリウス様。セレナのこと、ちゃんと見ておきます」
「お願いします。あともう一つ相談したいことがあったんですが、もう出発しないといけないので。また学院に戻ってこれたら、その時に」
「わかりました。一日でも早く戻ってこれるよう祈っております」
ユリウスは、少しだけ微笑み、教室を後にした。
その背中は、どこか寂しげで――けれど、確かな優しさを残していた。
*
ユリウスが去った後、教室には再び静けさが戻っていた。
けれど、クラリスの胸の奥には、さっきの言葉がまだ残っていた。
『……セレナに、何か思うところがあるみたいで』
クラリスは、窓の外に目を向けた。
その景色は穏やかだったが、彼女の心は、どこかざわついていた。
(セレナ……最近笑顔を見せるようになってきたから、もう大丈夫だと思っていた。でも、それは私の勝手な思い込みだったのかもしれない)
クラリスは、机の上の資料をそっと閉じた。
ロジーナが戻ってきたが、クラリスは軽く微笑んで言った。
「ごめんなさい、少しだけ外を歩いてくるわ」
ロジーナは、すぐに事情を察して頷いた。
「はい。……クラリス様、行ってあげてください」
クラリスは、マントの裾を整え、教室を後にした。
石畳の回廊を歩きながら、学院の中庭へと向かう。
途中、すれ違う生徒たちが軽く頭を下げる。
けれど、クラリスの視線は、ただ一人――妹の姿を探していた。
(ユリウス様が、セレナにどう接していいか分からないと言っていた)
(でも、私は姉よ。あの子の一番近くにいる人間として、見過ごせない)
学院の塔の影が、ゆっくりと伸びていく。
その下で、クラリスの足音は静かに響いていた。
(セレナ……どこにいるの?)
そして、クラリスは中庭のベンチに、一人座る銀髪の少女の姿を見つけた――。
*
中庭のベンチには、銀髪の少女が一人座っていた。
クラリスは、そっと歩み寄り、声をかける。
「セレナ」
セレナは、少し驚いたように顔を上げたが、すぐに笑顔を見せる。
「姉様……どうしたの?」
クラリスは、隣に腰を下ろしながら、静かに言った。
「ユリウス様が、心配していたわ。最近、レオニス様に何か相談しているところを何度か見かけたって」
セレナは、少しだけ目を伏せた。
「……うん。レオニス様、時々声をかけてくれるの。優しい人だと思う」
「そうね。あの方は、責任感が強いから」
クラリスは、セレナの横顔を見つめながら、言葉を選ぶ。
「何か困っていることがあるの?」
セレナは、しばらく黙っていた。
そして、首を横に振る。
「……何でもないよ。大丈夫」
クラリスは、少しだけ眉をひそめた。
けれど、無理に問い詰めることはしなかった。
「大丈夫ならいいけど……無理しないで。私は、どんな時も味方だから」
その言葉に、セレナは目を見開いた。
そして、少しだけ笑顔を見せた。
「……ありがとう、姉様。私、頑張るね」
クラリスは、妹の手にそっと触れた。
その手は、少しだけ冷たかった。
教室にはいつもより静かな空気が漂っていた。
窓の外では、夏の陽光が石畳を照らし、潮風の余韻がまだ残っているようだった。
クラリスは、窓際の席に座り、資料に目を通していた。
銀髪は丁寧に編み込まれ、制服のマントの裾が風に揺れている。
「次は鉱山町ですね。制度が労働環境にどう影響を与えているか……」
ロジーナが、記録用のノートを抱えながら隣に座る。
彼女の瞳は真剣で、港町での視察の記録がまだ鮮明に残っているようだった。
クラリスは、資料の地図を指でなぞりながら頷いた。
「北部の鉱山地帯。制度導入後、担当する作業が数字によって割り振られるようになったと聞いているわ。」
そのときだった。
教室の扉が静かに開き、涼しい風とともに一人の少年が姿を現した。
「クラリスさん」
その声に、クラリスは顔を上げた。
扉の前に立っていたのは、第二王子――ユリウス・グランフェルド。
白金の髪は整えられ、制服の襟元も乱れはない。
けれど、その瞳には、どこか疲れの色が滲んでいた。
「ユリウス様……お身体は大丈夫でしょうか…」
クラリスは立ち上がり、少し驚いたように声をかける。
「少しだけ、よろしいでしょうか?」
ユリウスは、静かに教室の隅へと歩み寄る。
クラリスは頷き、ロジーナも気を利かせて席を外した。
「……昨年の演習での事故の影響で、まだ本調子じゃないんです」
ユリウスは、窓の外を見つめながら言った。
「王宮の医療班から、しばらく学院を離れて療養するように言われました。だから、今日で一度、学院を離れることになりました」
クラリスは、言葉を探しながら静かに答えた。
「……そうですか。残念です。でも、しっかり休んでください。セレナも、きっと心配します」
ユリウスは、少しだけ目を伏せた。
「それなんですけど……最近、兄上がセレナさんに話しかけているのを何度か見かけました。彼女も、何か思うところがあるみたいで……」
クラリスは、ユリウスの言葉に眉をひそめる。
「セレナに……?」
「クラリスさんは姉として、もう少し気にかけてあげてほしい」
ユリウスの声は、少しだけ揺れていた。
「僕には、もう彼女にどう接していいか分かりません。でも、あなたなら……」
クラリスは、ユリウスの瞳を見つめながら、静かに頷いた。
「分かりました。……ありがとうございます、ユリウス様。セレナのこと、ちゃんと見ておきます」
「お願いします。あともう一つ相談したいことがあったんですが、もう出発しないといけないので。また学院に戻ってこれたら、その時に」
「わかりました。一日でも早く戻ってこれるよう祈っております」
ユリウスは、少しだけ微笑み、教室を後にした。
その背中は、どこか寂しげで――けれど、確かな優しさを残していた。
*
ユリウスが去った後、教室には再び静けさが戻っていた。
けれど、クラリスの胸の奥には、さっきの言葉がまだ残っていた。
『……セレナに、何か思うところがあるみたいで』
クラリスは、窓の外に目を向けた。
その景色は穏やかだったが、彼女の心は、どこかざわついていた。
(セレナ……最近笑顔を見せるようになってきたから、もう大丈夫だと思っていた。でも、それは私の勝手な思い込みだったのかもしれない)
クラリスは、机の上の資料をそっと閉じた。
ロジーナが戻ってきたが、クラリスは軽く微笑んで言った。
「ごめんなさい、少しだけ外を歩いてくるわ」
ロジーナは、すぐに事情を察して頷いた。
「はい。……クラリス様、行ってあげてください」
クラリスは、マントの裾を整え、教室を後にした。
石畳の回廊を歩きながら、学院の中庭へと向かう。
途中、すれ違う生徒たちが軽く頭を下げる。
けれど、クラリスの視線は、ただ一人――妹の姿を探していた。
(ユリウス様が、セレナにどう接していいか分からないと言っていた)
(でも、私は姉よ。あの子の一番近くにいる人間として、見過ごせない)
学院の塔の影が、ゆっくりと伸びていく。
その下で、クラリスの足音は静かに響いていた。
(セレナ……どこにいるの?)
そして、クラリスは中庭のベンチに、一人座る銀髪の少女の姿を見つけた――。
*
中庭のベンチには、銀髪の少女が一人座っていた。
クラリスは、そっと歩み寄り、声をかける。
「セレナ」
セレナは、少し驚いたように顔を上げたが、すぐに笑顔を見せる。
「姉様……どうしたの?」
クラリスは、隣に腰を下ろしながら、静かに言った。
「ユリウス様が、心配していたわ。最近、レオニス様に何か相談しているところを何度か見かけたって」
セレナは、少しだけ目を伏せた。
「……うん。レオニス様、時々声をかけてくれるの。優しい人だと思う」
「そうね。あの方は、責任感が強いから」
クラリスは、セレナの横顔を見つめながら、言葉を選ぶ。
「何か困っていることがあるの?」
セレナは、しばらく黙っていた。
そして、首を横に振る。
「……何でもないよ。大丈夫」
クラリスは、少しだけ眉をひそめた。
けれど、無理に問い詰めることはしなかった。
「大丈夫ならいいけど……無理しないで。私は、どんな時も味方だから」
その言葉に、セレナは目を見開いた。
そして、少しだけ笑顔を見せた。
「……ありがとう、姉様。私、頑張るね」
クラリスは、妹の手にそっと触れた。
その手は、少しだけ冷たかった。
1
あなたにおすすめの小説
『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています
六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。
しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。
「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!
ヒロインだと言われましたが、人違いです!
みおな
恋愛
目が覚めたら、そこは乙女ゲームの世界でした。
って、ベタすぎなので勘弁してください。
しかも悪役令嬢にざまあされる運命のヒロインとかって、冗談じゃありません。
私はヒロインでも悪役令嬢でもありません。ですから、関わらないで下さい。
悪役令嬢のビフォーアフター
すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。
腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ!
とりあえずダイエットしなきゃ!
そんな中、
あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・
そんな私に新たに出会いが!!
婚約者さん何気に嫉妬してない?
転生モブは分岐点に立つ〜悪役令嬢かヒロインか、それが問題だ!〜
みおな
恋愛
転生したら、乙女ゲームのモブ令嬢でした。って、どれだけラノベの世界なの?
だけど、ありがたいことに悪役令嬢でもヒロインでもなく、完全なモブ!!
これは離れたところから、乙女ゲームの展開を楽しもうと思っていたのに、どうして私が巻き込まれるの?
私ってモブですよね?
さて、選択です。悪役令嬢ルート?ヒロインルート?
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。
何度も断罪を回避しようとしたのに!
では、こんな国など出ていきます!
元社畜悪役令嬢、辺境のボロ城を全自動ボタニカル美容スパに大改造して引きこもる ~前世コスメで冷徹公爵を完治させたら溺愛されました~
季未
恋愛
「貴様のような悪逆非道な女は、極寒の辺境へ追放だ!」
建国記念の夜会で王太子から婚約破棄を突きつけられた公爵令嬢シャルロッテ。
しかし、彼女の中身は前世でブラック企業に殺された過労で過労死したマーケターだった!
(激務の王妃ルート回避!? しかも辺境は誰にも邪魔されないブルーオーシャン! 最高のフリーランス生活の始まりじゃない!)
理不尽な追放を究極のホワイト・スローライフへのパスポートだと歓喜した彼女は、あてがわれた辺境のボロ城を、前世の「DIY・スマートホーム知識」と「土・水魔法」を駆使して爆速で大改造!
隙間風の吹く部屋は、一瞬で「床暖房完備の全自動温水スパ」へ。
辺境に自生する雑草からは「極上ボタニカルコスメ」を開発し、自らも絶世の美女へと変貌していく。
さらに「お前には干渉しない」と白い結婚を突きつけてきたはずの、呪いで顔に火傷を負った氷の公爵に特製マッサージと美肌治療を施したところ……。
「お前が作ったこの空間と、お前自身が……俺のすべてだ」
冷徹だったはずの公爵様が、極上の癒やし空間と彼女の手技で完全に骨抜きにされ、異常なまでの過保護・溺愛モードに突入!?
現代マーケティングと美容チートで辺境を超高級スマート・リゾートへと再生させ、かつて自分を追放した王太子たちを大後悔させる!
爽快&極甘な、異世界リゾート経営×溺愛ファンタジー、堂々開幕!
逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子
もちもちほっぺ
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。
(その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!)
期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる