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第二章 ロルディアの影
第51話 囮(おとり)の覚悟
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ギルドの作戦会議から一夜明けた朝、俺たちはロルディア西郊の訓練場に集合していた。今日からいよいよ、ヴァルディス討伐作戦の準備が本格的に始まる。
石畳の広場にはギルド所属の戦士や魔導士たちが集まり、武器の手入れや連携訓練に汗を流していた。中でもひときわ鋭い気配を放っているのが——セリスだ。
長い栗色の髪を背中に流し、軽装ながら戦士の風格を漂わせた彼女は腰に携えた細身の剣を静かに手入れしていた。彼女はエルフェンリートの森から来た若き戦士であり、今回の作戦で囮という最も危険な役割を引き受けていた。
「……カイン殿、おはようございます」
セリスが俺に気づき、軽く一礼をしてくる。
「昨日は話す時間がなかったが……セリス、あまり無理をしなくてもいいからな。囮なんて、簡単な任務じゃない」
「それでも、やらねばならないのです。あの者を引きずり出せるのであれば、私にしか果たせぬ役目かと」
彼女の瞳には迷いがなかった。
「私の姉も……仲間たちも……ヴァルディスに奪われました。このままでは終われません」
怒りでも復讐でもない、静かな使命感。その覚悟に俺は言葉を失う。
「……わかった。なら俺も全力で動く。あいつを絶対にここで終わらせる」
「心強いお言葉です、カイン殿。どうか、よろしくお願いいたします」
セリスがかすかに微笑む。その笑みが、ほんの少しだけ不安を紛らわせた気がした。
***
昼過ぎ。
ギルド本部の地下作戦室では再びメンバーが集められていた。
ヴェルナーが壁の地図を示しながら作戦の最終確認を進める。魔力探査の結果、ヴァルディスの手勢が活動している地点がいくつか浮上しており、その中でもスレイン丘陵の地下に設けられた隠し拠点が最も怪しいとされている。
「目標地点はここだ。セリスを囮にして、奴の通信網へ『捕らえたエルフの存在』を知らせる。奴は自ら確保に現れるはずだ。そこを狙う」
「……直接、本人が動く確証は?」
俺が問いかけると、ヴェルナーは即答した。
「高確率で出る。奴は自ら実験対象に術を施す主義だ。複雑な術式や媒介道具は他人に任せない。影の魔力は繊細だからな」
「確かに、あの術具も精密な細工だった。納得だな……」
「セリスの監視と護衛はギルド戦士二名と私が行う」
ヴェルナーが続ける。
「カイン、お前とエルンは別動隊として、スレイン丘陵の南東側林地帯に潜伏してもらう。ヴァルディスが出現したら奇襲をかける」
俺たちはうなずいた。
「気になるのは敵の数と戦力ね……」
エルンが懸念を口にする。
「奴の周囲には影の魔法を施した実験体が複数存在する可能性がある。人間、獣人、元冒険者など……完全に洗脳されているか、意識を保ったまま操られているかは不明だ」
ヴェルナーの言葉に空気が重くなる。
「つまり、俺たちは人間の形をした敵と戦うかもしれないってことか」
「そういうことだ。だが、ためらいは命取りだぞ、カイン。奴らはもう戻れないところにいる」
俺は深くうなずく。それが、この異世界で生きるということだ。言い訳の余地などない。
作戦会議が終わり、俺たちはギルドの庭で小休止していた。
「ねぇ……カイン」
不意にエルンが話しかけてくる。
「セリスのこと、心配なんでしょ?」
「……まぁな。俺だったら絶対にやりたくない役だ」
「私も。でもね、彼女は強い。怖くないわけじゃない。怖いのに踏み出してるの」
エルンは静かに空を見上げた。
「カインも……最初は怖かった?」
「異世界に来たとき? 当たり前だろ。全部がわけわからなくて、エルフの身体になってるし、勝手に賢者扱いされて……毎日胃が痛かった」
思わず苦笑がこぼれる。
「でも……気づいたんだよ。動かなければ、ここではただの異物のままだってな。だから俺も怖いまま進むって決めた」
「……うん。そうやって、みんな前に進んでるのね」
エルンが少しだけ嬉しそうに笑った。その横でルナがくるりと身体を回転させ、俺たちの膝に飛び乗ってくる。
「ルナも、こわくない。カイン、いれば——だいじょうぶ」
「……ルナ」
ふわふわの毛並みに触れながら俺は強く思った。この戦いを必ず終わらせる。
***
夜。セリスは訓練場の端で静かに剣を振っていた。
「……カイン殿もいらしていたのですね」
俺は少し離れた位置に立ち、黙ってその剣筋を見つめる。
「最後の確認か?」
「はい。ここを越えれば……きっと、一つ区切りがつきます」
「……生きて帰るんだぞ」
セリスは剣を下ろし、振り返った。
「もちろんです。私は囮役なのですから。簡単にやられてたまるものですか」
その笑顔は凛としていて、眩しかった。
「見ていてください、カイン殿。次は私たちの番です」
スレイン丘陵へ向かう作戦開始は二日後。
それまでに備えられることはすべてやる。
影を討つために。この異世界で今度こそ、俺の存在を証明するために。
石畳の広場にはギルド所属の戦士や魔導士たちが集まり、武器の手入れや連携訓練に汗を流していた。中でもひときわ鋭い気配を放っているのが——セリスだ。
長い栗色の髪を背中に流し、軽装ながら戦士の風格を漂わせた彼女は腰に携えた細身の剣を静かに手入れしていた。彼女はエルフェンリートの森から来た若き戦士であり、今回の作戦で囮という最も危険な役割を引き受けていた。
「……カイン殿、おはようございます」
セリスが俺に気づき、軽く一礼をしてくる。
「昨日は話す時間がなかったが……セリス、あまり無理をしなくてもいいからな。囮なんて、簡単な任務じゃない」
「それでも、やらねばならないのです。あの者を引きずり出せるのであれば、私にしか果たせぬ役目かと」
彼女の瞳には迷いがなかった。
「私の姉も……仲間たちも……ヴァルディスに奪われました。このままでは終われません」
怒りでも復讐でもない、静かな使命感。その覚悟に俺は言葉を失う。
「……わかった。なら俺も全力で動く。あいつを絶対にここで終わらせる」
「心強いお言葉です、カイン殿。どうか、よろしくお願いいたします」
セリスがかすかに微笑む。その笑みが、ほんの少しだけ不安を紛らわせた気がした。
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昼過ぎ。
ギルド本部の地下作戦室では再びメンバーが集められていた。
ヴェルナーが壁の地図を示しながら作戦の最終確認を進める。魔力探査の結果、ヴァルディスの手勢が活動している地点がいくつか浮上しており、その中でもスレイン丘陵の地下に設けられた隠し拠点が最も怪しいとされている。
「目標地点はここだ。セリスを囮にして、奴の通信網へ『捕らえたエルフの存在』を知らせる。奴は自ら確保に現れるはずだ。そこを狙う」
「……直接、本人が動く確証は?」
俺が問いかけると、ヴェルナーは即答した。
「高確率で出る。奴は自ら実験対象に術を施す主義だ。複雑な術式や媒介道具は他人に任せない。影の魔力は繊細だからな」
「確かに、あの術具も精密な細工だった。納得だな……」
「セリスの監視と護衛はギルド戦士二名と私が行う」
ヴェルナーが続ける。
「カイン、お前とエルンは別動隊として、スレイン丘陵の南東側林地帯に潜伏してもらう。ヴァルディスが出現したら奇襲をかける」
俺たちはうなずいた。
「気になるのは敵の数と戦力ね……」
エルンが懸念を口にする。
「奴の周囲には影の魔法を施した実験体が複数存在する可能性がある。人間、獣人、元冒険者など……完全に洗脳されているか、意識を保ったまま操られているかは不明だ」
ヴェルナーの言葉に空気が重くなる。
「つまり、俺たちは人間の形をした敵と戦うかもしれないってことか」
「そういうことだ。だが、ためらいは命取りだぞ、カイン。奴らはもう戻れないところにいる」
俺は深くうなずく。それが、この異世界で生きるということだ。言い訳の余地などない。
作戦会議が終わり、俺たちはギルドの庭で小休止していた。
「ねぇ……カイン」
不意にエルンが話しかけてくる。
「セリスのこと、心配なんでしょ?」
「……まぁな。俺だったら絶対にやりたくない役だ」
「私も。でもね、彼女は強い。怖くないわけじゃない。怖いのに踏み出してるの」
エルンは静かに空を見上げた。
「カインも……最初は怖かった?」
「異世界に来たとき? 当たり前だろ。全部がわけわからなくて、エルフの身体になってるし、勝手に賢者扱いされて……毎日胃が痛かった」
思わず苦笑がこぼれる。
「でも……気づいたんだよ。動かなければ、ここではただの異物のままだってな。だから俺も怖いまま進むって決めた」
「……うん。そうやって、みんな前に進んでるのね」
エルンが少しだけ嬉しそうに笑った。その横でルナがくるりと身体を回転させ、俺たちの膝に飛び乗ってくる。
「ルナも、こわくない。カイン、いれば——だいじょうぶ」
「……ルナ」
ふわふわの毛並みに触れながら俺は強く思った。この戦いを必ず終わらせる。
***
夜。セリスは訓練場の端で静かに剣を振っていた。
「……カイン殿もいらしていたのですね」
俺は少し離れた位置に立ち、黙ってその剣筋を見つめる。
「最後の確認か?」
「はい。ここを越えれば……きっと、一つ区切りがつきます」
「……生きて帰るんだぞ」
セリスは剣を下ろし、振り返った。
「もちろんです。私は囮役なのですから。簡単にやられてたまるものですか」
その笑顔は凛としていて、眩しかった。
「見ていてください、カイン殿。次は私たちの番です」
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