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第五章 影理の司祭
第113話 沈黙の中の影
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俺たちは『ゼーレ』の街跡へと足を踏み入れた。そこには、かつて都市だったはずのものが広がっていた。……けれど、普通の廃墟とは明らかに違った。
建物は存在の輪郭だけを残して溶けていた。石造りの壁も、金属の塔も、輪郭を留めながらも表面は水彩画をにじませたようにぼやけ、輪郭線だけが不自然に残っている。触れようとすると指先がすっと抜ける。まるでそこには最初から何もなかったかのように。
「これは……」
俺の隣でカズエルが立ち止まった。
「時の圧縮か、あるいは重力の崩壊だな」
低く、慎重な声だった。
「時間が縮んで空間を押し潰すか、重力が局地的に暴走して構造を潰したか……。いずれにしても、自然な現象じゃない。誰かが意図的に理を捻じ曲げた痕跡だ」
俺は息を呑んだ。
『ゼーレ』は単に時に忘れられた都市じゃなかった。ここは壊されたのだ。意志を持って、理ごと。
「……風がないわ」
エルンがそっとつぶやいた。
彼女が詠唱を試そうとした瞬間だった。風の精霊に呼びかけたはずの魔力が、まるで違う方向へ引きずられていく。
「だめ……魔法が乱れる!」
エルンが顔をしかめた。呼びかけた風が暴走して逆巻き、すぐに霧散する。
風の精霊たちが呼びかけに応じるどころか、反応できないように空間そのものが狂っていた。
「このまま魔法を使うのは危険だ。下手をすれば、こっちが被害を被る」
カズエルがすぐに警告を発した。俺たちは魔力を抑え、できる限り感覚だけを頼りに進むことにした。
街の中心部へ近づくにつれ、空間の歪みはさらに強まった。
風景が揺れる。地面が柔らかく、脈打つように感じる。歩くたびに足元の石畳がかすかに波打った。
「——あれを見ろ」
カズエルが前方を指差した。俺たちが見たものは、まるで舞台の中心に置かれたような黒い円盤だった。黒曜石のような艶を持ち、まったく動かない。直径は五メートルほどか。だが、ただそこに在るだけなのに周囲の空間がそれを中心に吸い寄せられているように感じた。
中央に立つ円盤。静理盤。それはまるで世界の理を黙らせるために作られた装置のようだった。
近づくとすぐに異変が起きた。
エルンが装置を調べるため、小さく詠唱を始めた——その瞬間、言葉にノイズが走った。詠唱が歪み、発動どころか魔力自体がねじ曲げられてしまう。
「これは……理を偏向させるための……!」
カズエルが息を呑む。
「間違いない。これが偏向の中心だ」
俺たちが探していた歪みの源が、ついに姿を現した。その時——重く、冷たく、静かな景色の向こうに俺たちは気配を感じた。
ふと、視線を向けると、そこには仮面をつけた人影があった。黒いローブに包まれ、性別も年齢も判別できない。ただ、仮面だけが、やけに白く、冷たく光っていた。
「……誰だ?」
俺が声をかけても、相手は答えなかった。ただ、静かに、確実に、こちらを見ている——いや、観測している。
世界を沈める者。理を歪める者。この静寂を生み出した張本人なのか。敵か。味方か。あるいは——それすら超越した存在か。
『ゼーレ』の心臓部で俺たちが出会ったのは何者なのだろうか。
建物は存在の輪郭だけを残して溶けていた。石造りの壁も、金属の塔も、輪郭を留めながらも表面は水彩画をにじませたようにぼやけ、輪郭線だけが不自然に残っている。触れようとすると指先がすっと抜ける。まるでそこには最初から何もなかったかのように。
「これは……」
俺の隣でカズエルが立ち止まった。
「時の圧縮か、あるいは重力の崩壊だな」
低く、慎重な声だった。
「時間が縮んで空間を押し潰すか、重力が局地的に暴走して構造を潰したか……。いずれにしても、自然な現象じゃない。誰かが意図的に理を捻じ曲げた痕跡だ」
俺は息を呑んだ。
『ゼーレ』は単に時に忘れられた都市じゃなかった。ここは壊されたのだ。意志を持って、理ごと。
「……風がないわ」
エルンがそっとつぶやいた。
彼女が詠唱を試そうとした瞬間だった。風の精霊に呼びかけたはずの魔力が、まるで違う方向へ引きずられていく。
「だめ……魔法が乱れる!」
エルンが顔をしかめた。呼びかけた風が暴走して逆巻き、すぐに霧散する。
風の精霊たちが呼びかけに応じるどころか、反応できないように空間そのものが狂っていた。
「このまま魔法を使うのは危険だ。下手をすれば、こっちが被害を被る」
カズエルがすぐに警告を発した。俺たちは魔力を抑え、できる限り感覚だけを頼りに進むことにした。
街の中心部へ近づくにつれ、空間の歪みはさらに強まった。
風景が揺れる。地面が柔らかく、脈打つように感じる。歩くたびに足元の石畳がかすかに波打った。
「——あれを見ろ」
カズエルが前方を指差した。俺たちが見たものは、まるで舞台の中心に置かれたような黒い円盤だった。黒曜石のような艶を持ち、まったく動かない。直径は五メートルほどか。だが、ただそこに在るだけなのに周囲の空間がそれを中心に吸い寄せられているように感じた。
中央に立つ円盤。静理盤。それはまるで世界の理を黙らせるために作られた装置のようだった。
近づくとすぐに異変が起きた。
エルンが装置を調べるため、小さく詠唱を始めた——その瞬間、言葉にノイズが走った。詠唱が歪み、発動どころか魔力自体がねじ曲げられてしまう。
「これは……理を偏向させるための……!」
カズエルが息を呑む。
「間違いない。これが偏向の中心だ」
俺たちが探していた歪みの源が、ついに姿を現した。その時——重く、冷たく、静かな景色の向こうに俺たちは気配を感じた。
ふと、視線を向けると、そこには仮面をつけた人影があった。黒いローブに包まれ、性別も年齢も判別できない。ただ、仮面だけが、やけに白く、冷たく光っていた。
「……誰だ?」
俺が声をかけても、相手は答えなかった。ただ、静かに、確実に、こちらを見ている——いや、観測している。
世界を沈める者。理を歪める者。この静寂を生み出した張本人なのか。敵か。味方か。あるいは——それすら超越した存在か。
『ゼーレ』の心臓部で俺たちが出会ったのは何者なのだろうか。
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