50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく

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第六章 ロルディアの動乱

第118話 静寂を越えて

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 ゼーレから戻って数日。フェルシアの里は変わらぬ穏やかな時を刻んでいた。
 俺たちはリゼリアが用意してくれた庁舎の一室を借り、持ち帰った資料の整理と心身の休息にあてていた。

 部屋の隅でカズエルが、シャルガの仮面の破片をじっと見つめている。その指先が空中で何かをなぞるたびに淡い光の術式が浮かび上がっては消えていた。彼の周りだけ、空気が張り詰めている。

「……どうだ、何か分かったか?」

 俺が声をかけると、カズエルは険しい顔でこちらを振り向いた。

「ああ。だが、分かれば分かるほど、厄介なことになってきた」

 彼は立ち上がり、テーブルに仮面の破片を置く。その場にいたエルンとセリス、ルナも、彼のただならぬ雰囲気に気づき、集まってきた。

「この仮面に残された理式りしきの痕跡……俺が知るどの体系とも違う。これは我々の世界とは異なる異界の法則――あるいはその残響ざんきょうに由来する可能性がある」

 その言葉に部屋の空気が凍りついた。

「異界……では、シャルガは一体何者だったというの……?」

 エルンが息を呑む。セリスもまた、信じられないというように仮面を見つめていた。

「まだ断定はできない。だが、奴が使っていた理式りしきは、この世界の法則を『静止』させるのではなく、『上書き』するような、根本的に異質な思想で構築されていた。……だからこそ、俺は一度戻る必要がある」

 カズエルは強い決意を目に宿して言った。

「学術都市アーカイメリアへ。あそこの大書庫と設備を使えば、この未知の理式りしきについて、もっと深く調べられるはずだ。このまま放置するのは、いささか危険かもしれない」

 シャルガという存在の謎。それが、カズエルの旅立ちの揺るぎない理由となった。

「えっ、もう行っちゃうの?」

 ルナが寂しそうに声を上げる。

「悪いな。だが、これは俺にしかできない調査だ」

 その時、報告を終えたセリスが部屋に入ってきた。カズエルの決意を聞き、彼女は静かに歩み寄る。

「……そう、ですか。あなたがこの里を離れるのは残念ですが……その理由、理解できます」

「セリスさん……」

「気をつけて。……帰ってきたら、また話しましょう」

 セリスのその言葉にカズエルは一瞬だけ表情を崩し、そして真剣にうなずいた。

「……ああ、必ず」

 ふたりの間に流れる微かな空気をルナが見逃すはずもなかった。

「ねぇ、カズエルさんってさ、セリスのこと気になってる……よね?」

「お、おいルナ!」

 セリスが赤面し、思わず声を上げる。カズエルは肩をすくめ、けれど否定はしなかった。

「……まあ、否定はしないがな。だからこそ、今はやるべきことを果たしたいと思ったんだよ」

 その真面目な返答にセリスは顔を伏せつつも、小さく笑った。

 ***

 出発の準備を終えたカズエルが庁舎の前に立つ。俺も見送りに出ていた。

「……なあ、竹内」

 ふいにカズエルが日本語で耳打ちをする。

「なんだよ、改まって」

「俺たちが『無双』するって約束、まだ途中だぞ。俺がこの世界の『バグ』を解析して戻ってくるまで、くたばるなよ」

 俺は苦笑して、友の顔を見た。

「ああ。お前こそ、根詰めすぎて倒れるなよ。もう若くない……いや、身体は若いんだったか」

「違いない。徹夜も余裕だ」

 カズエルはニヤリと笑い、俺の胸を軽く小突いた。

「じゃあ……行ってくる。ゼーレのこと、静理盤せいりばんのこと、それに——お前たちのことも、ちゃんと記録して残すからな」

「頼んだぞ、相棒」

 カズエルは最後に俺の肩を軽く叩き、歩き出した。その背は新たな謎へと立ち向かう研究者のものだった。

 俺たちは静寂を越えた。だが、その先にはまだ知らぬ世界のことわりが広がっている。
 友の背を見送りながら、俺は次なる物語の始まりを確かに感じていた。
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