50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく

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第八章 落星の裂け目

第152話 精霊を喰らう者

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 カズエルとセリスが王都へ旅立ってから、一月ほどが過ぎた。
 保守派エルフたちの集団失踪は森に静かな波紋を広げたものの、俺たちの日常は驚くほど穏やかだった。俺は賢者として、エルドレアやミラネと協力し、失われた伝承の編纂へんさん作業に没頭していた。それは、この森の本当の歴史と向き合う、静かで、しかし重要な仕事だった。

「カイン、こっちの巻物、解読できたわよ」
「カイン様、こちらの石板の写しが完了しました」

 エルンとミラネが、それぞれの作業の成果を俺のもとへ運んでくる。書庫での地道な作業はまるで巨大なジグソーパズルを組み立てていくようだった。

「ありがとう、二人とも。……しかし、古い記録になればなるほど欠損が激しいな」

 俺はひときわ古く、損傷の激しい羊皮紙の巻物を慎重に広げた。記されているのは現代ではほとんど使われない古代エルフ語。俺がその巻物に触れた瞬間、腕にはめられた『賢者の印』が淡く輝き、俺の意識に直接、言葉の意味が流れ込んできた。

「……これは……」

 俺は印が読み解いた文章を思わず声に出して読み上げていた。

「世界がまだ若き時代、星々を覆う黒き霧が現れ、精霊たちを喰らい尽くさんとした。……霧の名は『エクリプス』。精霊を喰らう異形……」

 書庫の空気が、シンと静まり返る。

「エクリプス……?」

 エルンが息を呑んだ。

 俺は構わず続きを読む。

「光と契約せし賢者がそれを封じたが、いずれは封印を解き、倒さねばならぬだろう。その時まで、賢者の系譜に連なる者は、この封印を監視し続けよ……」

「精霊を喰らう……異形ですって?」

 ミラネの声が、かすかに震えていた。

『これは伝承ではない。事実だ』

 俺の脳裏にカイランの重い声が響いた。

『エクリプス……世界のことわりそのものに敵対するいにしえの災厄だ。光の賢者アウレリウスが自らの命と引き換えに封じたと記録されている』

 命と引き換えにようやく封印するのがやっとだったというのか。俺はゴクリと唾を飲み込んだ。

「その封印の監視は誰が担当していたんだ?」

 俺の問いにミラネが険しい表情で書庫の管理記録をめくり、ある名前を指差して顔を青ざめさせた。

「……封印の監視は長老会の中でも森の防衛を司る者が担う、とあります。その役職に最後に就いていたのは……ヴィンドール、です」

 その瞬間、すべてのピースが繋がった気がした。

「まさか……彼らは、その封印をどうにかしようと……?」

 エルンが最悪の可能性を口にする。

 俺の胸が再び嫌なざわつきに満たされる。
 その時だった。

「カイン!」

 ルナが書庫に駆け込んできた。その手には一枚の古い星図が握られている。

「大変だよ! 星の動きが、すごく変なの! 特に北東の空が……黒いシミみたいなので、どんどん隠されていってる!」

 北東。俺は森の古地図を広げ、ルナが指差す星図の方向と重ね合わせる。そこは「落星の裂け目」と呼ばれる広大な不毛地帯だった。

 エルンの表情がこわばる。

「『落星の裂け目』……。あそこは大昔に天から星が墜ち、大地がその衝撃で砕け散った場所だと伝わっています。その影響でことわりが歪み、精霊は狂い、草木は育たず、重力さえも不安定な土地だと。だから森の誰もが呪われた地として近づかない……」

「精霊を喰らう化け物を封印するには、うってつけの場所というわけか」

 俺は指で、その場所を強く押さえたまま言葉を失った。

(冗談じゃない……。古の災厄? なんでそんなものの後始末が俺に回ってくるんだ。これ、ぜったい誰かに仕組まれてるだろ?)

 心の中で渦巻くのは途方もない重圧と、逃げ出したいという本音だった。だが、俺が黙り込んでいると、エルンが心配そうに俺の顔を覗き込んだ。

「カイン……?」

 その声に俺はハッと我に返る。
 仲間たちが俺の言葉を待っている。俺が賢者として決断することを。

 俺は一度、固く目を閉じ、そしてゆっくりと開いた。

「……行くしか、ないだろうな」

 絞り出した声は自分でも驚くほどか細かった。だが、言葉は続いた。

「ヴィンドールが責務を放棄した今、この役目を引き継げるのは……賢者の印を持つ、俺だと思う。正直、逃げ出したい気分だけど、このまま放っておくわけにはいかないだろう」

 俺は立ち上がり、仲間たち一人一人の顔を見回した。

「……準備を頼む。俺たちで『落星の裂け目』へ向かってみよう」

 平穏な日々は唐突に終わりを告げた。
 俺の心に迷いが消えたわけではない。だが、賢者として、仲間と共にこの森を守る。そのために俺はここにいるのだから。
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