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第十章 混沌の呼び声
第176話 森を旅立つ者たち
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エルドレアが亡くなってから数日が過ぎた。
森は深い悲しみに包まれていたが、それでも季節は巡り、木々は芽吹き、時間は前に進もうとしていた。俺たちもまた、次なる一歩を踏み出す時が来ていた。
賢者の住居の広間。テーブルに広げられたアルヴェント全土の地図を俺たち四人は囲んでいた。
「世界をざわつかせる『混沌』……その手がかりを探すなら、まずはここだろう」
俺が指し示したのはエルフェンリートの森から山脈を越えた先にある、広大な山岳地帯。ドワーフ王国の領地だ。
「エルフの森に次いで長い歴史を持つ彼らが住む地なら、何か古の伝承や記録が残っているかもしれない。それに、レオナルドの装備も新調する必要がある。来るべき戦いに備えるなら、ドワーフの技術は不可欠だ」
俺の提案にレオナルドは静かにうなずいた。
「確かにな。エクリプスとの戦いで俺の剣は限界が見えた。ドワーフの鍛冶技術、この目で確かめてみたい」
「あたらしい武器! いいねー! レオナルドがもっと強くなったら、カインも安心だもんね!」
ルナが嬉しそうに言うとエルンも微笑んだ。
「ええ。目的が明確なら迷うことはありません。準備を始めましょう」
方針は決まった。
出発前、エルンが小さな鳥籠を手に俺のもとへやって来た。中には風を切るのに適した流線形の体を持つ、一羽の小鳥がいる。
「カイン、王都へ送る手紙の内容をください。この子にセリスの元まで運んでもらいます」
これが、彼女の使う『精霊通信』だった。飛行生物に手紙を託し、風の精霊の加護によって正確かつ迅速に対象の元まで運ばせる。
俺はうなずき、エルンが用意した軽い羊皮紙にペンを走らせた。
『セリスへ。俺たちはこれから「混沌をもたらす存在」の調査のためにドワーフ王国へ向かう。エルドレア様の遺志を継ぎ、俺自身の目で世界のざわめきの正体を確かめてくる。王都のことは引き続き頼んだ。カズエルにもよろしく伝えてくれ』
エルンはその手紙を小さく丸めると、小鳥の足に丁寧に結びつけた。そして、鳥籠の扉を開け、小鳥を掌に乗せると、静かに目を閉じて詠唱を始める。
「疾風の精霊シルフィードよ。この小さき翼に迷わぬ道を。彼の人の元まで風の導きを」
彼女の手から放たれた小鳥は一瞬にして空高く舞い上がると、淡い光の風に乗り、瞬く間に南の空へと消えていった。
出発の朝。森の入り口にはミラネが見送りに立っていた。彼女の瞳には森の未来を担う者としての力強い光が宿っていた。
「カイン様、皆様。どうかご武運を。森のことは、このミラネが必ずお守りいたします。ここは、あなた方がいつでも帰ってこられる場所です」
「ああ、頼んだよミラネ」
俺たちは森の新たな指導者となった彼女に深く一礼し、慣れ親しんだ故郷に背を向けた。
***
ドワーフ王国へと続く街道は穏やかだった。
森を抜けると空が広がり、風の匂いが変わる。どこまでも続く草原と遠くに見える山脈の稜線。それは俺たちの新たな旅の始まりを告げているようだった。
「わーい! ひろーい!」
ルナが歓声を上げて草原を駆け回り、レオナルドは警戒を怠らずに周囲の気配を探っている。エルンは時折地図を確認しながら進むべき道を示してくれた。
それぞれが、それぞれの役割を果たしている。この四人なら、どこへだって行ける。そんな確信が俺の中にあった。
***
旅を始めて三日目の午後。一行が森の抜け道に差しかかった時だった。
「……止まれ」
先頭を歩いていたレオナルドが静かに手を上げて制した。
「……何だ?」
「気配がする。複数……待ち伏せだ。素人だが、数はいるな」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに周囲の茂みから十数人の男たちが姿を現した。錆びた剣や斧を手にした、いかにもといった風体の盗賊団だった。
「へへへ、金目のものは全部置いて、エルフのねーちゃんも置いていってもらおうか!」
リーダー格の男が下卑た笑いを浮かべる。その光景に俺は思わず口元を緩めた。
「……なんだか懐かしいな」
かつて、エルンと二人で森を追われ、おびえていた頃を思い出す。あの時は全てが脅威で、生き延びるだけで精一杯だった。だが、今は違う。
「レオナルド、右を頼む。ルナは撹乱。エルンは後方から援護を」
俺が短く指示を飛ばすと、仲間たちは淀みなく動き出した。
「承知した」
レオナルドの身体が疾風のように駆け、双剣が嵐のように舞う。彼の剣技はもはや森の一戦士の域を超えていた。盗賊たちはその圧倒的な速度と手数に対応できず、次々とうめき声を上げて倒れていく。
「えーい! こっちだよー!」
ルナが素早い動きで盗賊たちの注意を引きつけ、その足元に小さな火球を放つ。驚いて体勢を崩したところをエルンの放った風の刃が的確に武器だけを弾き飛ばした。
戦闘はあっという間に終わった。ものの数分で盗賊団は武器を失い、地面に転がっている。
「……あれ? カイン、何にもしてなくない?」
ルナがきょとんとした顔で俺を見た。
「いや、お前たちが強すぎるんだよ」
俺は苦笑しながら、縛り上げた盗賊の頭に「二度とやるなよ」とだけ告げた。
仲間たちの成長と、この揺るぎない絆。それこそが、俺がこの世界で得た何よりの宝だった。
俺たちは再び、西の山脈を目指して力強く歩き出した。
森は深い悲しみに包まれていたが、それでも季節は巡り、木々は芽吹き、時間は前に進もうとしていた。俺たちもまた、次なる一歩を踏み出す時が来ていた。
賢者の住居の広間。テーブルに広げられたアルヴェント全土の地図を俺たち四人は囲んでいた。
「世界をざわつかせる『混沌』……その手がかりを探すなら、まずはここだろう」
俺が指し示したのはエルフェンリートの森から山脈を越えた先にある、広大な山岳地帯。ドワーフ王国の領地だ。
「エルフの森に次いで長い歴史を持つ彼らが住む地なら、何か古の伝承や記録が残っているかもしれない。それに、レオナルドの装備も新調する必要がある。来るべき戦いに備えるなら、ドワーフの技術は不可欠だ」
俺の提案にレオナルドは静かにうなずいた。
「確かにな。エクリプスとの戦いで俺の剣は限界が見えた。ドワーフの鍛冶技術、この目で確かめてみたい」
「あたらしい武器! いいねー! レオナルドがもっと強くなったら、カインも安心だもんね!」
ルナが嬉しそうに言うとエルンも微笑んだ。
「ええ。目的が明確なら迷うことはありません。準備を始めましょう」
方針は決まった。
出発前、エルンが小さな鳥籠を手に俺のもとへやって来た。中には風を切るのに適した流線形の体を持つ、一羽の小鳥がいる。
「カイン、王都へ送る手紙の内容をください。この子にセリスの元まで運んでもらいます」
これが、彼女の使う『精霊通信』だった。飛行生物に手紙を託し、風の精霊の加護によって正確かつ迅速に対象の元まで運ばせる。
俺はうなずき、エルンが用意した軽い羊皮紙にペンを走らせた。
『セリスへ。俺たちはこれから「混沌をもたらす存在」の調査のためにドワーフ王国へ向かう。エルドレア様の遺志を継ぎ、俺自身の目で世界のざわめきの正体を確かめてくる。王都のことは引き続き頼んだ。カズエルにもよろしく伝えてくれ』
エルンはその手紙を小さく丸めると、小鳥の足に丁寧に結びつけた。そして、鳥籠の扉を開け、小鳥を掌に乗せると、静かに目を閉じて詠唱を始める。
「疾風の精霊シルフィードよ。この小さき翼に迷わぬ道を。彼の人の元まで風の導きを」
彼女の手から放たれた小鳥は一瞬にして空高く舞い上がると、淡い光の風に乗り、瞬く間に南の空へと消えていった。
出発の朝。森の入り口にはミラネが見送りに立っていた。彼女の瞳には森の未来を担う者としての力強い光が宿っていた。
「カイン様、皆様。どうかご武運を。森のことは、このミラネが必ずお守りいたします。ここは、あなた方がいつでも帰ってこられる場所です」
「ああ、頼んだよミラネ」
俺たちは森の新たな指導者となった彼女に深く一礼し、慣れ親しんだ故郷に背を向けた。
***
ドワーフ王国へと続く街道は穏やかだった。
森を抜けると空が広がり、風の匂いが変わる。どこまでも続く草原と遠くに見える山脈の稜線。それは俺たちの新たな旅の始まりを告げているようだった。
「わーい! ひろーい!」
ルナが歓声を上げて草原を駆け回り、レオナルドは警戒を怠らずに周囲の気配を探っている。エルンは時折地図を確認しながら進むべき道を示してくれた。
それぞれが、それぞれの役割を果たしている。この四人なら、どこへだって行ける。そんな確信が俺の中にあった。
***
旅を始めて三日目の午後。一行が森の抜け道に差しかかった時だった。
「……止まれ」
先頭を歩いていたレオナルドが静かに手を上げて制した。
「……何だ?」
「気配がする。複数……待ち伏せだ。素人だが、数はいるな」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに周囲の茂みから十数人の男たちが姿を現した。錆びた剣や斧を手にした、いかにもといった風体の盗賊団だった。
「へへへ、金目のものは全部置いて、エルフのねーちゃんも置いていってもらおうか!」
リーダー格の男が下卑た笑いを浮かべる。その光景に俺は思わず口元を緩めた。
「……なんだか懐かしいな」
かつて、エルンと二人で森を追われ、おびえていた頃を思い出す。あの時は全てが脅威で、生き延びるだけで精一杯だった。だが、今は違う。
「レオナルド、右を頼む。ルナは撹乱。エルンは後方から援護を」
俺が短く指示を飛ばすと、仲間たちは淀みなく動き出した。
「承知した」
レオナルドの身体が疾風のように駆け、双剣が嵐のように舞う。彼の剣技はもはや森の一戦士の域を超えていた。盗賊たちはその圧倒的な速度と手数に対応できず、次々とうめき声を上げて倒れていく。
「えーい! こっちだよー!」
ルナが素早い動きで盗賊たちの注意を引きつけ、その足元に小さな火球を放つ。驚いて体勢を崩したところをエルンの放った風の刃が的確に武器だけを弾き飛ばした。
戦闘はあっという間に終わった。ものの数分で盗賊団は武器を失い、地面に転がっている。
「……あれ? カイン、何にもしてなくない?」
ルナがきょとんとした顔で俺を見た。
「いや、お前たちが強すぎるんだよ」
俺は苦笑しながら、縛り上げた盗賊の頭に「二度とやるなよ」とだけ告げた。
仲間たちの成長と、この揺るぎない絆。それこそが、俺がこの世界で得た何よりの宝だった。
俺たちは再び、西の山脈を目指して力強く歩き出した。
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