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第十三章 英雄の喧騒と誓いの言葉
第227話 分断の野営地
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レオナルドとの間に走った、修復しがたいほどの亀裂。
その夜、俺たちの野営地はこれまで経験したことのないほど冷たい沈黙に支配されていた。
パチパチ、と焚き火の爆ぜる音だけが、やけに大きく耳に響く。
誰もが口を閉ざし、ただ黙々と武器の手入れをしたり、荷物の整理をしたりしている。
魔獣の群れを退けた後だというのに、そこには勝利を分かち合う空気など微塵も存在しなかった。
あるのは重く、息苦しい澱みだけだ。
「……夕食の準備ができました」
エルンが抑揚のない事務的な声でそう告げた。
彼女が配るスープからは温かい湯気が立ち上っているが、今のこの空気の中では、どこか虚しく、彩りのない液体に見えた。
その夕食の席で、パーティの分断は誰の目にも明らかな「形」となって現れた。
「カイン様、お隣、よろしいですか?」
リナが当然のように俺の右隣に腰を下ろす。セリシアもまた、カズエルの隣に控えめに、しかし迷いなく座った。
その光景を見て、エルンは何も言わずに、俺たちから最も遠い場所へと無言で移動した。セリスもまた、示し合わせたかのようにその隣へ。
そして、レオナルドは焚き火の輪から少しだけ離れた岩に腰かけ、俺たちに背を向けるようにして、一人静かにスープをすすり始めた。
焚き火を挟んで、俺とカズエル。その俺の左腕を独占するように抱きしめるルナと、右隣のリナ、そしてカズエルの横のセリシア……こちらの計五人と。
対して、冷ややかな沈黙を守るエルン、セリス、レオナルドの三人。
パーティは見えない壁で隔てられたかのように、二つにくっきりと分かれていた。
「カイン様、これもどうぞ! 私、一生懸命焼いたんです!」
リナが、少し焦げ付いた干し肉を満面の笑みで俺に差し出してくる。その、あまりにも空気の読めない、悪意のない親切が、今はただ痛かった。
「あ、ああ……ありがとう」
俺が場の空気を壊さないよう、それを受け取ろうとした、その瞬間だった。
「いらないっ!」
鋭い拒絶の声と共に、俺の左隣に座っていたルナが動いた。
彼女はリナの差し出した干し肉を、小さな手で、パシんッ、と激しく叩き落としたのだ。
「え……?」
干し肉が砂埃の中に転がる。
ルナはリナを睨みつけていた。その瞳には涙が浮かび、頭からは感情を抑えきれなくなったのか、隠していたはずのふさふさの獣耳がピョコンと飛び出している。
「カインは、ルナがあげたお肉を食べるんだから! あなたのはいらないの!」
彼女の過剰なまでの拒絶反応。それは、ただの嫉妬ではない。自分の「居場所」を侵食してくる異物に対する、野生の本能的な威嚇だった。
「ルナ、やめないか。食べ物を粗末にするな」
「やだ! だってこの人、ずっとカインにべたべたするんだもん! ルナ、嫌い!」
「あ……ご、ごめんなさい……私……」
リナは叩き落とされた干し肉を悲しそうに見つめ、シュンとうつむいてしまった。
最悪の空気だった。
向こう側の三人――エルンたちの視線が、さらに冷ややかなものに変わるのが肌で感じられた。
俺は、どうすることもできずに、ただ興奮するルナの頭を撫でてなだめることしかできない。
リーダーとして、仲間たちの信頼を繋ぎとめるべき俺が、今、その絆が音を立てて崩れていくのを、ただ無力に見ていることしかできない。
カズエルは、そんな俺たちの様子を、眼鏡の奥からただ黙って見つめていた。彼のスプーンは止まったままだ。
「……やれやれ」
彼は誰に言うでもなく、一つ、深く重い溜息をついた。
夜が更け、それぞれが寝床につく時間になっても、その溝は埋まらなかった。
俺とカズエルは一つの焚き火を、そしてエルンたちは少し離れた場所で、もう一つの小さな焚き火を囲んでいる。
二つの炎が、まるで俺たちの心の距離を象徴するかのように、互いを照らすことなく、闇の中で静かに揺らめいていた。
この分断された野営地で、俺は自らの判断の甘さが招いた結果の重さを痛いほどに噛みしめていた。
そして、この亀裂が、やがて取り返しのつかない決裂へと繋がっていくのではないかという、拭いきれない不安が、胸の奥に冷たく広がっていた。
その夜、俺たちの野営地はこれまで経験したことのないほど冷たい沈黙に支配されていた。
パチパチ、と焚き火の爆ぜる音だけが、やけに大きく耳に響く。
誰もが口を閉ざし、ただ黙々と武器の手入れをしたり、荷物の整理をしたりしている。
魔獣の群れを退けた後だというのに、そこには勝利を分かち合う空気など微塵も存在しなかった。
あるのは重く、息苦しい澱みだけだ。
「……夕食の準備ができました」
エルンが抑揚のない事務的な声でそう告げた。
彼女が配るスープからは温かい湯気が立ち上っているが、今のこの空気の中では、どこか虚しく、彩りのない液体に見えた。
その夕食の席で、パーティの分断は誰の目にも明らかな「形」となって現れた。
「カイン様、お隣、よろしいですか?」
リナが当然のように俺の右隣に腰を下ろす。セリシアもまた、カズエルの隣に控えめに、しかし迷いなく座った。
その光景を見て、エルンは何も言わずに、俺たちから最も遠い場所へと無言で移動した。セリスもまた、示し合わせたかのようにその隣へ。
そして、レオナルドは焚き火の輪から少しだけ離れた岩に腰かけ、俺たちに背を向けるようにして、一人静かにスープをすすり始めた。
焚き火を挟んで、俺とカズエル。その俺の左腕を独占するように抱きしめるルナと、右隣のリナ、そしてカズエルの横のセリシア……こちらの計五人と。
対して、冷ややかな沈黙を守るエルン、セリス、レオナルドの三人。
パーティは見えない壁で隔てられたかのように、二つにくっきりと分かれていた。
「カイン様、これもどうぞ! 私、一生懸命焼いたんです!」
リナが、少し焦げ付いた干し肉を満面の笑みで俺に差し出してくる。その、あまりにも空気の読めない、悪意のない親切が、今はただ痛かった。
「あ、ああ……ありがとう」
俺が場の空気を壊さないよう、それを受け取ろうとした、その瞬間だった。
「いらないっ!」
鋭い拒絶の声と共に、俺の左隣に座っていたルナが動いた。
彼女はリナの差し出した干し肉を、小さな手で、パシんッ、と激しく叩き落としたのだ。
「え……?」
干し肉が砂埃の中に転がる。
ルナはリナを睨みつけていた。その瞳には涙が浮かび、頭からは感情を抑えきれなくなったのか、隠していたはずのふさふさの獣耳がピョコンと飛び出している。
「カインは、ルナがあげたお肉を食べるんだから! あなたのはいらないの!」
彼女の過剰なまでの拒絶反応。それは、ただの嫉妬ではない。自分の「居場所」を侵食してくる異物に対する、野生の本能的な威嚇だった。
「ルナ、やめないか。食べ物を粗末にするな」
「やだ! だってこの人、ずっとカインにべたべたするんだもん! ルナ、嫌い!」
「あ……ご、ごめんなさい……私……」
リナは叩き落とされた干し肉を悲しそうに見つめ、シュンとうつむいてしまった。
最悪の空気だった。
向こう側の三人――エルンたちの視線が、さらに冷ややかなものに変わるのが肌で感じられた。
俺は、どうすることもできずに、ただ興奮するルナの頭を撫でてなだめることしかできない。
リーダーとして、仲間たちの信頼を繋ぎとめるべき俺が、今、その絆が音を立てて崩れていくのを、ただ無力に見ていることしかできない。
カズエルは、そんな俺たちの様子を、眼鏡の奥からただ黙って見つめていた。彼のスプーンは止まったままだ。
「……やれやれ」
彼は誰に言うでもなく、一つ、深く重い溜息をついた。
夜が更け、それぞれが寝床につく時間になっても、その溝は埋まらなかった。
俺とカズエルは一つの焚き火を、そしてエルンたちは少し離れた場所で、もう一つの小さな焚き火を囲んでいる。
二つの炎が、まるで俺たちの心の距離を象徴するかのように、互いを照らすことなく、闇の中で静かに揺らめいていた。
この分断された野営地で、俺は自らの判断の甘さが招いた結果の重さを痛いほどに噛みしめていた。
そして、この亀裂が、やがて取り返しのつかない決裂へと繋がっていくのではないかという、拭いきれない不安が、胸の奥に冷たく広がっていた。
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