気功だけで世界を変える:クラスも勇者もいらない

佐藤祐騰久兵衛

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ミュンツフルト編

戦士の館に潜むもの

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「マルファスニアウマエニヴィズリスニアエ……マルファスに会う前にヴィズリスに会え……か。ウイルヘルムちゃん、マルファスとヴィズリスっていう人知ってるか?」
 帰り道、ティージがドライフィンからのメッセージについてウイルヘルムに聞いてみた。

「知らぬな。名前からして魔族に思えるが。」
 ウイルヘルムは肩をすくめた。

 ドライフィンがセマフォ指文字でウイルヘルムにメッセージを伝えた後、ウイルヘルムはヴァイス家公子としてドライフィンに二つの指示を出した。

 一つはヨルビクとリナを、今回の黒い騎士に関する報告で死亡扱いにすること。これで二人とも『黄小町』の背後にある、影魔石流通会の参加者の一員でもある『月下美人会』に追われることもなくなるだろう。

 そしてもう一つは、分署の書類再編成が終了する次第、ホーフヌン丘の城の城代ベルタへ出頭するように命じた。なぜか分からないが、ウイルヘルムはドライフィンをグスタフに合わせるのがまずいと思っている。あとでベルタに手紙を出さなければならない。

 このまま隠れ家に戻ると言い争いが再開しそうなので、レオンたちはウイルヘルムから前半の仕事の報酬1,000万を貰い、レオンとタリンゴスの転職条件確認のため、辻馬車で一番近い戦士ギルド支部へ向かった。

 一番近いとは言っても、戦士ギルド港区西岸支部はその名の通りに港の近くに位置している。次の依頼で使える戦力に影響するということで、ウイルヘルムも同行した。

 戦士ギルド港区西岸支部は、下級貴族の屋敷並みに広い無骨な石造りの三階建の建物だ。立派なドアを開けると広めの応接室があり、正面には受付、両側には順番待ちのギルドメンバーたちのための椅子が並んでいる。併設の酒場もなければ、仕事依頼が貼り付けられている掲示板もない。仕事の斡旋はケースバイケースでギルドスタッフが面接によってメンバーを篩に掛ける。魔王受肉の兆しとして魔物が活発化しているゆえ、いつもより順番待ちのメンバーが多い。

 ギルドに足を踏み入れた瞬間、空気がわずかに揺れた。
 顔には薄いヴェール、上着の襟にはヴァイス家の紋章を隠す細工。ウイルヘルム・ヴァイス士爵と気づく者はいないはずだ。ギルドに入ると、戦士ギルドの現会長の胸像がまず目に入り、その下には会長の挨拶が刻字されている。

◆◆◆
戦士ギルド会長 ゾルタン・アイゼンヴァッハーよりご挨拶
親愛なる冒険者の皆様へ
 帝国公認の戦士ギルドは、創立以来200年、グレンツヴェルト帝国全土における民間武力の適正管理と運用に尽力してまいりました。我々の存在意義は、皆様の武勇を守り、法的な保証を与えることにあります。
 正規の武力行使は、信頼のギルド会員特権!
 当ギルドに入会すれば、帝国の法に守られた武力行使が可能になります。これは会員だけの特権です!未所属で武器を振るうリスクを背負う必要はありません。些細な会費でこの安心を手に入れられるのです。(※会費一覧は受付カウンターまで)
 充実のサービス内容
• 高報酬の依頼斡旋(手数料わずか30%!)
• 最新設備の訓練場(別途利用料あり)
• 実績ある指導者による転職指導(特別料金プラン有)
• 治療魔法サービス(会員割引あり)
 転職指導サービス - その未来への投資
 自前で導師を雇えない方々にも、平等なキャリアアップの機会を!当ギルドの転職指導は、他では手に入らない職業クラスへの道を開きます。料金はかかりますが、あなたの未来への投資と考えれば安いものです。次回昇格時の諸経費もお忘れなく!
 帝国との連携 - あなたの権利を守るために
 帝国法令第457条により、正当な武力行使はギルド会員のみに認められています。これはあなたを守るための制度です!会員証を今すぐ取得して、安心して冒険を続けましょう。年会費の滞納にはご注意を。
「正しく戦い、正しく稼ぐ - それが戦士ギルドの誇りです」
 ※他の魔法ギルド、技師ギルドへの併願も可能です(複数ギルド所属割増料金あり)
◆◆◆

 順番待ちの冒険者たちは、一様にちらりと彼の方へ視線を送ったが、それ以上の関心を見せる者はほとんどいなかった。だがその中に、一人だけ違う動きをする者がいた。
 そいつは座ったまま、無造作を装いながらも、全身で情報を拾っている。
 目は一度たりとも正面からぶつからない。それなのに、確実に頭の先から足のつま先までを視線でなぞっていた。
 肩の張り、足運びの重心、武器の有無、距離感、呼吸のリズム──細部に至るまで、記憶に刻み込むかのように観察している。
(……狙われたな)
 ウイルヘルムは内心で呟いた。
 初対面の相手に「印」をつける──それは、かつての戦場や地下格闘界で何度も感じた、“経験ある獣”の視線だ。
 無数の死線を潜り抜けてきた者だけが持つ、瞬時に敵と味方を選り分ける眼光。

 ウイルヘルムが違和感を覚えたちょうどその頃、別の異常に気づいていた者がいた——スリハンだ。椅子に座っている冒険者たちから伝わる鋼の鎧がきしむ音、話声、誰かが笑い、誰かが怒鳴り、誰かがうめいている。その喧騒の中でも、スリハンはまるで湖面の波紋を見るように、揺れる空気の異変を感じ取った。
 ――違和感。
 その女は、目立たない身なりで順番を待っていた。一見すればただの冒険者志望だ。しかし、スリハンの鼻が反応する。ギルドの中にはあり得ない香り——高級な薬草系シャンプーの匂いが、微かに、しかし明らかに漂っている。身なりの良いメンバーも少なからずいるが、ここまで調製に手間かかるシャンプーを使う者は貴族の中でもなかなかいない——染めた髪の色落ちを防ぎたい者ぐらいだ。
 スリハンは視線を自然にそらしつつ、その女を観察した。
 彼女の目は、光と魔力の粒子を同時に捉える。女の瞳孔が——光にも、周囲のマナの変動にも、反応していた。明らかにウイルヘルムが身に纏っている金剛不壊のフォースフィールドを目視している。

(瞳孔が……マナに反応する?あれは……人間じゃない)
 まるで、魔力で動く生き物のように、わずかに絞られ、また開いていく。
 そして、もう一つの違和感。スリハンの耳が、ガヤガヤとした騒音の下に埋もれた「異音」を拾う。
 ——シュッ、シュッ、カリ、カリ……。
 指の動きが袖の中で不自然に動いている。爪ではない。あれは……尖った何かで、石板か何かを削っている音だ。ルーンを刻んでいる?袖の中に?
(間違いない、あれはスパイ……)
 スリハンは何気ない顔で背筋を伸ばすと、ウィルヘルムにわずかに目配せした。
(……やはり、スリハンも気づいていたか)
 ウイルヘルムは軽く頷き返した。
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