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第七章
第150話 由里香のしたい事
しおりを挟む「あの、ちょっと話いいっすか?」
物静かな夜の森の中。
時折ズズーッとお茶を飲む音が妙に耳に残る、そんな静寂の空間。
そこに思い悩んだような由里香の声が、不意に紛れ込んだ。
「……なんだ、どうしたぁ?」
そう聞き返す北条はいつも通りの口調でそう告げる。
村の中の安全なところにいる時も、危険の最中で命の危険がある時も、北条の声音はいつもと変わらないように聞こえる。
稀に違うトーンの時もあるにはあるが、基本的にはどっしりと落ち着いた口調で北条は話す。
「その……ここだとアレなんで、少し離れた所でいいっすか?」
これが顔を赤らめてモジモジしながら言っているのであれば、また違った意味になるかもしれない。
だが、由里香の大分思い悩んでいる表情から、そんな類の話ではないことは明確だ。
「ふうぅ……。なんだかいつぞやも同じような事があった気もするがぁ、別に構わんぞぉ」
あの頃に比べれば、北条もかなり成長をしているので、少し離れた位でも危険を察知するのに問題はないし、夜行性の魔物に襲われてもこの辺りの魔物に手こずることはない。
野営地から少し離れた……声が聞こえなくなる辺りまで移動した二人は、互いに話しかけるでもなく、しばし佇立したまま黙っていた。
北条の方は単純に由里香が話しかけるのを待っているだけなのだが、由里香の方は纏まっていない心の内をどう伝えるか迷っている様子だ。
「あの……その……。ありがとっす」
「……何の事だぁ?」
突然の由里香の感謝の言葉に思わず聞き返してしまう北条。
「それは助けてもらったっすから……」
「助けぇ? 俺ぁ今回はパーティーリーダーとして指示は出していたが、直接助けたのは楓だし、傷を治したのは咲良だぁ。礼を言われるほどじゃあないと思うがぁ……」
北条がどこか遠くを見つめながら反論する。
それに対し由里香は食い気味に次の言葉をつづけた。
「確かにその二人にも感謝してるっす。けど、あたしにもよく分かんないんっすケド、思い返してみるとあの時北条さんにも助けられてたって気がするんっす」
どこか遠くに這わしていた視線を由里香に向けなおした北条は、真剣な瞳を向けてくる由里香に対し「そうか……」とだけ小さく答える。
「あたし、結局のところ今まで現実が見えてなかったのかなーって。今回の事でふと思ったんっす。で、ようやく我に返ってみると……」
そこで一旦由里香の言葉が止まる。
その体は微かに震えているようだった。それはきっと夜風の寒さだけが原因ではないだろう。
「元々そんなに深く悩んだりする性格ではないんっすけど……なぜかあの時、今までろくに思い出しもしなかった家族の事を思い出しちゃって……」
頭の中の考えがまとまってないからだろう。
上手く伝えられないもどかしさと、荒れ狂うような胸中の想いに押しつぶされそうになっている由里香。
そんな由里香を見かねてか、ゆっくりと近づいていった北条がポンポンッっと由里香の頭を軽く叩く。
すると、不思議と由里香は心の中が凪いでいくような感覚を覚えた。
「う、うううぅー。あたしは子供じゃないっす!」
そう言いながらも、由里香は嫌そうな様子を見せる事はない。
「そいつぁー済まなかったな」
北条は素直に謝ると、再び少し下がって距離を取った。
「あの、それで……。結局あたし達はいつまでこんなこと続けるんっすか?」
「やっぱ由里香は今の生活が不満かぁ?」
「それはー……。不満な所はもちろんあるっすけど、日本にいた時もそういった不満はあったし……」
物事をありのままに楽しむことが出来る由里香は、こういった特殊な状況をも楽しむ事が出来ていた。
しかしそれはあくまで身の安全があってのものだ。
今回の一件でその前提が揺らいでしまった事で、由里香の中には大きな戸惑いが生まれている。
また、由里香の内にはもう一つの懸念も同時に生まれていた。
「不満はそうでもないがぁ、不安が生まれてきたって所かぁ」
「ッッ! そうっす、ね……」
胸中を言い当てられた由里香は、ドキリとする。
その反応を見て的が外れてなかったことに気づいた北条は、続けて由里香に話しかける。
「具体的にはどういった所が不安なんだぁ? こういった事は誰かに話すだけでも気が晴れる事もあるぞぉ」
「それ、は……」
今までも、由里香の胸の奥で存在していたかもしれない不安。
それが今回の件で表層に浮かんできて、ようやく正面から向かい合う時が来たようだ。
「日本に……元の世界に帰れるのかな…………。家族はいなくなったあたしの事をどう思って……。それにまた、あの魔物と出会った時。あたしは……あたしはっ…………」
言葉を連ねていくうちに、激情が由里香の内から湧き上がってくる。
と共に、瞳からは涙がこぼれ始めた。
そんな由里香に対し、北条は再び黙ったまま近寄って頭をポンポンッと叩く。
先ほどとは違い、心が凪いでいくどころか加速度的に由里香の感情のボルテージは高まっていく。
最早言葉にならない声で泣き叫びつつ、北条の胸を借りて大粒の涙を流す由里香。
十分ほどもそうしていただろうか。
心にたまっていたモノをある程度吐き出した由里香は、恥かしそうに北条の元を離れた。
「あ、あのっ……」
「少しは泣いてスッキリしたかぁ?」
恐る恐るといった調子で話しかけようとする由里香に、北条が相変わらずの口調で問いかけてきた。
「は、ハイっす。なんか、その、情けない所を見られちゃって、ちょっと恥かしいっすけど……」
「そうかそうかぁ、そいつは何より」
どうやら少しは心の澱が取れたようで、良かったなと安心した様子の北条。
そして、マトモに北条の顔を見る事も出来ない由里香に、再び北条は問いかける。
「それで、由里香は今後どうしたいんだぁ? これは別に今すぐ答えなくてもいいんだがぁ……。今まで通り探索を続けて帰り道を探すか。もしくは……拠点に待機して、俺達の探索結果を待つ。って道もあるぞぉ」
北条のその言葉は由里香にとっては意外だった。
指し示す選択肢の最後、探索パーティーから抜けるという提案。
今まで考えた事もなかったこの選択肢を、改めて提示された由里香は、深く考えるまでもなく結論を出していた。
「今まで通り、探索はつづけたいっす!」
由里香の根っからの性格的には、その選択肢は受け入れられるものではなかった。
誰かが大変な想いをして先に進もうとしているのに、自分だけが安全な所から黙ってみているだけ、というのに由里香は耐えられそうにない。
これは由里香の若さ故の性分なのかもしれないが、由里香というひとりの人間として、大事な部分でもあった。
「……そうか。じゃあ少し話をしよう」
そう言って北条は"土魔法"を使って簡単な椅子をニ脚生み出した。
「まあ、そんな長い話でもないんだがぁ、そこに座って落ち着いて話そうかぁ」
そう言って手前側の椅子に座ると、由里香もそれに倣って傍に設置された椅子に腰を掛ける。
「まず、探索を続けたいって事だがぁ、当面の目標はダンジョン内から『三種の神器』を見つけ出すことだぁ」
「あの前に言ってた奴っすね。えっと……」
「八咫鏡 天叢雲剣 八尺瓊勾玉。ま、日本に古くから伝えられる伝説的なアイテムだな。ゲームや創作にもよく登場してくるお約束的なモンだぁ」
「なるほどっす! で、それってどこに落ちてるんすかねえ」
それが一番の問題だった。
ダンジョン内のオブジェに三種の神器を収めるような場所があるのだから、同じダンジョン内で手に入るのは間違いないのだろうが……。
「ダンジョンにはボスってのがいるらしい。恐らくはそいつがドロップするんじゃねーかなぁ……」
まだまだ探索も序盤といった所の北条達では、そう考えるのが関の山だ。
或いは特殊な宝箱に収められているのかもしれない。
「まあ三種の神器の在処はともかく、三つ揃えることで転移部屋の中央にあった石碑にはめ込むことが出来るハズだぁ。となると、すぐ傍にあった大きな鳥居。あれこそが世界をまたぐ扉となるかもしれん……」
今までは下手に希望を見せないように明言はしていなかったが、最初にあの鳥居を見た時から、北条はそういった仕組みではないかと睨んでいた。
「あくまで俺の推測でしかないがぁ、これが『元の世界へ戻る方法』。少なくともその可能性だぁ」
「おおぉっ」
今まで日本の事を強く思う事がなかったせいで、『日本に帰る』という事に余りピンと来ていなかった由里香。
しかし今回の件をきっかけに少し捉え方が変わったようだった。
『この世界が嫌で嫌でたまらない。早く日本に帰りたい!』
という程この世界を嫌っている訳でもなく、かといって永住するかと言われたらうーーーんと悩んでしまう。
由里香の現在の気持ちとしては、とにかく今は久々に両親と会って話がしたい! という気持ちが強い。
なので、暮らすとするならどっちの世界が良いか? という観点で見る事はまだ出来ない。
しかし、まずは元の世界に戻りたいという想いをしっかり確認出来た。
今まで流されるまま周りの人と一緒に探索をしてきたが、明確な目的意識が出来たことで、由里香の中の迷いも多少は立ち消えていくだろう。
「目標に関してはこれで理解はしたなぁ? では、次の問題だがぁ……」
夜も大分更けているが、北条の話はまだつづく。
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