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第七章
第156話 お宝鑑定 その2
しおりを挟む続いて北条パーティーのアイテム鑑定が始まったのだが、入手時に北条が"目利き"で判断した効果とそう外れておらず、時折追加効果などの細かい違いがある以外は、概ね間違ってはいなかった。
だが、中には北条でも匙を投げた効果不明のアイテムもあり、それがこの度明かされることとなった。
まず最初の方に手に入れた謎の種子なのだが、コーネストの話によると恐らくこれは〈魔林檎の種子〉だろうという話だった。
なんでも、育てるときに魔力を定期的に注いでやることで、甘く微かに魔力を帯びた林檎が収穫できるようになるそうだ。
人によってはそこそこの高値で買い取ってくれるらしい。
「えーと、それからこちらは……トレジャーマップですね」
それは鉱山エリア内で見つけた木の箱に入っていたもので、地図のようなものに一か所だけ目印が付けられていたものだ。
「これも魔法の道具の一種でして、この地図に描かれた場所でこの地図を使用しますと、宝箱が現れる仕組みになっています。ただし、中には宝箱ではなく、魔物が出現する場合もあります。その場合はその魔物を倒すことで、改めて宝箱が現れます」
「へぇ……。それって地図を手に入れたのと同じフロアにあるのかしら?」
陽子の質問にコーネストは首を振って答える。
「いえ、必ずしも同じフロアとは限りません。ですが、同じエリア内の範囲には収まっているので、マッピングをきちんとしていれば見つけやすいかと思います」
今の所鉱山エリアはまだ終点までたどり着いていないし、途中から探索のペースを上げたせいで後半階層のマッピング率は下がっている。
だがとりあえず、後でこれまで取って来た地図と睨めっ子して、該当箇所を探すのもよさそうだ。
それから更に時間が少し経過し、北条パーティーの方の鑑定も終了した。
結局両パーティーのアイテムを鑑定した結果、コーネストの反応が大きかったのは北条の持つ〈サラマンダル〉。それから使わないままになっていた、信也パーティーが湿地帯の番人を倒して入手した、〈旋風魔扇〉という名の戦闘用の扇だった。
他にも魔法の品ではないが、装飾品などの金銭的の価値のありそうなものも鑑定してもらっていて、これらは基本全て売り払う予定になっている。
あとはマジックアイテムをどのように扱うかだが、何かあった時に両パーティーで融通しあえるように、互いのパーティーの意見を取り入れつつ選考が行われた。
その結果余程ピーキーなもの以外は大抵は保持する事になった。
だが前述の〈旋風魔扇〉に関しては使い手もいないし、買取査定額も高かったことから売り払われることになった。
「では鑑定は以上という事で、買取した分の金額を取りに行って参ります。――あ、それと一応お尋ねしますが、鑑定証書はおつくりになりますか?」
「証書?」
部屋を去り際に思い出したかのように尋ねられた信也は、オウム返しに聞き返す。
「ええ。私の所属する『メッサーナ商会』がその鑑定結果を保証する為の証書です。鑑定内容の詳細と、鑑定の際に鑑定スキルを使用したか否かなどが明記されています」
「タダでもらえるんならいーんじゃね?」
「残念ながら、証書をおつくりになる場合は一品ずつに料金が別途かかります。これは当商会だけでなく、当商会が所属している商業ギルド全体に関わる事ですので……」
「それなら別に作らなくてもいいんじゃない? というか逆に作るメリットって何なの?」
話を聞く限り作る意味を感じられなかった咲良が、コーネストに尋ねる。
「そうですね……こちらは主にオークションなどに出展される際などに利用されることが一般的です。中でも高額な出品物に関しては、基本こうした鑑定証書が発行されたものばかりになります」
「あー、なるほどねえ。でも、それならなおさら今回はいらないですよね?」
「ああ、そうだな。よっぽどの掘り出し物を見つけた時は利用するかもしれんが」
「それでは、証書は作成しないということで一旦失礼致しますね」
そう言って、コーネストは買い取り時に支払うお金を取りに、受付の方まで戻っていった。
本来ならその場で渡すものなのだが、準備がまだ整っていなかったようだ。
それから間もなくして戻ってきたコーネストから、買い取ってもらった分のお金を受け取ると、一行は次の目的地《ジリマドーナ神殿》へと向かう事になった。
なお、今回のドロップと鑑定品の買い取り。それから、ダンジョンに潜り始めてから売却し続けていた魔石の代金。
それらを全て合算すると、平均で一人当たり四金貨以上もの金額になった。
これは、《ジャガー村》に立ち並ぶ村人の住居程度のものなら一括払いで建てられる程の金額だ。いや、それでもお釣りがくるレベルだろう。
ただし、元々高水準の生活をしていた異邦人達が納得するような建物となると、頭金くらいにしかならない。
それも全額を使っての事であり、今後の生活費や装備や雑費などを考えると、ある程度は残しておく必要がある。
それでも大きな収入であることには変わりなく、思いのほか早いうちに自分の家が建てられそうだという事で、気分は上々の信也達だった。
「あー、ちょっと君たち。これから《ジリマドーナ神殿》に行くのかね?」
最後、鑑定が終わりギルドを出る際にナイルズから声を掛けられた。
何の用かと思った信也達だったが、どうも伝えておく事があったらしい。
なんでも、ステータス鑑定用の魔法装置も今回一緒に運ばれてきたのだが、設置には時間がかかるので、使用するのなら数日は待ってほしいらしい。
ナイルズに了承の旨を伝えた信也達は、今度こそ本当に次の目的地へと向かうのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……コーネスト様、大丈夫ですか?」
信也達のアイテム鑑定が終わり、ギルドを後にしたあとの鑑定室。
そこには憔悴した様子のコーネストと、護衛のアレクルトがいた。
鑑定スキルというのは使用時に魔力を消費するため、確かに使いすぎると疲れてしまう事はあるのだが、あの程度の量の鑑定でこうまで憔悴することはない。
つまり、コーネストは別の事が原因でこのような有様になってしまったということだ。
「いや……まあ、大丈夫、さ」
とちっとも大丈夫じゃなさそうな様子のコーネスト。
「あの時、一体何があったので……?」
アレクルトが言っているのは、信也達との自己紹介の時のことだ。
明らかにあの時のコーネストの様子は尋常ではなかった。
「……実はあの時、"鑑定"を使おうとしていたんですがね……」
実はコーネストは"装備鑑定"、"魔法道具鑑定"、"薬鑑定"の三つの鑑定スキル以外にも、"鑑定"のスキルを所持している。
これは対象を選ばずにあらゆるものを鑑定することが出来るスキルで、非常に希少なスキルだ。
そのためとっておきの秘密兵器として、『メッサーナ商会』でもこの事を知るのは、護衛のアレクルトと上司であるシノンしかいない。
この"鑑定"スキルはそれこそなんでも鑑定が出来るため、人間や魔物相手にも使用することができる。
相手の名前、年齢などのパーソナルな情報から、レベル、スキル、職業などの、本来魔法道具などを使用しないと知りえない情報まで知る事が出来るのだ。
コーネストの護衛であるアレクルトは、元々農民の生まれで『転職の儀』の後も農民として暮らしていた。
その後紆余曲折あって、駆け出しの冒険者として活動していた頃に、同じく『メッサーナ商会』に入会して間もない頃のコーネストと出会うことになる。
その際にアレクルトを鑑定したコーネストは、"取得職業経験値上昇"というレアなスキルを所持している事に気づく。
職業経験値というのは、各職業に応じた行動をすることで得られる経験値であり、レベルアップに必要な経験値とは別のものだ。
この職業経験値にもレベルのようなものがあり、ある時急に段をひとつ上ったように技能が向上する事がある。
これはこの世界に生き、職業を得ているものなら誰しもが経験したことのあるものだ。
職業レベルについては詳しい事までは判明していないが、高度な鑑定の魔導具を使用することで、その者が今の職業をどの程度修めているのかを知ることは可能だ。
『転職の儀』を行う際には、転職先の職業と共にステータス情報まで所属する国に報告する義務があるが、その時のアレクルトにはこのスキルは生えていなかったし、なんなら冒険者登録時にもまだ覚えていなかった。
のちに、冒険者として活動し始めた事をきっかけに覚えたと思われる"取得職業経験値上昇"を、コーネストが偶然発見してシノンに報告した結果、商会のバックアップを多いに受けられる事になったアレクルト。
以降は転職可能になる度に職業を転々とし、『剣士』、『槍使い』、『斧使い』、弓使い』、『拳闘士」、『シーフ』、『盾士』、『戦士』、『ソルジャー』、『大剣使い』などの様々な職業に就いていった。
一般には職業は転々とするよりも、ひとつの職業を極めてから次の職業に転職するほうがいいとされている。
しかしレベルと同様に、職業レベルの方も上がるにつれて、レベルが上がりにくくなっている事が知られていた。
そのため、コーネストはアレクルトのレアスキルを活かすためにも、器用貧乏の道を勧めた。
その事が功を奏したのか、今ではアレクルトはBランク冒険者クラスの強さを持つようになっている。
これに味を占めたコーネストとシノンは、以降も積極的に人材発掘を行っていき、今では優秀な部下を多数抱えるまでになった。
今回貴重な"鑑定"持ちであるコーネストをギルドに派遣したのは、今後集まってくるであろう冒険者たちから人材発掘をする意味合いもあったのだ。
そう、あの時いつもと同じく気軽に"鑑定"を使った時も、支部長のナイルズから「期待の新人がいる」と聞かされていたからだった。
しかし、スキルが発動した直後。コーネストが見たのは鑑定結果などではなく、絶望そのものだった。
幼いころから行商人として、魔物のうろつく地域をも渡っていたコーネスト。
商人として海千山千の者とも舌戦をしてきた経験もあるし、力づくで利を得ようとする輩とも何度も正面から向き合ってきた。
その結果、"威圧耐性"や"恐怖耐性"を手にしていたコーネストは、以降心が乱されるような出来事に遭遇することなど一切なかった。
――それが、あの瞬間。
まるで心の中が全て闇で包まれたかのような錯覚に陥り、直後視界まで闇に閉ざされた。
視覚、嗅覚、聴覚……。五感が全て麻痺したかのように働かなくなり、足元の感覚もなくなったコーネストは、闇の中をひたすら落ち続けているように感じていた。
それもただの闇ではない。
精神そのものを食らわんとするかのように、次々と襲い掛かる闇によって、コーネストの心は散り散りになっていく。
やがて、自意識すら薄れ、希薄となっていく自信の心をぼんやりと感じながら、このまま消え失せてしまうのかと他人事のように感じていたコーネスト。
そこへ、どこからか聞こえてきた男の声によって、急激に意識が再び目覚め始めたのだ。
「あれ……は……」
あの時の事を思い返したせいで、全身鳥肌が立ち始めたコーネストがポツリと呟く。
意識が目覚めた直後は、前後不覚で事態の把握すらできなかったコーネスト。
そうしてボーッとしていた時に、ふと聞こえてきたカウンター前での会話。
「アレは、警告……って事ですかねえ」
先ほどから要領を得ない事ばかり口にするので、戸惑った様子のアレクルト。
そんなアレクルトに対し、コーネストは身内だけに伝わるような心の底からの言葉を吐き出す。
「いいですか? あのダンジョンを発見したという二組のパーティー。彼らとは絶対に敵対してはいけません」
未だ設備が整っていない鑑定室だが、一つだけ機能している魔法道具があった。
それは室内と外部の音を遮断する魔法道具である。
こうして二人の会話は他の誰に聞かれることなく、彼らの心の内にだけ残されることになるのだった。
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