188 / 398
第七章
第163話 裏工作
しおりを挟む◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ダンジョンから村へと帰還し、信也達がムルーダらと再会して拠点予定地で模擬戦などをしている頃、長井は一人森の中を歩いていた。
ザッザッと小さく響く足音が微かに周囲に響き渡る。
《ジャガー村》に冒険者をはじめとする多くの人々が訪れている中、長井の歩いている山道には人の気配はまるで見当たらなかった。
それもその筈だろう。
彼女が今歩いているのはダンジョンに向かう道ではなく、村から北東の方にある別の道だったのだから。
しかし獣道同然とはいえ山道があるということは、人が出入りしていたという証でもある。
やがて村から小一時間ほど歩いた頃だろうか。
山の中に突如として一軒の山小屋が見えてきた。
小屋の周りには伐採された丸太などが置かれており、一見したところ木こり小屋といった様相をしている。
長井はこのような場所にこんな建物があるという事を疑問に思う様子もなく、無警戒に小屋の扉の前へと移動していく。
ドアには最近になって取り付けられたと思われるドアノッカーがあり、それをトントンと一定のリズムを刻んで長井は叩く。
そして一瞬待ってから扉を開けて中へと入る。ドアには鍵などは掛かっていなかった。
「シャアアアァァァ……」
長井が中へと入ると、すぐ傍で呼吸音なのか奇声なのか区別がつかない声を発する男がいた。
顔色は真っ青だが、体つきは筋肉がよくついていてガッチリとしている。
モヒカン狩りのような髪型をしているその男は、長井が中へ入ってきたというのに奇声らしきものを上げるだけで他に反応は見せない。
「……ッ」
その男から漂ってくる臭いを嗅いで、思わず長井は眉を顰める。
マッチョな肉体な男から漂ってくるのは、男の汗臭さなどではない。それは、物が腐った時に発する腐敗臭だった。
「おいおい、やっぱもうあれ大分腐ってんじゃねーか?」
「ソウですか? ワタシは全然気になりませんガ?」
「先生の鼻はちょいと特殊でヤンスからね。アッシらからすると、防腐処理をされても臭いが気になるとこでヤス」
顔をしかめる長井の様子を見て、部屋の中にいた男たちが会話を始める。
先ほど声を発したのは、小柄な男とローブ姿の魔術士風の男と禿頭のガタイのいい長身の男だ。
他にもこの広くない部屋に二人の男がいて、一人は椅子に座っていて一人は椅子になっている。
「冒険者たちがようやくやってきたようだな」
部屋に入ってきた長井がちゃんとした椅子に座ると、椅子に座っていた男が話しかけてきた。
「ええ、そうね。まだまだ増えそうだけど」
長井の返答を聞いて少し考えた男は、再度長井に質問をする。
「厄介そうなやつらはいたか?」
「リノイと青き血の連中は相変わらずダンジョンに潜ってるわ。あとは外部から来たのだと、Dランクの『マッスルファイターズ』とCランクの『黒髪隊』ってのが取り合えず来てるようよ」
「あいつらか……」
かつて、《鉱山都市グリーク》で冒険者活動をしていた男――ヴァッサゴはそれらのパーティーの事を知っているし、実際に見たこともあった。
――そう。
ここは異邦人達との戦闘の後に姿を晦ましていた、『流血の戦斧』の隠れ家として使われている小屋だった。
本来の小屋の持ち主である木こりの男は、デイビスの"死霊魔法"によって、部屋の入口付近で奇声を発するだけのアンデッドとなり果てている。
部屋の中に見当たらない残りの奴隷獣人の男は、奥の台所で食事を作っているようで、そちらからは入り口付近の腐臭とは違い、いい匂いがただよってくる。
「ああ、そうそう。とりあえずこれね」
その匂いで気づいたのか、長井は〈魔法の小袋〉から中身を取り出して、部屋の中にある小さなテーブルの上にドサっと置く。
そこには肉や野菜などの食料がたくさん乗せられていた。
長井が村で仕入れてきた食料と酒だ。
「おー、助かるぜ。食いもんはまだダンジョンで手に入るが、酒はそーもいかんしな」
機嫌のよさから浮かべているであろうドヴァルグの笑顔だが、スキンヘッドの獰猛な顔つきの男のその顔は、気の弱い者ならビビッてしまうような迫力がある。
しかし長井はすっかり慣れた様子で「無駄食いするんじゃないよ」と釘を刺している。
「わーってるって」
そういいながらも、早速酒の入ったツボから手酌で軽く味見をするドヴァルグ。
そんなドヴァルグをキッと睨む長井。
「おおーっと。そんな眼で見んなって」
まったく悪びれた様子がないドヴァルグだが、続きの二杯目に手を出すことはなかった。
「ひとまず、ヤバそうなのはまだ来てないようだから、しばらくは奥に戻るか低層で"狩り"でもする、か」
長井からの報告を聞いたヴァッサゴは、今後の方針を定めていく。
彼らとしても、自分たちの手の届かない高ランク冒険者が集まってきたら、流石にこの地を離れる事も検討するが、それまでは稼ぎ時だ。
ギルドから目をつけられたのは痛いが、ギルドの影響の少ない場所に移動するなり、山賊として活動するなり道はまだまだ残されている。
それからは、長井が村で仕入れた情報などをヴァッサゴ達に伝えていく。
流石に村で直接情報収集をするのは、Dランク盗賊職のコルトであっても難しい。
代わりに長井がツテを使って村で集めた情報は、ヴァッサゴにとっては大分助かっていた。
「そうか。すでに転職碑の設置までしていたのか。大分力を入れているようだな」
「アッシらが以前潜ったダンジョンに比べたら、規模も大分デカイようでヤスからねえ。ッチ、あそこで奴らと揉めてなければマトモに探索できたってのに!」
コルトの脳裏にあの屈辱の一戦が蘇る。
遥かに格下の相手のハズなのに、遅れをとってしまったあの戦い。
特にコルトは自分に電撃を浴びせてきた少女の事をムチャクチャにしてやりたいと、暗い憎悪の炎を瞳に宿す。
そんなコルトの眼をジッと見つめながら長井が口を開く。
「……ちょっと。アイツらをどうするかは私が決めるって言ったわよ」
別に力も入っていない、普段通りの声で呼びかけられたコルトは、自分を見つめる長井の瞳を見るや否や、己の中の激情が霧散していくのを感じた。
「あ、ああ……。分かってヤスぜ、姐さん」
突然、牙を抜かれた獣のようになったコルトを見て、満足気な長井。
その長井にヴァッサゴが問いかける。
「ところで、そっちの調子はどうだ?」
「……全て上手くいっている訳じゃないけど、順調に駒は増えているわ」
何か物思うことがあったのか、やや間を開けて長井が答える。
その長井の脳裏には、最近村にやってきた"村長補佐"の事が浮かんでいた。
それは領主から直々に《ジャガー村》へと派遣された、領主の次女であるアウラの事であり、顔を繋ぐために長井はこっそり顔合わせをしていた。
猫を被って接したお陰か、初回の会話では特にこれといって問題はなかったのだが、二回目に面通しした時には既にかなり警戒されていた。
思い返してみても、初対面時のやり取りに問題があったとは思えず、おかげで計画を変更せざるを得なくなっていた。
(あのボケジジイだけだったら何とかなったのに!)
アウラは現時点ではあくまで補佐の立場ではあるが、いずれはこの村の……いや、後に町にまで発展していくであろうこの地の長になる事は、周知の事実だ。
となれば是非とも取り込んでおきたいところではあったのだが……。
(この力は便利だけど、同性相手には効きにくいのが難点ね)
そう心の中で独白しながら右手でそっと眼を押さえる。
ソレは信也達にも明かしていない、長井が最初に選択した二つの能力のうちのひとつ。
――"魅了の魔眼"。
それは見つめるだけで効果を発揮する魔眼系の特殊能力系のスキルのひとつで、その名の通り見つめた相手を自分の虜にするスキルだ。
しかし、そうそう便利なスキルという訳でもなく、いくつも問題点が存在する。
まず一つは先ほど長井が独白したように、同性相手には効果が現れにくいという点。
同性にも全く効果がない訳ではないが、異性に使う時と比べて効きが悪く、同じ程度の効果に持っていくまでに、より多く時間がかかってしまう。
次に、相手との力量差や耐性スキルなどによって、効果が現れにくくなったり、全く効かなくなってしまうこともあるという点。
だが今まで色々と試した結果、自分よりレベルの高い相手でも気が緩んでいる時……例えば酒に酔っている時や心が弱っている時などには、相手の抵抗力が弱まる事も判明している。
この事に気づいたことで、ようやく村長も落とすところまでいったというのに、その矢先にアウラの登場によって予定が崩れてしまった。
次に問題なのは、この力を行使すると非常に消耗する点だ。
長井も知らぬ事ではあるが、実はそれは慶介の"ガルスバイン神撃剣"使用時のものと同じ性質のものだった。
特殊能力系に分類されるスキルは、スキル使用時にスタミナやらMPやらを消費しない代わりに、生命力というか、魂そのものが削られるような辛さを味わう。
これはスキルの効果の強さによってその辛さの度合いは異なってくる。
"魅了の魔眼"の場合、軽く使用する程度なら目の奥にズキンとした痛みが走り、気分が悪くなったりちょっとした頭痛がする程度で済む。
そんな"魅了の魔眼"といえど、最大限に力を込めて効果を強めようとすると、"ガルスバイン神撃剣"並に消耗する事もある。
最初にヴァッサゴらと対峙した時もそうだった。
そして最後に大きな問題点として、この魔眼の能力を発揮するには、相手と目を合わす必要があるという点だ。
魔眼スキルの熟練度を上げて効果そのものを強くしたり、格下の相手に使用した場合は、ただ一方的に見つめるだけで多少は効果も表れる事もある。
だが、長井の場合はまだその条件には当てはまっていなかった。
もし相手が最初からこのスキルの特性を知っていれば、目を合わせない事で簡単に対処されてしまうだろう。
そういった諸問題もあり、本来ならレベル差もあって『流血の戦斧』クラスには通用しにくいハズの長井の魔眼の能力。
それが最初ヴァッサゴに会った時に僅かに通ったのは、最初に偶然目が合ってから長時間見つめ続けたことがまず大きかった。
最後の方では眼球をえぐり取られるような感覚を味わいながらも、"力"を強めた事も魅了が成功した一因だ。
もちろん、長井の"魅了の魔眼"が最初に選んだスキル――天恵スキルであった事も大きな要因の一つだろう。
それと和泉達が《フロンティア》のヴァリアントイービルトレント戦で手に入れた瞳型のペンダントには、魔眼系の能力を強化する効果があった。
その形状と、宝を守っていた魔物が魔眼らしき能力を使ってきた事から、あの時長井は反射的に欲しいと強く主張してしまったが、その効果は折り紙付きであり効果は抜群だった。
総じてヴァッサゴに関しては、初めに相手と目線を合わすことができた事が、一番の行幸と言えただろう。
一度目を合わす事が出来れば、強く意識しない限りそのまま魔眼の能力に捕らわれて、相手に目を奪われてしまう付属効果もあるのだ。
しかしせっかくの魔眼も、アウラには試す機会すらろくに得られなかった。
長井もまさか、アウラの部下の女性に同じ魔眼系の能力持ちがいて、その能力で危険人物と認定された事には気づいていない。
だがいざとなれば、この力を使えば幾らでもやりようはあると長井は考えていた。
「ここまで大人しくやってきたんだから、焦っちゃダメよ。焦っちゃ……」
気位が高い……というより、何でも自分の思い通りでないと気が済まない性質の長井は、これまで我慢を重ねてきていた。
そして、その成果は徐々に現れてきている。
それから、ヴァッサゴらといくつか話を済ませた長井は、再び村へと戻っていった。
その胸に黒い"悪意"を秘めたまま……。
0
あなたにおすすめの小説
男が英雄でなければならない世界 〜男女比1:20の世界に来たけど簡単にはちやほやしてくれません〜
タナん
ファンタジー
オタク気質な15歳の少年、原田湊は突然異世界に足を踏み入れる。
その世界は魔法があり、強大な獣が跋扈する男女比が1:20の男が少ないファンタジー世界。
モテない自分にもハーレムが作れると喜ぶ湊だが、弱肉強食のこの世界において、力で女に勝る男は大事にされる側などではなく、女を守り闘うものであった。
温室育ちの普通の日本人である湊がいきなり戦えるはずもなく、この世界の女に失望される。
それでも戦わなければならない。
それがこの世界における男だからだ。
湊は自らの考えの甘さに何度も傷つきながらも成長していく。
そしていつか湊は責任とは何かを知り、多くの命を背負う事になっていくのだった。
挿絵:夢路ぽに様
https://www.pixiv.net/users/14840570
※注 「」「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。
やさしい異世界転移
みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公
神洞 優斗。
彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった!
元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……?
この時の優斗は気付いていなかったのだ。
己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。
この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。
俺は善人にはなれない
気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。
異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜
キノア9g
ファンタジー
「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」
20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。
一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。
毎日19時更新予定。
スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~
深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】
異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!
異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる
名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。
アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。
得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。
才能は流星魔法
神無月 紅
ファンタジー
東北の田舎に住んでいる遠藤井尾は、事故によって気が付けばどこまでも広がる空間の中にいた。
そこには巨大な水晶があり、その水晶に触れると井尾の持つ流星魔法の才能が目覚めることになる。
流星魔法の才能が目覚めると、井尾は即座に異世界に転移させられてしまう。
ただし、そこは街中ではなく誰も人のいない山の中。
井尾はそこで生き延びるべく奮闘する。
山から降りるため、まずはゴブリンから逃げ回りながら人の住む街や道を探すべく頂上付近まで到達したとき、そこで見たのは地上を移動するゴブリンの軍勢。
井尾はそんなゴブリンの軍勢に向かって流星魔法を使うのだった。
二日に一度、18時に更新します。
カクヨムにも同時投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる