どこかで見たような異世界物語

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第七章

第163話 裏工作

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◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ダンジョンから村へと帰還し、信也達がムルーダらと再会して拠点予定地で模擬戦などをしている頃、長井は一人森の中を歩いていた。

 ザッザッと小さく響く足音が微かに周囲に響き渡る。
 《ジャガー村》に冒険者をはじめとする多くの人々が訪れている中、長井の歩いている山道には人の気配はまるで見当たらなかった。

 それもその筈だろう。
 彼女が今歩いているのはダンジョンに向かう道ではなく、村から北東の方にある別の道だったのだから。
 しかし獣道同然とはいえ山道があるということは、人が出入りしていたという証でもある。

 やがて村から小一時間ほど歩いた頃だろうか。
 山の中に突如として一軒の山小屋が見えてきた。
 小屋の周りには伐採された丸太などが置かれており、一見したところ木こり小屋といった様相をしている。

 長井はこのような場所にこんな建物があるという事を疑問に思う様子もなく、無警戒に小屋の扉の前へと移動していく。
 ドアには最近になって取り付けられたと思われるドアノッカーがあり、それをトントンと一定のリズムを刻んで長井は叩く。

 そして一瞬待ってから扉を開けて中へと入る。ドアには鍵などは掛かっていなかった。




「シャアアアァァァ……」

 長井が中へと入ると、すぐ傍で呼吸音なのか奇声なのか区別がつかない声を発する男がいた。
 顔色は真っ青だが、体つきは筋肉がよくついていてガッチリとしている。
 モヒカン狩りのような髪型をしているその男は、長井が中へ入ってきたというのに奇声らしきものを上げるだけで他に反応は見せない。

「……ッ」

 その男から漂ってくる臭いを嗅いで、思わず長井は眉を顰める。
 マッチョな肉体な男から漂ってくるのは、男の汗臭さなどではない。それは、物が腐った時に発する腐敗臭だった。

「おいおい、やっぱもうあれ大分腐ってんじゃねーか?」

「ソウですか? ワタシは全然気になりませんガ?」

「先生の鼻はちょいと特殊でヤンスからね。アッシらからすると、防腐処理をされても臭いが気になるとこでヤス」

 顔をしかめる長井の様子を見て、部屋の中にいた男たちが会話を始める。
 先ほど声を発したのは、小柄な男とローブ姿の魔術士風の男と禿頭のガタイのいい長身の男だ。
 他にもこの広くない部屋に二人の男がいて、一人は椅子に座っていて一人は椅子になっている・・・・・

「冒険者たちがようやくやってきたようだな」

 部屋に入ってきた長井がちゃんとした・・・・・椅子に座ると、椅子に座っていた男が話しかけてきた。

「ええ、そうね。まだまだ増えそうだけど」

 長井の返答を聞いて少し考えた男は、再度長井に質問をする。

「厄介そうなやつらはいたか?」

「リノイと青き血の連中は相変わらずダンジョンに潜ってるわ。あとは外部から来たのだと、Dランクの『マッスルファイターズ』とCランクの『黒髪隊』ってのが取り合えず来てるようよ」

「あいつらか……」

 かつて、《鉱山都市グリーク》で冒険者活動をしていた男――ヴァッサゴはそれらのパーティーの事を知っているし、実際に見たこともあった。


 ――そう。

 ここは異邦人達との戦闘の後に姿を晦ましていた、『流血の戦斧』の隠れ家として使われている小屋だった。
 本来の小屋の持ち主である木こりの男は、デイビスの"死霊魔法"によって、部屋の入口付近で奇声を発するだけのアンデッドとなり果てている。

 部屋の中に見当たらない残りの奴隷獣人の男は、奥の台所で食事を作っているようで、そちらからは入り口付近の腐臭とは違い、いい匂いがただよってくる。

「ああ、そうそう。とりあえずこれね」

 その匂いで気づいたのか、長井は〈魔法の小袋〉から中身を取り出して、部屋の中にある小さなテーブルの上にドサっと置く。
 そこには肉や野菜などの食料がたくさん乗せられていた。
 長井が村で仕入れてきた食料と酒だ。

「おー、助かるぜ。食いもんはまだダンジョンで手に入るが、酒はそーもいかんしな」

 機嫌のよさから浮かべているであろうドヴァルグの笑顔だが、スキンヘッドの獰猛な顔つきの男のその顔は、気の弱い者ならビビッてしまうような迫力がある。
 しかし長井はすっかり慣れた様子で「無駄食いするんじゃないよ」と釘を刺している。

「わーってるって」

 そういいながらも、早速酒の入ったツボから手酌で軽く味見をするドヴァルグ。
 そんなドヴァルグをキッと睨む長井。

「おおーっと。そんな眼で見んなって」

 まったく悪びれた様子がないドヴァルグだが、続きの二杯目に手を出すことはなかった。


「ひとまず、ヤバそうなのはまだ来てないようだから、しばらくは奥に戻るか低層で"狩り"でもする、か」

 長井からの報告を聞いたヴァッサゴは、今後の方針を定めていく。
 彼らとしても、自分たちの手の届かない高ランク冒険者が集まってきたら、流石にこの地を離れる事も検討するが、それまでは稼ぎ時だ。
 ギルドから目をつけられたのは痛いが、ギルドの影響の少ない場所に移動するなり、山賊として活動するなり道はまだまだ残されている。

 それからは、長井が村で仕入れた情報などをヴァッサゴ達に伝えていく。
 流石に村で直接情報収集をするのは、Dランク盗賊職のコルトであっても難しい。
 代わりに長井がツテを使って村で集めた情報は、ヴァッサゴにとっては大分助かっていた。

「そうか。すでに転職碑グラリスクストーンの設置までしていたのか。大分力を入れているようだな」

「アッシらが以前潜ったダンジョンに比べたら、規模も大分デカイようでヤスからねえ。ッチ、あそこで奴らと揉めてなければマトモに探索できたってのに!」

 コルトの脳裏にあの屈辱の一戦が蘇る。
 遥かに格下の相手のハズなのに、遅れをとってしまったあの戦い。
 特にコルトは自分に電撃を浴びせてきた少女の事をムチャクチャにしてやりたいと、暗い憎悪の炎を瞳に宿す。

 そんなコルトの眼をジッと見つめながら長井が口を開く。

「……ちょっと。アイツらをどうするかは私が決めるって言ったわよ」

 別に力も入っていない、普段通りの声で呼びかけられたコルトは、自分を見つめる長井の瞳を見るや否や、己の中の激情が霧散していくのを感じた。

「あ、ああ……。分かってヤスぜ、姐さん」

 突然、牙を抜かれた獣のようになったコルトを見て、満足気な長井。
 その長井にヴァッサゴが問いかける。

「ところで、そっちの調子はどうだ?」

「……全て上手くいっている訳じゃないけど、順調に駒は増えているわ」

 何か物思うことがあったのか、やや間を開けて長井が答える。
 その長井の脳裏には、最近村にやってきた"村長補佐"の事が浮かんでいた。


 それは領主から直々に《ジャガー村》へと派遣された、領主の次女であるアウラの事であり、顔を繋ぐために長井はこっそり顔合わせをしていた。
 猫を被って接したお陰か、初回の会話では特にこれといって問題はなかったのだが、二回目に面通しした時には既にかなり警戒されていた。

 思い返してみても、初対面時のやり取りに問題があったとは思えず、おかげで計画を変更せざるを得なくなっていた。

(あのボケジジイだけだったら何とかなったのに!)

 アウラは現時点ではあくまで補佐の立場ではあるが、いずれはこの村の……いや、後に町にまで発展していくであろうこの地の長になる事は、周知の事実だ。
 となれば是非とも取り込んで・・・・・おきたいところではあったのだが……。

(この力は便利だけど、同性相手には効きにくいのが難点ね)

 そう心の中で独白しながら右手でそっと眼を押さえる。
 ソレ・・は信也達にも明かしていない、長井が最初に選択した二つの能力のうちのひとつ。


 ――"魅了の魔眼"。


 それは見つめるだけで効果を発揮する魔眼系の特殊能力系のスキルのひとつで、その名の通り見つめた相手を自分の虜にするスキルだ。
 しかし、そうそう便利なスキルという訳でもなく、いくつも問題点が存在する。

 まず一つは先ほど長井が独白したように、同性相手には効果が現れにくいという点。
 同性にも全く効果がない訳ではないが、異性に使う時と比べて効きが悪く、同じ程度の効果に持っていくまでに、より多く時間がかかってしまう。

 次に、相手との力量差や耐性スキルなどによって、効果が現れにくくなったり、全く効かなくなってしまうこともあるという点。
 だが今まで色々と試した結果、自分よりレベルの高い相手でも気が緩んでいる時……例えば酒に酔っている時や心が弱っている時などには、相手の抵抗力が弱まる事も判明している。

 この事に気づいたことで、ようやく村長も落とす・・・ところまでいったというのに、その矢先にアウラの登場によって予定が崩れてしまった。


 次に問題なのは、この力を行使すると非常に消耗する点だ。
 長井も知らぬ事ではあるが、実はそれは慶介の"ガルスバイン神撃剣"使用時のものと同じ性質のものだった。

 特殊能力系に分類されるスキルは、スキル使用時にスタミナやらMPやらを消費しない代わりに、生命力というか、魂そのものが削られるような辛さを味わう。
 これはスキルの効果の強さによってその辛さの度合いは異なってくる。
 "魅了の魔眼"の場合、軽く使用する程度なら目の奥にズキンとした痛みが走り、気分が悪くなったりちょっとした頭痛がする程度で済む。

 そんな"魅了の魔眼"といえど、最大限に力を込めて効果を強めようとすると、"ガルスバイン神撃剣"並に消耗する事もある。
 最初にヴァッサゴらと対峙した時もそうだった。


 そして最後に大きな問題点として、この魔眼の能力を発揮するには、相手と目を合わす必要があるという点だ。
 魔眼スキルの熟練度を上げて効果そのものを強くしたり、格下の相手に使用した場合は、ただ一方的に見つめるだけで多少は効果も表れる事もある。
 だが、長井の場合はまだその条件には当てはまっていなかった。
 もし相手が最初からこのスキルの特性を知っていれば、目を合わせない事で簡単に対処されてしまうだろう。


 そういった諸問題もあり、本来ならレベル差もあって『流血の戦斧』クラスには通用しにくいハズの長井の魔眼の能力。
 それが最初ヴァッサゴに会った時に僅かに通ったのは、最初に偶然目が合ってから長時間見つめ続けたことがまず大きかった。

 最後の方では眼球をえぐり取られるような感覚を味わいながらも、"力"を強めた事も魅了が成功した一因だ。
 もちろん、長井の"魅了の魔眼"が最初に選んだスキル――天恵スキルであった事も大きな要因の一つだろう。

 それと和泉達が《フロンティア》のヴァリアントイービルトレント戦で手に入れた瞳型のペンダントには、魔眼系の能力を強化する効果があった。
 その形状と、宝を守っていた魔物が魔眼らしき能力を使ってきた事から、あの時長井は反射的に欲しいと強く主張してしまったが、その効果は折り紙付きであり効果は抜群だった。

 総じてヴァッサゴに関しては、初めに相手と目線を合わすことができた事が、一番の行幸と言えただろう。
 一度目を合わす事が出来れば、強く意識しない限りそのまま魔眼の能力に捕らわれて、相手に目を奪われてしまう付属効果もあるのだ。


 しかしせっかくの魔眼も、アウラには試す機会すらろくに得られなかった。
 長井もまさか、アウラの部下の女性に同じ魔眼系の能力持ちがいて、その能力で危険人物と認定された事には気づいていない。
 だがいざとなれば、この力を使えば幾らでもやりようはあると長井は考えていた。


「ここまで大人しくやってきたんだから、焦っちゃダメよ。焦っちゃ……」

 気位が高い……というより、何でも自分の思い通りでないと気が済まない性質の長井は、これまで我慢を重ねてきていた。
 そして、その成果は徐々に現れてきている。
 それから、ヴァッサゴらといくつか話を済ませた長井は、再び村へと戻っていった。


 その胸に黒い"悪意"を秘めたまま……。





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