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第九章
第204話 作戦開始
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その日は朝から小雨がぱらつく曇り空だった。
ずぶ濡れになるという程の雨量ではないのだが、しばらく歩いていれば全身がびしょびしょになってしまう、不愉快な天気。
幸いなのは、今が冬場ではなく大分気温も高くなった夏場だという事だろう。
まあそれはそれで、蒸し蒸しとしたうざったさは感じられるのだが、寒さに凍えるよりはマシだと言える。
村の少し外れにある集合場所には、すでに多くの冒険者と神官たちが集まっていた。
その内半数が《鉱山都市グリーク》からの応援でかけつけた者達であり、残り半数が《ジャガー村》の冒険者たちである。
その顔触れは、異邦人達とも面識のあるCランクパーティーの『リノイの果てなき地平』や、同じくCランクパーティーで、全員が黒髪をしているという東方の島国出身だという『黒髪隊』。
他にも筋肉の主張が激しいDランクパーティーの『マッスルファイターズ』や、ソロメインの冒険者たちの姿もちらほら見受けられた。
その中には異邦人達とも因縁がある『青き血の集い』の姿はない。
どうやら現在はダンジョンを探索中のようで、連絡が付かなかったらしい。
『黒髪隊』については、陽子らも興味を覚え接触を持ってみたのだが、少し話した限りではどうも日本とは関係のない、この世界出身の者達らしい事が判明した。
『黒髪隊』の面々は、同じ黒髪が多いパーティーとして陽子らには好感触で、待ち時間の間に色々と話もさせてもらっていた。
そうして話をしていると、しばらくして一人の老年の男性が現れる。先日はメアリーも直接話をした、《ジャガー村》の冒険者ギルドマスターであるナイルズだ。
彼は参加者が全員揃っているのを確認した後、いつもの朗々とした声で参加者たちに話し始めた。
「あー、生憎のこのような天気だが、君たちならこの程度の天候など気にもしない事だろう。ただ、ぬかるみに気を取られてすっ転ぶのだけは注意してくれたまえ」
それはナイルズなりの冗談だったのか、その真面目な語り具合からは判別つかない。
ただ龍之介などは、案外素直に今の言葉を忠告と取って、胸に刻んでいた。
「えー、それでだね。まあ……すでに話すべきことは君たちのそれぞれの代表などに伝えてあるので、今更何か言う必要もあるまいか。だから私から贈る言葉は一つだけにさせて頂こう」
すでにここに集まる一時間程前にはナイルズや主要のメンバーによる、話し合いや情報のより合わせなどが行われていた。
その場にはツヴァイやメアリー、そして陽子なども参加しており、異邦人達も今日の手筈についてはきっちり理解している。
といっても、そう難しい話ではない。
《ジャガー村》の北東にある森の中に、ラッシャーという木こりの住む山小屋があり、奴らはそこを根城に待ち構えているだろうとのことだ。
ただし、襲ってくる連中の中には"魅了"されただけの者が多いと思われるので、出来るだけ命を奪わずに無力化するのが望ましい。
そうすれば、応援で連れてきた三人の"神聖魔法"の使い手が、【リリースチャーム】で魅了を解除することも出来る。
注意点としては、ならず者の元冒険者『流血の戦斧』の存在。それから、メアリーから話を聞いて、恐らく表に出てくることになるであろう悪魔の存在。
前者はこちらもCランク冒険者など複数参加しているので、それほど問題にはならないだろうが、後者についてはまるで未知数だ。
唯一、直接目撃したことのあるツヴァイが、一週目の時に見聞きした事を語ってはいたが、それだけではその悪魔がどの位階の悪魔なのかも特定できない。
下位悪魔なのか。それとも中位以上の悪魔なのか。
こうした分類は、日本人が地震発生の際に震度いくつ位とでも言うような感覚で、実際戦ってみた感想として何段階かに分類されているものだ。
下位悪魔であれば恐らくこの面子であれば十分打倒も可能であるが、中位悪魔となるとそれも怪しくなってくる。
可能性としてありえなくもない事だが、もし帝国で暴れている最上位クラスの悪魔が出てきた場合、相手が気まぐれでもおこさない限り、全滅は必至だ。
「生き延びろ。そして、無事に帰ってくるのだ」
ナイルズの静かでいて、力強い声はその場に集った者達の体の芯にまで溶け込んでくるようだった。
龍之介やメアリー達も、みな神妙な顔つきで話を聞いていた。
「では、我々はこれから出発する!」
最後の言葉を言い終えたナイルズの後を継ぎ、今回の部隊のリーダーであるライオットが号令をかける。
その号令の声に従い、一行は目的地のある森へと進軍を開始した。
陽子達もその後に続き歩き出そうとした所、幾人かの女性達に声を掛けられて一旦足を止める事になる。
それは最近比較的最近になって、陽子らと縁が出来た者たちだった。
「君たち、どうか、無事に彼らを救い出してやってくれ」
「……ふんっ、奴にはアウラ様をお救い頂いた大きな借りがある。それをきちんと返すまでは無事でいてもらわないと困るのだ」
「またまたあ、マディちゃんったらそんな事言っちゃってえ。素直に心配だから助けてあげてって言えばいいのにい」
「なっ! 何を言う! 私があ、あんな変態男の事を心配などしてる訳なかろう!」
見送りに来ていたアウラとそのお付きの者達の声に、陽子らのやる気も高まっていく。ただマデリーネとアリッサの会話には、何とも言えない表情を浮かべる者達も数名いたのだが。
そんな見送りの言葉を背に、陽子達も少し先に進んでしまっていた部隊の後を慌てて追いかけるのだった。
▽△▽△
「君たちとこうして一緒に行動を共にする事になるとは思わなかった。今日はよろしくね」
そういって爽やかな笑顔を浮かべるのはリノイのリーダーであるシグルドだ。
彼らも普段はダンジョンへと潜っているので、こうして話をするのも陽子らにとってはそう滅多にある機会ではなかった。
「あ、はい。よろしくお願いします」
少し緊張した口調で返答する咲良。
本来ならダンジョンに関する話でもしたい所であるのだが、今の状況でそのような話をする気は全くおきなかった。
「ウォフ! ウォフ!」
「うわぁ、ちょ、ちょっと……。そんなペロペロしないでよ」
一方他所では、マンジュウがディズィーに自分の臭いを擦り付けるように動いた後、ディズィーの手をペロペロと舐めていた。
「もふもふ……。かわいい」
その様子を見て、普段無口で無表情なラミエスが、珍しく羨ましそうな顔でディズィーを見ていた。
「そ、それならあんたにやるわよ。ホラ、あっち行きな? ね?」
「ウォォォウッ!」
しかしマンジュウはディズィーの下を離れようとはせず、より一層構ってくれとばかりに押し寄せてくる。
「んん~、マンジュウはあたまが良いので、わたし達の言う事は理解してるハズなんですけど~」
時折、うっかり〈従魔の壺〉に仕舞い忘れたままほったらかしにしてしまう事がある芽衣よりも、ディズィーに対しての方がより懐いているかもしれない。
しかし由里香の方は、ディズィーに迫るマンジュウに対して、負けてなるものかと妙なライバル心を抱き、自分の方に振り向かせようとする。
「ほらー、マンジュウちゃん。こっちおいで―」
少しすると、ようやくディズィーの下を離れ、由里香へと子犬のような声を上げて寄っていくマンジュウ。
「ふうう、いやあ参った参った。にしてもサンダーウルフをテイムするとはねえ」
ようやくマンジュウから解放されたディズィーが、感心した様子で言った。
「ハハハッ。ディズィーの手が涎でベッタベタになっているよ!」
「うるさいわねっ。笑わないでよ!」
「あ~、これはすいません~。こちらをど~ぞ」
豹の獣人であるケイドルヴァにからかわれ、ムキになって言い返していたディズィーの所に、芽衣が申し訳なさそうに布切れを手渡してきた。
「あー、これはどうも。いやあしかし、良かったよ。思ったよりも元気そうで」
「ちょっと、ディズィー」
「あ……。いや、その、なんだ。捕まった連中はアタシらがまるっと助けてやるからさ」
注意するようなシグルドの声に、慌てたようにそういうディズィー。
彼ら『リノイの果てなき地平』の面々も、面識のある相手が魅了されていたり、攫われたと聞いて、心配をしていた。
そうした気遣いは陽子らも感じており、ふと陽子は昨日出会ったロベルトの事を思い出していた。
ロベルトらの所属する『巨岩割り』は、隊列の前方の方に位置していて、今の所会話を交わしたりはしていない。
この世界にも彼らのような優しい人たちがいるという事実は、陽子だけでなく他のメンバーにも安心感をもたらした。
この世界に来てからは山賊に襲われた事もあったし、ならず者の冒険者たちとも接触してきた彼らだ。
日本で暮らしてきた彼らにとって、この世界の生きにくさは厳しいものがあった。
だからこそ余計に、リノイの連中やロベルトのような存在が、彼ら異邦人にとっては大きな意味を持つことになる。
▽△▽
そうして、ディズィー達と話していく間にも歩みは進み、既に森に入ってから一、二時間ほどが経過していた。
と、不意に先頭の方から大きな声が飛び込んでくる。
「目的地はもうすぐだ! 各自、油断はしないように!」
これだけ大人数で森の中を移動しているので、どうしても気配や物音は大きくなってしまっている。
なので、小声で伝えても無意味だと判断したのだろう。
ライオットの警告に、陽子らも雑談を切り上げ、周囲を警戒し始めるのだった。
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