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第十一章
閑話 鉱山エリア二十層の罠
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「あった、これね」
一人の女が暗いダンジョンの中で、一人声を上げる。
手にしていたランタンを地面に置き、慎重に近くの地面をチェックしていた女は、目的のものを探しあてた事でつい独り言が漏れてしまう。
ここはサルカディア内、鉱山エリアの最終層である二十層。
ダンジョンには時折存在するのだが、この階層には魔物が沸いてくることがない安全エリアとなっている。
そのため、女は仲間から離れて一人調査を行っていた。
……正確には行かされていた、という方が正しい。
パーティー内での女の立ち位置は低く、常日頃から上から目線で命令されたり、詰られたりといった事がよくあった。
今回も、休憩も挟まずこの階層まで来たというのに、自分たちだけさっさと休憩をして、女だけが調査に向かわされていた。
といっても、調査には盗賊としての能力が必要であったから、『ロイヤルスカウト』の職に就いている女が動くのは必然ではあった。
が、せめて自分も休憩を入れて欲しかった、と女は内心で思っていた。
「それじゃ、位置をマーキングしてさっさと戻りましょ」
そう言って女は左手にランタンを持ち、周囲の様子をしっかりと脳内に記憶すると、仲間の待つ方角へと去っていく。
女がこの場所で探っていたのは落とし穴だ。
近頃冒険者ギルドでは、この鉱山エリア二十層に新たなエリアへ通じる分岐先があるという噂が出回っていた。
なんでも、この縦に長い空間のどこかに落とし穴の罠が存在していて、その罠の先に新しいエリアがある、というのだ。
この真偽不明の情報に、腕に自信のある冒険者たちが注目を寄せ始めた。
中でも、先ほど実際に落とし穴の罠を発見した、ロアナが所属するパーティー『青き血の集い』は、噂が出始めてからすぐにこの階層へとやってきている。
他の冒険者より一足早くこのダンジョンを探索していた彼らは、すでにあちこちの迷宮碑に登録もしてあったので、比較的早くここまで辿り着けたのだ。
「ようやく戻ってきたのか。遅いではないか」
ロアナが戻ってくると、掛けられたのは労いの言葉ではなく、罵りの言葉だった。
しかしこのような事はロアナにとって毎度の事であったので、気にせずに目的の罠を探し当てた事をリーダーであるヘンリックへと告げる。
「ほおう。ま、それだけ時間をかければ当然か。よし、では早速行くぞ」
「ちょっと待ってよ。私は休憩もせず働きづめなのよ。少しは休ませて」
「ふんっ。鍛え方が足りないんじゃないか? 下賤な盗賊職というものは体力がなくても務まるのだな」
貴族の家の生まれであるヘンリックは、差別意識が未だに強く残っている。
冒険者になってから、当時の先輩冒険者に指導されてからは、上のランクの冒険者相手にそうした態度を見せる事はなくなったが、未だにパーティー内で序列が下のロアナに対しての態度は変わっていない。
「ま、まあまあ。ロアナもずっと動きっぱなしなんだし、さ」
ヘンリックを諫めているジョルジュも男爵家の生まれであるが、メンバーの中では一番平民に意識が近い。
メンバーが問題を起こした時などには、いつも彼が間に入って取り持っていた。
「チッ、仕方ない。ではもう少し休憩をしていくか」
すでに立ち上がって移動する態勢でいたヘンリックは、そう言ってから壁際に移動して壁に背を預けようとする。
…………のだが、
「なあぁぁぁっ!?」
なんとも情けない声を上げながら、そのまま壁をすり抜けて壁側へと倒れていくヘンリック。
引き続きヘンリックの声が聞こえ続けているが、徐々にその声も遠ざかっていく。
「こ、これは?」
ジョルジュがヘンリックが消えていった壁の傍まで近寄り、壁に手で触れてみると、そこには壁の感触はなく、そのまま手が突き抜けていく。
「フンッ。どうやら魔法で生み出された幻影の壁のようだな」
その様子を見て、魔術の名門「キーンツ伯爵家」の長男として生まれながら、冒険者という立場に身をやつしているハルトマンが小馬鹿にしたように言葉を吐く。
「……どうやら中は急角度のスロープみてえになってるようだ」
軽く身を乗り出し、幻影の壁を抜けて調べていた男が内部の様子を報告してくる。
「それで、どうするの? ヘンリックは戻ってこれそうにないけど……」
「そりゃー後を追うに決まってんだろ」
「そうだな。どうやらこの奥のスロープは、落とし穴とはまた別の場所に繋がっていそうだ。まだギルドにも報告されてない新エリアの可能性がある」
そう言って男とハルトマンは仲間と決議を取ることもなく、ヘンリックが消えた壁へと自ら乗り込んでいく。
「え、ちょ、ちょっと……」
ジョルジュが躊躇してる間にも、更にもう一人。
これまで黙って様子を窺っていた、ガルドブーインの神官戦士であるカロリーナも「では私も」と躊躇する様子も見せず飛び込んでいく。
残されたのはジョルジュとロアナの二人だけだ。
「う、じゃあ、ボクも後を追ってみるよ。ロアナは休んでから後を追ってきてよ」
そう言い残し、ジョルジュも結局壁の中へと消えていった。
ただ一人ロアナだけをその場に残して。
「言われなくても、きっちり休んでから行くわよ」
誰もいなくなったせいか、いつもは心の中でしか言えないセリフもぽんと口とついて出てくる。
もしこの勢いのまますぐに後を追いでもしたら、下に着いた途端にすぐに周囲の探索に駆り出されるのは目に見えていた。
そこでロアナはきっちりその場で休憩を取ってから、後を追う事に決める。
しかし……、
「アレッ? 壁が……」
四半刻ほど休憩を挟み、いざ後を追おうとしたロアナだったが、彼女の手にはじめっとした土肌の壁の感触が伝わってきた。
慌てて近くの壁を調べてみるロアナだが、どこにもすり抜けられる場所が存在していない。
その後も休憩時間と同じくらい周辺を探し回ってみるも、すり抜け可能な幻影の壁を発見する事は出来なかった。
ロアナは盗賊系の職に就いてはいるが、魔法については明るくない。
落とし穴の罠などなら発見する事も可能だったが、魔法によって偽装された罠や扉などに関しては、彼女の手には負えなかった。
「…………」
ダンジョン探索中に、何らかの出来事が原因でパーティーメンバーとはぐれる事がある。
パーティーで進むこと前提で探索してる中、一人取り残されてしまうというのは、冒険者にとって死を意味する。
しかし今回のロアナに関して言えば、幸いにも最悪なケースを免れていた。
まず仲間と逸れた鉱山エリア二十層では、魔物が出現しないのですぐさま死ぬことがないという事。
そして何より、この縦に長い空間の北と南部分には、次のエリアへと通じる長い下り階段があり、その出口付近には迷宮碑が設置されている。
『青き血の集い』のメンバーは、カロリーナと女癖の悪いスヴェンという男以外は、全員が〈ソウルダイス〉持ち歩いている。
これを使えば、安全にダンジョンを脱出する事は出来そうだった。
「はぁ……。また後で何か言われそうね」
今後の事を考えて憂鬱な気分になるロアナ。
壁の向こうにいった連中も、ロアナが追ってこないと分かれば迷宮碑でさっさと戻ってくるだろう。
そうなると、合流した時に何を言われるか分かったもんじゃない。
長い長い下り階段を下りていきながら、溜息を吐くロアナ。
この下り階段での移動にはそこそこ時間もかかっているし、迷宮碑で転移部屋に戻った時には、すでに業を煮やしたヘンリックらが待ち受けているかもしれない。
そう思いながらも、ロアナは次のエリア――鉱山エリア二十層の南の先にある、大草原エリア入り口の迷宮碑に触れる。
転移部屋へと戻ってきたロアナは、気は進まないながらも辺りを探してみたが、ヘンリックらの姿は見当たらない。
それから更に二時間ほど転移部屋で様子を見ていたロアナだったが、結局他のメンバーは誰一人転移で戻って来る様子がなかったので、肩透かしを食らった気分になりつつも、ロアナはひとり町へと帰還する。
それから寝床である宿屋に帰ってきたロアナは、一人ヘンリックらの帰りを待つ。
昼間には情報を探りに冒険者ギルドへと行ったり、夜は夜でその後の二十層の情報などについても酒場などで探っていた。
しかし、一日経っても二日経っても、依然とヘンリックらが帰還する事はなかった。
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この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
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本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
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