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第十二章
閑話 転移前 ――北条編――
しおりを挟む俺の両親は、夫婦揃って教育に無頓着だった。
放任主義とまではいかないが、かなり自由にさせてもらっていた。
それはある意味子供にとっては良かったのかもしれないが、子供の将来の事を考えると無責任であるとも言える。
塾に通わされた事もあったが、本人にやる気がなかったので身につくわけもない。
家庭教師も雇ったことがあるが、これも同様だ。
両親は「塾に通わせた」とか「家庭教師を雇った」という時点で、子の教育に関してはこれでいいと、それ以上注意を向けなくなる。
塾でボーっと身につかない授業を受けている実態に、気づきもしなかった。
何故今のうちに勉強をしないといけないのか。
そういった事に関しては一切忠告をされなかった。
子供ときちんと向き合えていなかったんだろうなと今は思う。
もし真摯に向き合って、今のうちに頑張っておかないと将来酷い事になるよ、と半ば脅すようにしてでも教育されていたら、俺の人生は大分変っていた事だろう。
俺の両親は、共に勉強をよくしてきたタイプではなく、最終学歴は二人とも高卒止まりだった。
現在の二人の仕事も、別に誰でも出来るような仕事をしており、勉強の必要性というのを真に理解していなかったのかもしれない。
大人になった今の俺が思うに、やはり子供の頃にはもっと勉強をしておくべきだったと常々思う。
そうすればその後の進路も選択肢が増えていた事だろう。
……などというような考えも、俺の未熟さ故の事だというのも分かってはいる。
~だろうと後悔するならば、その時にやっておけば良かったのだ。
思い立ったが吉日、という奴だな。
あー、それで話の続きだが、それからの俺は何事にも中途半端な親の性質をそのまま受け継ぎ、高校卒業後は定職に就かず、フリーターとして数年を過ごす。
この頃になってようやく俺は自分自身の事を、自分を狙う天敵や、狩りをする上での注意点を教わらないままに巣立ってしまった、野生動物のようだと気づく。
蛙の子は蛙。
トンビは鷹を生まない。
両親の悪い所を、そのまま幼少期の身近な相手として参考にしてきた俺は、まるで二人の劣化品のようだった。
初めの頃は、そんな両親を恨んだりしたこともあった。
だが次第に、自分のダメさ加減が身に染みるようになってくる。
そのせいだろうか。
気分がどんどん落ち込んでいき、徐々に体にも変調をきたし始めてくる。
無気力になり、テンションも上がらず、バラエティー番組なんかを見てもまったく笑えていない自分に気づいた時、自分が今普通の状態ではないと気づいた。
その時点でその手のクリニックなどに行っていれば、また少し変わったのかもしれない。
が、一人暮らしで毎日バイトで食いつないでいた俺に、そうした余裕はなかったし、思いつきすらしなかった。
それからは、段々と体への影響も大きくなりはじめていく。
夜眠れなくなり、食欲も減っていって、体重が十キロほど減った。
酷いときは、水を飲んだ時にまるでごろごろとした石を呑み込んでるような感覚がして、ろくに水分が取れない事もあった。
結果、俺はバイトすら続けることが出来なくなり、家賃を滞納してしまった俺はアパートを追い出され、実家へと出戻ることになった。
そんな俺に対し、父は口うるさく俺を罵った。
父は昔気質の人間で、うつ病などただの甘えだという持論を持つタイプの人だ。
精神ボロボロになって帰ってきた俺に、追い打ちをかけていく父。
それによって、俺は益々自分がろくでもないゴミ人間だと思うようになっていった。
しかし、口うるさく言いはするが、家を追い出されたりまではしなかった。
それは優しさとか家族の情愛というよりも、単に世間体を気にしていたり、臭いものには蓋をするという、両親の性格によるものだったと思う。
本当に家計が火の車になり、切羽詰まった状態となれば追い出されるだろうが、そうでない限り、自分の手を汚すことはしたくない。
この場合の手を汚すというのは、子供を追い出して路頭に迷わせることへの良心の呵責といったもの。
例外はあろうが、人は自分が悪であるという事に耐えられないものだ。
こうして実家で暮らし始めた俺は、当初は日がな一日ボーっと過ごすような無為な日々を過ごしていた。
そして、次第に心の拠り所をパソコン画面の向こう側へと求めるようになっていく。
特に嵌ったのが小説投稿サイトだった。
無数に投稿されている小説、特にその中でも異世界ものというジャンルに俺は酷く惹きつけられた。
それまでは日がな一日ボーっとしていた時間を、読書の時間へと塗り替えて、貪るようにして作品を次々と読んでいく。
この読書の時間だけが、世間の煩わしい事をすべて忘れさせてくれた。
それが良かったのか、これまであった不眠症や食欲不振などの症状も、徐々に改善されていく。
そしていつしか俺は、まるで自分がそうした異世界ファンタジーの世界の登場人物にでもなったかのように、現実世界の事がどこか遠い出来事のように感じられるようになっていった。
まるで心にフィルターが貼られたかのように、第三者視点で自分を眺めている自分がいる事を自覚していく。
生きてはいるが現実に生きていない。
死んだ魚のような目をしていたのかもしれないが、状態は以前より改善された。
そして若干の行動力ややる気を取り戻していった俺は、嵌っていた異世界ファンタジーで気になった事を、色々実践し始める。
元々好奇心が旺盛な方だった俺は、異世界ものの作品でよく出てくるような内容を、自分でも調べていた。
石鹸の作り方……中世のヨーロッパの様々な事柄について……サバイバル知識について……井戸の掘り方……異世界で知識チートする方法……などなど。
こういった知識だけに留めていた事を、俺は実際に自分で実践していった。
石器を一から作ってみたり、原始的な方法での火起こし。最低限の荷物だけ持って、一人で山でサバイバル生活を送る、などなど。
参考書は投稿サイトの小説であり、それを元に更に下調べをして、無理なく実行できそうなものは、片っ端から手をつけた。
自分が何も持たずに異世界に転移してしまったら……なんて事を妄想しながら、山に籠ってサバイバル生活をしていると、生きているという実感があった。
そうした生活を送る内に、俺は遂に…………。
ん、何だったっけかな?
ああ、いや……。
……そうだ。
俺は遂に、心から待ち望んでいた異世界へと行くことが出来た。
元の世界に何の未練もない俺は、自分の身に降りかかった奇天烈な展開に、狂喜乱舞する。
時折、なんのチートも与えられないまま異世界に流される作品もある中、スキルを二つ選ばせてくれたのも良かった。
しかも、俺の選んだスキルは二つとも破格の性能だった。
最初に表示された一覧にあった、"解析"の方はすぐにピンと来て真っ先に選んだんだが、もう一つのスキル。そちらに関しては、最初は字面からだけでは効果がいまいち読み切れなかった。
だというのに、スキル一覧ページを捲っている俺の視線が、そのスキルを捕らえた瞬間、迷わずそのスキルを選択していた。
いわゆる直感という奴なのだろうか?
未だにその理由は判然とはしないが、スキル名を見た瞬間に、ビビビッと来るものがあったのを今でも覚えている。
そしてこの直感は正しかった。
こうして、俺は"解析"と"吸収"という二つのチートスキルを持って、異世界「ティルリンティ」へと降り立った。
▽△▽△
…………あの洞窟の部屋に飛ばされた当初は、まさかの事態に若干戸惑いもしたが、今のところは問題ない。
洞窟内にいる間に、緊急の対処もしたし大丈夫だろう。
さて、この先の洞窟の出口の向こうには、一体何が待ち受けているんだろうか。
俺は数日ぶりに見る太陽の光の差す方向へと、十一人の同行者と共に足を踏み出していった。
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