4 / 35
第1章
2
しおりを挟む
そろそろ店を閉めようか。
まもなく夜八時になることを確認して、鳴海はカウンターを出た。
窓ぎわのカーテンを、奥から順に下ろしていく。その背後で、出入口のドアが開いた。
「いらっしゃいませ」
条件反射で言葉を発してから振り返る。途端に、カーテンに掛けていた手の動きが止まった。店の入口に佇んでいたのは、コンビニで出逢ったあのときの女だった。
思わずといった具合に固まった鳴海を見て、女はおどおどと視線を彷徨わせた。
「あの……」
口から漏れた声が、いまにも消え入りそうに頼りない。鳴海は我に返ると、表情をあらためて躰の向きを変えた。
「ああ、失礼。今日はどうしました?」
何気なさを装って近づくと、女はますます所在なげに身を竦めた。
前回、彼女が店をあとにしたのは終電をとうに過ぎた時間帯だった。無事に家に帰り着くことはできたのだろうか。気にかかっていた問いを、けれども鳴海は呑みこんだ。自分からそれを口にすれば、恩着せがましくなることを承知していたからだ。
「……あの、今日はもう、終わりでしょうか?」
鳴海から視線を逸らしたまま、女はやはり、消え入りそうな声で尋ねた。申し訳なさそうな、それでいて振り絞るような必死さが、妙に切実なものに感じられた。
「ご注文でしたら、まだ承れますよ?」
穏やかに応じると、女はそれでも畏縮した様子で縮こまっていた。
「持ち帰りではなく、店内で?」
重ねて尋ねたことで、女はようやくかすかに頷いた。
「いまからでも、いいですか? もう閉店、ですよね?」
「かまいませんよ、もちろん。厳密に時間ぴったりでシャッターを下ろしてるわけではないので」
個人経営の特権だと応じる鳴海に、女もようやく、ほんの少しだけ表情をやわらげた。
「なんにしましょう?」
「あの、じゃあ……、こないだとおなじものを……」
「かしこまりました」
テーブル席を勧めて、鳴海はスイング式の腰高の木戸を抜けて奥に向かおうとする。その背中に、細い声が「すみませんでした」と囁いた。閉店間際に訪ねたことではなく、一週間前の一連の出来事に対する謝罪。鳴海の耳には、そんなふうに聞き取れた。だが、その意味については、くわしく追及することはしなかった。
まもなく夜八時になることを確認して、鳴海はカウンターを出た。
窓ぎわのカーテンを、奥から順に下ろしていく。その背後で、出入口のドアが開いた。
「いらっしゃいませ」
条件反射で言葉を発してから振り返る。途端に、カーテンに掛けていた手の動きが止まった。店の入口に佇んでいたのは、コンビニで出逢ったあのときの女だった。
思わずといった具合に固まった鳴海を見て、女はおどおどと視線を彷徨わせた。
「あの……」
口から漏れた声が、いまにも消え入りそうに頼りない。鳴海は我に返ると、表情をあらためて躰の向きを変えた。
「ああ、失礼。今日はどうしました?」
何気なさを装って近づくと、女はますます所在なげに身を竦めた。
前回、彼女が店をあとにしたのは終電をとうに過ぎた時間帯だった。無事に家に帰り着くことはできたのだろうか。気にかかっていた問いを、けれども鳴海は呑みこんだ。自分からそれを口にすれば、恩着せがましくなることを承知していたからだ。
「……あの、今日はもう、終わりでしょうか?」
鳴海から視線を逸らしたまま、女はやはり、消え入りそうな声で尋ねた。申し訳なさそうな、それでいて振り絞るような必死さが、妙に切実なものに感じられた。
「ご注文でしたら、まだ承れますよ?」
穏やかに応じると、女はそれでも畏縮した様子で縮こまっていた。
「持ち帰りではなく、店内で?」
重ねて尋ねたことで、女はようやくかすかに頷いた。
「いまからでも、いいですか? もう閉店、ですよね?」
「かまいませんよ、もちろん。厳密に時間ぴったりでシャッターを下ろしてるわけではないので」
個人経営の特権だと応じる鳴海に、女もようやく、ほんの少しだけ表情をやわらげた。
「なんにしましょう?」
「あの、じゃあ……、こないだとおなじものを……」
「かしこまりました」
テーブル席を勧めて、鳴海はスイング式の腰高の木戸を抜けて奥に向かおうとする。その背中に、細い声が「すみませんでした」と囁いた。閉店間際に訪ねたことではなく、一週間前の一連の出来事に対する謝罪。鳴海の耳には、そんなふうに聞き取れた。だが、その意味については、くわしく追及することはしなかった。
0
あなたにおすすめの小説
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
課長と私のほのぼの婚
藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。
舘林陽一35歳。
仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。
ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。
※他サイトにも投稿。
※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
☘ 累計ポイント/ 190万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる