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第二章 レッドドラゴンの角

第18話 角は持って帰れない?

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 ドラゴンの滝は、多くのドラゴンが生息する非常に危険な場所だ。
 誰も好き好んでこんな恐ろしいところに足を踏み入れる冒険者などいない。
 だから、この地の情報はほとんどなにもない。

「いつ、急に凶暴なドラゴンが現れるかわからないから注意して進みましょう」
 湿った地を歩むミルヴァさんは声を潜めてそう言った。

 僕は無言でうなずく。声を出すと、ドラゴンが襲ってくるような気がしたからだ。
 しかし。
 僕の思惑は外れた。
 声を出さなくてもそいつは現れた。
 前方の空間がうずを巻くように歪んできた。

「来るよ!」
 ミルヴァさんの声。

 渦巻く空間の中心から緑の物体が飛び出してきた。

「あれは?」

「あれは、普通のドラゴンよ。レッドドラゴンではないけど強敵よ」

 いい予行演習になる。
 僕は恐怖を振り払いドラゴンと正対した。
 もうここまで来たら逃げ帰るわけにはいかなかった。
 いや、一人で来ていたら、恐怖に負けてさっさと来た道へと走り出していたかもしれない。
 けれど、僕の横にはミルヴァさんがいる。
 いくらランキング1位といっても、ミルヴァさんは女だ。
 女性を一人残して、僕一人が逃げ出すわけにはいかない。

 作戦を試すいい機会ではないか。

「ミルヴァさん、僕がドラゴンをひきつけます」

 正面に立つと、案の定ドラゴンの目は僕をとらえて赤く光りだした。

 すごい迫力だ。
 レッドドラゴンではなく、ただのドラゴンなのだが、これほどまでの殺気を放ってくるのか。

 ドラゴンの動きが急に早くなる。
 そう思った瞬間、角を立て僕に向かって突っ込んできた。

 は、早い!

 スキル『ライト』!
 心のなかでそう唱えると、僕の体が輝きはじめる。
 そして。
 一瞬にして僕の体が横へと移動し、ドラゴンの突進を回避した。
 しかし、再びドラゴンは僕に向かってくる。

『ライト』!

 僕は簡単にドラゴンの攻撃を避け続ける。

 効いている。
 ドラゴン相手でも、しっかりと『回避』している。
 これなら、単に時間稼ぎするだけなら何とかなりそうだ。

 そうこうしているうちに空に浮かぶミルヴァさんのオリハルコンの剣がドラゴンの角を叩き斬った。

「グォー」

 ドラゴンの口から地響きのようなうめき声がもれた。
 次の瞬間、口から火炎を吐き、周囲に炎を撒き散らし始める。

 その火柱をくぐり抜け、ミルヴァさんが今度はドラゴンの額を剣で叩く。

「ゴゴゴゴ」

 ドラゴンのうめき声が広がる。
 やがてドラゴンの体から蒸気が吹き出してきた。
 そのまま巨大な体が空間に溶け込むように消え去った。

「倒した! ドラゴンを倒した!」
 興奮した僕は思わず声をあげた。

 ミルヴァさんも満足そうな顔をしている。
 けれど、その顔が曇りはじめた。

「ミルヴァさん、どうしたんですか?」

「いや、今気付いたのですが、困ったことが起こっているのよ」

「何ですか?」

「角よ」

 角。
 そう言えばミルヴァさんはドラゴンの角を切り落としていた。
 でも、その角が……。

「そうなのよ。ドラゴンを倒すと、せっかく切り取った角も、ドラゴンと一緒に消えてしまったのよ」

 確かに、ドラゴンを倒し残ったのもといえば地面に転がる魔石一つだけだった。
 角の姿はどこにもなかったのだ。

 ドラゴンを倒せば、せっかく手に入れた角も消えて魔石になってしまう。

 そう言えば……。

「道具屋の店主がこんなことを言っていました。レッドドラゴンを倒さずに角を手に入れないと駄目だと」

「角を手に入れた後も、ドラゴンを倒したらいけないってことね」
 ミルヴァさんは考え込みながら言った。
「角を取ったら、逃げるしかないってことね」

「レッドドラゴンを倒すことも難しいだろうけど、倒さずに逃げることも相当困難な気がしますね」

「そうね。でもやるしかないわ。ここまで来て何もせずに帰るわけにはいかないし」

 僕たちは湿地をさらに奥へと進んだ。
 暗く重たい雲が空を覆っていた。

 途中、オークやオーガが襲ってきたが、ランキング1位のミルヴァさんは、楽々とそのモンスターたちを片付けていく。
 けれど、肝心のドラゴンは現れなかった。結局、角を取る予行演習はできずじまいだった。

「そろそろドラゴンの滝に着くわ」
 そんなミルヴァさんの奥から、滝の音が聞こえてくる。

 ついにレッドドラゴンと対峙する時が来た。
 そう思うと、さっきまでの勇ましい気持ちはすっかりと消え失せ、足が震えてきた。
 僕はこのまま、この地で死んでしまうのではないだろうか。
 不吉な未来が次々と浮かんでくる。
 だいたい、史上最強といわれるレッドドラゴンの角を取るなんて、無謀すぎるに決まっている。
 もう、このままさっさと逃げ帰ったほうがいいのでは。

 僕の足が止まった。
 怖くて前に進めない。

「どうしたの?」
 ミルヴァさんが振り向いて言う。
「まだ何も悪いことは起こってないわよ。きっとラッキーなことが起こって、無事に角を取ることができると思うよ」

 ラッキーなことが起こる?
 なんて楽天的な言葉。
 やっぱりランキング1位の人の思考はどこか違う。

 でも。
 ミルヴァさんが言うように、まだ何も悪いことは起こっていない。
 それなのに僕ときたら。
 悪い未来ばかり予想してしまっている。

 大丈夫、きっとラッキーなことが起こるはず。

 僕はそんな言葉をつぶやきはじめた。

 マチルダさんの禁術を解く。
 そのためには、レッドドラゴンの角が必要なんだ。
 やってやる。
 僕にはスキル『ライト』がある。
 どんな攻撃でも避けることができるんだ。
 こんな、神様から与えられたとんでもないスキルを活用しなくてどうするんだ。

「行きましょう!」
 僕は自分を奮い立たせながら、止まった足を前に進めはじめた。

 やがて僕たちの前に巨大な滝が現れた。
 水が落下する音。霧のように細かい水の粒が周囲に拡散している。

「さあ、着いたわね」
 ミルヴァさんが声をあげた。
 その声からは、恐怖のかけらも感じられない。
 やはりランキング1位の人は違う。
 きっといろんな修羅場をくぐり抜けてきたんだろうな。
 そう感心しながら僕はミルヴァさんの横に立っていた。

 すると流れる水の向こうから赤く輝く2つの光が現れた。

「今度は間違いなく、レッドドラゴンの目にちがいないわ。さあ、作戦通りにいくわよ」

 ミルヴァさんの言葉で僕も覚悟を決めた。
 やってやる。
 きっとラッキーなことが起こるはずだ。
 僕は頭の中でそう唱え続けた。
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