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第四章 魔王討伐とマチルダさん

第34話 まだ足りない

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「では、さっそく魔王山に向かいましょう」
 僕は焦る気持ちそのままで、ミルヴァさんに言った。

「まだ、だめよ」
 ミルヴァさんは答える。
「まだ、このままではマチルダさんを取り戻すことはできないわ」

「どうしてですか? 僕とミルヴァさんが揃えば、充分ではありませんか?」

「まだ、不足している」

「不足?」

「そう、不足」
 そう言うとミルヴァさんは続けた。
「私たちには、魔王山に関する情報が圧倒的に不足しているのよ」

「そんなこと言っても、魔王山に詳しい人なんてどこにもいませんよ」

「そうね。詳しい人はいないわよね。だけど、人じゃなかったら……。奴なら詳しいかもしれないわ」
 ミルヴァさんはそんなことを言うのだった。

  ※ ※ ※

 レッドドラゴンは、あの日のことを思い出していた。

 滝の前で、サファイアドラゴンと待ち合わせていたときのことだ。
 サファイアは私の最愛の恋人だった。美しい鱗に流れるような目をしていた。
 その日、私は決心していた。
 サファイアに、結婚を申し込むことを。
 滝に虹がかかるであろう夕刻に、私は彼女を呼び出したのだった。

 しかし。
 ずっと待つが、サファイアが現れることはなかった。

 どうしたというのだ?

 私はサファイアが暮らす洞窟に向かう。
 しかし、そこに彼女の姿はなかった。
 ただ、洞窟の様子を見て、私は唖然とした。
 明らかに、サファイアがいる場所が荒らされているのだ。
 部屋の置物がことごとく倒され、サファイアが誰かと争っていた形跡がありありと伺えた。

 何があったのだ!

 私は慌てて、洞窟から外に出ると、サファイアが行きそうな場所を大急ぎで捜索した。
 だが、探し回るが、どこにも彼女の姿はない。

「どうしましたか?」
 やがて焦って飛び回っている私に声をかけるドラゴンが現れた。
 長老のガウスだった。

「ガウス、それが大変なんだ。サファイアの姿が見当たらないんだ」

「どこかで休まれているのではないですか?」

「いや、主要なところはすべて探した。しかしどこにもいない。それに、彼女の部屋が荒らされていた。どう考えても何か悪いことが起こっているとしか考えられない」

 そう話している時だった。
 私と長老がいる前方の空間が揺れはじめた。

「この空間の揺れは!」
 長老が声をあげる。
 
 やがて揺れ乱れる空間の中から一人の男が姿を現した。
 男は黒ずくめの服に羽を生やしている。
 魔族の男だった。

「なんだお前は!」
 私は男を睨みつける。

 男は距離を取りながら私に目を合わせる。
 この最強モンスターといわれている私に対して、恐怖を抱いている様子は見られない。

「私は魔王ザット様の第一部下、コーリーというものです。レッドドラゴン、あなたの最愛のドラゴンは私たち魔界で預かっています」

「な、なんだと!」

「大丈夫です。私たちはあなたと争うつもりはない。ですから安心してください。あのドラゴンは大切に預からせていただきます」

「どういうことだ! 何が目的なんだ!」

「目的は一つ。最強モンスターであるあなたたちが、私たち魔族に危害を加えないようにするためです」

「そんなことのために、サファイアを! すぐにサファイアを開放しろ! さもなければ、私はお前たち魔族を今すぐにでも滅ぼしに向かうぞ!」

「おっと、その凶暴なところがいけないのですよ。もし、あなたたちが魔族に危害を加えようとするならば、人質のドラゴンの命は無いものと思っていてください」

 その時の私は冷静な判断などできる状態ではなかった。
 私は口に火炎をため、コーリーへの攻撃の準備を行っていた。
 すると、横にいる長老がすかさず口を開いた。

「レッド様、待ってください。ここは耐えてください。もしここであの魔族を殺しても、サファイア様は戻ってはきません。それどころか、何かサファイア様に危害が加えられるかもしれませんぞ」

 確かにそうだ。
 私は火炎をためた口を、開けることなくじっと耐え続けるしかなかった。

 コーリーもそんな私の様子を見て身の危険を感じたのであろう。すっと後ろに下がりながら、こんなことを言ってきた。

「お前たちドラゴン族が魔族に危害を加えないのなら、あのドラゴンの命は保証する。しかし、もし歯向かうというのなら、私たちも容赦はしない。もちろんあのドラゴンの命も無いものと思え」

 コーリーはそれだけを言い残すと、歪んだ空間の中へとその姿を消し去ったのだった。

「あの野郎!」
 頭に血が上った私はすぐに魔王ザットの住む魔王山に向かおうとした。

「止めてください」
 長老のガウスが私を止める。
「今、ここで魔王山に行くと、魔族の思うつぼですぞ。人質の取られているレッド様は何も手出しができず、魔王ザットに倒されてしまいます。魔族の狙いはレッド様のご命でもあるのですから」

「では、どうすればいいのだ」

「ここは耐えてください。そして時期を待ちましょう。サファイア様を救い出すチャンスはきっとあります」

「そんなチャンスがあるとは思えないのだが」

「いえ、あります」
 ガウスは私をじっと見つめて言う。
「勇者です。魔王は勇者には勝てません。この世に勇者が現れた時、その時がチャンスです。勇者が魔王を滅ぼせば、サファイア様は無事にレッド様の元へ戻ってくることができます。悔しいですが、今はその時を、勇者が現れるときを待つしかありません」

「勇者を待つしかない……」
 私はイライラした気持ちを必死で押さえながら、そうつぶやいたのだった。
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